萩原利久「視点をスイッチしたり、複数持つことで、人にも時代のなかにも、いろんな景色が見えてくる」
公開日:2020/10/6
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある1冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、出演作を重ねるごとに、その存在感を増してゆく、俳優の萩原利久さん。連続テレビ小説、初の出演作となる『エール』で演じた、若き兵隊役に込めた思いとは? さらに、おすすめしてくれた一冊にも関わる、大好きなNBAのこと、みずからのなかに息づいた“視点”についても語ってくれました。
「かつての僕は、たった1%でも不安があると、それに引っ張られてしまいがちだったんです。そんな自分を変えたくて、強制ポジティブ化をしようと思ったんですけれど、ちょうどその頃、ハマったのが北米のプロバスケットリーグ、NBAだったんです。シーズン中は、好きなチームの勝敗によって、その日のテンションが変わる。勝てば“今日は何でもできる!”と思えるし、負けたら、“その分、俺が頑張ろう”ってなる(笑)。NBAに夢中になったことで、無理なく、物事をポジティブに考えられるようになりました」
おすすめの一冊としてあげてくれた、ナイキ創業者・フィル・ナイトの自伝『SHOE DOG 靴にすべてを。』には、伝説のバスケットシューズ、エアジョーダン誕生の秘話をはじめ、NBAとの密接なエピソードも綴られている。
「あれらのエピソードは響きました。以前、マイケル・ジョーダンのドキュメンタリーを観たとき、そのなかで、エアジョーダンに触れたところがあったんです。双方からの視点を借りたところで、さらにあの靴の凄さや、それを作る人、履いてプレーする人の熱量が伝わってきました」
1962年の晩秋、24歳のフィル・ナイトが日本に降り立つところから、『SHOE DOG 靴にすべてを。』のストーリーはどんどん展開していく。オニツカという会社がつくるシューズ「タイガー」に惚れ込んでいた彼は、神戸にあるオニツカのオフィスを訪れ、自分に、タイガーをアメリカで売らせてほしいと、役員たちに売り込みをする。フィルの視点に映った日本人像は、“真面目で、大人しくて……”というステレオタイプなものと、大きく違っていることもまた興味深い。
「外側の視点から捉えた日本人って、面白いなぁと感じました。このなかで描かれている戦後の風景にしても、これまで認識していたものとはちょっと違う。そこで気付いたんです。“そうか、僕らが学校で習ってきたのは、日本人が見てきたものだったからか”って。太平洋戦争にしても、アメリカと日本、同じ年齢くらいの若者では、あの戦争の捉え方が違ってくることがこの本からは垣間見えてきて。当時の日本にはなかった日常の生活が、アメリカではちゃんとあったんですよね。同じ戦争を戦っていたとは思えないほどに。視点をスイッチしたり、複数持つことで、いろんな景色が見えてくるんだなって思いました」
コロナ禍のために、中断していた連続テレビ小説『エール』が、9月14日より、ついに本放送を再開した。独学で作曲の才能を開花させた古山裕一(窪田正孝)と妻・音(二階堂ふみ)の、音楽と愛に満ちた物語の背景には、次第に戦争の足音が聞こえてくる。18週(10月第2週)では、舞台が戦地へと移り、萩原さんは裕一の恩師である、藤堂(森山直太朗)が、戦地で率いる部隊の一等兵・岸本和俊を演じている。
「ドラマ全体のなかでみると、とても短い期間の出演なので、この岸本という若者を、観てくださる方々のなかにどれだけ刻み付けることができるか、ということに心を砕きつつ、1シーン、1シーン、大切に演じていきました。けれど、兵隊ということもあり、個性や感情を表に出すことはできない。彼は部隊のなかでも、年齢が若い設定だったので、前のめりで元気な男を演じていきました。その若さゆえ、“戦争を知り過ぎていない”という部分も」
そんな岸本は、裕一が戦地に持ってきた楽器で作る即席楽団の一員となる。民謡歌手の父を持つ彼はギターを弾く。
「まさか戦地で音楽に触れられるとは思っていなかった岸本は、それによって、心に秘していたことを皆の前で語り出していく。このドラマの根底にある、“音楽でつながっていく”ということが、そこでも滲んでいきます。けれど、シチュエーションとしても、描写としても、これまでの『エール』とはまったく色が違う。つらいし、しんどい……。でも、目を背けずに観ていただきたいなと思います。この先、『エール』のストーリーが続いていくなかで、きっと振り返っていただけるような、印象に刻まれる週になると思います」
取材・文:河村道子 写真:干川 修
ヘアメイク:Emiy スタイリング:鴇田晋哉
連続テレビ小説『エール』
出演:窪田正孝、二階堂ふみほか 毎週月~土曜 NHK総合8:00~8:15放送
●老舗の跡取りとして生まれながら、独学で作曲の才能を開花させた古山裕一と歌手を目指していた音。音楽に導かれ、出会った2人は、昭和という激動の時代に、人々の心に寄り添う曲を生み出す。安定した作曲家生活を送り始めた裕一だったが、時代は戦争へと突入し……。
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