映画『罪の声』が10月30日全国公開! いま最も新作が待たれる作家、2年ぶりの新刊が本日発売 『デルタの羊』刊行記念<特別対談>声優・速水 奨×作家・塩田武士

文芸・カルチャー

更新日:2020/10/7

デルタの羊

 代表作『罪の声』『騙し絵の牙』が相次いで実写映画化されるなど、出版内外で熱い注目を集める小説家・塩田武士氏が、2年2カ月ぶりとなる新刊『デルタの羊』(KADOKAWA)を刊行する。アニメ業界が舞台となっているこの作品をいち早く読んだのは、男性声優による音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」への参加も話題を呼んだ、レジェンド声優の速水奨氏だ。2人はこの日が初対面だったが、冒頭からエンジン全開の対話が始まった。

デルタの羊
『デルタの羊』(塩田武士/KADOKAWA)

――『デルタの羊』はアニメ業界で働く2人の男性が主人公です。最初に登場する渡瀬智哉は、伝説のファンタジー小説『アルカディアの翼』をテレビアニメ化するために奔走するアニメプロデューサー。もう1人の主人公である文月隼人は、企画内容の特殊性から業界をざわつかせているテレビアニメ作品に原画マンとして携わる、中堅アニメーターです。2人の人生が交わり、やがて予想外の物語が切り開かれていく……。アニメ業界の最前線を走り続ける速水さんは、本作をどのように楽しまれましたか?

速水奨氏(以下、速水):ものすごくおもしろかったです。3回読みましたよ。

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塩田武士氏(以下、塩田):ありがとうございます!

速水:大きいものから小さいものまで、小説の中に仕掛けがいっぱい張り巡らされているじゃないですか。このエピソードは前の章に出てきたあそこと繋がっているんだなとか、この人のあの行動がのちのちこういう意味を持つんだ、とか解読したくなって、2回、3回と読んじゃいました。「分かった!」となる気持ち良さを楽しめましたね。

塩田:本当に嬉しいです。何回も読みたくなる、読むたびに前までは見えなかったところに気づく、「気づきの楽しさ」を提案したいなと思って、とことん仕掛けていった作品なんです。

速水:冒頭で、主人公たちがアニメ化を目指している『アルカディアの翼』のストーリーが出てくるでしょう。文字だけのはずなのに、音も聞こえるし色彩も爆発していて、何より空を飛ぶ疾走感がある。素晴らしい描写力ですよね。この小説をアニメ化したい、という強い思いがあるからこそ主人公たちは頑張れるわけで、お話の中で障害だとか挫折が描かれるたびに、「愛を確かめなきゃいけない!」と思って、冒頭に戻って『アルカディアの翼』を読み返したりしたんです。たぶん、このパートだけなら10回は読みました。

塩田:嬉しすぎます。

速水:個人的に一番強く思ったのは「あぁ、僕もアニメが好きなんだな」って。僕はアニメーションの声優をやるようになって、今年で41年なんですけれど……。

塩田:えっ!? 僕は今年で41歳です! 自分が生まれた頃から速水さんはずっと声優を続けてらっしゃるんや……。

速水:ただ長くやってるってだけです(笑)。どちらかと言うと「いや、そんな好きじゃないよ?」ってスタイルで今までやってきたんですよ。でも、こんなに続いてるのっておかしいよなと思った時に、「アニメが好きだから」って結論をこの本に教えてもらいましたね。

塩田:取材で得た一番のリアリティは、そこだったんです。取材で会う人会う人、アニメに対する愛を持った人ばっかりだった。それこそが、この業界の強さだと思ったんです。

速水:確かに、「三つ子の魂百まで」ってよく言いますけれども、みんながピュア。基本的に、いい人しか出てこないじゃないですか。僕ね、渡瀬を振り回す、上司の大門すらいい人のように思えるの。

塩田:あの“デーモン”もですか! 僕としては、悪役っぽく書いたんですが……。

速水:彼は社長として、自分の会社の利潤を追求しているだけですよ。そうすることで、従業員の雇用を守っている。まあ、僕自身が事務所の代表もしているから、肩入れしてるのかもしれないけど(笑)。

塩田:いや、速水さんがそうおっしゃるなら、それが正解です(笑)。

アニメ作りに携わる人々の希望、熱さ、諦めない精神

速水:取材はかなりされたんですか?

塩田:はい。全く詳しくなかったので、資料を読み込んだうえでアニメ業界の方々に話を聞き回ったり、製作スタジオを見学させてもらったりと相当時間をかけました。一番最初は、作品をプロデュースする「製作」と、現場で実際にアニメを作る「制作」の違いもわからなかったんです。

速水:僕自身、知らないことがいっぱい書いてありましたよ。例えば最近、紙からデジタルに移行しつつあるアニメ業界はどうやって絵を作っているのか、この本で教えてもらえました。

塩田:手描き、デジタルペイント、CG 、VR……と、全パターンの制作現場を取材しました(笑)。

速水:原画マンの文月であるとか、絵コンテの素晴らしさで現場を引っ張る「神アニメーター」の聖ツカサなんかは、なんて言うかな、自分も本当によく知っている。実際に顔を合わせる機会は少ないんですが、彼らと一緒に走ってきた実感があるんです。仲間が書かれている、という嬉しさもあったんですよ。

――『アルカディアの翼』の主人公・隼(シュン)に抜擢された鳥飼敬吾を始め、声優たちのアニメに対する熱い思いもがっつり絡んできますよね。

塩田:声優の事務所のマネージャーさんや、声優業界に詳しい方から話を聞いてイメージを固めていきました。あと『ダ・ヴィンチ』で、あるアニメ作品の声優さんたちの写真撮影があったのですが、雑誌関係者としてスタジオに入り、潜入取材しました(笑)。声優さんたちが集まった時の普段の会話だとか、素の雰囲気を知りたかったんです。そこでも思ったのは、やっぱりみなさんアニメが好きなんですよ。アニメの話をする時の温度が、めちゃめちゃ熱いんです。

速水:よく声優仲間で「声優なんて失業者だよね。定職じゃない」と笑い話をするんです。仕事がなくたって全然平気だという人、いっぱいいるんですよ。でも、たまに仕事が入ると嬉しいから、続けているっていう。仕事なんだけれども、仕事ではない部分も大きいんだと思うんです。

塩田:「仕事が回ってこないから不安」ではなくて、「仕事が来たら嬉しい」という方向へ、常に気持ちが向かっているんですね。

速水:そうそう。塩田さんはこの小説で、アニメ業界の人たちの希望とか、熱さとか、諦めない精神を描いてらっしゃるじゃないですか。僕ね、サッカーの「ゴール前」に似ているなと思ったんです。全員が前を向いているんですよ。みんな傷を持っているけれども、前を向かなければゴールは狙えないし、チャンスを掴めないんですよね。

――アニメ業界に限らない、ひとつの真理のようにも感じます。

塩田:作り手としては、入口をいっぱい用意したつもりなんです。つまり、アニメ好きな人に対しては業界裏話的なものを盛り込みつつ、ビジネスの視点から読みたい人には、例えばグローバル資本主義におけるチャイナ・マネーとの関係性を掘り下げている。お仕事ものとして楽しむ人にはここ、キャラクターを楽しみたい人はここ、ミステリー要素を楽しみたい人は……と、アニメにあまり親しみがない人にも楽しんでもらえるようにしたかったんです。

速水:キャラが全員、立っていますよね。アニメプロデューサーの渡瀬は、初志を貫徹するかっこよさがある。文月に関してはそこの部分もありつつ、純愛物語の担い手ですよね?

塩田:そこも入っているんです、実は(笑)。

速水:読んでいて、演じてみたいキャラがいっぱいいましたよ。例えば、『アルカディアの翼』のテス。

塩田:犬じゃないですか!! でも、めっちゃ嬉しい。連載から改稿する時に、かなり印象的なキャラに変えたんです。

速水:吠えながら読みましたよ(笑)。声優って、文字を文字として捉えない訓練をするんですね。文字を見た瞬間にそれが頭の中で音に変わり、言葉で出せるようにならなければいけない。だから、僕らにとっての職業病である声帯ポリープの手術をした後って、お医者さんから「絶対に本を読まないでください」って言われるそうなんです。つまり、声優は黙って本を読んでいるだけでも、声帯を動かしている。

塩田:そうなんですね!

速水:僕自身は手術の経験はないんですが、本を読んでいると、喉が動く感覚はよくわかります。小説は、喉ごしですよ。

塩田:今、とんでもない名言が出ましたね!!(笑)

→続きは、星野源さんが表紙を飾る次号『ダ・ヴィンチ』12月号(11月6日発売)『デルタの羊』特別企画にて掲載!

はやみ・しょう●1958年、兵庫県生まれ。劇団青年座養成所、劇団四季を経て、1980年にニッポン放送主催「アマチュア声優コンテスト」を受けグランプリ受賞。劇場版アニメーション『1000年女王』で声優デビュー。音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」でも活躍、M-1グランプリに出場するなど幅広い挑戦を続ける。株式会社ラッシュスタイルの代表。

しおた・たけし●1979年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒。神戸新聞社在職中の2010年、『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。2016年に『罪の声』で第7回山田風太郎賞、2019年に『歪んだ波紋』で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。小栗旬&星野源がW主演する『罪の声』が10月30日全国公開、『騙し絵の牙』も大泉洋主演で2021年映画化。

取材・文:吉田大助 写真:干川 修

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