「修学旅行の夜のようなワクワク感を」異色の怪談実話作家・郷内心瞳がすすめる1冊

文芸・カルチャー

更新日:2020/8/17

 本当にあった怖い話が読みたい? そんな方には取材や体験談をもとに書かれた、「怪談実話」と呼ばれるジャンルがおすすめ。特にここ20年ほどは個性ある作家が続々と登場、大きなシーンを形作っている。「拝み屋」兼怪談実話作家として話題の郷内心瞳さんへのインタビューと特選ブックガイドで、リアルさに背筋が凍る怪談実話の世界を覗いてみよう!

郷内心瞳さん
郷内心瞳さん

 宮城県で「拝み屋」を開業する異色の作家・郷内心瞳さん。目には見えない世界と日常的に接しながら、その不思議な経験を作品に活かしている。

「拝み屋は地域に根づいた、一種のカウンセラーのような仕事です。先祖供養やお祓いなどもしますが、仕事のトラブルの相談に乗ったり、今年の運勢を占ったりと、生活全般の困りごとが対象。よく読者に『架空の仕事だと思っていました』と言われますが、私の住んでいる東北では困ったら拝み屋に行くという感覚が、年配の方を中心にまだ残っているんですよ」

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 怪談作家になったのは約6年前。知人のふと洩らした一言がきっかけだった。

「拝み屋のホームページを作ったんですが、営業時間や電話番号を載せてしまうと、もう更新することがないんです。それでこれまで集めてきた怪談を、書いてみることにしました。ところがそれを読んだ人が、『文章がなっていない』というんですよ(笑)。悔しいので『「幽」怪談実話コンテスト』という賞に応募して、プロの判断を仰ぎたいと思った。幸いその作品が大賞に選ばれて、作家デビューにつながったんです」

 実際にあった(とされる)不思議な出来事を、取材をもとに執筆するのが怪談実話というジャンル。郷内さんの作品は、自らのすさまじい恐怖体験を綴ったものが多い。

「『拝み屋怪談』シリーズの印象もあって、自分の体験談が多いように見えますが、半分くらいは人から聞いた話です。お客さんと雑談していて、『そういえば以前こんなことが』と自然な流れで怪談になることがある。そうして溜まった怪談を、本のテーマに応じて作品にしています」

 ホラーや怪談に長年親しんできた郷内さん。怖いものの魅力についてはこう語る。

「人生で最初にはまった作家はスティーヴン・キング。怪談実話の面白さに気づいたのは『新耳袋』シリーズの影響が大きいですね。怖い話は、遊園地の絶叫マシンに似ています。危険が及ばない範囲で、恐怖のスリルを味わえる。安全で刺激的な娯楽なんです。若い頃はひたすら怖い話を読みたかったですが、最近はちょっと不思議な話が好きになってきました。一口に怪談といっても、いろんな味わいがあるんですよ」

 今年は『拝み屋怪談 幽魂の蔵』『拝み屋備忘録 ゆきこの化け物』『拝み屋異聞 弔い百物語』と新刊3冊を連続リリース。作品によってアプローチを変えつつ、怪談実話の可能性を広げている。

「『拝み屋怪談』は、自分の身に起こった出来事を書いている、いわば看板シリーズ。長めの怪談も書けるのが、比較的自由な器ですね。『拝み屋備忘録』は竹書房怪談文庫で展開しているシリーズ。怪談マニアが手にするレーベルなので、短くて強烈な話をたくさん入れています。『拝み屋異聞』では百物語に挑戦。話数があるので、いろんな怪談が楽しめる一冊です」

 読者の中には「フィクションなら読めても、実話はちょっと……」という方もいるだろう。郷内さんは「食わず嫌いせずに、一度チャレンジしてみて」と背中を押す。

「修学旅行の宿泊先で、友達と怪談をして楽しんだ人は多いはず。怪談実話にはあの懐かしいワクワク感があります。非日常的な世界に触れることで、人や社会を見る角度もちょっと変わるかもしれない。『そういえばお墓参りに行っていないな』という感じで、亡くなった人を思い出すきっかけにもなりますよ。怪談実話集は大半が短編集。一冊に一話はきっと心に残るエピソードが入っているはずです」

郷内さんおすすめの“怖い”本

『新耳袋 現代百物語』(全10巻)

『新耳袋 現代百物語』(全10巻)
木原浩勝、中山市朗 角川文庫 590〜640円(税別)
 怪談蒐集家の二人が達意の語り口で披露する、身近な怪異譚99話×全10巻。多くの書き手と読者にインパクトを与え、怪談実話ブームを生んだ画期的なシリーズ。「怖い話をこんなに綺麗に、分かりやすく書けるのかと驚きました。怪談って面白いんだなとあらためて教えてくれた作品。怪談実話ビギナーでも入りこみやすいと思います」(郷内)

新刊

『拝み屋怪談 幽魂の蔵』

『拝み屋怪談 幽魂の蔵』
角川ホラー文庫 680円(税別)
 宮城県の旧家・時津家。その庭に建つ蔵には得体の知れない「何か」が現れるという。相談を受け、漆黒の蔵の中で夜明かしすることになった拝み屋・郷内は、これまで自分が見聞きした怪しい話の数々を思い出してゆく。蔵に潜むものは姿を現すのか。藤田富主演でドラマ化もされた著者の代表作「拝み屋」シリーズの完結編。

『拝み屋異聞 弔い百物語』

『拝み屋異聞 弔い百物語』
イカロス出版 1600円(税別)
 拝み屋を営む著者のもとには、今日も不思議な話、怖い話が持ちこまれる。家族旅行の途中で目にしたもの(「舞頸」)、雨の中、著者の家の窓辺に現れた人影(「群がる者たち 陰」)、どこまでもついてくる蛇(「追い蛇」)―。大病や大切な人との離別など著者自身の日常を織りまぜながら、「百物語」の形式で綴られる、恐ろしくも胸を打つ実話集。

『拝み屋異聞 弔い百物語』

『拝み屋備忘録 ゆきこの化け物』
竹書房 650円(税別)
 本当の祟りの、憑き物の話をしよう…。東北で拝み屋を営む著者の元に集まる、様々な怪異を書き綴るシリーズ〈拝み屋備忘録〉。階下の住人が亡くなってからというもの、夜ごと不気味な女が現れる(「あなたの番です」)、水子地蔵へのいたずらが巡り寄せた取返しのつかぬ陰惨な祟り(「実践と結果」)―。人の因業と生み出される怪異の数々が迫る第3弾。






ごうない・しんどう●1979年宮城県生まれ。宮城県で「拝み屋」を営むかたわら、怪談実話作家として活躍中。自らの体験と取材をもとに書かれた代表作「拝み屋怪談」シリーズはドラマ化された。『拝み屋異聞うつろい百物語』『拝み屋備忘録 怪談双子宿』など著作多数。

取材・文:朝宮運河