目指したのは『からかい上手の高木さん』と異なる世界! 『それでも歩は寄せてくる』で見せる、タイムリミットのある恋模様

マンガ

公開日:2020/11/8

それでも歩は寄せてくる
『それでも歩は寄せてくる』(山本崇一朗/講談社)

 テレビアニメ化もされ、日本中を胸キュンの渦に巻き込んだ『からかい上手の高木さん』(小学館)。生みの親である著者の山本崇一朗さんの新作『それでも歩は寄せてくる』(講談社)が、「次にくるマンガ大賞2020」コミックス部門の第3位にランクインした。

 本作で山本さんがモチーフにしたのは“将棋”の世界。高校の将棋部を舞台に、先輩である八乙女うるしと後輩の田中歩の甘酸っぱい恋心を描いている。歩はとにかくうるしのことが大好き。でも、告白するのは将棋で勝ったとき、と決めている。そんな歩の気持ちに気づいているうるしは、「お前、私のこと好きだよな」とそれを認めさせようとする。

 ところが、歩はポーカーフェイスでかわしまくる。その都度、うるしの方が赤面させられてしまう羽目になるのだが、この攻防戦がとにかくかわいい。大勢の読者に支持されているのも納得だ。

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 将棋×エンタメのなかでも、一際ゆる~い雰囲気で展開される本作。この作品が生まれたきっかけはなんだったのか。講談社で山本さんを担当する編集者・高長佑典さんに誕生秘話を教えてもらった。

山本さんとはデビュー当時からの付き合い

それでも歩は寄せてくる
(c) 山本崇一朗 /講談社

――「次にくるマンガ大賞」第3位、おめでとうございます!

高長さん:素直にうれしいです。応援してくださった方々、ありがとうございます。山本さんも純粋に喜んでいました!

――そもそも山本さんと作品作りをするようになったきっかけを教えてください。

高長さん:山本さんとは連載デビューする前からの付き合いなんです。彼が新人賞を獲ってマンガ家デビューをしたての頃、当時、ぼくがいた『ゲッサン』に持ち込みに来ていて、そこで出会いました。だから、非常に長い付き合いですね。

――当時の印象は覚えていますか?

高長さん:当時から正確なデッサンが描ける方で、とにかく絵が見やすかったんです。ただ、作風がちょっと地味で、まさかこんなに売れっ子になるとは予想もしていませんでしたね。初期の短編集を読むとわかるんですけど、最初は高木さんやうるしのような可愛い女の子を一切描かなかったんです。ストーリーも「夏休みを迎えた少年の日常」みたいな地味なものばかりで。そこで、「マンガ家としてどうなりたいのか」をとことん話し合いました。すると、あるときから作品に女の子を登場させるようになっていったんです。

――まさにいまの作風が生まれた瞬間ですね。

高長さん:でも、その頃はまだ華やかさのある女の子じゃなかったんですよ。魅力的に見えないというか…。ただ、山本さんはとても柔軟性があるので、こちらの意見をちゃんと聞き入れてくれるんです。みるみる女の子が魅力的なキャラクターになっていくのがわかりました。『高木さん』ファンの方々は第1巻と最新巻を見比べてみてください。絵柄がだいぶ違うことに気づくはずです。それも、山本さんが柔軟に変わっていくマンガ家であることの表れですね。

 それと作風の話でいうと、彼の人柄も反映されていると思います。山本さんは、とにかく純朴で穏やかな人。まさに『からかい上手の高木さん』や『それでも歩は寄せてくる』の世界観に表れていますよね。いまの時代にマッチしているマンガ家だからこそ、こんなにも支持されているんだと思います。

“高木さんの世界”とは異なるものを見せたかった

それでも歩は寄せてくる
(c) 山本崇一朗 /講談社

――『それでも歩は寄せてくる』が誕生した背景も教えてください。

高長さん:『からかい上手の高木さん』『くノ一ツバキの胸の内』などを立ち上げた後、ぼくが『ゲッサン』編集部を離れて『週刊少年マガジン』編集部に転職をしたんです。そこで転職の挨拶に伺ったところ、「また一緒になにかやりましょう」という話になって。そしたら、山本さんが「暇だから」という理由でツイッターに投稿したマンガがあって、「これでよければ、いますぐにでも始められますよ」と。それが『それでも歩は寄せてくる』の原型でした。

――山本さんがツイッターに投稿した『それでも歩は寄せてくる』の原型は、当時非常に反響がありました。いまでは約15万いいねが付いていて、リツイートの総数は約4.9万と物凄い数値ですね…!

高長さん:山本さんは、読者が「おもしろい」と感じるところまで最短距離で持っていけるんです。だからページ数が少なくても満足感が得られるし、ややこしいことをする必要がない。ツイッターとも相性がいいマンガ家だと思いますよ。

――その原型を元に連載を始めるにあたって、議論は交わしましたか?

高長さん:いや、山本さんとはあまり議論をしないんです。会話で煮詰めていくのではなく、こちらが出したお題に対して、マンガで答えてもらうようなイメージですね。

 ただ、いくつか決めていたことはありました。たとえば、『からかい上手の高木さん』とは差別化を図ること。『からかい上手の高木さん』には明確な時系列がありませんが、『それでも歩は寄せてくる』では時間がどんどん前に進んでいきます。すると、人間関係も前に進んでいくわけで、いまでは凛という第2のヒロインまで出てきました。うるしが卒業するまでのタイムリミットもありますし、今後は少しだけ切ない展開も入れてみたい。『からかい上手の高木さん』が“変わらない世界”だとすれば、『それでも歩は寄せてくる』は“変わっていく物語”なんです。

それでも歩は寄せてくる
(c) 山本崇一朗 /講談社

タイムリミットがあるなか、ふたりはどうなる…?

――『高木さん』ファンの反応はいかがでしたか?

高長さん:それこそ連載初期は「安心して読める」「幸せです」などの反応が多かったんです。ただ、凛が登場したときは賛否両論ありました。歩とうるしの“ふたりだけの世界”を求めているファンからすれば、「どうして新しいヒロインを出すんだ!」っていう反応が来るのは当たり前ですよね。それでも、ぼくは山本さんと新しいチャレンジがしたかったですし、結果として、「次にくるマンガ大賞」コミックス部門の第3位になるくらい受け入れられてホッとしています。

――文化祭や運動会、初詣など、季節ごとのイベントが盛り込まれていて、歩とうるしの関係がちょっとずつ変わっていくのはおもしろいですよね。

高長さん:ありがとうございます! でも、それもこちらからはあまり口を出していないんです。たとえば、「文化祭でふたりがお化け屋敷に入ってみる、というのはどうですか?」とお題を出すと、すぐさまネームが上がってきます。本当、びっくりするくらい速いですよ。筆が速いというよりも、展開に迷う時間が少ないんだと思います。作品を描くことをすごく楽しまれているし、こちらとしてはありがたいんですけどね(笑)。

それでも歩は寄せてくる 5巻 P.130
(c) 山本崇一朗 /講談社

――うるしが3年生になったことで、ふたりが同じ高校生でいられるのも残り1年になってしまいましたが…今後はどんな展開が待ち受けていますか?

高長さん:残り1年ということで、やはり歩とうるしの関係がどうなっていくのか、恋愛面は盛り上げていきたいと思っています。同時に、大学受験を控えているうるしと、まだそれを意識しなくていい歩の置かれている状況の違いも見せていきたいです。学年が違うふたりの恋愛って、なかなか大変じゃないですか(笑)。それと、掲載は少し先になりますが、うるしが修学旅行に参加するエピソードを用意しています。でも、歩は後輩なので一緒に行けるわけがなく、凛とふたり、部室で待っているわけです。そのとき、うるしはなにを思うのか。ふつうのラブコメだったら、修学旅行ってとても盛り上がるエピソードなんですよね。でもそれが描けない分、それを逆手にとって、読者をドキドキさせたいなと計画しています。楽しみにしていてください!

取材・文=五十嵐 大

■本作の試し読みはこちら(「マガポケ」サイト)
https://pocket.shonenmagazine.com/episode/10834108156646485056