跡取り問題に揺れる盛り場・お江戸両国。姫様人形と人形遣いが、その陰謀に挑む!『あしたの華姫』畠中恵インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2020/7/14

 「月草が無事にヘタレを続けられて、ようございました(笑)」
そんな畠中さんの小気味良い口上と共に、人形遣い・月草と、愛想は良いが滅法口の悪い姫様人形・お華の名コンビが帰ってきた!

畠中恵さん

畠中恵
はたけなか・めぐみ●1959年、高知県生まれ。2001年、『しゃばけ』で、第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、小説家デビュー。同シリーズで第1回吉川英治文庫賞受賞。著作に「まんまこと」シリーズ、「つくもがみ」シリーズ、『まことの華姫』『こころげそう』『うずら大名』『わが殿』『猫君』など著書多数。

 

「と言っても、お華の言葉は月草が喋っているから、そんなにヘタレじゃないとは思うんですけどねぇ」

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 気弱で影の薄い月草は、江戸一番の盛り場・両国の見世物小屋で、木偶の姫様人形・お華を相方に話芸を繰り広げ、おおいに客を楽しませている。だが客の目当てはお華に会いにくること。真実を語ると言われた〝真の井戸〟の不思議な水から出来た目を持つお華は、〝まことを語る〟と噂されているからだ。やむにやまれぬ思いを抱えた人々がその語りに耳を澄ませた『まことの華姫』から続く本作では、のっけから不思議な場面が。えっ、月草とお華が語り合う!?

「あり得ないことですけど、まぁ、夢の中ならいいかなって。一度2人の会話を書いてみたかったんです」

 そこでお華が月草へ伝えたのは、2人の仲良しである〝お夏っちゃんを守ってあげて〟という言葉。両国では知られた地回りの頭・山越の娘、お夏は、前作で姉の死の真相を華姫に解き明かしてもらったことも。

「婿養子を迎えることになっていた姉がいなくなってしまったからには、お夏に跡取りの話が出てくるかなぁと。まだ13歳ですけど、もう少しすれば、江戸ではお嫁入りの年齢になりますし。そんなところから話が浮かんできた、今作の5編の流れは、〝代替わり〟に集まっていきました」

 第1話「お華の看病」では、山越の親分が麻疹に罹り、もしやの事態になるやもと、山越の家はおろか両国中が大騒ぎに。

「江戸時代には特効薬などありませんから、皆の心は揺らぎますよね。まして両国のような盛り場では、上に立つ人の器量で、下にいる人の暮らし向きががらりと変わってしまう。そういうことを、このお話のなかでは書いていきたかったんです。お武家は揉めないために、長男が跡取りと決まっていたそうですけど、庶民の場合は、そこまではっきり決められておらず、そこでまた、ごたごたといろんなことが起こってきて」

 そんな跡取り問題に波紋を呼ぶのは、山越親分がお夏の母と添う前につくった、とうに縁の切れた息子。

「ああいう立場の人だったら、よそに子どももいるかなぁって。山越親分って、私のなかで、くいっと出てくるキャラクターなんです。いい男だなぁって(笑)。月草の稼ぎを9割も取るなど、阿漕ではありますが、両国の地も人もしっかりと治めている。そうした人が、いざ自分の身内に騒ぎが起きたとき、どう対処をするのか、見てみたかったんです」

 両国から遠い品川宿で、人をも殺せる薬、猫いらずをこっそり買う山越の手下の者、忽然と現れ、みずからが跡取りと名乗る山越親分の〝もう一人の息子〟、お夏の婿選びが絡む〝かぐや姫の物語〟の噂……。あちこちで湧きあがってくる謎や不思議を、華姫のまことの目が見据えていく。そのなかで今回は、心強い助っ人となるお華の追っかけ、〝お華追い〟たちの活躍も見逃せない!

お江戸のオタク〝お華追い〟が探偵団に

「お華追いのイメージは、バーチャル・シンガー、初音ミクさんのファンの方みたいな感じでしょうか。相手は生身の人ではないので、実際にデートするわけにはいきませんが、とにかくその存在自体が好きで仕方ない人たち。まことを見通せる探偵役・華姫の周りに、そんな人たちが集まってきたら、一種の探偵団みたいになるんじゃないかなって」

 第3話「お夏危うし」では、行方知れずになってしまった亡き姉の許婚・正五郎が、姫君のような出で立ちのおなごと、子どものようにも見える身なりの良いおなごと共に舟に乗っていたという目撃談から、お夏が正五郎攫いの疑いをかけられ、岡っ引きに捕まってしまう。それに激怒した山越親分は、町奉行所の同心たちと、どちらが先に正五郎を見つけるか競うことに。その役を親分から頼まれ、途方に暮れる月草にもお華追いたちは手を貸す。〝おれ達はお華追いなんだ。まことの華姫と話せることが、一番の褒美なのさ〟と。

「そんな人々も頑張るこの話は、江戸の花見に関する資料のなかで、〝へぇ、こんなことあったんだ!〟という一節を見かけ、そこから出来ていったんです。メインストーリーには、まったく関係のない、こうしたちっちゃな発見から話が生まれていくというのはよくあることなんですよ」

 江戸の風物や風俗、人の行動や来し方のなかに、ふと隠れている謎ときの糸口。それに気付くことには長けているが、なかなか口にすることができない月草に代わり、喋り出すお華。そこで語っているのは、たしかに月草なのだが……。

お華が語る〝まこと〟物語がそこに託したもの

「対面で話すときとインターネット上での発言とでは、言葉がガラッと変わる方っていますよね。月草とお華の関係って、それに近いのかなと思うんです。お華の口を借りて語る月草の言葉は、匿名性のもと、言ってもいいような感覚になり、その言葉の勢いが止まらなくなっても周りが許してくれる、SNSのあの感じに近いのかなと。そんなお華の言葉が担うのは、八卦見のような占いに人々が求める、ある種の相談みたいなところなのかなとも思うんです。はっきりとは証がないから月草には言いにくいことでも、そうであってほしいこと、それがきっと真実ではないかというところをお華は語っていくのでしょうね」

「なぜかタイトルだけがぽっと浮かび、いったい、どんな月草になるんだろうと、わくわくしました」という最終話「悪人月草」では、そんなお華の語りが胸を衝く。〝月草が、山越の親分を、陥れようとしてるらしいぞ〟という剣呑な噂から始まるこの話は、悪行を暴いて捕まえてやる、と、突如、山越の親分に喧嘩を売ってきた年若い同心・小住親分の暴走が物語を貫いている。めんどくさいことこの上ない小住に、なぜかつきまとわれる月草とお華が見つめる〝まこと〟は、小住の頑固さの芯にあるもの、自分ではどうにもできない現実。

「本当のことだとわかっていても、耳にしたくないことってありますよね。たとえばニュースを見ていても、その現状がこちら側に伝えられたとき、かなり怖いと思うことがある。もしかしたら明日、自分の身に降りかかって来るかも、という現実を突きつけられるように。お華が語る〝まこと〟ってそういうものなのかなと」

 逃げていた〝まこと〟を突きつけられる本人、それを知った周りの反応から、各々の持つ矜持が見えてくる。そして、そんな人々の心を、隅田川に架かる両国橋の橋詰にある、にぎやかな町がやさしく包んでいく。

「江戸の両国という町は、今の東京そのものとちょっと似ているのかなと思うんです。人がいっぱい入れ替わり、よそからやって来ても、とりあえず暮らしていけるところとか。人と人の間に程よい距離感が保たれているところも。きっと暮らしやすい町だったのではないかと思います。そこで暮らす月草たちの毎日が、私の頭のなかではずーっと流れているんです。物語には書いていない何も起きない普通の日々も。シリーズになるって、きっとそういうことなのかなと思うんですよね。前作では、普段は夕方で閉まる店が夜も開く、夏の両国を描いていきましたが、今回、切り取ったのは、そうした特別な時節ではない、ごく普通の両国と、そこで働く人々の日常。その町からまた、皆さまのもとへ、華姫が会いにやって参りました」

取材・文:河村道子 写真:鈴木慶子

角川文庫『まことの華姫』公式サイトはこちら
 

『あしたの華姫』

『あしたの華姫』
畠中恵 KADOKAWA 1500円(税別) 江戸は両国の見世物小屋でますます評判を高めている姫様人形・お華と、その遣い手・月草。月草が声音を変えて喋っているはずなのだが、お華には“まこと”を語る力があると噂されている。そんなお華に一目置く、両国一帯を仕切る地回りの親分・山越に、にわかに起こる跡取り問題。陰謀渦巻く盛り場の明日を懸け、月草とお華の謎ときが始まる!