話題性より「ならでは感」。次にくるマンガはどう創る?『ヲタ恋』『ニーチェ先生』…マンガ編集者座談会

マンガ

公開日:2020/9/11

 ダ・ヴィンチとniconicoが共催する、読者参加型のマンガ賞「次にくるマンガ大賞」。6回目を迎えた今年、「コミックス部門」と「Webマンガ部門」をあわせたエントリー数はなんと4768作品に! 投票数は約33万票にも及んだ。8月19日に結果が発表され、『ダ・ヴィンチ』10月号(9月4日発売)では「次にくるマンガ大賞2020」を特集。ずらりと並んだ旬の注目作をチェックしてみてほしい。(本記事は『ダ・ヴィンチ』10月号より転載)

 多くの話題作を世に送り出してきた3人のベテラン編集者が集結! 次にくるマンガ家の見つけ方、現在の読者の傾向、マンガ家へのアドバイス、さらにはマンガ業界の展望まで、たっぷり語っていただいた。

川部まゆみさん(KADOKAWA)、鈴木海斗さん(一迅社)、豊田夢太郎さん(フリーランス/ミキサー)
川部まゆみさん(KADOKAWA)、鈴木海斗さん(一迅社)、豊田夢太郎さん(フリーランス/ミキサー)

 

話題性より作家性

――お三方とも、日頃からSNSなどで「次にくる」と思うマンガや作家さんをチェックされていると思いますが、どういう時に「声をかけてみよう」と思われるのでしょう。

豊田 バズったら声をかける……みたいなことは、僕はもうあまりやっていないんです。それを専門にしている編集者さんがいるので、その瞬発力には敵わない。『一人交換日記』の永田カビさんがTwitterに〝レズ風俗レポ〟をあげたときお声がけしたのは、永田さんの作家力が高いと感じたから。長くお付き合いをして、新しい作品を生み出せる作家さんかどうかを見ているのかなと。

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『一人交換日記』書影
『一人交換日記』(全2巻)
永田カビ 小学館ビックCスペシャル 各925円(税別)

川部 『ニーチェ先生』の時には「このTwitterのテキストをマンガにしたら、どう化学変化が起こるか?」というビジョンが見えそうだったのでお声をかけさせていただきました。あとはひたすら作家性にほれた場合ですね。『マイ・ブロークン・マリコ』の平庫ワカさんは、pixivでイラストを描いていらした頃にお声をかけさせていただいて。マンガを描いているかどうかわからなかったんですが、彼女が描く表情や雰囲気にほれ込んでしまった。マンガ家になる気持ちがあるかをお聞きしたら、ご本人も「考えている」と言ってくださいました。

『ニーチェ先生~コンビニに、さとり世代の新人が舞い降りた~』書影
『ニーチェ先生~コンビニに、さとり世代の新人が舞い降りた~』(1〜13巻)
ハシモト:画 松駒:作 KADOKAWA MFCジーンシリーズ 514~590円(税別)

『マイ・ブロークン・マリコ』書影
『マイ・ブロークン・マリコ』
平庫ワカ KADOKAWA BRIDGE C 650円(税別)

鈴木 僕も、その方の「ならでは感」がある作家さんがいいなと思います。Twitterのマンガって、「こうすれば拡散するだろう」という文脈が確立されてきて、ある程度技術力があれば再現できるんですよね。それだけだと既視感があるものになったりするので、プラスアルファとして「ならでは感」、作家性を表せる人がいいのかなと思います。『先輩がうざい後輩の話』のしろまんたさんにはそれを感じたので、お声がけしました。

『先輩がうざい後輩の話』書影
『先輩がうざい後輩の話』(1~5巻)
しろまんた 一迅社:発行 講談社:発売 各1000円(税別)

――「作家力」「作家性」という言葉が出ましたが、具体的にはどういった部分に注目されますか?

川部 原作者さんだとキャラクターの面白さ、強さみたいなものになってきますけれど、マンガ家さんや作画者さんの場合は、画力そのものよりも「表情」を描こうとしているかどうかを注意して見ています。

鈴木 僕は、「遊び」があるかどうかですかね。先ほど言ったプラスアルファって、遊びの部分というか、細かいところに宿ってくるんじゃないかなと思います。ほかのマンガと似ていたとしても、ストーリーとは関係ないところでキャラが生き生きしていたり、表情がよかったり。そういう遊びがあると、この人はちゃんとキャラのことを考えてくれてるんだな、と思う。

豊田 すごくふわっとした言い方になっちゃうんですけど……ある種の「エモさ」がある作家さんがいいですね。これが言いたい!これを見せたい!という体重のかけ方が強い作家さんが好きです。

鈴木 今日、まさにそれをお二人にお伺いしたかったんです。豊田さんの『潜熱』とか、川部さんの『マイ・ブロークン・マリコ』とか、お二人の担当される作品がすごく好きなんですけど、めちゃくちゃエモーショナルですよね。自分の担当作とはトーンが違うので、作家さんとどう打ち合わせをしていらっしゃるのかなと……。

『潜熱』書影
『潜熱』(全3巻)
野田彩子 小学館ビッグC 552~591円(税別)

豊田 僕は打ち合わせで、身ぶり手ぶりがめっちゃ多いんですよ。キャラクターになり切ってしまうのか「ここでこうだから、こうなるじゃないですか!」って言いながら、動いちゃう(笑)。打ち合わせの中で、作家さんと「ここがエモいですよね!」というコンセンサスを取りたいのかな。それが取れた作品だと、手応えを感じます。

豊田さんイラスト

鈴木 なるほど……ちょっと前までは、読み手の需要を率直に満たすことが大事だと思っていたところがあったんですけど、それを描ける作家さんがものすごく増えてきて。そうすると、ドキドキするものとか、ヒリヒリするもののほうが、もしかしたら求められているのかもなと思うようになったんですよ。僕は楽しいラブコメを担当することが多いので、ヒリヒリ感をどうやって出そうかと思っていました。

豊田 僕もラブコメとか、みんながハッピーになるような恋愛マンガが大好きなので作りたいと思うんですけど、普通の恋愛マンガにはなかなかならなくて、だんだんどろどろし始める(笑)。

川部 ラブコメの、楽しく、優しく、そしてちょっと切ない世界っていうのは、永遠に需要があるものなんじゃないかなと思います。特に、社会情勢的に不穏なことがあると、よりそうなる気がします。むしろラブコメを作る方法を教えてもらいたいです!

鈴木 「こうだったらうれしいのにな」みたいな気持ちを忘れないことですかね……? 言っていてめちゃくちゃ恥ずかしいですけど(笑)。『ヲタクに恋は難しい』も、オタクの恋というところに注目されがちですけど、実はしっかり心の話なんだな、と思ったりしますね。今の若い子たちは、どういうことを言われたいのか、どうされたらうれしいのか、を作家さんと考えるようにしています。

『ヲタクに恋は難しい』書影
『ヲタクに恋は難しい』(1~9巻)
ふじた 一迅社:発行 講談社:発売 各815円(税別)

今のマンガ読者は?

――今、マンガ読者の方たちを見ていて、どう感じますか?

豊田 確実に言えるのは、読む人の裾野がめちゃめちゃ広がった、ということですよね。いわゆる「マンガ好き」じゃなくても、時間をつぶすためにマンガを読んでいる人が増えているので、読者さんと作家さんの関係性においては、今が一番幸せなんじゃないかなと。自分の作品を自分で売り出したい人がいて、読者はそれを、時には無料でどんどん読めて……。ただ大勢の人たちに向けて刺さるものをどう作るのかが難しいなとは思います。前は、もうちょっと細分化されたところに一定のお客さんがいて、この人たちに向ければこのぐらいのお金になる、みたいのが明確に見えていた。でも今はぶわあっと広いところにお客さんがいるので。

川部 読者にとっては、読めるものが多過ぎて、本来なら自分に響く作品に触れないまま終わっているケースもあるのかなと思うんですよ。読んでもらいたい読者にどうやったら届くのかを、すごく悩んでいますね。前は、書店に行けばその人の好みのものが見えて、ジャケ買いしてもらえたと思うんですけれど、今はジャケ買いのように冒険して新しい作品を買う読者さんは減っているのではないかと感じています。まずネットで試し読みをしたり、Twitterで読んで面白かったから買おう、ということになってくる。細分化された、読んでもらいたいと思う読者に届けたいと思っても、結局目に触れる機会を増やすために拡散するしかないんでしょうかね……書店が減っている中で、ネットが代わりにできることがあれば、早めにその方法を考えないといけないなと。

鈴木 そうですよね。広い層だけじゃなくて、読んでほしい人に届けられれば、「マンガ好き」向けのような細分化された作品も読んでもらえる気がしていて。僕の主観かもしれないんですけど、若い子たちが今、すごく生き生きしてるなと思うんですよ。自分勝手という意味じゃなくて、自分の好きにやろうとか楽しくやろうよみたいな感じがある。「ちゃんと10代だな」というか(笑)。そういう若者たちなら、自分の気になったものをちゃんと読んでくれるんじゃないかなという気がします。受け手の側の気分とか、受け手が何を求めてるかによって、作り手側も変わると思うんですよね。僕らが10代の頃って、自分とかマンガの中の人にある無敵感みたいなものを否定されずに済んでいた。SNSがないから、もっとすごい人を見ずに済んでいたんですよ(笑)。SNSの普及で、自分の無敵感も、エンタメの中の無敵感も信じられなくなっていた若者が多かったと思うんですが、最近はまた若者の無敵感が戻ってきている感じがしますね。

川部豊田 そうなんですね!

鈴木 そうなると、また尖ったエンタメが機能してくるので、先ほど言ったエモーショナルな話とかヒリヒリするものも求められるのかなと。

豊田 僕は親の気持ちになってしまうので、あまり若者のことはわからないんですけど……『鬼滅の刃』がめっちゃ売れたことで、すごく勇気がわいたんです。独特のグロテスクさがある作品だと思うんですが、それを、面白さで凌駕できちゃうんだ! ちゃんと大勢の人がそれを受け入れてくれるんだ!と嬉しくなって。今の読者さんは柔らかいというか、エッジが効いているものをちゃんと受け止めてくれるとわかった。しかも子どもが読んでいるわけで……それもすごくいいですよね。

川部 お二人の話を聞いていると、すごく希望が持てますね! 私はある程度年齢が高めの女性向けの作品を作っているので、若者のことはあまり勉強していないんですが……年齢が高めの方たちに感じるのは、本当に多様性を求めているな、ということです。例えば、ギャルだけれどすごく真面目でいろんなことを考えている子だったりとか、これまでの定型とは違うキャラクター性がより求められている……そういう時代性を感じます。『鬼滅の刃』も、主人公がすごく優しいですよね。『ジャンプ』の定型とは、少し違う気がするんですよ。うちの息子が12歳なんですけど、彼らを見ていると、男の子たちがとても優しいし、男女平等みたいなものが自然とわかっているように思えて……彼らは過渡期の世代なんだろうなと思います。

――そうやってマンガを読みながら自然と多様性などが身についていったり、読者の欲求がマンガに反映されたりと、お互いに作用しているんですね。

川部 『マイ・ブロークン・マリコ』のシイちゃんも、これまでなら、かなり特異なキャラクターだと捉えられたと思うんです。でも、ああやって思い切ったことをやりたいという気持ちが、きっと多くの女性の中にあったんだと思うんですよね。もしかしたら、男性の中にも、そういう女性を見てスカッとする気持ちがあったのかもしれない。今までにはなかったけれど「これが読みたかった!」って思ってもらえるものを見つけたいなと思います。なかなか見つけられないですが(笑)。

マンガ業界はどうなる?

――描き手の方たちには、いつもどんなアドバイスをされていますか?

鈴木 作家さんの年齢にもよるかもしれない。20代後半ぐらいまでの方なら「好きに楽しく描いて、生活する中で人として幅を出してください」と言います。自分と同年代の、30代以上の作家さんなら……「俺らが10代の時にマンガを読んで楽しいと思ったあの感覚を、今の子たちにも味わわせてあげようよ!」みたいなことを言うかもしれない(笑)。『マイ・ブロークン・マリコ』を読んだ時、自分が中高生の頃の90年代的なヒリヒリしたものを感じて……それをマンガ家として技量も上がってきている年代の作家さんと一緒にやってみたいですね。

川部 ありがとうございます(笑)。若くてマンガを描き始めたばかりの方だとしたら、「思考を深くしてくれ」という話をまずします。思考力の深さは作品の深さに直結すると思うので。日々の芸能ニュースでも、作家にならない人は「なんかむかつく」みたいな感想で終わると思うんですけど、作家さんなら自分はどうしてそういう気持ちになったのか、そこを掘り下げてほしい、と。それを描くことが、表現力につながるのかなと思います。コメディの作家さんには「お笑いのかけあいを、スピードも含めてよく聞いておいてください」と言ったりしますね。あと「作家さんは選ぶ側だと思って仕事を進めたほうが不幸にならないと思うよ」と話すことがあります。今、すごくいろんな媒体があるし、作家さんも自分で発信できるので、我々編集者は、作家さんに選ばれる側だと思って仕事しなければいけないなと思っています。

川部さんイラスト

豊田 僕は、若い作家さんには、「とにかくいろんなところでいろんなものをいっぱい描いたほうがいい。どこかでいいことが起きると思うから」と言います。前は、作品の「出口」は紙の雑誌に限られていて、技術と才能のある選ばれし少数の作家さんだけが描くことができていたけれど、先ほどから話に出ているように、今は出口のバリエーションがすごく増えた。とにかく描きたいものをどんどん描いていけば一生それで食べていけるかもしれないし、あるいは過去に自分が描いたもので将来の自分を食べさせていくことも可能になってきている。作家さんには、前よりも明るい説明ができるんですよね。ただ就職活動をしている学生さんには、就職はしておいたほうがいいよ、とは言うんですけど(笑)。

川部 それは大事ですね(笑)。

鈴木 豊田さんの話を聞いていて思い出したんですけど……今、「なろう系」とか「異世界転生もの」がすごく売れているじゃないですか。元がラノベのものだと、それがコミカライズされる時に、若手だけではなくて、ベテランのマンガ家さんにもたくさんオファーがあるんですよ。いろんな世代のマンガ家に機会が開かれていて、昔より状況が良くなっているように思います。

鈴木さんイラスト

豊田 そうですよね! そこから仕事が増えていくようなこともあるし、かつての作品が電子書籍化されて再度売れるようなことも起きている。いい時代だなと思います。

――マンガ業界全体が盛り上がっているんですね。次にくるマンガの描き手にとってだけでなく、ベテランの作家さんたちにもいい状況というのはとてもいいお話です。

豊田 ただ……今話してきたことって、ほとんどデジタルの話なんですよね。コロナ禍でもマンガの売り上げは下がらなかったと言われていますが、それも電子書籍の話で。正直、紙のコミックスと、マンガ雑誌と、書店さんの状況は厳しい。それは認めざるを得ないんですよね……。

鈴木 そうですよね。おもしろい作品がどんどん出てきているのは実感していますが……書店さんの状況は厳しい。僕も紙の本への愛着があるし、数が減っていく中で、紙に愛着を持ちつつデジタルでどうやっていくか、ということは考えないといけないと思っています。

川部 私も紙の本をなくしたくはないですし、なくなるとは思っていないんですけれど……最初は電子書籍だけ作って、人気が出たら紙の出版が決まることが増えているので、そのパターンをどう確立していくかも重要ですよね。ただ、やっぱりマンガの文化を守っていくために一番大事なのは、作家さんを食べさせていくことだと思うんです。電子をうまく使って、多くのマンガ家さんたちがしっかり稼げるシステムを業界全体で考えていく必要があるんじゃないかと思います。

川部まゆみさん(KADOKAWA)
2009年にKADOKAWA(当時はメディアファクトリー)入社。『月刊コミックジーン』の立ち上げを経て、現在はWEB配信誌である「COMIC BRIDGE」編集部に所属。主な担当作品に『ニーチェ先生~コンビニに、さとり世代の新人が舞い降りた~』『マイ・ブロークン・マリコ』『三枝教授のすばらしき菌類学教室』など。

鈴木海斗さん(一迅社)
2010年に一迅社に入社。現在は「DMC」編集部と「comic POOL」編集部の編集長を兼任。主な担当作品に『ヲタクに恋は難しい』『すのはら荘の管理人さん』、先日TVアニメ化が発表された『先輩がうざい後輩の話』、WEBマンガ総選挙ノミネート中の『恋する(おとめ)の作り方』など。

豊田夢太郎さん(フリーランス/ミキサー)
1973年生まれ。『月刊IKKI』ほか、小学館のマンガ媒体の専属契約編集者(フリーランス)として勤務したのち、2019年より株式会社ミキサー所属。「LINEマンガ」「マンガワン」「くらげバンチ」などで担当作品を持つ。過去の主な担当作家に五十嵐大介、オノ・ナツメ、いがらしみきお、野田彩子など。

取材・文:門倉紫麻 イラスト:すぎやまえみこ