マンガを描くのにテーマは決めない⁉ 『ロボ・サピエンス』×『ダブル』2人の漫画家が語るエンタメの力

マンガ

更新日:2020/7/15

 平成9年(1997年)よりスタートした「文化庁メディア芸術祭」。アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰し、受賞作品の鑑賞機会を提供する、メディア芸術のフェスティバルだ。

 今年開催された第23回では3,566点もの作品の応募があり、マンガ部門の大賞に輝いたのは島田虎之介さんの『ロボ・サピエンス前史』(講談社)。未来世界を舞台に、ロボットと人間との関わり方が描かれた。そして同時に優秀賞を受賞したのが、野田彩子さんの『ダブル』(小学館クリエイティブ)だ。本作では演劇に打ち込む“ふたりの男”を主人公に、その奇妙で複雑な関係を表現している。

『ロボ・サピエンス前史 (上)』(島田虎之介/講談社)
『ダブル』1巻(野田彩子/小学館クリエイティブ)

 今回はそれぞれに話題作を生み出した島田さんと野田さんを招き、対談を実施することに。マンガ界で注目を集めているふたりは、いまなにを思うのか。

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「マンガを描くときにテーマを決めたことがないんです」(島田)

――野田さんは島田さんの大ファンとのことですが、こうして対談が実現して、どんなお気持ちですか?

野田彩子氏(以下、野田):このような機会を設けていただき、本当にありがとうございます! 実は『ラスト・ワルツ』(青林工藝舎、2002年刊)からのファンなんです。

島田虎之介氏(以下、島田):大変光栄です。こちらこそ、ありがとうございます。

野田:今回の『ロボ・サピエンス前史』も素晴らしかったです。冒頭の数ページを読んだとき、一瞬で作品の背景や世界観に引き込まれました。情報の入れ方が巧みというか、SFでロボットもので近未来が舞台になっていることがスッと入ってきたんです。そして島田先生の作品は、キャラクターのバックボーンがあまり表情には出てこなくて、それなのに読み取れるところがある。そこに心が引っ張られるんです。

島田:そういう点では野田さんの作品とぼくの作品は正反対かもしれませんね。『ダブル』を読んで思ったのは、ものすごく踏み込んで描かれているなということでした。ぼくはそこまでキャラクターの心情に踏み込まないので正反対の作風ですし、野田さんの技量に驚かされました。主人公の多家良が役柄を演じるとき、その背景も突き詰めて演じるじゃないですか? そんな多家良の姿勢は、まさに野田さんのマンガの描き方に通ずるのではないかとも思いました。

野田:うれしいです……。ありがとうございます。

島田:さらに言うと、多家良ともうひとりの主人公・友仁のパーソナリティが非常に現代的だな、と感じたんです。時代によってマンガに求められるものは変化すると思いますが、いまはキャラクターのパーソナリティをしっかり見せる作品が読者の心を掴むのだと思います。だからこそ『ダブル』はこうして支持されていて、読者を獲得しているのではないかな、と。

野田:私は逆に『ロボ・サピエンス前史』のような作品こそ、いま求められているのではないかと思うんです。今回の受賞の他に「このマンガがすごい! 2020」オトコ編の第2位にもランクインしていますし。それはやはり、島田先生のテーマの選び方が素晴らしいからですよね。

――島田さんの作品には深いテーマが隠されているような気がして、それを探りながら読み進めてしまいます。

島田:実はマンガを描くときにテーマを考えたことがないんです。ただ思いついた話を描くだけで。でも、ぼくは現代の社会問題に関心があるので、自然とそれに絡んだ内容になっているのかもしれません。あえて現代的に描こうとしなくても、必然的に現代にマッチしてしまっているというか。

野田:島田先生は一体どのように作品を生み出しているのか気になっていたので、「テーマを考えていない」と聞いて、信じられない気持ちでいっぱいです(笑)。

島田:そうですか(笑)。テーマよりもストーリーの展開や設定が浮かぶんですよ。逆にテーマを決めてしまうと、そこに縛られてしまう気もしていて。キャラクターの背景なんかもおぼろげには考えますけど、細かいところまでは決めません。余白があったほうが、読者の想像を広げられると思うんです。

野田:なるほど……!

「取材を通じて、当事者同士の雰囲気や関係を知ることができました」(野田)

――野田さんの作品は細かな設定も考えられている印象がありますね。

島田:そうですね。『ダブル』なんてまさにそうで、これは描くときに相当取材をしたんじゃないですか?

野田:担当編集者さんが演劇・映像関係に詳しい人なので、役者の世界とのつながりもあり、取材をする機会に恵まれました。当初はもう少しほのぼのした物語にする予定でしたが、取材を重ねていくうちに現在の世界観が定まったんです。

島田:第2巻に登場する黒津監督は強烈なキャラクターですが、モデルにした人物はいたんですか? なんとなく蜷川幸雄さんっぽいと感じました。

野田:映画監督のオーディオコメントを視聴したり、本を読んだりして参考にしました。そのなかには蜷川幸雄さんの本もありました。私自身、勉強しながら描いているので、「取材をしたのかな」と感じてもらえるのはとてもうれしいことです!

島田:やっぱり取材をするのとしないのとでは、描き方も変わってきますか?

野田:専門知識を取り入れられるというのはもちろんありますが、それ以上に、当事者の雰囲気や対人関係に触れられるのが一番大きいと思います。役者さん同士の関係や話している雰囲気みたいなものは、実際に取材をしなければ得られなかったと思うんです。反面、お芝居の関係者に読まれるのはとても怖いんですけどね。

――島田さんは作品を描くときに取材されるんでしょうか?

島田:ぼくはほとんどしませんね。一度だけ、『トロイメライ』(青林工藝舎、2007年刊)のときにピアノの修理工場を見学させてもらいました。ピアノを修理する様子は、さすがに見ないとわからないなと思って。やっぱり実際に取材をすると、その後の描き方も変わります。でも、そのくらいですね。

野田:取材をほとんどしない、ということにも驚きました! 島田先生の作品を読んでいると虚構と現実の境目が曖昧になる瞬間があって、「もしかしてこれは本当にあったお話なんじゃないか……」と感じるんです。物語に説得力があるんだと思います。でも、取材をしないということは、その分、本をたくさん読まれるんでしょうか?

島田:もちろん、参考文献を読むことはありますけど、それでも「描くために読む」ということはあまりないですね。ただ、「実際にあった話なのではないか」と感じてもらえるのは非常にありがたいです。それは多分、作中に実在する固有名詞を出しているからだと思います。たとえば新聞名をひとつとっても、朝日新聞や読売新聞など実在する名詞を登場させているんです。この手法はアメリカの映画や小説では当たり前のことで、それだけで作品のリアリティが増すんですよ。

「野田さんには、人間関係に踏み込んだものを生み出し続けてもらいたい」(島田)

――新型コロナウイルスによって自宅で過ごす時間が増えました。そこで感じたのは、エンタメ作品が持つパワーです。ひとりで自宅にこもっている人のなかには、エンタメによって救われたという人もいるかと思います。

島田:マンガの良さは、その抽象性にあると思うんです。文字だけで表現する「小説」がもっとも抽象性の高い創作物で、逆に映像は具体性が強い。マンガはその中間に位置する表現手法です。抽象性が高いと、それを受け取った側は自由に想像して楽しむことができます。それがマンガの魅力なんです。だからこそこの大変な時期にも、その「余白」を自由に楽しんで、現実とは異なる世界に没頭できた人がいるのではないかな、と思います。

野田:仰るとおりですね。映画や舞台を観に行くことが難しい状況になってしまったなか、自宅でひとりで楽しむことができるマンガの力はすごいな、と。また、印刷所がストップしない限りは描き続けられるので、そこにありがたさを感じつつ、読者に作品を届けていきたいですね。

島田:そうですね。マンガはひとりでも描き続けられるものですから。野田さんにはこれからも素晴らしい作品を描いていってもらいたいです。ひとりの作家として、人間関係に踏み込んだものをどんどん生み出していただけることを期待しています。そして、多家良と友仁がどんな人生を歩んでいくのか、一読者として追いかけていきたいと思います。

野田:島田先生にそう言っていただけると、とてもうれしいです! ありがとうございます!

取材・文=五十嵐 大

【試し読み】「第一幕 お気に召すまま」その1『ダブル』①