不老不死のディストピアに希望の光を照らす愛の物語

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

「20代で不死を手に入れられるならばどうする?」
 突然、こんな質問をぶつけられたら、「もちろん、若いときの姿のまま生き続けるのがいい!」と、答えるかもしれない。

 不老不死は人類の永遠の夢だ。しかし、それが実現した社会をリアルにイメージしたうえで、答えられるだろうか。山田宗樹さんは卓越した想像力と表現力で、不老不死となった日本がどうなっていくかを、最新作『百年法』で描き切った。

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「この着想が生まれたのは10年ほど前でした。何度かプロットを組んでみたものの、毎回、何かが足りず、ボツにしました。しかし、今回は違います。書くというより、一つ一つの物語を〈見つけていく〉作業でした。書き進められないときは、『それは違う』と誰かが耳元でささやく。うまくいっているときは筆がのり、書いていることが正解だとわかる。物語に導かれて完成した作品です」と山田宗樹さん。作家になるべくしてなった人と感じさせるエピソードだ。本作の冒頭からエンディングまで、途絶えることのない緊迫感の連続はこうした執筆スタイルだから生み出せたのだろう。

「日本共和国」という架空の国の物語は2048年から始まる。1945年、大日本帝国は6発の原子爆弾が投下されて滅亡し、日本共和国に生まれ変わった。すでに不老不死化に成功していたアメリカは、日本を友好国として取り込むべくその技術を提供し、自国と同じ生存期間を認めた。それと同時に制定されたのが百年法と呼ばれる「生存制限法」である。その法律文が本作の巻頭を飾る。

「不老化処置を受けた国民は 
処置後百年を以て 
生存権をはじめとする基本的人権は 
これを全て放棄しなければならない」

 不老不死を手に入れたのに、100年たったら有無を言わさず国家が国民の生命を奪うのだ。生存制限法の初めての適用が2年後に迫り、100年間、事故や自殺以外で人死のなかった日本と国民は大きく揺れ動く。百年法凍結を望む声が広がっていくが……。

「現実の社会では生きることが善とされています。不老不死が実現した社会で人の死を国家が決めるのは、一見、極端な支配に思えるかもしれません。しかし、この作品では、ある時点を境に生きることが犯罪になってしまう。生と死の価値観が逆転する世界を書きたい、それが原点でした」

 

物語が〈見える〉作家が創りあげるリアリティ

 不老不死はギリシア神話、いやそれ以前から繰り返されてきた物語のテーマだ。国家が人々を管理・支配するディストピア小説も数多く書かれてきた。だが、『百年法』は既存の作品とは大きく異なる。設定だけで近未来SF小説と思い込むのは、大間違いなのだ。

「ぶっとんだ設定だからこそ、読者につくりものと感じさせてはいけません。不老化の技術をウイルスの発見と変異の結果とし、19世紀に端を発する歴史的なバックグラウンドを持たせたのは、生物畑出身である自分の得意の分野でリアリティを出したいと考えたからです。それに、不老不死の管理社会という設定で誰もが思いつくのは権力と対抗勢力の二項対立です。明確な敵を設定して、それと戦うほうがすっきりするし、物語はわかりやすいですが、それをやっては作家としてはおしまいです。現実はもっと複雑。そのぐちゃぐちゃさを描くことでリアリティが生まれると考えました」

 山田さんはリアルさを追求する。作品の巻末にある参考文献リストには自然科学や社会科学の専門書、調査報道のノンフィクションなどが並ぶ。膨大な資料から得た知識を咀嚼し、作品世界に盛り込む。現実とフィクションがモザイク状に構成されているから、あり得ない設定でも、自分がその事件に遭遇した目撃者や当事者になったような気持ちになる。

「かなりの量の資料にあたります。資料を読んでいると霧の向こうにイメージが浮かんだり、突然、アイデアが降ってきたり、自分が書こうとしているものが見つかり始めます」

 山田さんは書こうとする人や出来事が〈見える〉のだろう。たとえば、本作でハッとさせられるのは、登場人物の姿を想像したときだ。政府高官らがその立場らしい「いかにも」という物言いをするが、不老化処置をした彼らの外見は全員20代。そのことを本文中の「若い」ではなく「年数が浅い」の一言で気づき、ヴィジュアルが浮かび、その違和感にゾっとさせられる。

「人々はこうした……と書けば簡単ですが、それでは読者は納得しないし、最後まで楽しんで付き合ってはくれません。それには、社会や時間の流れをきっちり描いていくしかない。だからこそ、どのシーンにもリアルなストーリー性、ミステリー性の面白さのどちらかを必ずいれました」

 この一つ一つの積み重ねが、上下巻で800ページを超す作品にもかかわらず、一気に読んでしまう理由だ。「あり得ないこと」が「あり得る」に変わる逆転の連続が本作の最大の魅力。

「実力以上のテーマに手を出してしまった……と、執筆中、何度思ったことか」と山田さんは苦笑する。だが、リアルさとハッとする驚きを細部に巧妙に仕込んでいる。

「理系的思考がベースにあるのかもしれませんね。学術論文では前提、仮定、実験、考察と階層が明確に分かれています。無理に書こうとすると必ずどこかで破綻し、あっという間に行き止まりになるという感覚が、本作の執筆中は常にありました。どうしても前に進まないときは、根本的なところが過ちを犯している可能性がある。本当に納得できる正解が見つかるまで考え抜きます。これがかなり苦しくて、放り出したくなることもありましたが、全力で考え抜いて中央突破した瞬間、作品が一段上のレベルに脱皮できるのです」

 これが山田さん独特の物語世界を構築している。たとえば『嫌われ松子の一生』で松子が転落していく様は不思議な現実味に満ちていた。『黒い春』の病原体発生や究明プロセスは真に迫っている。山田作品に共通するのは、圧倒的にリアルな世界の中での、登場人物たちの生き様だ。大切な人を愛する気持ちが、ひしひしと伝わってきて、涙なしでは読めない作品が多い。本作もまさにそう。閉塞した日々の中で、愛を注ぐ人たちの人間ドラマなのだ。