【2021年本屋大賞にノミネート!】「町の図書室」で『ぐりとぐら』を薦められて…!『木曜日にはココアを』の青山美智子さんが贈る最新お仕事小説が、私たちの心の疲れをほぐす!【前編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/1/26

 小学校に併設されている、羽鳥区のコミュニティハウス。その1階のいちばん奥に、教室ひとつぶんくらいの図書室がある。出迎えてくれるのは、高校生にも見える、紺色のエプロンをかけた若い女の子。そして、レファレンスブースに座っている司書の女性。太っているわけではないけれど、とても大きいという印象を与える白熊のような彼女――小町さゆりに導かれるように、訪れた人たちは人生を好転させてゆく。10万部を突破した『木曜日にはココアを』の青山美智子さんが贈る最新作『お探し物は図書室まで』(ポプラ社)、執筆の裏側をうかがった。

多目的に町の人々が訪れる、コミュニティハウスの一角にある小さな図書室を舞台にしたわけ

お探し物は図書室まで
『お探し物は図書室まで』(青山美智子/ポプラ社)

――人生に行き詰まりを感じていた5人の男女が、小町さんにすすめられた本と、小町さんに渡された“付録”をきっかけに、それぞれ自分自身を見つめなおしていく本作。なぜ「町の図書室」を舞台にしようと思われたんですか。

青山美智子(以下、青山) 実は最初、本の話にするつもりは全然なかったんですよ(笑)。前々作の『鎌倉うずまき案内所』を読んでお声がけくださった担当の三枝さんから「青山さんの書くお仕事の話を読んでみたいです」と言われて、最初はハローワークみたいなところを想定していたんです。誰でも足を運べる開かれた場所、できればお金のかからない場所にと、さまざまな人が悩みをもちこむというイメージだったので。図書館もいいなと思ったんですけど、図書館には本を借りる目的のある人しか来ないじゃないですか。でもコミュニティハウスにある図書室なら、本に興味のない人がくる可能性もある。……コミュニティハウスって、ご存じですか?

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――いえ、全然知らなくて。区民センター、みたいなものが存在するのは知っていましたけど、自分が訪れる場所としては認識していませんでした。

青山 そうですよね。意外と知られていないんですけど、すごく頼りになる場所というか、1話の主人公・朋香が参加した1回2000円のパソコン教室のように、いろんな講座がもうけられていたりもするんです。多目的に人が訪れる場所で、迷いこむようにしてこぢんまりとした図書室に出会う、というのが物語にも合う気がして、最終的に舞台として選びました。

――小さな図書室にでんと座っている、白熊のような小町さんの存在感もおもしろいですよね。彼女はどんなふうに思いつかれたんですか?

青山 実は小町さん、『猫のお告げは樹の下で』という小説に登場しているんです。作品をまたいで人物を登場させるのが私は好きで、それを楽しんでくださる読者さんもいるんですけど、今回は担当の三枝さんに、彼女みたいなキャラクターがいたらいいのではと言われて。私も、彼女ならいい仕事をしそうだなあと思って再登場させました。ただ、そのまま出すのではなく、名前や職業はちょっとひねっています。

――担当さんはなぜ、小町先生を?

三枝(担当編集者) 青山さんの作品にはしばしば、主人公たちに気づきを与えてくれるキーパーソンが登場するんですけど、ちょっとファンタスティックな存在であることが多かったんですよね。『ただいま神様当番』の神様みたいな。その存在が主人公たちに寄り添ってくれる、隣に並んで立ってくれている雰囲気が私にはとても優しく感じられて、大好きで。今回はその役割を、生身の人間が担ってくれたらいいなと思ったんです。その流れで、私は彼女が好きでしたとお伝えしました。

青山 三枝さんとはすごく相性がよくて、打ち合わせすればするほど物語がどんどん広がっていって。三枝さんに会いたいから打ち合わせの予定を入れていたくらい(笑)。たとえば、小町さんが貸し出す本につける付録がキーアイテムになっていると思うんですけど……。

――「付録がついてると楽しいでしょ」と小町さんがくれる、自作の羊毛フェルトですね。たとえば『ぐりとぐら』を貸す朋香には、作中でつくられるホットケーキを思わせるフライパン。

青山 最初はレファレンスのペーパーを渡すだけのつもりだったんです。そこにキーアイテムとなるものが書いてあって、それが付録、みたいな。でも三枝さんが「玩具とかのモノがいいです」と。それで、最初は粘土細工とか考えていたんですけど、それだと本が汚れてしまうでしょう。小町さんが司書の仕事をしながらつくれるもので壊れにくい何か……と考えていたとき、以前、自分でも手を出したことのある羊毛フェルトを思いつきました。あれ、すごくストレス解消になるんですよね。針一本で毛玉をぶすぶす刺しているだけで形がつくられていくのも、おもしろい。

――小町さんのセリフにもありました。「ただ刺しているつもりでも、針の先にこっそり仕掛けがあって、細い毛をからめとりながら形になっていく」。それさえも物語を通じて触れると、とても示唆に富んだ言葉として響きました。

青山 私は上手にできなかったけど(笑)、羊毛フェルト作家のさくだゆうこさんが作中に出てくるアイテムをすべて、とっても素敵に再現してくださって、表紙に載せることができたのでとても嬉しい。

たぶん書きはじめたときから、この物語は今の形で存在していた

――小町さんのもとを訪れる、5人の主人公たちについてもお聞かせください。総合スーパーの婦人服売り場で働く朋香(21歳)。家具メーカーの経理部で働く諒(35歳)。元雑誌編集者で今は資料部勤務の夏美(40歳)。引きこもりニートの浩弥(30歳)。定年退職したばかりの元お菓子メーカーの営業・正雄(65歳)。年齢、性別、職業もバラバラですが、それぞれ“今”に納得していないところは共通しています。

青山 おっしゃるとおり、属性はみんなバラバラにしたくて。最初に思いついたのは朋香だったかな。自分には何もないと思って足踏みしている女の子。彼女が借りる『ぐりとぐら』は絶対に登場させたかった一冊なので、彼女と物語を結びつけるようにして自然とできあがっていった記憶があります。起業したいけど一歩踏み出せずにいる諒のことを考えているときは、パラレルキャリアという道もあるな、だとしたら会社員と本屋の仕事を両立させている、Cat’s Meow Booksの安村正也さんのことを思い出して。

――パラレルキャリアは、副業ではなく、2つの仕事をメインとする考え方ですね。でも、小町さんが最初に諒にすすめたのは安村さんが協力者として携わっている『夢の猫本屋ができるまで』ではなく、『英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ』でした。

青山 ちょっと直接的すぎるのと……私自身が小説よりもサイエンス系のノンフィクションとかを読むのが実は好きで。人間関係に疲れたときは図鑑を眺めることも多く、そういう系統の本を一冊出したかったんですよね。ただ、書いていた時期は4月で、自粛期間まっただなか。書店にも図書館にも行くことができず、手持ちの本でどうにかするしかなかったので、とても困りました。あとはテーマやモチーフを頼りに一生懸命、検索して……。そんなとき、たまたまネットで見つけたのが『じめんのうえと じめんのした』という絵本。植物の見えている部分だけでなく、土の下で根を張っている部分もあわせて描いたイラストが表紙で、それを見た瞬間「これだ!」と思いました。人はすぐ、目に見える地上の部分だけ注目してしまうけど、土中部分はサブなのか? 違うでしょう、どっちも同じくらいメインでしょう、ということを描けるなあ、と。で、そういうことが書いてある植物の本を探しました。

――作品を読んでいて、すごくいいなあと思ったのが、小説ではない本ばかり登場することだったんですよね。ふだん本を読まない人たちにとって、小説って実はハードルが高かったりする。だけど日常に寄り添ってくれる、自分にとって必要な日用品としての“本”が描かれている気がして。

青山 それはちょっと意識したかもしれません。できるだけ小説は出したくなかったんですよね。小説というか文芸って、どこか高尚なものとして扱われがちじゃないですか。そうじゃない形で、本を扱いたかった。とはいえ最初は安部公房の『箱男』を登場させようと思ったんですよ。最終話の正雄さんが借りるはずだったんですが。

――会社員の肩書を失って、自分が何者でもなくなってしまったような心もとなさを覚えている正雄さんですね。1話の朋香とやや対比的なところもあるあのお話がいちばん胸に沁みました。

青山 本当ですか。それは嬉しい!

――『ただいま神様当番』も、ワンマン社長の話がいちばん好きだったので、青山さんの書く年配男性が好きなのかもしれません(笑)。

青山 いや、嬉しい。私、おじさんを書くのがいちばん好きなんですよ(笑)。女性だと生々しく対峙しながら書かなきゃいけないことも出てきたりするんですけど、男性にすることでいい感じにフィルターがかかるというか、距離を置きながら楽しく書ける。正雄は最初、「定年退職してすることのなくなった人」ということしか考えていなかったんですが、書きはじめたら自然とふくらんでいきました。

 3話の夏美だけは、三枝さんから聞いた実体験をもとにしているんですけど、4話の浩弥は「働いていない人もいていいだろう」くらいで。しっかり構成を考えて書きはじめるというよりは、だいたいこうなるだろうなあという予想はおぼろげに立てるんだけど、あとは自然に導かれるまま書いていますね。

 たぶん『お探し物は図書室まで』という小説は、私が書こうと決めたときから、刊行されたこの形で“在る”んですよ。試行錯誤の末、町の図書室になり、5人が生まれて、羊毛フェルトという付録が決まって、全部自分で選択したように思えるけれど、手順を踏んでこうなるように最初から道は敷かれているんだろうなあと。正雄が『箱男』ではない本を手にとることも、最初からきっと決まっていた。だから今は、間違えずにちゃんと形にすることができて、本当によかったと思っています。

取材・文=立花もも 撮影=岡村大輔

【後編】「私はたぶん、エキストラの人たちを書きたいんだと思います」青山美智子さんが『お探し物は図書室まで』に込めた真意とは?