「絶対にYouTubeの時代が来ると思っていた」──動画投稿を通して“新しい時代の家族”を描く【浜口倫太郎インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/28

浜口倫太郎

 新型コロナウイルス感染拡大予防のための外出自粛期間中、自宅で手軽に見られるYouTubeの動画を楽しんだという人は多いだろう。YouTubeに動画を投稿するYouTuberの存在感がわたしたちの生活の中でますます大きくなりつつある今夏、『お父さんはユーチューバー』(浜口倫太郎/双葉社)という小説が発売される。

 主人公の海香は、絵を描くことが大好きな小学5年生。宮古島のゲストハウス「ゆいまーる」のひとり娘でもある彼女は、将来、東京の美大に進学したいと考えているが、それにはお金が必要だ。海香がそんなことを考えていたある日、意味不明な商売ばかり思いつく酒呑みの父親・勇吾が、高らかに宣言した──「俺はユーチューバーになるぞ」!

 書店員さんが「後半、涙腺崩壊!」と熱いコメントを寄せる本作の著者は、テレビの放送作家を経験後、『AI崩壊』(講談社)など話題作のノベライズを手がけてきた浜口倫太郎さんだ。浜口さんは、動画投稿を通して“新しい時代の家族”を描く本作を、どのような思いで発表するに至ったのか? メールでお話をうかがった。

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上の世代がバカにするものが、次の時代の主流になる

──ユーチューバーを題材として選ばれたきっかけや、理由があれば教えてください。

浜口倫太郎さん(以下、浜口) 昔から、ダメな大人と聡い子どもという組み合わせの物語が好きなんですよ。映画で言えば、『ペーパー・ムーン』や『フル・モンティ』ですね。とにかくアホなおっさんが好物なんです。こういう話が現代の設定だったらどうなるかなと考えて、すぐに閃いたのが「ユーチューバー」。ダメ男が一攫千金を狙うのにぴったりな題材だと思い、ユーチューバーを目指す父親と、それに呆れる娘という設定にしました。

──浜口さんが、初めて「ユーチューバー」という存在に触れたときの印象は?

浜口 テレビの放送作家をやっていたとき、「テレビという媒体は、自分たちの世代のものではなく、もっと上の世代のものだ」と、テレビに対する情熱がちょっと冷めていたんですよ。今、活躍している放送作家を見ても、自分より上の世代が10年、20年と延々やっている。なかなか我々世代に席を譲ってくれないんです(笑)。まあ自分が、放送作家にさほど向いていなかったというのもあるんですけど。

 ユーチューブが世に出てきたのは、放送作家をやめたくらいのタイミングで、これはおもしろいなと思いました。個人で番組が持てるって、最高じゃないですか。作中で、勇吾が「テレビ局を持ちたい」と言いますが、あれは僕の考えですね。ユーチューブ黎明期のころ、テレビの人間はユーチューブをバカにしていましたが、僕は絶対にユーチューブの時代が来るなと思っていました。どんな時代でも、上の世代がバカにするものが次の時代の主流になるので。

 子どもがユーチューブを見はじめているのも大きいですね。どんな売れっ子のタレントよりも、HIKAKINさんやFischer’s-フィッシャーズ-さんのほうが反応はデカい。そういう状況を見ていると、これからはユーチューブが主流になるなとわかります。新しいものはユーチューブから出てきて、テレビがそれを拡散するという感じでしょうか。今は、放送作家ならぬ「ユーチューブ作家」みたいな人も出てきていますが、自分も20歳くらいに戻れたらやっていたなあと思いますね。

──「中年がユーチューブに参入して人気を得るのは難しい」という予想に抗おうとした勇吾ですが、ほかにも今、世の中の人がとらわれている「常識」や「過去の価値観」、「こだわり」があるでしょうか。

浜口 今の人って、情報過多なのかもしれませんね。なにかやろうと思ったときに、まずネットで調べるじゃないですか。当然、失敗例のほうが多いので、「やっぱり無理だ」ってやる前に諦めちゃう。勇吾みたいに、ある意味バカなほうがいいんだと思います。

 たとえば起業家を見ても、成功している人は、キレキレで頭脳優秀というよりも、向こう見ずで、いい意味でバカな人のほうが多いでしょう。「見る前に跳べ」ではありませんが、なにも考えずに飛び込むというのも大事なんじゃないですかね。そんな人がいたら、海香みたいにまわりが苦労するかもしれませんが(笑)。

──「どんなにいい商品でも宣伝しなきゃ意味ねえんだ」という勇吾のセリフが印象的で、かつ、“物語の鍵”にもなっていました。自分のアピールはしづらいという人も多いと思うのですが、そんな人にアドバイスがあれば。

浜口 「かっこつけるな」ってことですかね。プライドやこだわりがあると、広めることってできませんから。と言いつつ、僕も自分をアピールするのは大の苦手なんですが……。

 そういう人は、アピールが得意な人と組むのが一番ですね。芸人でも、マネージャーが代わってドカンと売れる人がけっこういるんですよ。自分はアピールが苦手だと思うなら、アピールが得意な人を探してアドバイスをもらうといった努力は必要かなと。

今のネットは、無免許でいろんな人が暴走している状態

──作中でも「炎上」が大きなターニングポイントとなっていました。最近、リプライやコメント欄などでの誹謗中傷について、多くの議論が交わされています。インターネット上での誹謗中傷について、どのようにお考えですか?

浜口 自動車が発明されて交通の便はよくなりましたが、そのぶん交通事故で亡くなる人も増えました。物事には正負両面あって、誹謗中傷問題はネットの負の面ですよね。

 僕は、基本的には匿名で意見を述べるのが嫌いで、匿名だという時点で、どれだけ正しくていいことを言っていても、その価値はゼロだと思っています。こういう考えかたって、ネット時代では古いんですが、最近、ちょっと風向きが変わってきました。

 自動車でも、ちゃんと免許試験があるじゃないですか。でも今のネットって、無免許でいろんな人が暴走している状態ですよね。あちこちで当て逃げ、ときにはひき逃げまでやっているのに、なにも罰則がない。いじめと同じでネット上の誹謗中傷が消えることないですが、もっと法的措置を簡易化するなどのなんらかの対策は必要かと思います。

 昔、登山家の栗城史多さんにお会いして、「もし登山小説を書くことがあったら取材させてください」と雑談で話していたのですが、栗城さんはそのあとすぐに、無謀な登山で亡くなりました。彼をその無謀な登山に向かわせた原因は、ネットの誹謗中傷だったのではないかと思うんですよ。栗城さんは、ネットのおかげで有名になり、そしてネットに殺された人だと僕は考えています。いつか栗城さんをモデルにした小説を書いて、ネットの是非のようなものを、自分なりに追究したいですね。

──現代における、「情報や他人の意見の上手な受け入れかた」のようなものはあるのでしょうか?

浜口 僕の場合は、なるべくネットにアクセスしないようにしています。仕事中もネットを落として、スマホもスマホロックボックスに入れる。ネットは、集中の最大の敵ですね。

 作家だからと言われてしまえばそれまでですが、情報は本で仕入れるのが一番ではないでしょうか。ネットにはけっきょく、断片的な情報しかありませんから。総合的な知識を得るには、本がいい。それをネットで補うのが理想かなと。家の土台は本で、建材はネットで仕入れるというイメージです。

 これからの時代は、ネットをいかに遠ざけるかが大切になるかもしれませんね。ネット環境のないリゾート施設みたいなものが流行りそうです。

──動画共有サービス、小説投稿サイトなどを利用すれば、誰もがコンテンツを発信できる時代です。今後、コンテンツはどう変わっていくでしょう?

浜口 お金をたくさんかけたメジャーな大作か、マイナーだけど一部の人に刺さる佳作かに二極化すると思います。プロでも、今まで食えていた中間層がごそっといなくなる。

 自分も含め、コンテンツを作る側として長く活躍するには、芯が大事になると思いますね。たとえば、いろんなゲームメーカーが出てきていますが、100年後にはその99%が消えてしまうんじゃないですか。そんな中でも、任天堂だけは残る。任天堂が、「京都のおもちゃ屋」という芯を貫いているからです。どれだけバイオレンスなゲームが流行っても、任天堂はバイオレンスに手をつけませんよね。メーカーとして明確な芯がある。クリエイターは、「自分の芯とはなにか」ということが問われる時代になると思います。

自分の強みを見つけるためにも、多作じゃないと生き残れない

──本作に登場するお笑い芸人の描写も、リアルで興味深いものでした。放送作家時代のご経験が生かされているのでしょうか。

浜口 そうですね。僕が放送作家だったのは、まだ芸人が売れるにはテレビに出るしか手段がない時代でした。今の30代の芸人って、狭間の世代なんですよね。上の世代が、なかなかテレビからどいてくれない。そのわずかな隙間の席を、どうにか頑張って勝ち取ろうとひな壇芸人みたいなものを作って奮闘してきた。それなのに、ユーチューブやSNSをうまく使える20代の第7世代が出てきて、自分たちを一気にごぼう抜きする。この物語のメインに据えた芸人さんは、そんな不遇の世代の芸人として書いています。

──勇吾たちが、「勇吾の魅力はリアクションにある」と見出し、そこに集中していくストーリーには説得力がありました。勇吾のように「自分の強み」を発見し、育てていくにはどうしたらよいのでしょう?

浜口 自分の強みを見つける方法は、どれだけ量をこなしたかしかないんですよね。ユーチューブって、毎日投稿している人が強いのは、見る側に視聴習慣をつけさせられるからということもありますが、量産することで「自分はなにが得意か」を見つけられる確率が格段に上がるんですよ。Fischer’s-フィッシャーズ-さんも、アスレチックという強みを見つけて飛躍しました。勇吾も毎日動画をアップしたからこそ、リアクションという武器が見つかったわけで。そういう部分は、ちゃんと表現しようと思いました。

 これはユーチューブだけでなく、どんな分野でも言えることではないでしょうか。ピカソは天才画家ですが、多作でも有名ですからね。あれだけたくさんの作品を作ったから、『ゲルニカ』や『泣く女』が生まれた。自分もサボりたくなったら、「これからは多作じゃないと生き残れない」と言い聞かせています(笑)。

──外出自粛ムードが続く中、宮古島の美しい風景描写に癒されました。宮古島を舞台にした理由をお聞かせください。

浜口 ユーチューバーというちょっとデジタルで無機質なものを題材にするので、その対比のために、舞台は自然豊かなところにしたかったんです。そこで宮古島を選びました。

 昔、島田紳助さんの番組を作っているときに、よくロケハンで沖縄の離島に行ったんですよ。その中でも、宮古島が一番印象に残っていました。スナックのホステスさんが、宮古の男は泡盛ばっかり呑んでなにもしないと愚痴っていたのもよく覚えています(笑)。妻の弟が宮古島に住んでいるので、少しは土地勘があるということも理由のひとつです。

お父さんはユーチューバー
『お父さんはユーチューバー』(浜口倫太郎/双葉社)

──『お父さんはユーチューバー』を、どのような人に読んでもらいたいですか。

浜口 子どもでも読めるように書いたので、全世代に読んでほしいですね。とくに普段小説を読まない方々は、騙されたと思って読んでほしい。「本当に騙された」とクレームをつけられても、責任は一切取りませんが(笑)。それから、強いて言うならば、お父さん世代にも読んでほしいですね。

取材・文=三田ゆき

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