5枚目のアルバムで向き合ったもの、育まれた前向きな意志――中島愛『green diary』インタビュー

アニメ

公開日:2021/2/2

中島愛

 中島愛の5枚目のオリジナルアルバム、『green diary』(2月3日リリース)。声優・歌手としての彼女の活動を知る人ならば、きっとこのアルバムタイトルに「何か」を感じるだろう。その先に何を想像するかはリスナーそれぞれではあるけど、まずは『green diary』を先入観なく聴いて、素晴らしい歌詞と心地よい楽曲に身を委ねてほしい、と思う。最高のポップソングと断言できる10曲が、ここには詰まっている。名盤である。前作アルバム『Curiosity』から3年、10周年イヤーを含めて多くの制作を行ってきた中島愛は今、表現者として、とてもいいモードにいる。純粋に音楽を楽しみ、「歌」を突き詰めて、自身にとって特別な色である「緑」=人前に立つ自分自身と向き合った『green diary』を制作した経験は、何をもたらしてくれたのか。その背景について、話を聞いた。

今回はボーカルとしてクリエイトすることに徹しようと思ったので、ものすごく歌に集中できた

──『green diary』、素晴らしいポップソングが詰まったアルバムになりましたね。いいものができた感触は持っているんじゃないかと思うんですけど、どうですか?

中島:それはもう、間違いなくありますね。作家さんとの打ち合わせを経て、1曲1曲のデモが上がってくるわけですけど、レコーディングが始まる前の時点で、「名盤になる」と言ってました。曲ができた段階で手応えがあったし、実際に間違いなくいいアルバムだし、好きなアルバムになりました。

advertisement

──曲がいいという要素以外だと、名盤の予感はどこに感じてたんでしょう。

中島:ほぼ9割は、曲がいいことですね。そこからは自分次第だな、と思ってましたけど、今回は曲を生み出してくれる作家さんひとりひとりと、リモートも含めてお話ができていて。今の自分がどんなスタンスで、「こういう歌をこんな理由で書いてほしい」という部分をぬかりなく、ちゃんと準備していったつもりだったから、そこに自信があったのかもしれません。まずコンセプトを出して、自分で「緑」をテーマにしたいって決めたんですけど、そこから「ステージに立っているときのわたし」「嫉妬しているわたし」「家にいるわたし」とかのテーマを出していきました。

──その制作プロセスって、今までのアルバムと一緒なんですか。

中島:いや、そのプロセスを、今まではディレクターさんがやってくれてました。

──ですよね。明らかに作り方が違うんじゃないか、と思いながら聞いてました。

中島:そうですね。今回、セルフプロデュースというわけではないんですけど、わたしの意見やアイディアをまずは伝えて、ディレクターさんとキャッチボールしながら整えてもらいました。まず一歩踏み出すのはわたし、ということが多かったから、5枚目にして新しいことをやっている感じはありました。

──その作り方と関係しているのかもしれないですけど、このアルバムを聴いて感じたのは、「かつてなく中島愛の本質が出たアルバムなのだろう」ということでした。

中島:そうですね。「わたしってこういう人だったんだ」と思うアルバムでした。自分を軸にしたのは間違いなくて、「わたしが思うわたし」を出そうとしたんだけど、結果として、「人から見たわたし」が詰まってると思います。自分の顔って、鏡越しじゃないと見られないじゃないですか。「わたしはこういうときにこうだと思ってたけど、意外と違う表情をしてるんだ」みたいな、自分が思っていたのと違う自分がぽろっと出たりしていることが、曲の中にあって。だから、「これがわたしです!」とも言えるし、「へえ、わたしってこんな人だったんだ」みたいな発見もありましたね。

──表現者、シンガーとしての今あるべき姿がここにあるんじゃないかな、とも思ったんですけど、そういう感覚はありますか?

中島:言われてみてそう感じる、くらいかな? 「あるべき姿」まで考えがおよんでいなかったけど、今お話を聞いて思ったのは、今までのアルバムでは「なりたい自分」を目指して歌っていたんだな、ということですね。自分の中に足りないものを曲で補いながら、「こういう人になれたらいいな」「こんな表現者になれたらいいな」をとにかく突き詰めてきてたんですけど、今回のアルバムに関しては、「わたし、こうなりたい」って思いながら録った曲が1曲もないんですよ。たとえば目指すアーティスト像があって、「こういう歌手になりたいから今この曲を歌っておくべきだ」みたいなことはなくて、リスナーとして音楽を聴いているときと同じように、「この曲が好きだから口ずさみたい、歌いたい」みたいなところで、純粋な自分が出ていると思います。

──このアルバムの制作には、昨年から続く世界の状況や環境というのは、少なからず気持ちの面で影響を与えているんじゃないかと思うんですけど――。

中島:いやあ、だいぶあったと思います。

──目に見える形で「表した」ではなく、「現れてしまう」ものがあったのかな、と。

中島:意識はしていなかったですけど、数ヵ月経って思い返すと、やっぱりどっぷりその最中に考えてたことが、曲に出ていると思います。ある意味ネガティブに思えるようなテーマを据えている曲が数曲あるんですけど――tofubeatsさんに書いてもらった“ドライブ”や、“窓際のジェラシー”はそうですね。そういう一見ネガティブな気持ちを歌おうと思ったのは、自粛している間に実際わたしも落ち込んでいたし、しんどくて。ほんとは「しんどい」って言いたかったけど、発信する立場として、SNSとかに「落ち込んでる」「しんどい」と書いていい立場ではないと思っていたんです。だからといって、人を励ませるほどの元気はなく、ただただ自分の内側に向かって考えたりぼーっとしたりすることで精いっぱいでした。

 でも、2020年に制作をしているアルバムは、そういう部分を出しても……というか、出したほうがいいんじゃないか、と思いました。「未来、明るいねっ!」「30代、頑張っていくよっ!」みたいなアルバムでもよかったと思うんだけど、わたしは昔の音楽がずっと大好きで、その中には時代を反映している楽曲だったり、アルバムがあって、それに魅力を感じてきたので。このアルバムはいろんな意味で、今年のわたし、2020年の31歳の中島愛を反映しているものだから、もちろんリリース直後に聴いてほしいけど、5年、10年後の未来にも残すような気持ちで作ろう、と思っていました。キャラクターソング・コレクションを出した頃にもよく言っていたんですけど、アーカイブする・残していく、という気持ちで作っていく心構えがありました。

──名盤であれば、残っていきますからね。

中島:そこなんですよ(笑)。当然、残したい気持ちはあるけど、「じゃあ、どうやったら残っていくのか?」を考えないといけない。でも、コンセプチュアルであることは、まずひとつ強いんじゃないかな、と思いました。「いい曲集めました」を柱にしながら、他に何があるかで、いいアルバムかどうかが変わってくる可能性があるな、と。やっぱり、わたしはコンセプト厨だし、テーマを出すのも好きだし、そこは自信があるので(笑)。いつかは、頭をからっぽにしてアルバム1枚作りたいですけどね。

──(笑)状況的にひとりで考える時間が長かったことで、アルバムの位置づけがはっきりしていったんですね。

中島:そう思います。自粛している間、自分自身は何もしていない意識だったんですけど、あとから振り返ってみると、ちゃんと考えてました(笑)。いろいろ出てきましたね。ある意味、泉のようではありました。

──やりたいことがどんどん出てきたのは、素晴らしいことですね。まあ、今までのアルバムでも、やりたいことはしっかり実行してきたと思うけど、今回は本人発信の純度が高い印象はあります。

中島:そう思います。「こうしてみたらあなたは輝く。それを保証してあげる」っていうディレクターやプロデューサーの気持ちに応えたくて歌う部分もあったし、それはアイドルが好きな自分にとって理想型なわけで、「人の期待に応える」ことは、間違いなくベースにあるんです。でも今回は、それをやるべきじゃない、と思いました。

 クリエイターさんが書いてくれるのは、当然いい曲なんですよ。だから、このアルバムについて「愛ちゃん、歌がよくなかったよ」って言われても、今回はわたしがほぼ全部コンセプトを出しているから、すべてわたしの責任になるところがすごくいいな、と思って。今回は、「わたし、こうしたい」って表明して、それが功を奏するのか、「違ったね」となるのか、その結果が知りたかったんです。まあ、「ダイアリーって言っておいて、ひとつも歌詞を書いてないんかい」っていうツッコミは自分の中にあるんですけど。

──そう、ダイアリーと言ってるから、自作の歌詞が多いのかな、と思ってました、最初。

中島:そうなんですよ。これは言い訳を抜きにして、書けないと思ったから書かなかった、です。わたしの能力では、歌っている自分を満足させられる歌詞は書けない、と思いました。

──曲に対してベストな歌詞の選択肢は自分ではない、というジャッジですよね。ある意味普通だし、曲に対して誠実だと思いますけど。

中島:ほんとですか。でもやっぱり、「本人作詞」というものの何かがあるじゃないですか。わたし自身は、「中島が書いたから気持ちが知れる」というわけではないと思っているんですけど、ずっとそこにコンプレックスがあったんです。わたしは、クリエイターではないから。だから、まずはテーマをクリエイトするところから始めて、いろんなクリエイターさんのエネルギーやエッセンスを感じて、自分で作ってみようと思える日が来たら、そこで別のダイアリーを作ろう、と考えていて。今回はそれよりも、ボーカルとしてクリエイトすることに徹しようと思ったので、ある意味ものすごく歌に集中できたんです。それがすごく嬉しかったですね。これだけ歌に集中できたことに感謝もしているし、すっきりしました。

──そのジャッジを、リスナーとして全面的に支持したいです。

中島:気持ちの吐露だけなら、SNSでもできますからね。ほんとに突き動かされて、自分で言葉を書きたいと思う日も、きっといつか来ると思うんです。そのときは、コンセプトが「荒削り」になると思いますけど(笑)。でも、そういう自分になりたいと思うんだったら、ここで歌に集中する1枚を作るべきだと思いました。

中島愛

「歌手である人生を自分が選んだんじゃん?」ということと、ちゃんと向き合おうと思った

──前作の話題を出しましたけど、『Curiosity』はそれまでの3枚とは作りが違うじゃないですか。リリース当時のインタビューを読み直して、改めて久しぶりにアルバムも聴きましたけど、とても健やかなアルバムだなって感じたんです。

中島:そうそう、ほんとにそうです。

──成長した、進化したというよりは、楽しさが前面に来ている。「歌って楽しいんだ」という原点に立ち返って、楽しく作られているし、音楽との向き合いがまっすぐで、健やかなアルバムだな、と。そういう制作を経験したことが、確実に『green diary』につながっていると思うんですけど、『Curiosity』を振り返ってみて、どういう存在になってますか。

中島:当時は、復帰後初のアルバムだったので、それこそ「わたしは、歌うことを楽しいと思っています」「元気にやってます!」と高らかに宣言するのが一番大事だったと思います。実際にそれができていると思うし、自分の気持ちとして「歌、楽しい!」って乗った部分が共鳴し合って、あのときにしかできないアルバムが作れたと思います。いま振り返っても、『green diary』と同じくらい、満足度が高いですね。『Curiosity』に入っているシングル1枚1枚を含めて、すごくいい流れだったと思うし、ここまで過不足なくやってこられました。3年ぶりのオリジナルアルバムというと、だいぶ空いた感じがするかもしれないですけど、その間の中身がものすごく詰まってるんですよね。1枚ずつ、どれかひとつでも欠けていたら、『green diary』はこういうアルバムになっていないので、パズルのピースがきれいにハマっていった感じはあります。

──そして、直近のシングルである“水槽”も非常に大きかったな、と思うんです。リリースされた当時も、「こういう曲をリスナーは求めてたんじゃないか」って言いましたけど、10周年を経て、表現者としての領域が広がった感じがしたんです。“水槽”の存在も、『green diary』に影響を与えているんじゃないかと思うんですけども。

中島:大きいですね。もちろん、最新シングルだから入れることは決まっていましたけど、“髪飾りの天使”も含めて、あのシングル自体が自分にとってエポックメイキングでした。すごくポジティブな意味で言いますけど、“水槽”って、他の曲と馴染まないじゃないですか。でも今回に関しては、“水槽”がすべての感情の泉みたいなものだったんです。自粛期間に感じていた気持ちと、“水槽”に書かれていることは共通していて。いろんなことを考えていても、その気持ちにたどり着いて、「でも、明日からも頑張っていけるよね」っていう流れにアルバムの10曲の中で持っていけたことは、作家さんに感謝だし、リスナーとしても、これ以上の構成はないなって自分で思っています。

──ちなみに、終盤に聞くことになっちゃって恐縮なんですけど、『green diary』というタイトルにつながる「緑」をテーマにしたことの原点を話してもらえますか。

中島:『Curiosity』でだいぶ冒険をさせてもらって、その後海外やアニメのフェスに定期的に呼んでいただく中で、広い会場で歌うことが続いたんですね。わたしの単独ライブではペンライトの色を指定していなくて、自由に振ってもらってるんですけど、フェスや海外のライブだと、みんなやっぱり緑のペンライトを灯してくれるんです。結果的に、ランカの歌を歌っていなくても、緑の海の中で歌うことが、圧倒的に多いんです。

──ライブを観ている身として全然実感ないですけど、海外でのライブはそうなんですね。

中島:海外もそうだし、フェス系でも、「中島といえば」ということで緑にしてくれるんだと思います。結果的に、きれいな緑になってることが多いですね。でも、一度音楽活動を休む前って、できる限り緑を避けていたんです。やっぱり、避けなきゃいけないのかなって。「ランカ・リー=中島愛と、中島愛って、わたしが意識的に分けるべきなんじゃない? そういう使命があるんじゃない?」みたいに思い込んでる部分があったので。

──イコールでつながれていたのに、分けないといけないと思っていた。

中島:イコールで始まった分、「中島 愛名義の曲を出します」って言われたとき、喜ぶべきなのに、最初すごくビックリしちゃって。「そういう未来、あったんだ!」みたいな。そのまま12年やってきて、自分の中でも混同しちゃいけないから、「分けよう、分けよう」としてきて。でも、“TRY UNITE!”とかを、緑の海の中で歌っていることがあるわけです。だから、「避けるのを1回やめて、やめるだけじゃなく正面からがっぷり、緑と組むべきなんじゃないか?」と思ったんです。緑イコール、歌手としてのわたし、のイメージなんですよ。わたし、本名と芸名が一緒だから、ちゃんと前に出る自分と向き合う、というか。いつも、テレビ局とかに行くと、「わー、すごい! 芸能人みたい!」とかけっこう本気で言ってるんですけど、ほんとは前に出る人の自覚を持つべきなんですよね。

──まあ、「自分もな」って話だし(笑)。

中島:(笑)そうそう、「お前もな」ってよく言われるんだけど、けっこう本気で思ってるんです。だけど、「いや、前に出るって決めた人生じゃん?」という話で、そのことと向き合うイコール、緑と向き合う、だったんですよ。だから、ランカだけではないんだけど、おおもとにはランカちゃんがいて、「歌手である人生を自分が選んだんじゃん?」ということと、ちゃんと向き合おうと思ったんですね。

──12年間やってきて、ついにそのときがやってきたんですね。

中島:アルバムが5枚目で、ちょうど30代にもなったし、「ここだろ!」って思いました。

──こうしてお話していると、すごく大人になった感じがするんです――4年くらい前に初めてお話したときって、発言が大人じゃなかったような気がしていて。復帰して、間もない時期ですけど。

中島:そうですね、わたしもそう思います。

──だけど、10周年イヤーの時間や、ここ数年で出会ってきた音楽が、表現者として大人にしてくれた感じがする。「緑」といい距離感で向き合い、ともに歩んでいける今、この数年の音楽活動がとてもいいものだったんだな、ということが改めて伝わってきますよ。

中島:わたし、子どもっぽくいられる間は、ギリギリまで子どもっぽくいたいんですよ。だから、こうして向き合ったりするのも、1年前では早すぎるし、1年後では遅すぎると思ったんです。今がちょうどいい感覚もあって。2、3年周期で自分に飽きるので、ちょうど新しいことをしたいタイミングでもあったし(笑)。復帰してから3年以上経って、やっと「歌う自分」と向き合えたから、今は気持ちがすっきりしてますね。

──そういう意味でも『green diary』は思い入れのある1枚だと思いますが、今後ご自身にとってどんな存在になっていくと思いますか。

中島:たとえ話として聞いてほしいんですけど、ほんとに最後の1枚になってもいい前提で作りました。毎回そうなんですけど、今回はそれが強いですね。そのくらい、出せるものは出し切りました。今、けっこう空っぽです。

──“水槽”のときのように、無になった?

中島:はい。でも、不思議と“水槽”のときと同じで、ここから違うもので満たされていく予感はしています。2019年の“水槽”のリリースから、そういうサイクルがきていますね。このアルバムが作れた自信を携えて、自然に湧いてくるものに抗わずに、マイペースに進む1年にしたいですし、そうすることが怖くなくなる勇気を持てる1枚になりました。

──なるほど。「一回無になる」は大事ですね。

中島:一回無になるほどやらないとダメだな、と思いましたね。それくらい、注がないと。前は、燃え尽きてたんですよ。無じゃなく、頑張りすぎて燃えかすみたいな感じになっていて(笑)。今回は使い切ることができました。きれいにゼロ%まで行って、ここからまた満たしていきます。同じ器に、もう一回に違う水を溜めることができると思うので、「頑張らずに頑張っていきたい」と思います(笑)。

取材・文=清水大輔