テストの点数より「非認知能力」が重要な理由とは? 清川あさみさん、中野信子さんに聞いた!

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/22

『ちかづいて はなれて わお!』(清川あさみ:作・画、中野信子:解説/パイ インターナショナル)

 異色の組み合わせにも思える、アーティストの清川あさみさんと脳科学者の中野信子さんは普段から仲が良く、このほど2人で協力して絵本『ちかづいて はなれて わお!』(清川あさみ:作・画、中野信子:解説/パイ インターナショナル)を出版された。赤ちゃんの脳と心を育むという一冊にこめた思いとは何か、お話をうかがった。

絵本で育てる「非認知能力」とは?

――本ができた経緯を教えてください。

中野信子(以下、中野):あさみちゃんに2人目のお子さんが生まれた時に絵本をプレゼントした時、彼女が自分でお子さんのために手作りでいろいろ作っていることを知ったんですね。見せてもらったら脳を育てるのにすごくいいもので、「これはみなさんに使ってもらったほうがいいのでは?」と思ったんです。

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清川あさみ(以下、清川):ちょうどそのとき「ママって本当に大変だよね」って話から、もう少しハッピーに子育てできるきっかけづくりになるものを作れないかとも話していたんです。世の中にはいろんな子育て本がありますけど、本のとおりにしなきゃとガチガチに考えているお母さんもいるので、まずはもっとリラックスして子どもと過ごしてほしいと思って。

「お子さんとちゃんと接して肌と肌をあわせていることが、実は脳と心にとてもいい」と信子ちゃんが言っていたのも印象的で、それをがんばっている親御さんたちに教えてあげたい、届けたいと思いましたね。

――この本は「非認知能力」を育てるとあります。具体的にはどういうことですか?

中野「非認知能力」は耳慣れない方も多いかもしれませんが、しばらく前から子育てに関心の高い人たちの間では話題になっているんです。従来は、知能を伸ばす「知育」が注目されていましたが、実はこれはいくら赤ちゃんの頃からがんばっても小学校6年生くらいになると元に戻ってしまうというのが明らかになってきているんですよ。考えてみれば、なぜ親が子の知能を伸ばそうと思うのか、その本質には「自分らしい人生を悠々と生きてほしい」という願いがあるからではないでしょうか。そんな生き方をしていく力の元になるのが「非認知能力」なんです。

 わかりやすい言い方でいうと「世界のどこででも生きていける力」とでもいったらいいかもしれません。何を言われてもへこたれないとか、粘り強く何かに取り組めるとか、コミュニケーションがうまくできるとか、頑なな人の心を開く力があるとか…どれも大事な力ですが、学校で教科としては教えてくれない。みんな大人になっていく中で、周りの人たちを見ながら、自力で身につけていくしかないのです。

 また、どんな大人に出会うことができたか、ということにも左右されてしまう。運の要素が大きいんです。でも、本来なら、どんな子どもにもできるだけ平等に機会をもってもらいたいと思うし、この力を赤ちゃんのうちから身につけられたら、と思うんです。

 これは個人的な能力の話のようですけれど、多くの子どもたちが小さいころから、こういう力を身に着けていくことができたら、社会がもっと明るい方向に変わっていくんじゃないかな? という期待も込めています。

清川:お子さんにお勉強をがんばらせている親御さんも多いのですが、これからはお勉強ができることより「非認知能力」が大事だとコロナで気がついた方もいるんじゃないかと思います。この本はそうした能力を養うきっかけにもなると信子ちゃんが言ってくれて、それなら実際に絵本というカタチにして届けようと思いました。

中野信子さん

中野:その力を伸ばすためには、子どもの頃は「まず前頭前皮質の厚さを増やしていきましょう」ということになります。たとえば「相手の心を開く」のは方法論を考え始めるとややトリッキーで難しいことのように思えてくるかもしれませんが、一番大事なのは相手が「何を考えていて、何をほしがっているか」を見抜く能力です。この能力を司るのが前頭前皮質の一部です。この領域の発達には人によってかなり差があると考えられているんですが、非常に興味深いのは「たくさん愛情を受けて育った人はよく育つ」ということです。

 愛情を受け取ると「オキシトシン」という愛情ホルモンが分泌されるんですが、それが脳にとっては成長ホルモンのような働きをして、脳を育てるということがわかっているんです。だから親御さんとどれだけ愛情深い時間を過ごしたかがすごく大事になってくるのです。その意味では、この本を通じてお子さんと豊かで楽しいコミュニケーションをとることがそのまま、お子さんの脳をそだてているのと同じことになるんです。草木に水をやるように、赤ちゃんの脳にたっぷり愛情を与えることが、脳の発達には重要なんです。

――清川さんは「脳を育てよう」と思ってやっていたわけではないですよね?

清川:意識的にガチガチとは考えてはないですね。ただ、私は自分の子育てに関しても、絵を描くワークショップなんかの時も、子どもたちの想像力を豊かにさせてあげたい、イメージする力をつけさせてあげたいというのはいつも根本にあります。子どもたちが「目の前にないものを描くこと」を楽しめるようになってほしい、というのは考えてはいました。

 この絵本は子どもと実際に遊んで反応を見ながら作りました。なぞなぞが大好きなので「これってなんだろうね?」「これだったー!」と面白がってくれることを大事にしながら、あとは赤ちゃんでも認識できる色合いやデザインも意識しました。いろいろキャッチボールしながら作る中で、子どもが「かわいい」とか「好き」とか思うものもいろいろ発見して個性を知るきっかけにもなりましたね。2歳違いの兄弟ですが、それぞれに反応してくれるので、読むタイミングによってもいろんなコミュニケーションをとることができるんです。

中野:コミュニケーションはもちろん、絵からいろいろな見方を子どもに提示していくというのをあさみちゃんが自然にやっていたのがとても興味深かったですね。結果的にできあがった『ちかづいて はなれて わお!』は、「ひとつの物事を違う見方から見る」といういわゆる「空間解像度」の問題を扱う本でもあるんです。解像度の広いところを見るのは脳の右側で、解像度の狭いところを見るのは左側ですが、そのスイッチングがうまくできるようになるのも、脳の発達という観点からは面白いですよね。

ストーリーのない絵本を親子でどう楽しむか?

――赤ちゃん向けの絵本にはストーリーがないものもあり、どう読み聞かせたらいいのか悩ましい方もいそうです。その意味では、冒頭に「保護者のみなさまへ」と使い方を書いてあるのがありがたいですね。

清川:実はある意味で「単純に読むだけではない本」という問題提起でもあるんです。「赤ちゃんとどう接しよう」「どういう話をしよう」と考えてもらうことでコミュニケーション能力を高めてもらいたいと考えているんですね。きっと親御さんが一生懸命「これはなんだろうね?」って読んでくれたら子どもは「愛情」を感じるし、あとからこの絵本を見た時に「愛情をもって育ててくれた」と思い出してくれるんじゃないでしょうか。

 子どもって絵本を渡すと、パーっとめくって何も見てないようにも見えますが、それでも絵は認識しています。かわいいとか色がきれいとかちゃんと見ていますから、ぜひそんなお子さんの反応も見てほしい。たとえば「直線」と「等間隔」に反応したのなら、「この子は理系的なものが好きなのかもしれない」と分析したり、個性を知ったりするきっかけになるはずです。実はこの本を読み聞かせている動画をいろいろもらうんですけど、お子さんの反応が全員バラバラで面白いんですよね。動物に反応したりいろいろ。それを見ているお母さんたちもめっちゃ楽しそうで、この絵本を出した意味があったなって思いますね(笑)。

中野:この本って、けっこう親御さんも試される面があるかもしれませんね。子どもの見方を限定せずに「これが正解とは限らないよね」「角度や解像度を変えると違うものが見えてくるね」ということを楽しめるかどうかは、日常生活への応用を視野に入れると、かなり知的な作業になります。もちろん単純に「わー」「おー」と楽しんでいただくのでもいいんですが、できれば親御さんご自身にも「物事を俯瞰で捉える」「ストーリーのないものを楽しむ」とはどういうことなのかを、考えるきっかけにしてもらえたらうれしいですね。

――最後に読者に向けてメッセージをお願いします。

中野:お話を伺っていると「こうしないと子どもは育たない」と考えてしまう真面目なお母さんがとても多くて、子どもと一緒に楽しく過ごしたい気持ちを時には殺して、自己犠牲的に頑張り過ぎてしまっている方も少なくないように思います。でも、最近わかってきたのは子どもの脳を一番育てるのは先ほども出てきた「オキシトシン」であり、そばにいる人を信頼し、愛情を確認し合っている時にたくさんオキシトシンが出て脳も育つということです。自分の大切な相手が、自分と向き合ってくれている、と感じることがとても大切で、そういう体験を与えてあげられる最も身近な人が、親御さんなのだと思います。知育を否定はしませんが、一番大事なことは、子どもの人生においてこの先、二度とやってこない大事な時期を、信頼と愛情の中で一緒に過ごすことなのだと改めて、多くの人に知ってほしいなと思います。脳科学的なデータが、こうした基本的な親子の自然な愛情と信頼のやりとりの重要性を支持する、というのは、実に興味深いことではないでしょうか。

 0~2歳の子どもの振る舞いからは、すぐには成長の効果は見えないかもしれません。けれど、いまは豊かな土を作る時期なのです。その土に種をまいておけば、芽が出て、大きく育ち、10年後、20年後に素晴らしい花を咲かせることでしょう。その豊かな土を持っているということは、お子さんの一生涯の宝になるでしょう。

清川:私は日頃から、子どもに与えてもたいして気が乗らなそうなものは一回ひっこめて、半年後とかにまた出して反応を見たりしています。そうしたらすごく反応があることもあって、きっとそれがその子のタイミングであり、個性なんだと思います。たとえばこの本にもしお子さんが興味を示さなくても、お母さんはそこで悩む必要はなくて「いまはタイミングじゃないんだな」と思ってもらえればいい。大事なことはコミュニケーションであり、その子を知るきっかけづくりなんですから。

 子育てってほんと1日1日がぜんぶ宝物だし思い出だし、きっかけにあふれています。だからこの本もいろんな発見ができるように、あえて考えて空白を作っています。お子さんと時間を楽しみながら、その余白を埋めてほしいと思いますね。

取材・文=荒井理恵