目指したのは、多幸感あふれるリズムが楽しいアルバム――伊藤美来『Rhythmic Flavor』インタビュー①

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公開日:2020/12/19

伊藤美来

 声優・伊藤美来の、3枚目となるフルアルバム『Rhythmic Flavor』(12月23日リリース)。楽しくて、何度でも聴きたくなって、日常を鮮やかに彩ってくれる楽曲が詰まった、素晴らしい1枚である。以前伊藤美来は、自身の音楽活動について、「とにかく人を幸せにしたいし、背中を押したい」と語っていた。「多幸感」と「リズムが楽しい楽曲」をテーマにした『Rhythmic Flavor』は、まさに聴き手を幸せにするし、心を浮き立たせてくれるアルバムになっている。2020年は、残念ながら伊藤美来とオーディエンスが同じ空間で音楽を共有することは多くはなかったけれど、『Rhythmic Flavor』は、その空白の時間を吹き飛ばすような快作である。ぜひ多くの人に聴いてほしい、と思う。

 今回は、『Rhythmic Flavor』の制作過程に迫るとともに、これまでの音楽活動の歩みや、表現者としての彼女の現在地をお伝えするべく、3本立てのロング・インタビューを実施。第1回は、『Rhythmic Flavor』で掲げたビジョンについて、話を聞かせてもらった。

(2ndアルバムの)『PopSkip』が大好き。伊藤美来の音楽はこういうものなんだって、自分の中でしっかり確認できた

──3rdアルバムの『Rhythmic Flavor』、前作の『PopSkip』に続いて素晴らしいアルバムですね。どのような手応えを感じていますか。

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伊藤:今回、わたし自身も打ち合わせの初期から、コンセプトやタイトル、「どんな曲を入れよう?」「どんな人に頼もう?」というところを決める部分に参加させていただいたので、思い入れは強いです。実際にレコーディングを進めて、全部曲が揃ってみて、わたしの伝えたいことや音楽でやりたいこと、新たな挑戦も含めて、いろんなことができたアルバムになりました。聴いてくださる方が楽しくなったり、幸せになったり、そうやって受け取ってもらえたらいいな、と思います。

──伝えたいこととは、たとえばどういうことですか?

伊藤:今回は作詞もさせていただいていて、歌詞の中で、「自分はこうありたい」「こうやって成長していきたい」「こういう気持ちを持ってる」という想いを歌詞に乗せています。あとは、伊藤美来が歌う楽曲の方向性を明確に、そして挑戦的に示せたアルバムだと思います。

──アルバムとしては3枚目になるわけで、伊藤さんの中にも「こんな作品であるべき」というビジョンがあったんじゃないか、と想像しました。「最初だから不慣れです」というわけでもないはないと思うし、ここまで経験も積んできて、成長を見せられるタイミングではないかな、と。どんなビジョン、テーマを設定していたんでしょうか。

伊藤:アルバムの大きなテーマとしては、リズムが楽しい楽曲がたくさんあることを見せたかったのと、聴いた方が多幸感にあふれるアルバムにしたいと思っていました。多幸感というのは、今までのライブも「ブチ上げて、盛り上げていくぜ、イェーイ!」というよりは、コンサート全体を通して、「癒されたな」「幸せな気持ちになった。明日からも頑張ろう」と思ってもらえるような作り方をしていて。「それがアルバムになったら、より伊藤さんらしいね」って言っていただいたので、それをテーマにしています。

──「らしいね」と言ってもらった内容は、ご自身が「こうしたいな」と思い描いていた方向性とも重なっていた、と。

伊藤:そうですね。ライブを観に来てくださる方、楽曲を聴いてくださる方にはプラスな感情を受け取ってほしいな、共感してほしいな、と思っているので、そういう楽曲を集められたと思います。

──多幸感が感じられるような、音作り。

伊藤:はい。わたし自身、前回、前々回のアルバムと違っていたのは、今まで以上にアルバム制作が楽しみでした。1stアルバムの『水彩~aquaveil~』のときは、どんな曲がいいのかまだ自分でもわからなかったから、ディレクターさんと相談しつつ、「これがいいんじゃない?」と言っていただいたものや、課題に対して一生懸命応えていく感じでした。もう、必死!みたいな(笑)。2ndアルバムの『PopSkip』も、すごく楽しかったんですけど、その中にもやっぱりまだ緊張感が残っていて。「わたしたちのポップスを、しっかり示さなきゃ!」と思っていたところもあったんですけど、今回のアルバムは純粋に楽しみでしたし、いろんなことに挑戦してもいいかな、と思っていました。

──制作にあたって、硬さはなかった。

伊藤:そうですね。大変さで言えば、変わらず大変でしたけど(笑)、作るにあたって、楽しみな気持ちのほうが大きかったです。

──実際、これまでのアルバムに比べて、制作に対してコミットしている割合は高まったり濃くなったりしていると感じますか。

伊藤:それは、すごくあると思います。アルバムのタイトルも、わたしが決めました。打ち合わせにもたくさん出させてもらって、「今まではこういう楽曲はなかったから、挑戦してみてもいいんじゃないですか」みたいな話から、攻めた楽曲ができていったり、曲順を考えてこの並びなら流れがいいんじゃないか、という話もできるようになりました。

──少し振り返りになりますけど、2ndアルバムの『PopSkip』の話も聞いてみたくて。聴いていて楽しくて、とてもよいアルバムでしたけど、以前お話したときに「伊藤美来のポップスを見せていく、がテーマでした」と言ってましたよね。リリースから少し時間が経ってみて、『PopSkip』というアルバムはどんな存在になりましたか。

伊藤:わたしも、あのアルバムが大好きです。手応えもあったし、自分自身のポップス、伊藤美来の音楽はこういうものなんだって、自分の中でしっかり確認できたアルバムだったので。『PopSkip』がなかったら、この『Rhythmic Flavor』も生まれていないと思うし、今でも『PopSkip』を聴いて自分自身も背中を押されることがあります。自分が歌った曲という目線を抜きにしても、すごくいいアルバムになったな、とわたし自身も思っています。

──なるほど。で、その『PopSkip』を経て、今回のテーマは多幸感であった、と。

伊藤:はい。多幸感は、打ち合わせの段階でずっと出ていた言葉でした。

──おそらく、アルバムを届けるときに、「聴いた人が嬉しくなる、楽しくなる、ハッピーになる」がテーマになることって、わりと多いと思うんです。でも、『Rhythmic Flavor』の場合は多幸感、幸せがいっぱいということであって、それを目指すのはある意味チャレンジなのかな、と。「ハッピーをいっぱい届けられます」って自分の中である種の確信がない状態では、テーマにできないですからね。

伊藤:それを目標に、ライブやイベントをやってきましたし、もちろん楽曲も全部が多幸感に満ちた曲ばかりではないですけど、それもひっくるめて、伊藤美来の音楽として目指してきた、目標にしてきたものが、多幸感でした。それを、明確に「これがテーマです!」と言えたのはよかったなって思いますし、今後も目標として持ち続けていきたいという意味も込めて、多幸感がテーマになりました。単純にハッピーで多幸感というよりは、孤独を感じたり、寂しくなったり、うまくできなかったり、誰もが感じたことのあるような挫折や悩みもしっかりと楽曲に入った上で、最後まで聴いてもらえたら、最終的には前を向ける、ハッピーな気分になれるアルバムにできたと思います。

──タイトルの『Rhythmic Flavor』は自分でつけたという話でしたけど、一応聞いていいですか? このRhythmicと「みっく」はかかっているのか――。

伊藤:かかってます。最初はかけてなかったんですけど、思いついちゃいました。『Rhythm Flavor』というタイトルを考えていたんですけど、どこかの駅のホームにいるときに、「rhythmicっていう言葉もあるなあ」と、ハッと気がついて。「みっくが入ったら、伊藤美来のアルバムのタイトル感が出るかも!」と思って提案したら、採用されました(笑)。タイトルを考えることも、自分の中では進歩かな、と思います。今まではタイトルをお任せしていたし、コンセプトは一緒に考えていたとしても、細かいところは決めてもらっていたりもしたけど、今回は自分から「こういうアルバムが作りたいんです」と示すことができたのかな、と思います。自分でタイトルにみっくを入れたのは、今考えるとちょっと恥ずかしいですけど(笑)。

伊藤美来

会えなかった期間中に伝えられなかったものを全部、「お待たせ!」みたいな感じで届けられるのが今回のアルバム

──『Rhythmic Flavor』は全体的にとてもいいアルバムですが、その中でも特に印象に残った3曲をピックアップさせてください。まずはM-1の“BEAM YOU”です。さっき挑戦した楽曲があったという話が出ましたけど、まさにこれはそのうちのひとつなのかな、と。具体的には、《もっとわたしを好きになってほしい》というフレーズが歌われることのインパクトがすごい(笑)。

伊藤:(笑)そうですね。曲のインパクトもあるんですけど、歌詞にもストレートな気持ちを歌ってるワードが多くて、ドキッとするような言葉が並んでいるので、“BEAM YOU”はチャレンジでした。

──こういう歌詞って、歌うときに照れが入ったりしないんですか。

伊藤:照れます(笑)。シンプルに、照れますね。歌詞で作っていただいた世界の中で演じるというか、その世界観に乗っかるような感じで歌いました。歌詞の中にストレートな言葉が多かったですし、曲調も今までにないリズムとメロディだったので、新しい挑戦がたくさんあった曲ですし、いろんなことに気を配っていました。聴いてくれてる方がドキッとしてくれたらいいな、「距離が近いな!」って感じてくれたらいいな、と思ったので、そこを大事にしながら歌いました。

──確かに、この曲は距離感がすごく近い感じがしますね。

伊藤:はい。歌い方も、隣でしゃべっているくらいのテンションで、ゆるっとリラックスしているような感じになっています。隙を見せているようでいて、全然隙がない、みたいな(笑)。

──(笑)この曲は、MVも素晴らしいですね。楽曲とあわさると、ものすごく中毒性が高い。何がいいかって、映像の中での表情がとにかく豊かであることだと思うんですけど、たとえば1stアルバムの頃と比べて、自分自身も表情の作り方が変わったと感じるんじゃないですか。

伊藤:全然違いますね(笑)。もちろん、映像のテイストも違うんですけど。こういう作り込んだ世界観に挑戦するのは初めてだったし、表情筋がやわらかくなったような感じがします(笑)。あと、「自由に動いてください」って言われることが多いんですけど、それがスッとできるようになったなと思います。

──ふたつめは、M-7“いつかきっと”です。まず、伊藤さんが書いた歌詞がとてもよくて、繰り返される《新しい本を買ったんだ》っていうフレーズが、歌詞の中で効いてると思います。それと、全体的に音数が少ない曲で、それだけに歌の魅力がすごく際立って聞こえるな、と。自分の歌が前に出るということであって、歌うときにもいろんな工夫があったんじゃないかな、と想像したんですけども。

伊藤:この曲は、作曲が高田みち子さん・作詞がわたしで作ることが決まっていて。『PopSkip』のリード曲“PEARL”で高田さんにお世話になってたんですけど、その曲がすごく素敵で、「伊藤さんに合ってました」「高田さんと伊藤さんのタッグを見たいです」と言っていただきました。コンセプト的には、今はなかなか会いたい人に会いに行けないし、ずっと家にいないといけないし、ステイホームの期間も大変だったね、みたいな気持ちがまずあって。でも、きっといつか会えるよ、そういう未来がきっとあるよって、聴いてくださる方に少しでも希望を感じてもらえる曲。それと、アルバムが12月発売なので冬を感じるような曲にしましょう、というお話があり、高田さんが先に曲を作ってくださって、そのあとでわたしが詞を書きました。歌については、歌詞を書いて自分の中に落とし込めていたから、そんなに心配はなかったですけど、実際に歌ってみると自分の声が前に出てくるから、気をつけて歌わないといけないな、と思いました。

──《私の愛で散らかっている》っていう歌詞、素晴らしいですよね。

伊藤:ありがとうございます(笑)。今まではイベントやライブで「ありがとう」の気持ちを伝えられていたんですけど──わたしの視点で言うと、「会いたい人に会って、言いたいことがあるのに!」とか、今までは伝えられていたことが伝えられない中で、結果ずっと部屋の中にいるから、きっとこの思いは魂となって、わたしの部屋の中に溜まってるんだろうなあ、空気の入れ換えをしないと、みたいな気持ちから、その歌詞が出てきました。ステイホーム期間中にわたしが感じたことが、ストレートに言葉になっています。

──その《私の愛》は、本来ライブなどでたくさんの人が受け取れるものだったはずで、実際にはそうならなかった。だけどこの曲と一緒に届けられる、ということですね。

伊藤:そうですね。会えなかった期間中に伝えられなかったものを全部、「お待たせ!」みたいな感じで届けられるのが今回のアルバムだと思っているし、特に“いつかきっと”は自分で作詞をしていて、気持ちを伝えられる場だと思ったので、ふんだんに詰め込んでみました。今回、「伝えなきゃ!」みたいな使命感は強くなった気がします。「伝えられる側にいるんだったら、やらないと!」と思ったところはありましたね。

──そして3つめ、M-11“vivace”。Charaさんが作詞・作曲で、アルバムの中でも多くの聴き手に驚きを与える曲だと思います。同時に、今後の音楽性の広がりを感じさせてくれる曲でもあって。

伊藤:そうですね。アルバムの曲は、気持ち的には怒涛のように多幸感があって、キラキラな楽曲が続いていて、ひとつ前の“Good Song”にクライマックス感があると思います。その後にちょっと落ち着いてもらうのが、この“vivace”で、ボーナストラックというか、ひと呼吸置いて聴いてほしい感じがします。

──Charaさんから歌詞と曲を受け取って、どう思いました?

伊藤:「Charaさんだ!」って思いました(笑)。Charaさんが作る楽曲には色気がある曲が多いし、女性目線の曲が素敵なので、「Charaさんのエッセンスがある曲を伊藤美来にやらせたいです」とディレクターさんからプレゼンしていただいて、わたし自身もそういう曲が歌いたいと思っていました。それをぶつけた結果、とてもCharaさんらしく、大人っぽく、女性らしく作っていただきました。

──とはいえ借り物っぽく歌うのではなく、「今の伊藤美来の歌」にしないといけないわけですよね。それこそ、19歳、20歳の頃にこの曲を渡されていたら、「え?」って戸惑ってたんじゃないですか(笑)。

伊藤:「え? ほんとに?」ってなっちゃってたと思います(笑)。わたしとしては、ディレクターさんや、曲を作ってくださる方々からの挑戦状にも受け取れるな、と思っていて。Charaさん全開な楽曲をわたしがどう歌うのか、ということをしっかり考えながら、でもリラックスして歌えたと思います。

──3枚目のアルバム『Rhythmic Flavor』は、今後ご自身にとってどんな存在になっていくと思いますか。

伊藤:『PopSkip』で、「これがわたしのポップスです」と示して、『Rhythmic Flavor』では「こんな振り幅もあります!」と示せたと思います。挑戦が多かった1枚でもあったので、自分への自信につながっていくアルバムになりますね。「これだけいろんな楽曲に携われたんだ。ひとつひとつ課題を乗り越えて、素敵な曲、素敵なアルバムを作れたんだ」と自信になっていくと思います。

第2回は12月20日配信予定です。

取材・文=清水大輔  写真=北島明(SPUTNIK)
スタイリング=川端マイ子  ヘアメイク=武田沙織
衣装=タンクトップ、パンツ、靴RANDA(問合せ06-6451-1248)、ショートダウンコートfactor=(問合せ03-3479-8747)