人生にプロレスが“必要”な人がきっといる――現在進行形のプロレスのドラマを描いた『新日学園 内藤哲也物語』完結&刊行!

マンガ

公開日:2020/8/1

新日本プロレスでカリスマ的な人気を誇るレスラー・内藤哲也を主人公にしたマンガ『新日学園 内藤哲也物語』。内藤選手をはじめとする実在の新日本プロレスの選手や出来事を反映した“学園マンガ”が2年の連載を経て完結、コミックス2巻が発売された。連載中の苦労や読者への思いを、作者の広く。さんに訊いた。

 


ひろく● 鳥取県生まれ。2004年マンガ家デビュー。14年、初著書『プ女子百景』が話題に。新日本プロレススマホサイトの待ち受けイラストや公式ファンクラブ会報誌「Team NJPW」のマンガ「ヤングライオン物語」、『有田と週刊プロレスと』(Amazonプライム)のオープニングイラストを手掛ける。WEB連載コラム「DeNAブライアン先生のWe☆Baseball」のイラストも担当。@cohirohiroko

 

■プロレスを題材にしたマンガの歴史に、このマンガを置くことができた

――連載を終えられた今の気持ちを教えてください。

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広く。:内藤選手の来た道を、出版物という残るものとして形にできたことが……プロレスを題材にしたマンガの歴史にこのマンガを置くことができたことが、嬉しいです。

――かなり大変な連載だったようですね。

広く。:最後まで描けてよかったです……毎回ふらふらになりながら描いていたので、くたばらなくてよかった(笑)。

――どんなところに苦労されましたか?

広く。:1巻収録のエピソードには内藤選手自身が語っているなど、すでに“物語化”されているものもあるのですが、2巻は現在に近いエピソードなので、語られていないことも多い。物語として構成するのに苦労しました。

――毎回8ページという限られたページ数で試合のシーンも描かなくてはいけないのは大変だったのではないかと思います。

広く。:見返すと、かなりつめつめになっていますよね。技を仕掛けて、相手をたたきつける、と本来2コマ使いたいところを、無理矢理1コマにしたりしていたので、すごく忙しい展開にならざるを得なかった。余韻が出せたらよかったのですが……。プロレスマンガとして、プロレスの部分だけを見ると……50点とかですかね(笑)。そこは力不足を感じながら描いていました。

 


技を掛け合う両者。そこに、感情や回想、周囲の歓声、実況解説など、いろいろなものが織り込まれた、濃密かつ激しい格闘シーン。

 

――たった50点ですか! でもそのプロレスに対しての厳しい目線が、作品のクオリティを保っていたのだと思います。読者の方の反応で印象的だったものはありますか?

広く。:親子で読んでくださっている方がいて「子供が真剣に読んでます」と。マンガとしておもしろい、と思って読んでもらえたのがすごく嬉しかったです。私が子供の頃に『キン肉マン』のアニメをプロレスが題材だとは知らない状態で観ていたように「知らないうちにプロレスのマンガを読んでいた」みたいな感じになるといいなと思っていたので。

■読んでいる人が、現実との間に違和感を持たないように

――ご自分で気に入っているエピソードや、回を教えてください。

広く。:最後の2話くらいはよかったかなあと。内藤選手が「制御不能」を経て、素の「内藤哲也」のピュアな気持ちに戻ったような……過去の自分に「キミの夢 ついにかなうよ」と話しかけているシーンも、素に戻っているところを描いています。これは私の創作ではなくて、内藤選手が実際におっしゃっていたことなのですが。

 


広く。さんのお気にいりシーン。大舞台を前にしたトレーニング中、過去の自分が現れる。

 

――内藤選手も、2巻収録の高橋ヒロム選手との対談の中で、あのシーンは好きだとおっしゃっていましたね。最終回についても「大事にしてきた言葉が最後の最後に出てきた!」と喜んでいらっしゃいました。

広く。:そう言っていただけて、本当にありがたいです……。連載を始める前に、どこで終わるかは決めていたんですが、内藤選手が出演されたNHKの『プロフェッショナル』を観て、後付けで少しエピソードを足したりもしました。わりとうまくいったかなと(笑)。

――2018年のイッテンヨンまでの出来事を反映しているので、完全な同時進行の連載ではありませんでしたが、現実のプロレスラーたちの動向が激しく変わっていくことが、執筆にも影響したそうですね。

広く。:マンガではオカダ選手の側についていた外道選手が現実で寝返った時は、ショックでしたね。読んでいる人が現実との間になるべく違和感を持たないようにという意識もあり、外道選手の出番が徐々に減っていきました。

――なるほど、過去のこととはいえ、読者は現状をどこかで意識して読んでしまいますもんね……。すごいライブ感です。

■人生にプロレスが“必要”な人が、観るきっかけに

――描き終えてみて、内藤選手やプロレスへの気持ちに変化はありましたか?

広く。:意外と、いちプオタとしての目線は変わらないですね。マンガを描く時は別物というか、選手をそのまま再現しようとするのではなくて「マンガの題材」「キャラクター」として描いている感覚だったので。

――それでも、名前を一文字変えたり、架空のキャラクターにはしなかったのですね。

広く。:今の選手を実名で登場させることに意味があるのかなと。完全なフィクションにしたり、今を無視して過去だけ描いたりするのはしっくりこなくて。読んでいて気になった選手を実際に観に行けることが大事かなと思いました。

――連載が始まる時からずっと「プロレスを観るきっかけになれば」とおっしゃっていましたね。「プロレスを知っていたらもっと生きやすくなるタイプの人」がいると思うから、そういう人に届けたい、と。

広く。:娯楽の1つではなくて、人生にプロレスが“必要”な人がいると思うんです。物事をあれこれ考えてしまう人とか……そういう人がプロレスと出会ったら、もう水を得た魚というか、“じゃぶじゃぶ”だと思います(笑)。最近プロレスを観始めた方は、このマンガでここ数年の出来事を追体験してから(コロナ禍を経て)新たに始まる新日本プロレスを観ると、より楽しめると思います。

■無観客試合は「新しい100」

――新日本プロレスは6月15日に試合を無観客で再開しましたね。どんなふうに配信をご覧になりましたか?

広く。:やっぱりプロレスは楽しいなあ、新日本はいいなあと思いました。ベルトをめぐる闘いもストップした状態だったのに、それを過去のものと感じさせず、5カ月前と物語が直結していて。もたつかず、全力で物語が加速している感じはさすがだなと。お客さんがいなくてもスカスカ感がまったくなくて、むしろ特別感があるというか。今までが100で今回80くらいになったものを見ているのではなくて、「新しい100」を見ている感じでしたね。選手もレフェリーも……音響さん、照明さん、アナウンサーさんも全員が一丸となって「すごいもん見せてやるぞ!」という意気込み、プライドを感じました。

――本当にそうでしたね。みなぎっている感じがありました。

広く。:試合をやってベルトが動いている団体もあって、それを観て救われていた部分もありましたし、新日本は新日本にしかできないことをやっていた。プロレス界全体としていいものを見せていただいたなあと思いました。

――それぞれの団体がそれぞれにプロレス界を盛り上げていたんですね……。広く。さんは現在、新日本プロレス公式ファンクラブの会報誌で選手がヤングライオン時代を振り返るマンガ「ヤングライオン物語」を連載されていますが、今後マンガにしたい題材はありますか?

広く。:もちろん、新日本プロレスのマンガも描きたいのですが、しばらく男子ばかり描いていたので、女子も描きたいです! 実在の選手なのか架空のキャラクターなのかはわかりませんが、『新日学園』のような女子学生たちのバトル女子マンガもいいかもしれません。

――『プ女子百景』と通ずるものがありますね! ぜひ拝読したいです。

 

『新日学園 内藤哲也物語 1』
中学3年生の内藤哲也は、新日学園で偶然目にした棚橋弘至の試合に魅了され、チャンピオンを目指し、翌年入学。順調な滑り出しに見えたが、ライバルの台頭、ケガ、激しいブーイングなど厳しい現実が押し寄せる。テレビや動画では観られないアングルからのプロレス技も必見!
ここから1巻の第1話が読めます。

『新日学園 内藤哲也物語 2』
闘いの猛者が集う「新日学園」で勢いを失いつつあった内藤。だがメキシコ遠征中の出会いが、内藤を「制御不能」な男に変えた……! 巻末には内藤哲也×高橋ヒロム対談、鷹木信悟の加入、オカダ・カズチカとの2冠戦についてのおまけマンガ2編を収録。電子版には特典「新日学園 制服着こなしコレクション」も。
ここから2巻の第1話が読めます。

取材・文=門倉紫麻