林原めぐみが、綾波レイを演じる上でヒントになった1冊とは? 「キャラクターがどう生きてきたのか、その背景を想像してもらいたい」

あの人と本の話 and more

更新日:2021/3/19

林原めぐみさん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、声優として第一線で活躍し続ける林原めぐみさんだ。本誌では綾波レイを演じる上でのヒントになった1冊『平気でうそをつく人たち』を推薦してくれた。ここでは、林原さんの新刊『林原めぐみのぜんぶキャラから教わった 今を生き抜く力』について掘り下げていこう。

『らんま1/2』の早乙女らんまや『スレイヤーズ』のリナ=インバース、『ポケットモンスター』のムサシ、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイ、『名探偵コナン』の灰原哀など、林原めぐみさんには数え切れないくらいの“代表作”がある。そのキャリアは30年以上。もはや声優界のレジェンド的存在といっても過言ではないだろう。

 そんな林原さんは文筆家としての顔も持つ。これまでに何冊も本を書き上げてきたが、その最新作が『林原めぐみのぜんぶキャラから教わった 今を生き抜く力』(KADOKAWA)だ。本作に綴られているのは、これまでに演じてきたキャラクターからどんなことを学んだのか。一人ひとりのキャラクターと向き合い、ときには自分と役柄とを重ね合わせることに苦悩する瞬間も垣間見える。読んでいると、「声優さんって、想像以上に大変な仕事なんだ……」とため息が溢れてしまう。

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「時代が進んで、声優の仕事にも変化が見られました。たとえば、セリフの途中で噛んでしまったとしても頭からやり直すのではなく、文節の途中から録音し直せばいい、なんてことも技術的に可能になっています。それは効率的であり、便利な一面もありますが、大切なことが置き去りにされてしまうような恐怖感もあって。わたしが大事にしているのは、声を作ることではなく、“心作り”なんです。その結果、キャラクターから沢山の事を教わりました。ある意味、長年声優として仕事をさせていただいた中で現場や先輩からいただいた恩恵を記録として残すことも意味のあることのような気がして…、粛々と、執筆しました」

 役作りではなく“心作り”。その言葉通り、林原さんは演じるキャラクターの心を理解しようと努めてきたのだ。綾波レイや灰原哀など、非常に繊細で難しい役どころを任されているのも、林原さんが彼女たちの心を理解しようとしているからこそなのだろう。

「若手声優の子たちにも良かったら読んでもらいたいかな。たまに、一生懸命キャラクターの顔に声を当てようとしている子を見かけます。でも、そのキャラクターがなにを見ているのかまで想像できていないことが多くて。たとえば、『頑張れ』というセリフがあったとして、その言葉を届けたい相手はどこにいるのか。目の前のサッカー場のフィールドにいる子に伝えたいのか、あるいは心のなかで呟くだけなのかで表現の仕方は変わるはず。もちろん、そこまで掘り下げなくてもOKが出る現場もあります。ただ、心と向き合わないお芝居を続けていると、いつかつらくなってしまう。『わたし、なんのために声優になったんだっけ』って悩む日が訪れると思うんです。事実、そんな子にも出会いました。いまの時代、声優もマルチに活躍することを求められるようになりました。もちろん楽しんでいるならいいし、果敢に挑戦するのもいい。でも、訳も分からず求められるままに応えて、疲弊していてはもったいない。静かに仕事と向き合うことで得られる恩恵も伝えられたらなとは思いますね。」

 林原さんがどのようにキャラクターと向き合ってきたのか、その葛藤や苦悩の歴史を記した本作は、若手声優への愛情溢れるメッセージにもなっているのだ。

 一方で、一般の読者にとっても学びが多い一冊でもある。林原さんがキャラクターから受け取った“生きるヒント”がたくさん鏤められているため、読み手によって刺さるポイントが異なるだろう。

「これまで演じてきたキャラクター、一人ひとりの思考に寄り添ったことで書けた一冊だと思っています。読み手の方にとっては、好きなキャラを入り口にしてくれてもいいし、または自分には関係ないと読み飛ばしちゃうページがあったって構わない。恋愛について書いているパートがあれば、人の心に眠るうそについて書いているパートもあります。それらのうち、一箇所でも、今の生活に同調できるものが見つかったら、そして、ちょっとほったらかしていた心のモヤモヤに効果があったらうれしいですね。」

 同時に、アニメの楽しみ方も変わりそうだ。あのキャラクターはどうしてあんなセリフを言ったのだろう。そう考えられるようになると、アニメの世界に奥行きが生まれる。

「そうですね。アニメの一気観をしたり、好きなシーンを繰り返し観たり、楽しみ方は人それぞれで良いと思いますが、そのキャラクターがどんな風に生きてきたのか、その名言はなぜ出てきたのか、ちょっと掘り下げることで、これまで客観的に観ていたはずのキャラクターのなかに、自分と重なる部分を見つけられたりもする。『なんとなくこのキャラクターが好き』という感情から、より一歩踏み込めるはず。『推し』という言葉がありますが、人気がある無しにかかわらず、他の人とはまた違った、自分なりの目線を大切にしながら、推しのことをもっと好きになれたら、ちょっといいですよね。」

 最後に、林原さんにとって「声優」とはなにか、を訊いてみたい。

「う~ん……わたしにとっての声優とは、“不義理ができない場所”かなぁ……。寝ていないとか、声が出ないとか、そういったわたしの都合なんて一切関係なくて、不義理をせずに向き合わなければいけない場所。だって、(演じる)その子の人生を預かるわけですからね」

取材・文:五十嵐 大 写真:山口宏之 ヘアメイク:清水寛之

はやしばら・めぐみ●3月30日、東京都生まれ。高校を卒業後、看護学校に通いながら声優を志す。1986年、『めぞん一刻』でデビュー。以降、『新世紀エヴァンゲリオン』『ポケットモンスター』『名探偵コナン』などの人気作に立て続けに出演。『林原めぐみの愛たくて逢いたくて…』など、著書も多数出版。

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『林原めぐみのぜんぶキャラから教わった 今を生き抜く力』

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KADOKAWA 1800円(税別)
デビュー以来、個性豊かなキャラクターを演じ分けてきた声優・林原めぐみ。彼女がどのようにキャラクターと向き合ってきたのか、そして彼ら・彼女らからなにを受け取ってきたのか。生きるためのヒントが詰まった一冊。早乙女らんまやリナ=インバース、綾波レイ、灰原哀など、誰もが知るキャラクターにまつわるエピソードが満載で、アニメファンならば垂涎のはず。豪華作家陣によるイラストも必見。