今度は「おっさん」が主人公! 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこさんに聞く、最新作からコロナ、音楽の話

文芸・カルチャー

更新日:2020/6/4

 イギリス在住のライター・コラムニストのブレイディみかこさんの新刊『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房)が6月3日に発売された。今なお大ヒット中の『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)とほぼ同時期に書いていたというエッセイの主人公は、イギリスの労働者階級のタフな中高年たち。酸いも甘いも知り尽くしたようなおじさん(おばさん)たちの人生の旅路は、笑えるのになんだかちょっとほろ苦くて…。少年目線の『ぼくイエ』がレコードのA面ならおじさん目線の本書はまさにB面。両方読むと、イギリス社会のリアルがさらに複眼的に浮かび上がってくる。本書に込めた思いについて、ロックダウン中のイギリスにいるブレイディさんにSkypeでお話をうかがった。

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『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』(ブレイディみかこ/筑摩書房)

「イデオロギーの前に人間がいる」ことを書きたかった

――登場するイギリスのおじさん(おばさん)たちは「昔ながら」という感じですね。親しみがありました。

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 ほんとに昔ながらの人たちです。でもその昔ながらというのに、今はいろいろと難しいところがある時代なんですよね。たとえば「モンティ・パイソン」(1969年結成のイギリスを代表するコメディグループ)も、私たちの若い頃は本当にイケてるものでしたが、今は「PC(ポリティカル・コレクトネス:性・民族・宗教などによる差別や偏見、またそれに基づく社会制度・言語表現は、是正すべきとする考え方)的にダメなおっさんたちのギャグ」と思われています。この本に出てくるのはあれを見て大笑いするのが反体制的でウケた世代ですが、いまや彼らも「時代遅れのおっさん」になってしまった切なさや哀愁があるんです。彼らの若い頃(60〜70年代頃)は音楽にしてもイギリスはカッコよかったですが、そういうのも経済成長の時代だったからこそ。昔は無料で行けた大学も今は借金払っていくものだし、いろんな意味で未来がない。おまけにこの「おっさん」世代はEU離脱に投票した人も多いんです。だから「自分たちの未来を奪った」と若い人たちから突き上げられ、「労働者階級のおっさんたちがバカだから」と悪魔化されています。

――この本の登場人物は『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱(光文社新書)』にも登場しますね。

 そうなんです! 『労働者階級の反乱』のインタビュー編に登場した「おっさん」たちはこの本にもたくさん登場します。実は先日、(『労働者階級の反乱』を)読み返して気がついたんですが、「あとがき」に「<他者の立場になって考えてみる、異なる意見を持つ人間に感情移入してみる>努力ができるということこそが、想像力という知性を持つ人間の特性なのだ」と書いていて。これってまさに『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で書いた「エンパシー」(感情移入、人の気持ちを思いやること)のことで、ある意味で『ワイルドサイドをほっつき歩け』はそのエンパシーの実践編なんですよね。やっぱりみんなひとりの人間なんです。イデオロギーは人を分断しますが、やっぱりイデオロギーの前に人間がいる。この本ではそのことを書きたかった。

 ほんとに私、「おっさん」たちのことをわかってなかったんですよね。たとえば本に出てくる保守派のデヴィッドなんてイヤな奴だしイデオロギー的にも合わないし人種差別的だし、とにかく嫌いだったんです。でもなんだかいつも友人のパーティーでは隣の席になるし、息子の市松模様の帽子を気に入ってニコニコ被ってたときは「まあ、こういうとこもあるか」ってプレゼントしたこともあった。今回、彼が亡くなってその帽子が返ってきたことを書きましたが、「あのときああいうこと言いやがった、すごく憎たらしい」って書きながら涙が出てくるんですよ。そういうのがやっぱり「人間同士のつきあい」なんじゃないかと思うんです。

――嫌いだからとか、ぶつかるのがいやだからと思っていると関係が深まりませんよね。

 今はそれがすごく薄れてきている感じもします。イギリスではEU離脱派と残留派のイデオロギー対立が激しくて、お互いの靴をはいてもいないし、同じ意見の人たちだけで固まって「自分たちこそが正義」とばかりに石を投げ合っています。人間性が薄れる分、つきあいは小さくせせこましくなるし社会自体もそうなる。でも本当はもっと大らかでいいと思う。やっぱり人間同士、ぶつかることだって当たり前にありますよ。実際、私が連合いと結婚した当初は人種差別的なことを言う人もいたし、この本に出てくる友だちだって、私のことを「イギリスに移住したいから結婚を利用した」とか言っていました。でも24年もイギリスに住んでいたらそんなの昔の話だし、友だちとして水に流してやってきてるわけです。人間のつきあいや考え方が変わるのなんて当たり前。変わらないほうがおかしいし、この本にはそういう「人間らしさ」みたいなことも書きたかったですね。

コロナで変わり始めた社会

――このコロナ禍の中、そんなおじさんたちはどうされていますか?

 イギリスではライフラインを担う人たちは「キーワーカー」と呼ばれていて、ロックダウン中でも仕事をしているんですが、実はこの本にのっている人たちってみんなキーワーカーなんですよ。うちの連合いも運送業だし、スーパーにつとめているスティーヴも、3年前に早期退職した元看護師のローラも政府の呼びかけで復職して忙しくしています。イギリスではこのコロナ禍で、毎週木曜日の夜8時にみんな家の前に出てキーワーカーに拍手を送る習慣が続いているんですが、そんなのもあってみんな燃えていて(笑)。持ち上げられて利用されている、偽善的だと批判する人たちもいますけど、本人たちにしてみれば悪い気はしないですよね。「このコロナ禍で地域社会を支えているのは俺たちだ、自分たちは役に立つ存在だ」ってなんだか生き生きしています。

――では「アフター・コロナ」の世界ではみなさんの未来も変わっていく?

 どうでしょう。コロナが収束したら元どおりかもしれませんが。でもイギリスという国は意外としつこいですからね。今回の拍手は子どもたちも一緒にやっているので、彼らの価値観に影響する部分はあるかもしれません。これまでは勉強して弁護士やお医者さんになりなさいって言われていたのに、低賃金で顧みられなかったスーパーの店員やバスの運転手に「ありがとう!」って感謝しなさいって言われてる。

 でも本当に看護師なんて大事な仕事なのに賃金は安いんですよ。しかも緊縮財政でNHS(国民保健サービス)も崩壊寸前な中でふんばってくれています。今、イギリスの子どものいる家では「雨がふったあとには必ず虹が出るから。今はみんな大変だけど」という意味で窓辺にレインボーの絵を描いて貼っていますが、そこにも「Thank you NHS!」って書いたりするほどNHS愛が炸裂しています。本にも書きましたが、イギリスの人々にとってNHSというのは本当に特別なものなんですよ。予約が大変とか機能してないとか問題はあるし、そこらへんはこの本にたっぷり書いていますが、他方で治療費無料の医療制度という原則は本当にすごいし素晴らしい。無料だから安心して病気になれるっていうのは、一般庶民の地べたの目線からしたら生きていく上ですごく安心だし社会への信頼につながりますよね。

イギリス社会と日本社会の違いとは?

――「日本人は社会への信頼度が低い」とも言われているので複雑です…。

 去年の台風でホームレスの人を避難所に入れなかったって話がありましたよね。そのニュースはBBCでも報道されたんですが、それを見て息子が「これは、帰ってくれっていった人も大変だったよね」って言ったんです。断ったら命の危険があるかもしれないから、ほんとは個人として背負いたくないじゃないですか。でも断ったのは他の人がいろいろ言うだろうと思ったからで、「みんなもホームレスを入れてあげようと思うだろう」と周囲の人を信じられたら入れてあげたはずで。だから「断った人とホームレスの間よりも、断った人とその周りの人との間に信頼関係がない」って息子は言っていました。確かに日本にはそういうところがあるかもしれませんね。何かあったらお互いに迷惑をかけないように、集団って言うわりには「自己完結しろ」と、お互いに寄りかかれない。

――なぜそうした社会の違いが出るのだと思いますか?

 イギリスは何度も政権交代してきたからかもしれません。たとえば1945年の終戦直後の選挙のときに、圧倒的に有利と思われた戦争の英雄のチャーチルが大敗して労働党が政権をとったことがありました。なぜかといえば労働党が「戦争から帰ってきた人の生活を保証しますよ」と言ったからで、その政権がNHSや公営住宅を作ったんです。そんなふうにイギリスには、助け合って生きていけるシステムを作っていこうという綿々とした社会民主主義の理想が息づいています。政府が手頃な家を与えてくれて、医療も無料にするとか、日本だと「お花畑」と言われてしまいそうですが、イギリスにはそのお花畑が政権をとった時代があったし、それをみんなが支持した実績があるんですよね。友人の看護師が復職したときに「私はガバメント(政府)のために復職したんじゃない。ピープルのためにするんだ」と言っていました。「ピープルのために何かをやる」という感覚は「社会を信頼する」ということに繋がっているのでは。「自分もそうだから、ほかの人もそうに違いない」と思えるところがイギリスにはあるのかもしれません。

――このコロナで弱い立場の人へのしわ寄せが危惧されています。個人の目線ではどう行動したらいいと思いますか?

 やっぱり弱い立場の人たちと「人間」としてつきあうということじゃないかと。どうしても弱者を「救う」とか「助けてあげる」とか上から目線で言いがちですけど、弱者側にしたらイヤだと思うんですよ。というか、思ったよりも彼らはしぶといというか。この本の「おっさん」たちも弱者の立場ですが、でもやっぱりみんなたくましい。アル中になっても立ち直って恋におちたり、いろいろダメでも海外に好きな女の子追いかけていったり、意外と生命力は彼らのほうが上だし、逆に学ぶ部分も多いです。

ザ・フーだって「歌謡曲」。音楽は生活の中にある

――本には音楽もたくさん出てきます。タイトルはルー・リードの「ワイルド・サイドを歩け」ですね。

 はい(笑)。最初は「ハマータウンのおっさんたち」でいいと思ってたんですが、元となる『ハマータウンの野郎ども(ちくま学芸文庫)』(70年代の英国青年たちを描いた本)を知る人は限られますし、もう少し一般的にしようということで。デビュー作『花の命はノー・フューチャー(ちくま文庫)』(セックス・ピストルズの『GOD SAVE THE QUEEN』の歌詞の一節に「No future」がある)も同じ編集者が文庫にしてくれたんですが、そのノリで音楽を絡めようと。なぜか私の担当は音楽好きが多いんですが、今回たまたま1話と2話に音楽の話をいれたら以後もいれるようリクエストされました(笑)。

――音楽が暮らしに流れている感じでよかったです。ちなみに日本ではUKロックに特別な思い入れがあったりしますが、実際にイギリスの地べたでリアルに暮らして音楽の聞こえ方は変わりましたか?

 こっちにきて思ったのは、私たちが特別なものとして聴いていたUKロックが、彼らにとっては「歌謡曲」みたいなもの、普通にポピュラーソングだったということですね。私たちにはザ・フーとか特別なものだったけれど、彼らにしたら普通にベストテンに入ってる小泉今日子とかと変わらなかったという。日々の生活というか青春の1ページにある普通のカルチャーで、「金曜日にみんなでディナー食べてるときにTV でケイト・ブッシュ見て、親が“セクシィだね”って言ってた」みたいな感じ(笑)。

 そういえば先日「One World: Together At Home」という大規模な配信ライブがありましたよね。あのとき、郵便配達人とかバスのドライバーとかスーパーの人とかの映像をバックにして、流行りのラップとかが流れたりしたんですよ。普通に働いている労働者の「おっさん」のビデオに流行歌が乗るなんて、数カ月前にはとても考えられなかったこと。今起きている価値観の転換は本当にすごいです。誰が本当に社会を支えている人たちなのか、このコロナでみんな見直していると思いますね。

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 インタビューの最後に「ステイホーム中におすすめの本」を聞くと、「民主主義というのは西洋社会に起源があると思いがちですけど、実はそうじゃないんじゃないかと常識を疑っていく本。おもしろいですよ」と『民主主義の非西洋起源について 「あいだ」の空間の民主主義』(デヴィッド・グレーバー:著、片岡大右:訳/以文社)をあげてくれたブレイディさん。コロナで近視眼になりがちな今だからこそ、こうした本で客観的に社会を見つめるのは大事なことかもしれない。さらに『ワイルドサイドをほっつき歩け』でリアルな人間くささと向き合えば、世界の持つ奥行きにあらためて刺激を受けることだろう。

取材・文=荒井理恵

※取材は5月中旬に実施しました