デビュー作『明け方の若者たち』が大ヒット! “インターネット出身の人”カツセマサヒコさんの「今年のおうち読書」【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/19

カツセマサヒコ

『ダ・ヴィンチ』の年末恒例大特集「BOOK OF THE YEAR」の投票がいよいよスタートした。今年のランキングにはどんな作品が並ぶのかを予想しながら、読書を楽しんでいる人も少なくないはず。

 さて、その発表の前に、旬の“あの人”が推薦する今年イチオシの本について訊いてみたい。ゲストとして登場してくれたのは、『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビューしたばかりのカツセマサヒコさん。作家として一歩踏み出したことで、読書との向き合い方も大きく変わったのだとか。そんなカツセさんがピックアップした一冊とは?

小説家デビューを果たし、初めて見えてきた風景

「インターネットから出てきた人が小説を書くと、この程度なんだね、とは思われたくなかったんです」(カツセさん、以下同)

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 自身を“インターネット出身の人”と称するカツセさんが“小説家デビュー”にかける想いは並々ならぬものだった。執筆期間は2年半。その間、登場人物の設定に厚みを持たせるため、飛行機に乗って取材に出かけたこともあった。苦心して生み出した原稿を、一章分丸ごと削除もした。そこに一切の妥協は見られない。ネット上での知名度が先走っていることを誰よりも自分が知っていたからこそ、カツセさんは粘りに粘ってデビュー作を書き上げたのだ。

 結果、『明け方の若者たち』は6刷り、6万8千部のヒットを記録。“インターネットのカツセマサヒコ”を知らない人たちの手元にも届けることができた。

「ぼくのことを知らない人が読んでも面白いと感じてもらえるものを目指しました。とあるサイトのレビューで『面白かったんだけど、著者がウェブライターだと知ってガッカリしました』って書いてあったんです。その評価は複雑に思えるかもしれないけど、個人的には読み終えるまでは気付かれなかったわけだから、よかったと思えました。ただ、満足はしていないです。ヒットしているって言われることもあります。でも、比べるのもおこがましいですが、又吉さんの『火花』と比較したら、ぼくの本なんて全くの無名じゃないですか。販売部数においても作品の質においても、上には上がいるのだから、もっと頑張りたい」

 現時点で持てる力を注ぎ込んだという自負はある。一方で、小説を書き続けていく上での課題も見えた。その視点を持つことができたのは、デビューに向けての2年半、カツセさんが真剣に小説と向き合ってきたからだろう。

「作品をひとつ書き上げたことによって、あらためて小説とそれを生み出す作家さんの凄さがわかったんです。自分なんて、まだまだ未熟。小説という土俵の端っこにやっと立てたくらいで。作家さんが生きる世界の過酷さを知って、みなさんに対して『ずっとこんな世界で生きているんですか……?』という気持ちにもなりました。やらなければいけないことも見えてきましたけど、同時に絶望もしています。読書量だって足りていないし、もっと鍛えなければいけない部分がたくさんある」

見過ごしてきた孤独な人たちに気付かされる一冊

 小説家としての第一歩を踏み出したことで、目に映る風景が劇的に変化した。小説の読み方も同様。自身の作品にはないもの、書けなかったものに過敏に反応するようになったという。そのなかでも、今年一番胸に刺さったのが町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)だったそうだ。

「今年読んだ小説のなかで、一番良かったと感じている作品です。この作品は発売前から複数の書店員さんが絶賛されていて。それこそコロナの影響で外出自粛になる4月頃だったんですけど、実際に読んでみたら世界観に呑み込まれました」

『52ヘルツのクジラたち』で描かれるのは、自分の人生を家族に搾取されている女性と、母親から虐待される少年の交流だ。広い世界のなかで孤独感に苛まれ、苦しんでいる者たちの叫びが、そこにはある。カツセさんはその世界に圧倒された。

「『明け方の若者たち』では“人生がうまくいかない人たちのしんどさ”を描きました。でも、『52ヘルツのクジラたち』に出てくるのは、そもそも“自分の人生を生きられない人たち”なんです。その人たちからすれば、自分の人生がうまくいかないことなんてまだ恵まれています。もっとしんどいのは、自分の人生が誰かに搾取され、あらゆる未来の可能性が外的要因で閉ざされてしまうこと。この作品は、ぼくが描けなかった人たちを全てすくい上げていると感じたんです」

 本作を読んで、カツセさんは自身の過去も振り返ったそうだ。

「ぼくがのんびりと過ごしていた教室のなかに、毎日泣いていた人がいたのかもしれない。ぼくが笑っていたときに、死ぬほど苦しい想いをしていた人がいたのかもしれない。ぼくはこれまでの人生で、そういう人たちのSOSに耳を傾けてこれたんだろうか、と思わされました。作者の町田さんは、そういう人たちの声を聴き取れる人なんだと思うと、同じ小説を書く人間として自分が恥ずかしくなるし、嫉妬も覚えました。これまでの読書体験では感じたことがないような、罪の意識すらよぎる作品だったんです」

 だからこそカツセさんは、本作をさまざまな立場の人たちに読んでもらいたいと願っている。

「主人公と同じような孤独を抱えている人はもちろんですし、彼らの声を聴き取ることができなかった人たちにこそ読んでもらいたい。それがきっと、いままで見てみぬふりをしてきた世界を知るきっかけになると思っています。ただ、決して説教臭い作品ではない。物語としての面白さも担保しつつ、考えさせられる部分もあるし、苦しみのなかのかすかな希望も描かれている。それが非常にリアルで、素晴らしいんです」

取材・文=五十嵐 大

【書籍情報】

【プロフィール】
カツセマサヒコ●1986年、東京都生まれ。大学卒業後、一般企業に就職。趣味で書いていたブログを機に編集者・ライターに転職し、SNSで人気を博す。2020年、『明け方の若者たち』にて小説家デビュー。