「プロに行かないのも正しい選択」プロ野球のスカウトを主人公に、野球界の裏側をリアルに描く『ドラフトキング』作者インタビュー

マンガ

更新日:2020/9/18

ドラフトキング
『ドラフトキング』(クロマツテツロウ/集英社)

 日本のマンガ界において一大ジャンルを築く野球マンガ。少年野球からプロ野球まで、過去、数え切れないほどの作品、名作が生まれてきた。そんな野球マンガの世界で、今、抜群のリアリティで野球ファンの評価も高いのが『グランドジャンプ』(集英社)で連載中の『ドラフトキング』(クロマツテツロウ/集英社)だ。

 主人公・郷原眼力(名前の読みは「オーラ」。キラキラネームと言われると機嫌が悪くなる)はプロ野球・横浜ベイゴールズに所属する神出鬼没のスカウトマン。全国に散らばる隠れた逸材選手を掘り出すのが身上だ。あまりに独特なスカウティングに、彼がドラフト指名候補と推す選手には球団内から疑問が沸くのが日常。しかし、それは郷原の並外れた選手を見抜く目と情報収集力の賜であり、指名にこぎつけた選手はチームの貴重な戦力、球界のスターになっていく……というのが基本ストーリーである。

ドラフトキング
主人公・郷原眼力。タイトルの「ドラフトキング」は、その年に指名された選手の中で指名順位と関係なくナンバーワンの選手を示す。
©クロマツテツロウ/集英社

 選手や指名を巡る設定や周辺事情は、関係者や野球マニアが読んでも感心してしまうほどリアル。ただ、プロ野球のスカウトを主人公にした野球マンガは過去にも存在し、いずれも球界の実情を盛り込んだリアルなスカウト事情が描かれていた。しかし、『ドラフトキング』は、それに加えて卓越した「ドラマ性」が出色。これでもかと詰め込まれた野球界の知識や実情が、単なる説明にならず、ある種のストーリーテラーとなってテンポよく物語を動かし、珠玉のドラマを作り上げているのだ。

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 その好例といえるのが「知られざる才能」(第9話〜第17話)である。監督に干されて公式戦登板経験がほぼない投手・蔵田健介と、高校時代は控えだった地方の無名大学のスラッガー・沖本拓也。2人の大学生の秘めたる才能に郷原は以前より注目していた。

 しかし、その2人は郷原のライバル的存在であるベテランスカウトの毒島(通称「ハブ」)も目をつけており、既に他球団への情報流出阻止と囲い込みを始めている。「なんでもあり」だった逆指名・自由獲得制度時代のドラフトで「暗躍」していた毒島は、蔵田の監督とは「ズブズブ」の関係にあり、沖本については大学進学の面倒もみていたのだ。

 だが、蔵田は毒島が沖本に「飼い犬に手をかまれる」形で試合に引っ張り出され、2人は全国大会出場をかけた試合で相まみえることになってしまう。果たして2人の勝負とドラフト指名の行方は——。

 いわゆる「隠し球」選手である蔵田と沖本が、大一番の舞台で対戦せざるを得なくなったクライマックス。その直接の引き金になったのは、強引なご都合主義でも安っぽい人間ドラマでもなく、「蔵田の大学野球部の事情」と「沖本の才能開花の背景」。詳しい説明は未読の方のために伏せるが、いずれも現代の大学野球界をよく反映している内容だった。

 野球界の実情を丁寧に練り込んでストーリーに乗せ、ごくごく自然に読み手を盛り上げさせる。個性的なキャラクターとコミカルな作風に目が行きがちだが、『ドラフトキング』のドラマ作りは緻密かつ重厚。プロ野球選手の誕生とその人生には、選手の数と同じだけ長い物語があることを教えてくれる。

ドラフトキング
「隠し球」的存在だったドラフト指名候補の2人がスカウトの思惑を離れて直接対決することに
©クロマツテツロウ/集英社

 この傑作野球マンガはいかにして生まれたのか。ここからは作者のクロマツテツロウさんに『ドラフトキング』が生まれた背景と作品づくりについてうかがいたい。

プロに行かないのもまた正しい選択

――『ドラフトキング』はどういった経緯で生まれたのでしょうか?

クロマツテツロウ氏(以下、クロマツ):もともと野球が大好きで、大学野球や社会人野球にも面白いドラマがあると感じていました。しかし、野球マンガで圧倒的に人気があるのは高校野球マンガ。大学や社会人の企画は通りにくい。それを描くにはプロ野球のスカウトを主人公にしたマンガにするしかないと考えました。プロ野球選手になるにも、いろいろな道があることも伝えたかったので。

――確かにスカウトを主人公にすれば様々なカテゴリーを描いても不自然ではないですね。時には高校野球も題材にできますし。

クロマツ:高校野球マンガは名作がたくさんありますから、あえて自分がやらなくてもいいかな、と(笑)。

――最も描きたかったエピソードは作品化されていますか?

クロマツ:「社会人(ノンプロ)のスペシャリスト」(第4話〜第7話)ですね。社会人野球の強豪企業チームでトップ選手となれば、それなりにいい待遇を受けています。だから、選手によってはケガや自身の状況次第でプロへ行かない理由もきちんとある。プロになることだけがすべてではない。行かないのもまたひとつの正しい選択。それを描きたかった。

――確かに「そういう事情もあるんだな」と興味深いエピソードでした。こうしたリアリティは『ドラフトキング』の魅力のひとつだと思いますが、取材はかなりされているのですか?

クロマツ:頻繁にしています。「社会人(ノンプロ)のスペシャリスト」にしても社会人野球の強豪チームに取材をしました。プロ野球のスカウトさんの取材もしていますし、過去の作品を通して関係のできた野球専門誌の編集者さんやライターさんから聞く話も生きていますね。

ドラフトキング
実力はあるのに指名されない選手の事情を描く「社会人(ノンプロ)のスペシャリスト」。
©クロマツテツロウ/集英社

――取材で得た内容はどれくらい反映していますか?

クロマツ:もちろんそのまま反映はしませんが、野球好きの方がピンときたり、喜んでくれるギリギリのラインは意識しています。フィクションだから描ける裏事情もありますしね。

――ただ、掲載誌の『グランドジャンプ』は一般青年誌。野球ファンではない読者もいます。

クロマツ:野球界の事情や理論、技術の説明は必要ですが、説明ばかりでクドくなったり言い回しが難しくなったりすると、一般の方は読むのがしんどくなる。読むのがストレスにならないよう説明するにも展開に緩急をつけたり、テンポよく読めるようフキダシを多めにして一つのセリフを短くしたりするなどいろいろ工夫しています。たとえばプロ野球中継も、うまい実況と面白い解説があると抜群に面白くなりますよね。そのイメージが近いかもしれません。

――ナビゲーターのようですね。また、郷原の意見を最初は理解できない新人スカウトの神木は読者の立場に近い印象です。神木の疑問が読者の疑問になるので、ストーリーに入り込みやすい。

クロマツ:そうですね。とにかくただの野球の知識の羅列や解説にならず、セリフも含めて「ドラマに乗っていること」を一番、気をつけています。

――クロマツさんの過去の野球マンガ作品『野球部に花束を』は基本的に1話完結のコメディ。『ドラフトキング』とはタイプが全く違う作品ですが、戸惑いはなかったのでしょうか?

クロマツ:『野球部に花束を』は最初からコメディという依頼だったんです。それまでコメディを描いたことなかったんですけどね(笑)。もともとはマンガ家を目指していた頃から人間ドラマが描きたかったんですよ。ただ、『野球部に花束を』(秋田書店)で学んだコメディの技術……緊張と緩和などは『ドラフトキング』を描くうえでとても役立っています。

クロマツテツロウ
作者のクロマツ テツロウ氏

「野球が好き」はキャラのブレない共通項

――なるほど。ではデビュー前から好きなマンガは何だったんですか?

クロマツ:数え切れないほどありますけど、たとえば『タッチ』など、あだち充先生の作品は大好きです。

――意外といえば意外かもしれませんね。

クロマツ:『野球部に花束を』からのファンの方には驚かれることもあります(笑)。人間ドラマの中でも夢と現実のギャップ、そのリアルなどを描きたかった。

――いわれてみれば最初のエピソードである「2番目の男」(第1話〜第3話)も、甲子園優勝を狙う監督とチームのために、有望選手が高校時代のキャリアを犠牲にする話。「夢と現実とのギャップ」にも感じますね。結局、郷原がその背景を見逃さず指名に動くわけではあるのですが。

クロマツ:「2番目の男」は、強豪校の2番手投手が将来、球界のスターになり得る選手である理由をミステリー風味で描きましたが、同時に甲子園優勝を本気で狙う監督のえげつなさや、強豪校における2番手、3番手投手の重要性も表現したかったんです。

――1つのストーリーの中に複数の選手のエピソードや小さな謎がさりげなく含まれるのも『ドラフトキング』の面白みですね。

クロマツ:複数の物語が重層的に入ってくることは意識していますね。

ドラフトキング
郷原が周囲が大反対する中、強豪校の2番手投手の指名にこだわる「2番目の男」。
©クロマツテツロウ/集英社

――「後々、メインテーマとして取り上げるのかな?」と思わせる選手が、伏線的に顔をのぞかせたりするのも楽しいです。

クロマツ:ありがとうございます。連載前に各話の時間の流れは別々でもいい、という案もあったのですが、ドラフトは毎年あるもの。全体を通して時間の流れは同時進行している構造にしているんですよ。

――指名後の選手の状況や、指名に至るまでの長い道のりも物語に反映しやすそうですね。

クロマツ:『ドラフトキング』は「正解は一つではない」が大きなテーマ。今は何事も一つの正解を求めがちな時代ですが、実際は、答えは一つではないと思うんです。プロに行くか行かないかもそう。それを読後感もいい、エンターテイメントに落とし込みたい。その意味で『ドラフトキング』は本当に好きなことをさせてもらっています。

――郷原やライバルの毒島は口や態度が悪かったり、違法スレスレのスカウト活動までして選手を獲得しようとする。それでも読後感がいいというか、2人が憎めないのは、コミカルな演出だけではなく、2人とも行動の動機が「野球が大好きだから」であり、野球に対しては真摯である点も描写されているからのように感じます。

クロマツ:そうなんです。2人はとにかく野球好き。だから、いい選手を逃したくないし、才能が埋もれたままになるのが耐えられない。その他のキャラクタも個性は違っても、根底には野球を愛している、愛情が裏にあることだけはブレないようにしています。

――夏の高校野球シーズンも終わり、今年もドラフト会議が近づいてきました。新型コロナの影響で史上初めて高校生トライアウト(プロ志望高校生合同練習会)も行われています。『ドラフトキング』的には野球や選手のどんな点が気になりますか?

クロマツ:ベンチの様子を見たいですね。野球の難しさや面白さは待ちの時間。アピールする選手もいれば緊張している選手もいる。選手のメンタルが出ると思うんです。

――作品同様、マニアックですね。

クロマツ:『ドラフトキング』は、我ながらよく「指一本の差がプロとアマの差」なんてマニアックな話を長々と描かせくれるな、と思っています(笑)。本当、編集部には感謝しかありませんね。

――「知られざる才能」のラストですね(笑)。でも、それを気持ちよく結末まで読ませてくれるのが『ドラフトキング』の魅力。今後も野球ファンがうなる作品を期待しています!

取材・文=田澤健一郎