キボウカンパニーへようこそ! アニメ『シャチバト!』を語る――池下博紀(監督)×猪原健太(シリーズ構成・脚本)×島田洋輔(アニメーションプロデューサー)

アニメ

公開日:2020/7/17

 最終回を迎えたTVアニメ『社長、バトルの時間です!』(以下、『シャチバト!』)。荒廃が続いていた世界に、巨大な「門」が出現。その「門」の中に、世界を維持する奇跡のエネルギー「キラクリ」を発見した人々の中から、「キラクリ」を採取するトレジャーハンターが登場し、それぞれの組織が「会社」として「門」のダンジョンに挑んでいく――これが、『シャチバト!』の世界のあらまし。物語は、先代が行方をくらましてしまったことで、突如主人公のミナトが「キボウカンパニー」の次期社長に指名されるところから始まる。「異世界もの」でありつつ、冒険者が「会社」に所属するというツイストを加えた『シャチバト!』は、キャラクター同士が織り成す会話劇がとにかく楽しいアニメーションだった。

『社長、バトルの時間です!』(C)KADOKAWA・でらゲー・PREAPP PARTNERS/「シャチバト!」製作委員会

 今回は、池下博紀監督とシリーズ構成・脚本の猪原健太、島田洋輔アニメーションプロデューサーを招いて、最終話まで駆け抜けた『シャチバト!』の手ごたえを語っていただいた。

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主人公のミナトが、だんだん池下監督に見えてきた(島田)

――「社長、バトルの時間です!(以下、シャチバト!)」の制作お疲れさまでした。この作品のアニメ化をみなさんが手掛けた経緯をお聞かせください。

島田:以前、別作品でご一緒していたKADOKAWAさんのプロデューサーさんから今回のお話をいただいたんです。まだ、ゲームのシナリオが完成していない時期だったので、企画の概要を拝見して、キャラクター同士のゆるい感じが良いな、と。これは池下監督のタッチに合っているんじゃないかと思っていました。池下監督には、うちが制作した前作『ひとりぼっちの○○生活』で助監督として経験を積んでいただいたので、いずれTVシリーズの監督としてご一緒したいな、と思っていたんです。それで今回、監督をお願いしたという経緯になります。

――池下監督と猪原さんは、この作品に最初どんな印象を抱かれていましたか。

池下:「社長」とか「社畜」とか、そういう単語が出てくる話ですが、シリアスな方向には持っていきたくなかったんですよね。キャラクターの掛け合いをテンポよく描くことで、「笑い」や「キャラクターたちの華やかさ」「優しさ」に振り切ろうと思っていました。

猪原:島田さんと監督がおっしゃっていたように「ふわっとした、ユルい雰囲気」が心地いいと思っていたので、そこを大事にしながら話を組み立てようと思っていました。ソーシャルゲームが原作の作品に関わるのは初めてだったので、手探りではありましたが、まずはメインシナリオの原稿をいただいて。そこからイメージをふくらませていきました。

島田:猪原さんはアニメの尺感(テンポ感)や見せ方まで、シナリオの段階で中身を具体的に詰めてくれるので、初期からかなり密度の高いものをいただいた感じがあります。

猪原:「社長もの」ではありますが、主人公のミナトは「社長といえども新入社員」なので、会社に入って、社員のみなさんと接していく「新入社員もの」として描こうと思っていました。いろいろなエピソードを経ることで、同僚の人柄がわかっていく作品になると良いなと。

――アニメでは、あちこちで「会社あるある」「新入社員あるある」ネタが満載ですね。

猪原:僕はそんなに社会人経験とかサラリーマン経験があるわけではありませんし、ネタをリアルに描写しすぎると、最初にイメージしていた「ふわっとした、ユルい雰囲気」がなくなってしまう。結局、洞窟に潜って宝石を採ってくる、というストーリーが主体ですし、あくまでその中で差し挟まれるネタとして「会社や新入社員のイロハ」を混ぜようと考えていました。

島田:ファンタジーの世界観に会社用語が混ざることが違和感になって、この作品の個性になれば良いなと。

猪原:そのバランスが難しかったですね。たとえば、主人公のミナトが社長になるキボウカンパニーは「お金がない」んですが、細かい数字を出すとリアルな貧乏になってしまう。もちろん、みんな「お金がない」ことを真剣に考えていると思うんですけど……それほどシリアスに悩んでいない。

島田:結果、キボウカンパニーの零細企業感が強調されましたね(笑)。

――主人公のミナトはアニメのオリジナルのキャラクターです。「社長でありながら新入社員」であるミナトをどのように描いたのでしょうか。

猪原:最初の段階では、ミナトだけは絵がなかったので、どういう感じになるのか楽しみにしていましたね。

池下:ミナトは新入社員なんですが、特別な能力があるわけでもないんですよね。だから「人柄」ですべてを乗り越えていくキャラクターにしようと思っていました。「人柄」のおかげで、社員を惹きつけて、問題を解決していく。僕の中では……あくまで後付けなんですけど、ミナトと自分がダブって見えてきたというか(笑)。「人柄だけでなんとかなるさ」みたいな。

島田:そうなんですよ。ミナトがだんだん池下さんに見えてきた。池下さんは監督だけど、「絶対こうだ」と言ってみんなを引っ張っていくタイプではないんです。それよりも「これをやりたいんだよなあ」と言っていると、まわりが「しようがないなあ」と納得するというか。そこらへんが池下監督のうまいところだな、と思うんです。そういうところは、ミナトっぽいなと思います。

ユトリアはアニメになって「守銭奴」の印象が強くなりました(猪原)

――みなさんが作品を作っていく中で、ふくらんだキャラクターや魅力的になったキャラクターとは?

猪原:やっぱり、みんなアニメでかわいく描かれていたので、さすがC2Cさんだなと思いました。とくに一番印象的だったのはミネ子(第8話に登場する人型魔獣)ですね。

島田:(笑)。

池下:最初のイラストから、一番変わった感じがありますね。

猪原:あと、ユトリアもだいぶ変わったと思います。僕が最初考えたユトリアは、ミナトを手のひらの上で転がす女の子という感じがあったんですが、アニメではだんだん「守銭奴」的なところが出てきて(笑)。イメージがだいぶ変わったと思います。

――「守銭奴」要素が強まった。

池下:強まりましたね。でも、市ノ瀬(加那)さん(ユトリア役)の声がかわいいので、「嫌味のない守銭奴」になったのかな、と思います。

島田:ユトリアは、とくに中盤から「守銭奴」に見えてくるんですけど、実は序盤からそういう一面があって。最初から、ミナトを手のひらで転がしているカカア天下的な関係なんですよね。だから「守銭奴」にはなるべくしてなったんだなと思います(笑)。

池下:第1話のお花畑のシーンで、腕組んで「待ってたのよ」ですからね。すでに彼女の手のひらの上で……。

島田:ミナトの前でユトリアが経営の話をしたときの、無心になった表情は、かなり良いですよね。

猪原:あの顔はすごくかわいかった(笑)。

島田:ミナトがちょっと「え? 大丈夫?」と心配しているのに、ユトリアは何とも思っていない感じが良いんです。そこから第5話、第6話ぐらいで嫁みたいなポジションになっていく。その変化は上手くいったと思います。

猪原:ユトリアは絵と市ノ瀬さんの声で立体的になったと思いましたね。キャラクターがなんかプニプニしてかわいらしかったです。

――ユトリアとミナトの関係はいかがでしたか。

島田:監督が常々言ってたのがミナトの「尻に敷かれる感」ですよね(笑)。

池下:そうそう。女性を基本的に強い立場に置きたくて。社員の女性陣にあたふたする男性像を描きたかったんです。

島田:あと、スタジオ(C2C)の『シャチバト!』班の中ではガイドさんの人気が高かったですね。

池下:ガイドさんのミステリアスで母性があるところが人気なんですかね。

島田:まあ、うちの会社にない要素ですからね、母性は。

――ないんですか?

島田:ないです。スタッフはみんな子どもっぽいやつらばかりなので、社内の男性陣が母性を求めて、ガイドさんが好きなんだと思います(笑)。男性のスタッフはガイドさん、女性のスタッフからはライバーの人気が高かったと思います。あと、アカリもけっこう人気が高かったですね。

池下:アカリも人気でしたね。

島田:アカリは現場のスタッフのがんばりで、かわいく描かれるカットが多かったです。

池下:アカリはけっこうツッコむキャラクターなんですが、なるべくトゲがないようなツッコミにしたんです。和氣さん(あず未・アカリ役)が良い感じで演じてくださって、優しいけれど強いキャラクターになりました。

島田:アカリ・ガイド2強説はありますよね。

――ミナトたちのライバルキャラクターも魅力的でしたね。

猪原:一番自由に動いてくれたのはライバーかな。

島田:ライバーの登場シーンは構成の打ち合わせをしているときに増やしました。キャッチーなキャラですよね、ライバーは。上から目線で突っかかっていくという。

池下:ライバーはモデルがいるんですよね。

島田:スタジオの中に、そういうキャラのスタッフがいるんです。調子に乗っては現実を思い知る、みたいなポジションのキャラが(笑)。でも、調子に乗ることはやめないし、かわいげがある。監督的には、そのスタッフたちとちょっとダブらせている部分もあったというか。

――ライバー役のキャストは八代拓さんですね。八代さんのお芝居でふくらんだ部分もありましたか?

池下:そうですね。八代さんのお芝居で、ライバーはまた変わりましたね。僕らは、猪原さんを始め、みんなでひとつひとつライバーを構築して、アフレコに臨んだんです。そうしたら、八代さんのアドリブでキャラクターがどんどん膨らんでいって。僕らが考えていたライバーを越えていきました。

島田:あと、池下監督は前から好きなキャラはヴァル美と言ってましたよね。

池下:そうです。この作品のキャラクターたちはみんなふわっとしたところがあるんですけど、ヴァル美だけはエッジの効いたキャラクターになったと思います。キボウカンパニーの面々のふわっとした感じと、よい対比になったな、と。

猪原:ヴァル美の腹黒さ……というとちょっと違うんですけど、彼女のシリアスさは良い感じになりましたね。とくに最終話付近で、ミナトを問い詰めていく立場にヴァル美が立ってくれて、とても面白くなったと思います。

――そういう社員やライバルキャラクターたちとめぐり合うことで、最終的に、ミナトはどんな社長になったと思いますか。

猪原:結論として「社長っぽくないから社長に向いている」ということになるのかなと思っていたんです。

島田:最終回に「経営者サイコパス」と呼ばれる、あらゆる感覚がマヒして、痛みを感じないことである種のカリスマ性を発揮するボス敵が現れるんですが、そういう「ワンマン社長」タイプと、ミナトは対照的な「社長」なんですよね。たぶん、ミナトは一緒にいても社員に緊張を感じさせないタイプで、だからこそ「会社に居心地のよさ」を感じさせることができる。そういうところが、キボウカンパニーの強さにつながっていたと思います。

今回は「社畜」のように仕事をしない現場にしたかった(池下)

――『シャチバト!』を最終回までお作りになって、みなさんはどんな手ごたえを感じていますか?

池下:僕の中でこの作品を作る上でモットーがあって。スケジュールを含めて、「現場を良くしたい」と思ったんです。やっぱり、内容が内容じゃないですか。

――コミカルなファンタジー作品とはいえ、会社経営や労働現場をモチーフにしていますからね。「社畜」みたいなワードも出てきますし。

池下:そうなんですよ。社畜のように仕事をする現場にはしたくなかったです(笑)。人によっては、アニメ業界をモチーフにしていると思われてしまうかもしれない。なので『シャチバト!』の現場では、せめていい環境で仕事をしたいと思っていたんです。そこはプロデューサーさんやC2Cさんが考えてくださって、結果として良い環境で仕事ができたなと思います。

島田:そうですね。ブラックと言われてしまうような環境ではなかったと思います。オフホワイトくらいの状況で仕事ができましたね。

猪原:全体的に仕事が早かったですよね。

――昨今の状況で安定したアニメ制作を維持するのも、大変だったのではないかと思いますが。

島田:うち(C2C)は良い意味でファミリー感があるスタジオなので、その良さは全力で出せたと思います。

猪原:ホン打ち(シナリオ会議)のころから、C2Cさんの家族的な雰囲気を感じていたので、そこは作品の雰囲気にも出ていましたよね。C2Cさんのファミリー感があるからできた『シャチバト!』だと思います。

島田:よく言えば、うちはキボウカンパニーっぽい(笑)。

――借金に追われるところが……?

島田:借金はないです(笑)。借金はないですけど、ファミリー感があるというか。今のご時世、「社員は家族だ」と言って良いのかわからないですけど(笑)。そんな空気感があるスタジオだと思います。

池下:オフホワイトですね。

島田:オフホワイト企業です(笑)。

――C2Cさんがキボウカンパニーだとしたら、C2Cの社長さんはミナトっぽい?

島田:いや、ミナトっぽいのは池下監督です。むしろうちの社長は「経営者サイコパス」のほうが近いかもしれませんね。

一同 ははは。

島田:いや、そこは作品とは関係がないんですけど。

――最後に、このお仕事を終えた手ごたえをお聞かせください。

猪原:僕はかなり前に作業が終わっていたんですが、出来上がったアニメはキャラクターがほんとにかわいかった。僕はこういう雰囲気の作品に接する機会も、脚本を書く機会もなかったので、とても新鮮でした。

島田:うちの会社では『シャチバト!』が元請け制作作品として3タイトル目になるんです。スケジュール面や絵を描く作画面、映像をフィニッシュさせる撮影面など、これまで培ってきた技術をバランスよくコントロールできたんじゃないかな、と思っています。スタジオと付き合いの長い池下監督ならではのスケジュールとクオリティ管理だったんじゃないかと。猪原さんをはじめ、音響監督の伊藤さん、役者さんも含めて、みんながイメージしている『シャチバト!』感が近いんですよね。それで独特の空気感が良い感じでできあがったのかなと充実した現場になりました。

池下:端的に言うと、楽しかったです。僕はどんな状況でも、笑いながら作品を作りたいと思っていて。陣頭指揮を執る僕が疲弊しちゃダメだと思っていたんですよ。いろいろ大変な状況を迎えた作品でしたけど、最後までたどり着けたのは、僕が最後まで楽しむことができたからだと思います。無事にここまで来られて良かったです。

『社長、バトルの時間です!』公式サイト

取材・文=志田英邦

池下博紀
アニメーション監督。TVシリーズとしては本作が初監督。『ひとりぼっちの○○生活』では副監督、『はるかなレシーブ』では特技監督(千葉茂と共同)を務めた。

猪原健太
脚本家。シリーズ構成作品に『幼女戦記』(全話脚本)、『慎重勇者 ~この勇者が俺TUEEEくせに慎重すぎる~』(全話脚本)など。

島田洋輔
C2Cプロデューサー。アニメーションプロデューサーを手掛けた作品に『はるかなレシーブ』『ひとりぼっちの○○生活』など。