セックスレスを夫に相談するのはイヤ。だけど自分を性的にわかっているのは夫だけ。『私の穴がうまらない』おぐらなおみさんインタビュー

恋愛・結婚

公開日:2020/7/22

『私の穴がうまらない』(KADOKAWA)より

 フリー編集者で、中学2年の娘と暮らすハルヒは、夫のマサルと10年近くセックスをしていない。「私このまま、1回もしないで死んでいくのかな――」。夫には切り出せないまま、モヤモヤとした毎日が過ぎていく。

 このたび、性別や結婚歴を問わず幅広く支持されるコミックエッセイ『私の穴がうまらない』(KADOKAWA)の著者、おぐらなおみさんにインタビュー。おぐらさんは、この作品でセックスレスにどう向き合ったのだろうか。ダ・ヴィンチニュースがコロナ状況下での夫婦生活について聞いたアンケート結果を織り交ぜながら、漫画の魅力をひもとき、夫婦の在り方とセックスレスに迫ってみた。編集協力として漫画制作に携わった松田紀子さんも同席。本書をもう一度読み返したくなるような、奥が深い夫婦事情に注目だ。

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『私の穴がうまらない』(おぐらなおみ/KADOKAWA)

――セックスレスに真正面から向き合った『私の穴がうまらない』が多くの支持を得ています。なぜ、この課題について描こうと思ったのですか?

おぐらなおみさん(以下、おぐら):友人や知人に聞くと、まあみんなびっくりするほどしていない(笑)。長く夫婦を続けていたら当たり前なんだと思いつつ、本当にそれでいいのかと。セックスレスって、実際に自分がそうなってみると問題は複雑で。しかも相手は夫なのに、夫に相談するのが一番イヤだった。そうやって自分の中でグルグルしている悩みを漫画で描いてみようと思いました。

――多くの夫婦がレス状態っていうのが日本の夫婦の現実だと。

おぐら:たまに、夫婦どちらも好き同士でちゃんとセックスもしているって聞きますけど。夫婦って恋愛とは違うものだと思うから、そうなりたいとは思わないんです。ただ、「全然してないな」「なんでしてくれないんだろう」という悶々とした悩みから解放されたいとは思います。

『私の穴がうまらない』(KADOKAWA)より

――セックスレスになった理由はどんなものが多いですか?

おぐら:「私は夫とはしない」って宣言する人は、夫のことがあんまり好きじゃないのかなって思ったんですよね。浮気したとか、風俗に行ったとか、夫に対して何かしら許せないことがあって、罰みたいな感じで「もう許さない。やらせない」と思っている。そういう話が多かったですね。漫画に出てくるミヤコみたいなタイプです。

『私の穴がうまらない』(KADOKAWA)より

松田紀子さん(以下、松田):ある友人が飲みの席で「私、セックスレスなんです」っていきなり切り出したことがあって。「セックスレスだけど私はTバックを履く」っていう個性的な女の子だったけど、彼女の場合は自分がしたいけど夫にその気がないっていうパターンでしたね。

――お互いの気持ちがすれ違っていると。でも悩むってことは改善したいんですよね。セックスレスが原因で離婚するパターンもありそうですが。

おぐら:離婚までいくのは若い人のほうが多いかもしれませんね。子どもがほしくて離婚を考える人もいたし、恋愛して結婚したんだけど、結婚した途端にレスになって別れた人もいました。若いから、まだやり直しもききますし。

――友人同士とはいえ、けっこう赤裸々にお話されていますね(笑)。

おぐら:女同士だと、夜の生活みたいなのを冗談半分で話したりしますね(笑)。ただ、本当に悩んでいたら、人には言えないんじゃないかな。松田さんのご友人はレアケースで、歪んだ感じで気持ちが追い詰められている感じがしますけど。

セックスレスは、セックスしないだけの問題ではない

『私の穴がうまらない』(KADOKAWA)より

――ハルヒというキャラクターはどんなふうに作っていったのですか?

おぐら:仕事はデキるけど自分の悩みには向き合えないような、グズグズ考えるタイプにしようと思いました。すぐに決断するんじゃなくて、いろいろ悩んでほしかった。夫のマサルは対照的に、悩むことが嫌いなタイプ。性格の異なる2人がどうやって状況を打破していくのか、それを描こうと思いました。

――ハルヒは、毒親にも悩まされている設定で。

おぐら:セックスレスって「できない」ことだけじゃなくて、自分の育った環境とか、他の心の悩みも絡み合っているんじゃないかと思ったんですよね。だから、1回セックスしたら解決ってことにはならないんじゃないかな。

――リアルですね。一方のマサルは、面倒なことに首を突っ込まないタイプだと。

おぐら:自分の夫もそうですけど、男性って、夫婦のことであんまり悩みたくない気持ちが根本的にあるような気がして。相手が悩んでいるのがなんとなくわかっていても、面倒だから向き合わない。それが問題解決の足を引っ張っている、という状況を描きました。

――漫画の後半では、マサルなりに「いい夫婦でいたい」と考えていたことも発覚しますが。

おぐら:マサルはちゃんと仕事もしてるし、それなりにいい人だと思うんですけどね。娘のアラタも、イヤだイヤだっていいながら慕っているところがあると思うし。マサルはアラタに対する想いが強いから、夫婦だけでなく、家族の絆が根底にあるのかもしれません。

――その他に、浮気した夫への嫌がらせだけが結婚生活の目的になっているミヤコや、パートナーとの体の繋がりに重きを置くヒカリの描かれ方にも、リアリティが感じられました。

おぐら:体の関係がなければすぐに別れようとする人もいれば、それでもやっぱり一緒に暮らしたいと思う人もいる。一番大事にしているものはそれぞれ違うと思うので、そんな3人の姿を描きたかったんですよね。

――その視点の広さが、読者の層を広げているようにも思います。男性や未婚者から、読後の感想などはありましたか?

おぐら:Amazonのレビューで、結婚を考えていて今は彼女とうまくいってるけど、結婚して関係が変わっていくことがあることも考えに入れておきたい、という男性の方がいて。ただボンヤリと結婚して死ぬまで一緒にいるというより、これから起こりうることに対して心構えをしておくことは大事だなと思いました。結婚をしていない人にも、ぜひ読んでほしいですね。

――セックスレスになる可能性はあるけど、結婚を否定するわけではない、ということでしょうか。

おぐら:そうですね。今は不景気だし、結婚する必要ないよねって話も聞きますけど、そんなに悪夢のようなものでもなくて。長く結婚していると、想像もしなかったようないいこともあるんですよね。たとえば、恋愛感情はなくなったとしても、家族に対する愛おしさが出てこないとは限らないので。機会があれば、1回くらい結婚しても悪くはない気がします。

昼間のイライラで、夜もその気になれない

家族が家にいる時間が増え、家事も増えたのに、何もしてくれないし、大変だとも気付かない。普段と変わりなくそれが当たり前だと思っている(40代女性/ムーママ)
(ダ・ヴィンチニュース 「『結婚してよかった』が過半数!? コロナ禍の夫婦生活について既婚男女125人に調査してみた。」より)

――ダ・ヴィンチニュースが行ったアンケートについても、ご意見をいただきたいです。特に、男性が家事をしないという悩みが多いのですが。これではセックスどころじゃないなと。

おぐら:うちの夫も家事をしないタイプだから、コロナ禍の中ではちょっとしんどくて。以前、「なんで手伝ってくれないの?」って聞いたことがあったんです。そしたら、「仕事で家にいないからしょうがない」って。だから、これは今だ! と思って「うちにいるなら家事をしてほしい」と伝えたら、以前自分が言ったことを覚えていたんですよ。お皿とお風呂を洗ってくれるようになって、ちょっと見直しましたね。

――家事は自分もするべきことだと気づいていなかった、ということでしょうか。

おぐら:もう全然気づいてないです。自分の母親がそうだったみたいで。私も好きでやっていると思われてるんですよ。家事っていうものが気にならないのかもしれませんね、男性は。

 でもやっぱり、気をつかってほしいんですよ。家にいて漫然と生きているだけではなく、この人がいるから助かるっていうのも感じさせたい。せっかく夫婦でいるのに私ばっかりって、損してる気になるし、すごくイヤじゃないですか。昼間そういう感じだと、夜もそういう気持ちにはまったくなれないですよね。気持ちは繋がっているから。

――なるほど。やっぱりセックスレスの根は深いですね。

(前略)問題の根幹はいつも飲酒だったので、断酒できないなら離婚したいと考えていた。(中略)泣きながら夫の行動の異常さを訴えると、やっと病院へ行くと言ってくれ、その日のうちにめでたくアルコール依存症を診断された。(チンパン/結婚10~20年未満/子どもアリ/30代)
(ダ・ヴィンチニュース 「『結婚してよかった』が過半数!? コロナ禍の夫婦生活について既婚男女125人に調査してみた。」より)

――このコロナ禍で、理解できないような相手の行動が目について、それに悩む人も多いようですが。

おぐら:この例でいうと、女性の気持ちをわかってくれて、病院に行ってくれたことが本当に良かったと思います。別れちゃえばいいじゃんと思ったら、それっきりですから。やっぱり、許せないことは許せないって言ったほうがいいのかもしれませんね。

 ただ、相手の気になるところも“質”によるというか。ルールを守らないとか、動物をいじめるとか、人間的にダメなところはいつまでも残るかもしれませんね。私は夫がトイレの電気を消さないのが本当にイヤで。でも、言い続ければ5回に1回は消してくれるかもしれないし、許せない! というほどではないと思ってます。

――漫画にも、1回離れてみるっていう場面がありましたね。ハルヒの場合は夫の転勤でしたけど。

おぐら:そうですね。別居して、2人とも「あーせいせいした!」ってなったら、そのまま離婚したかもしれないけど、マサルは会いたいって言ってくれたし、ハルヒもじゃあ会いに行こうと気持ちがひとつになって。

松田:ずっと一緒にいるとストレスがじわじわと散り積もってくるけど、お互いの顔を見なくなったら逆に、「大丈夫?」とか、一緒に暮らしていたら言わなかったような優しい言葉も出てくる(笑)。

おぐら:子どもだって同じですからね。どんなに大事で可愛くても、24時間一緒にいるとやっぱりしんどい。ずっと一緒にいれば息が詰まるのは当たり前って考えれば、気がラク。相手というより、急に変わってしまった環境にも問題があるわけだから。

生きていく上で必要な恋愛以上の関係になれたと思う。(30代女性/M)
(ダ・ヴィンチニュース 「『結婚してよかった』が過半数!? コロナ禍の夫婦生活について既婚男女125人に調査してみた。」より)

――アンケートでは、長く続けるからこそ結婚生活の良さが感じられる、という声も多かったです。やはり夫婦は、恋愛以上にいいものがあると思いますか?

おぐら:思いますね。私の場合はやっぱり、この人じゃなきゃダメだったと思えるところを見つけられたのが大きかったです。気の合わないところもあるし、喧嘩もしますけど、結婚生活を続ける上で人間的に尊敬できるところがひとつでもあると、いい関係が続きやすいんじゃないでしょうか。

――尊敬できるところが、今はなくても、後で見つかることはありますか?

おぐら:あると思います。漫画で言うと、ハルヒが担当している小説家の先生のお話がそれに近いですね。ずっと一緒にいると、夫が空気のような存在になってしまうんだけど、ちゃんと感情がある人間なんだって意識すると、相手を見直すタイミングがあって、うまくいくような気がします。結婚生活が長いと、どうしても自分中心に考えちゃって、相手への意識が薄れがちなので。

夫婦のセックスってどこまで必要?

『私の穴がうまらない』(KADOKAWA)より

――小説家の先生のお話はとても心に染みるエピソードでした。ハルヒ夫妻の場合は、育児が大変な時期にわかりあえなかったことが、その後の夫婦生活の障害になっているようで。こういう問題は時間が解決してくれるのかどうか…。

おぐら:あのシーンについては、ハルヒはあんなことを言っておいて、今になってセックスレスに悩むなんてひどいな、と思いながら描いていて。でもやっぱり、育児でマサルに対して抱いたイヤな気持ちも、その後に仲良くしたいっていう気持ちも、同じ人間の正直な気持ちなのかなって思ったんですよね。

 もしかしたら時間が解決することはないかもしれないけど、「あの時はごめんね」って謝るチャンスはあると思うんです。なかなか話し合うきっかけがなくて時間が経ってしまったけど、後で気持ちが変わることもあるし。言ってしまったことは仕方がないから、もう謝るしかないですよね。そうやって、こちらの気持ちを相手がわかってくれたらラクになるのかなと。夫婦だったら、思いやり合えるといいですよね。

――あらためて、いい夫婦関係を保つには何が大切でしょうか。

おぐら:「自分らしく生きる」って言葉が以前は好きじゃなかったんですよ。努力しないことの言い訳みたいに聞こえて。でも最近は、それもいいかなって思えてきました。自分が心地良く生活することと、相手に心地よく生活してもらうことが一緒になることが、夫婦なのかなと。それが、夫婦の愛情なんじゃないかとも思います。そのために具体的にどうするのかは、人によって違うと思いますが。

――その中で、セックスはどこまで必要でしょうか。

おぐら:私の場合は、何が夫婦たらしめているのかって、セックスかなって思うんですよね。そういうことができるくらいの相手じゃないと夫婦を続けていけないんじゃないかと。だって、そうじゃないとルームシェアみたいじゃないですか。ただ、個人差はあるのかな。セックスに対する想いは本当に人それぞれだから、お互いにどう思っているのか、一度確認したほうがいいんじゃないでしょうか。

 絶対しなきゃいけないってわけでも、しなくなったら別れるってわけでもないけど、私の性的なことをわかってくれるのは夫だけなので。それをないがしろにする人とは結婚生活を続けられないっていう程度には大事なものですね、私にとっては。

取材・文=麻布たぬ