ユーモアたっぷり、毒ほんのり! 鈴木保奈美が、喜怒哀楽をさらけだした本音エッセイ『獅子座、A型、丙午。』《インタビュー》

小説・エッセイ

公開日:2021/2/7

鈴木保奈美さん

鈴木保奈美
すずき・ほなみ●1966年、東京都生まれ。86年、女優デビュー。『東京ラブストーリー』をはじめ、ドラマ、映画を中心に活動。近年の出演作にドラマ『SUITS/スーツ』シリーズ、『35歳の少女』などがある。現在、出演映画『おとなの事情 スマホをのぞいたら』が絶賛公開中。

 

 女優の私生活、と言うと、どこか秘密めいた雰囲気を感じるかもしれない。だが、本書を読めば、そんなイメージは吹き飛ぶはず。気取らず、飾らず、偽らず。鈴木保奈美さん初のエッセイ集は、地に足をつけて生活する彼女の体温が伝わってくる一冊だ。

「若い頃は、“女優は演じることに徹するべき”という考えもありました。女優が自分の言葉で物申すのは、何か違うような気がしていて。でも、今は素敵な文章を書き、それがご本人の魅力にもつながっている俳優さんがたくさんいらっしゃいますよね。ものすごく簡単な言い方になってしまいますが、時代が変わったのかもしれません。そこで『婦人公論』の編集者に声をかけていただいたのをきっかけに、エッセイを書いてみることにしたんです。連載を始めて思ったのですが、やっぱり書くことが好きなんですよね、私。2週間に一度締め切りがやってきますが、あまり苦労することもなく、楽しみながら書いています」

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 その言葉どおり、書きぶりは実にこなれており、“女優の余技”という域を軽々と超えている。さっぱりとしたキレのいい文体も、リズミカルで小気味よい。村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』、くらもちふさこの『いつもポケットにショパン』などの話題もさりげなく持ち出され、読書家の一面がうかがえる。

「もともと本を読むのは好きなんです。新作が出たら必ず買うのは、柴田元幸さんが訳したポール・オースターの作品。『幽霊たち』など、初期の作品が日本で刊行されはじめた頃から愛読しています。そのうちに、『あれ、私、ポール・オースターじゃなくてこの訳文が好きなのかも?』と気づいて、今では“柴田追っかけ”に(笑)。ドラマや映画の撮影に入ると小説は読めなくなってしまうのですが、普段はお風呂の中や寝る前に読書を楽しんでいます」

50代を迎えた今、次の世代に伝えたいこと

 扱うテーマは、日常の失敗談や旅の思い出話、世の中に対する違和感やちょっとした怒りなどさまざま。夫との会話、娘3人の子育てのことなど、家庭内の出来事まで包み隠さず書いている。サヤ付きのソラマメを買ったら半分以上が中身の入っていない空サヤで「剥いてあるほうを買えばよかった」と悔やんだり、大量の小銭をATMに入れてしまって慌てたりと、庶民的なエピソードも飛び出し、親近感を抱かずにいられない。

「連載を始めたばかりの頃は、高尚にテーマを決めて“こうである”と意見を述べなければと思っていたんです。でも、だんだん肩の力が抜け、そんなにキチンキチンとオチをつけなくてもいいのかなと思えるようになりました。“なんか面白いよね”“ちょっと変じゃない?”という気持ちを、自分の言葉で表現できればいいのかな、と。あらためて読み返すと、最初のうちは格好つけた文章で恥ずかしいですね。でも、半分は失敗談、残りの半分は怒ったり毒を吐いたりするエピソード(笑)。適当にどのページを開いても、楽しんでいただけるのではないかと思います」

 笑えるエピソードも多い一方、若い女性が抱える生きづらさに寄り添い、重荷を軽くしてあげようとするエッセイも。セクハラに対しては「もう苦笑いでやりすごすのはやめにしたいと思う。自分の気持ちにもっと繊細になろうと思う」。仕事と育児の両立については、「外で働く女は両立させねばならない、という紋切り型の思考から抜け出したいよ、いい加減」。赤ちゃんを連れたお母さんを見て、「今ならわかる。背負いこまなくて良かったのだ。できないよ~って騒いで、人に甘えて、頼って良かったのだ」。3人のお嬢さんを育ててきた鈴木さんならではの、実感がこもった言葉にあふれている。

「自分が子育てまっただなかの頃は、“人まかせにしてはダメ。頑張らなきゃ”と当然のように思っていましたが、子育てが終わってから“いや、そうでもなかったのかもね”と気づいたんです。育児に限らず、仕事、勉強、美容、健康どんなことでも“これをハタチの頃に知っていたら……”と思うことってありますよね。私に娘がいるからでしょうか、若い頃の失敗、今だからわかることを、ぜひ次の世代に教えてあげたいと思って。そういう気分が、文章に反映されているのではないかと思います」

 こうした思いを抱くようになったのは、時代というより50代という鈴木さんの年齢によるところが大きいという。

「仕事現場でも、気がつけば私よりも年下の俳優さん、スタッフさんのほうが多いんですよね。これまでは先輩に“教えてください!”と言うばかりでしたが、そろそろ自分がいただいてきたものを次の世代に渡していく頃合いなのかなと思いました。また、誰もがなんとなく抱えている違和感に対し、私のような仕事をしている者が声を上げることで、“あ、あの人もこう言っている。やっぱりおかしいことだよね”と考え直すきっかけになるかもしれません。そこまで大きな役割を果たせるとはとても思いませんが、この本を読んで“そうだ、そうだ!”と溜飲を下げたり、“なるほどな”と共感したりしていただけたらうれしいです」

人には人の事情がある。そう想像することが大切

 70編を超える収録エッセイの中でも特に印象深いのは、子育てという戦場をともに駆け抜けてきたママ友たちとのエピソード。ひと口に“ママ友”と言っても、それぞれ生い立ちも違えば、抱えている悩みも違う。あるママ友は入院中の義父の世話で忙しく、あるママ友は父親を亡くしたばかり。鈴木さん自身も、世間からは「有名な旦那さんもお子さんも手に入れた大女優」に見えるかもしれないが、そんな単純なものでもない。表面的にはお気楽なママ友集団に見えても、一人ひとりに事情がある。それをわかったうえで、彼女たちは深夜のグループLINEで軽やかに笑い合う。優しくも頼もしい連帯が心に響く、珠玉のエッセイだ。

「人には人の事情がある。その想像力は忘れたくないなと思っています。例えば、優先席に若い人が座っていたとしたら、“思いやりがない若者だな”と一方的に決めつけるのではなく、何か理由があるのかもしれないと考える。ニュースやSNSを見てわかった気にならず、その裏側を想像する。私たちのようにみなさんにハッピーをお届けする職業の人たちだって、楽しそうに振る舞っていますが、何も苦労がないはずはありませんよね。一面的に物事を判断するのではなく、ひと呼吸置いて相手の事情を想像する。その思いやりを持っていたいと思うんです」

 エッセイを書くことは、想像力をはぐくむばかりではなく、女優業にも良い影響を及ぼしているという。

「書くことによって、心のバランスが取れるようになった気がします。ぼんやりした考えを整理して文章にまとめることが、お芝居に役立つというのも面白い発見でした。お芝居をする時は“このシーンにはどんな意味があり、自分はどういった状態でいればいいだろう”と考えます。でも、ただイメージするだけでは、ぼやっと手探りをしている状態。モヤモヤしたものを文章化すると、スパンと形が決まるんですね。そうすると、演技が組み立てやすくなり、再現性も高くなります。つまり、ひとつのセリフを言うにしても、どの音階で発すればいいのかトーンが決まるんです。女優の仕事にもうまく紐づいていますし、文章を書くことは今では私にとって欠かせないメンテナンス。あと2年半ほど連載を続けないと2冊目が出ないので(笑)、頑張って続けたいですね」

取材・文:野本由起 写真:山口宏之