乳がんで妻が他界、生きる気力も死ぬ勇気もない…。その頃書き始めた『京都祇園もも吉庵のあまから帖』――周りのために気張ることで生かされていく《志賀内泰弘インタビュー》

小説・エッセイ

公開日:2021/3/15

志賀内泰弘さん

志賀内泰弘
しがない・やすひろ●名古屋市在住。2006年、金融機関を退職後、コラムニストや経営コンサルタントなど幅広く活躍。著書に『№1トヨタのおもてなし レクサス星が丘の奇跡』など多数。本作のあんこの取材で京都の老舗や工場をめぐり、1カ月ほど食べ続けたという。「さすがに飽きたけどしばらくネタには困りません(笑)」(志賀内)

「いつか、親父の敵討ちをしなきゃならんと思っていましてね」というのが、京都祇園を舞台にした理由。

「小学校の修学旅行で訪ねて以来、京都は大好きなんですが、親父の思い入れはさらに強くて。戦争中、学徒動員で出陣しなきゃならんとなったときに、冥途の土産に祇園遊びをしようと出かけたところ、一見さんお断りで受け入れてもらえなかったと。事あるごとにその悔しさを語っていた親父が、行けずじまいのまま15年前に亡くなりましてね。いつか代わりに! と思っていたんですが、カミさんは旅好きなのに『そんな贅沢なところ、無理』と付き合ってくれないし、ひとりで行こうとすると“女遊び”のイメージが強いのか許してくれないし。実際はそういう場所じゃないんですけど、けっきょく僕も行けないまま60歳を迎えてしまった。ところが、4年前にカミさんを癌で亡くしましてね……」

 10年ほど前に発症した乳がんが手術もできない状態だったという。志賀内さんは自宅で寄り添い、介護を続けていた。

「介護生活で身体を悪くし、見送ったあとは、生きる気力もないけど死ぬ勇気もない、みたいな状態でしてね。もう看病しなくていいということが、幸せなのか不幸なのかもわからなかった。そんなとき、『小説書かない?』と声をかけてくれたのがPHP研究所。当時売れていた小説にあやかり舞台は京都、街は祇園でどう?って具合に、内容も考えないうちから決まってしまった。でもよく考えたら親父の因縁もあるし、お茶屋遊びに眉をひそめる人はもういない。PHPの本社は京都にあるから、祇園にも顔がきいて取材ができる。そんなわけで悲願の祇園をついに訪れたところ、もも吉のモデルとなる名女将に出会ったんです」

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祇園で出会った名物女将が教えてくれた粋な生き様

 祇園でお茶屋の女将をつとめていた元芸妓・もも吉が営む甘味処「もも吉庵」。齢七十を過ぎてなお若々しく凛とした女性だ。唯一のメニューである麩もちぜんさいと彼女のアドバイスを求め、もも吉庵に訪れる悩み多き人々を描いたのが本シリーズ。

「粋、ということのなんたるかを女将……お母さんから教わったんですよね。たとえばコロナ禍以前、インバウンドの客で祇園が溢れかえり、舞妓さんたちが追いかけまわされ困っていた。そこで僕は、昔でいう木戸番を立たせて夕方以降は街を閉じてしまってはどうかと提案した。するとお母さんがおっしゃるわけです。『それは違うてます』。不愉快そうにするでもなく、ぴしゃりと。何がどう違うかもおっしゃらないんですが、要するに、マナーを守ってもらえばそれでいい。無粋なことを言うなということですよね。粋とは、背筋をしゃんと伸ばして凛と生きる姿勢のこと。それがわかってもう、僕は痺れてしまって。お母さんの生き様を書かせてください、とお願いしました。もちろん小説なので、ほとんど架空のエピソードですけど、彼女を中心に据えたことで物語は膨らんでいったし、悩んだときは『お母さんならなんて言うだろう?』って考えると自然にセリフが出てくるんです」

 とくに印象的なのが、舞妓が挨拶がわりに口にする「お気張りやす」の意味。1巻で、もも吉は朱音という悩める新米社会人にこんなことを言う。「仕事いうんは、頑張るもんやない。気張るもんや」。「頑張る」とは、独りよがりに我を張ること。「気張る」とは、周りを気遣って張り切ること。助け、助けられながら、自分の力を発揮していくものなのだと。3巻では、美都子もまた、母・もも吉のその言葉に導かれるように成長を見せる。

「20代の朱音とちがって、四十手前の美都子はそうそう自分を変えられない。だけど、もも吉に踊りが高慢だと指摘され、舞妓をやめてしまった彼女が、別世界に10年身を置いたことで、改めて粋と気張ることの本質を知っていく、という過程は前々から描きたいと思っていました」

 3巻で美都子は、自分ではなく人のためにある決断をくだす。誰より努力を重ねてきたゆえに他人に厳しく、視野も狭くなりがちだった彼女の変化には、人は何歳でも成長できるのだと励まされるはずである。

人生とは理不尽の連続、だからこそ“気張り”が必要

 美都子にたびたび叱られている、舞妓見習いの奈々江もキーパーソンのひとり。あの日「海」が家族をさらって……。と回想する彼女に何があったのかは、言わずもがなである。東日本大震災の津波や地震という表現を避けた理由に、志賀内さんは「目にしただけで悲しい想いをする人がいるかもしれないから、使いたくなかったんですよね」と語る。

 乗り越えがたい苦しみを背負う彼女に、3巻では、担当編集者をもって「かわいそうだからもうやめてあげてほしい」と言わしめるほどの試練が襲う。だが志賀内さんがそれを書くのは、決して物語を盛りあげるためではなく、理不尽にさらされた人間が、それを乗り越えて生きていくのは、並大抵のことじゃないからだと知っているからだ。

「わかりやすくスカッとする展開を書いたほうがいいのかもしれませんが、人生、そんな調子よくいくわけないだろ、という想いが僕のなかにあるんですよね。だって、一瞬で家族を失った奈々江を誰に救うことができますか。できませんよ。どんなに理不尽でも、彼女が自力で乗り越えていくしかないんです。でも、もも吉や美都子、置き屋の女将である琴子をはじめ、彼女のために、さりげなく気張ってくれる人たちはたくさんいる。だから奈々江も、頑張るのではなく気張ることで、少しずつ前に進んでいく……。そういう姿を描くことで、わずかでも現実にも同じような想いをしている方々の励みになればな、と。それこそが文学の役割なんじゃないかと思っています」

 あまから帖、というタイトルにもあるように、甘さは、からさがあってなお引きたつ。もも吉の麩もちぜんざいが、汐吹昆布とともに食べることでより美味となるように。本作で描かれる優しさは、からい経験を重ねてきた人にほど、沁みるだろう。

「どうしようもない現実を前にすると人は『こんなに頑張っているのにどうして報われないの?』『なんで自分ばっかりつらいめにあうの?』と思ってしまう。けれど人生というのはそもそも理不尽や不条理の連続。自分の中に原因を探すと心が病んでしまうだけだから、意識を他者に向けて気張ることで、どうにかこうにか生きていけるんじゃないかなと思います。そうすると、自分に向けられている優しさにも気づけるでしょう。甘味がたくさん出てくるのは、今はグルメがウケるから甘いものをたくさん出せ、猫も出せ、という編集者の指示で、意外とあざとくつくっているんです。ただ、メニューは麩もちぜんざいだけと決めたことで、一つしかないなら工夫するしかない、ということが描けたのはよかった……とこれも編集者が言っています(笑)。3巻ではこれでもかというほど実在の和菓子を登場させたし、4巻も気張らなきゃなあ」

 3巻では、もも吉が「美都子は本当に売り言葉に買い言葉で芸妓をやめたんだろうか?」と疑問に思う場面もある。いまだ明かされぬ美都子の父親とともに、芸妓をやめた本当の理由も描かれていくのだろうか?

「……気づきました? さりげなく仕込んだつもりだったのに(笑)。実は1巻を書いたころから5巻くらいまでの流れは考えていて。常連の隠源や美都子に恋する幼なじみの隠善もからんで、編集者も驚いた意外な結末を用意しているんですよ。とはいえ、シリーズが続かないと書けないので、既刊もふくめ応援していただけると嬉しいです」

取材・文:立花もも 写真:古川義高

 

 

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