柄本佑「タイトルは“死に方”だけれど、これは明らかに“生き方”の映画になっている」

あの人と本の話 and more

更新日:2021/2/16

柄本佑さん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載「あの人と本の話」。今回登場してくれたのは、「人間を好きになれ」という言葉がいつまでも脳裏から離れない、映画『痛くない死に方』で、終末医療に携わる在宅医を演じた柄本佑さん。実際の医療現場を訪れて決めていった“スタイル”、高橋伴明監督の“度量の広さ”のなかでしていったこと、そして選んだ一冊について、たっぷりとお話を伺いました。

「すごく読みやすいんですよね、この本。一話一話、端的で、教科書に載っていてもおかしくない。出てくる人の口がこんなに悪くなければ、そうなっていたかもしれませんね(笑)」

 柄本さんが選んでくれた『田舎医者』は、みずからを“山医者”と呼び、那須の診療所で地域医療に従事する傍ら、獅子文六に師事し、ユーモアたっぷり小説やエッセイを紡ぎ続けていた見川鯛山による一冊。素朴でおおらかで、健康的なエロチシズムのある村人たちとのやりとりが綴られているが、日常のなかにある昏さも時々顔を見せる。

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「僕は冒頭の一話『チヨ』が一番好きなんです。中学生の頃、家にあったこの本を読み始めたとき、“あ、すっげぇ面白い”って。雪のなかに赤い長靴が埋まっている、というくだりから始まる話は、もっと可愛らしい展開になるかと思いきや、わりと辛辣なところに向かっていくんです」

 那須の山々に雪崩が始まった早春の頃、村人が見つけた赤い女ものの長靴。「たしか死びとだぞ、あれは」という植木屋の言葉に、鯛山先生は駐在とともに山へと向かう。そこから誰にでも身体を開いていた村の娘・チヨの話が語られていく。彼女が産んだ赤ん坊、その切ない顛末……。

「気持ちが残る終わり方なんですよね。そして全編を通し、あったかみはあるんだけど、どこか残酷さもある見つめ方をしているんです、リアルというものに対して。事柄がそこに置かれるだけというか、そこに対して自分がどう思ったというふうな書き方はあまりされていない。それは人の生き死にに関わる、感情が溢れがちな部分に関しても。でもその“行きすぎない”ところが、医者の視点なんだな、とも感じるんです」

 医者の視点――。在宅医と患者と家族の物語、映画『痛くない死に方』で、在宅医療に従事する河田仁を演じるとき、柄本さんはまず“スタイル”から役を考えていったという。

「原作を書かれた在宅医のスペシャリスト・長尾和宏先生のクリニックに見学に行かせていただき、往診にも4~5件付いていきました。長尾先生は、白衣を着ず、聴診器だけ持っていかれるんです。先生のお考えからすると、自宅に入ってくる医者は異物であると。異物が家に入ってくると、絶対に患者さんや家族の方々が委縮してしまう、言いたいことも言えないし、聞きたいことも聞けないだろうと。だからとにかく、医者らしいものを排除したいのだと。近所の気さくなおじさんが、ちょっと世間話をしに、遊びに来たくらいの感じで入っていけるのがいいと。それが後半の河田くんのスタイルになっていきました」

 物語は、在宅医として日々仕事に追われ、家庭崩壊の危機に陥っている河田が、末期のがん患者を担当するところから始まる。痛みを伴いながらも延命治療を続ける入院ではなく、“痛くない在宅医”を選択した患者の家族。しかし河田は電話での応対に終始し、結局、患者は苦しみ続けて亡くなってしまう。“痛い在宅医”になってしまった自分を責める河田。そこから彼は、在宅医の先輩・長野(奥田瑛二)のもとで、在宅医としてとしてのあるべき姿を模索していく。

「前半の河田くんは、後半から逆算をして、その高低差を考えていきました。患者さんに対する目線の向きや身体に触れるか、触れないかなど、非常に具体的なところから」

 高橋伴明監督の撮影は、非常にスピーディーだったという。

「助監督の方が、『もうちょっとスピードを緩めてください』というくらいに。ただ、不思議と急いでいるという感じはしませんでした。普通に撮って、普通に早い、というリズムだった。監督の頭のなかにはすでに映画自体、出来上がっていたと思うんです。セリフさえ正確に、そのシーンで出さえすれば、基本的にはオーケー。逆に、正確にセリフが出ちゃったら、オーケーになってしまうという緊張感がありました。だから濃密でしたね。自分のなかで、“これ、いる”“これ、いらない”という芝居の選択をし続けていた。『基本的には何をしてもいいよ』という監督の許容の幅にも驚いていました」

 脚本も監督自身が書いている。以前、インタビューのなかで、柄本さんは演じるとき、「書いた人のことを考える」と語っていた。

「いろんなところにヒントはあったりするけど、最終的にはそういったことだと思いますね。そのセリフをどう喋れるようになるか、そのときには、伴明監督を見るし、原作者の長尾先生も見るし、照らし合わせていきますよね、セリフと書いた人を。脚本の中には長尾先生もモデルとして存在しているし、監督自身を反映させているところがある。どの役にも多分、監督ご自身の要素が入っていて、全役がある種、分身のようになっているんじゃないかなと」

 そして、その演出の度量の広さには驚いたという。

「“この台本、設計図、それはもう渡すから、いくらでも誤読してくれ”と。“この庭のなかで、とにかく思うまま、考えて、各々が持ってきてくれ、そして俺が見るわ、そんで許容していくよ”と。“いくらでも試して、いくらでも失敗して、なんでも怖がらずにやってこい”という感じの演出でした。だから今回は、“書いた人のことを考える”というところにとらわれず、自由に解釈しながら、演らせていただいたという感じです。それは全キャスト、全スタッフ、みんな多分、そうだったと思います」

「タイトルは“死に方”だけど、これは明らかに“生き方”の映画になっている」と柄本さんが言うように、その度量の深さのなか、観る者も自由自在に生き方、死に方を考えていける。映し出されていくのは、人生の残りの日々が刻まれていく時間。なのに、なぜか“楽しい”。

「そうなんですよね。非常に洒脱で、深刻になりすぎず、でも諦めているところは諦めているし。ある種の可愛らしさみたいなものも、もたらされている作品だと思います」

取材・文:河村道子 写真:干川 修
ヘアメイク:廣瀬瑠美 スタイリング:林 道雄 衣装協力:サスクワァッチファブリックス(https://sasquatchfabrix.com)

えもと・たすく●1986年、東京都生まれ。映画『美しい夏キリシマ』で主演デビュー。近年の出演作に、映画『きみの鳥はうたえる』、『居眠り磐音』、『火口のふたり』、ドラマ『知らなくていいコト』など多数。ドラマ『天国と地獄 〜サイコな2人~』放映中、映画『心の傷を癒すということ』公開中。

映画『痛くない死に方』

映画『痛くない死に方』

原作:長尾和宏(『痛くない死に方』『痛い在宅医』ブックマン社) 監督・脚本:高橋伴明 出演:柄本 佑、坂井真紀、余 貴美子、大谷直子、宇崎竜童、奥田瑛二 配給:渋谷プロダクション 2月20日(土)より全国順次公開
●在宅医療に従事する河田仁(柄本佑)が、在宅医としてあるべき姿を模索する様を描く。本作原作の在宅医を追ったドキュメンタリー『けったいな町医者』(2月13日公開)のナレーションも柄本が務める。
(c)「痛くない死に方」製作委員会