川村元気「今は『何を言うか』より『どう言うのか』を考えたい。世界中のみなが見舞われた悲劇の中、この本はそのことを示してくれた」

文芸・カルチャー

更新日:2021/4/16

ぼく モグラ キツネ 馬 ダ・ヴィンチニュース
『ぼく モグラ キツネ 馬』(チャーリー・マッケジー:著、川村元気:訳/飛鳥新社)

【前編から読む】『星の王子さま』みたいと話題に! 英米で社会現象となったベストセラー絵本を翻訳。『ぼく モグラ キツネ 馬』に込めた、川村元気の“こだわり”

 イギリスとアメリカで100万部を超えた異例のベストセラーがついに日本上陸! イラストや本のなかにある名言はSNSで無数にシェアされ、コロナ禍に見舞われた人々の希望をつなぐ社会現象となっている。

 日本語版を手掛けたのは、本作が初の翻訳作品となる川村元気さん。小説、映画、音楽など多方面で活躍してきた経験、感性は、少年とモグラ、キツネ、馬の冒険と心の交流を美しいイラストとともに描いたアート絵本をどのように捉え、日本語へと変換させていったのだろう。そしてなぜ、この絵本はこれほどまでに世界中の人々の心を捉えるのか。インタビューで語ってくれた川村さんの言葉は、この一冊をさらに深いところまで楽しむための羅針盤ともなる。

川村元気

――ストーリーを読んでいくと、本当はわかっていることだけど、奥の方にしまいこんで、忘れていた大切なことが掘り起こされてくるようです。

川村元気氏(以下、川村) この本を友人に献本したときに、いつもは忙しくて連絡をくれないような「忙しくしている人」から感想のメールをもらうことが多かったんです。やっぱりみんなちょっと疲れてますよね。とても新しいことを語ったわけでもないこの本が、なぜアメリカとイギリスでベストセラーになったのだろう? と考えたとき、そこに優しいユーモアがあるからかな、と思ったんです。

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――そのユーモアは人々のどんなところに作用したのでしょう?

川村 今、みんな正しいことを言う。SNSでもみんなで正論を言って、正論と正論で喧嘩になったりする。だから今は、何を言うかだけでなく、どう言うかも考えようと、この本が教えてくれた気がするんです。正しいか、正しくないかではなく、どういう風に言ったら人に伝わるかなと。この絵本に“おおきくなったら、なにになりたい?”モグラにきかれたので、ぼくはこたえた。“やさしくなりたい”と語る場面があるのですが、ほんと、それに尽きるというか。語られていることは、言ってみれば普通のこと、けれど言い方がいいんですよね。

――キャラクターの誰かに、自分を投影して読む人も多いのではないでしょうか。

川村 そうですね。でもいろんなタイプの人間をあらわしている、ということではなく、ひとりの人間が持ついろんな側面がこの4つのキャラクターには入っているような気もするんです。上司、友だち、家族……人って対峙する相手によって人格が変わるじゃないですか。そういう側面を、ぼく、モグラ、キツネ、馬で表しているのかなって。人間は皆、いろんな顔を持っている。攻撃的になるときもあれば、不安になるときもあるし、子どもみたいになるときもあれば、馬みたいに立派な大人になるときもある。

――“馬は、彼らが出会ったもののなかでいちばん大きい。そしておだやかだ”と、前書きにも記されているように。

川村 馬の言葉を書くのは難しかったですね。とても大切なことを言っているんですけど、教育的というか、ともすると上から目線になってしまいそうで。けれどそれは絶対にしたくなかったんです。これはチャーリーさんにもお話ししてないんですけど、自分の勝手な設定で、馬は“おばあちゃん”だと思って僕は書いてました。馬を男性だと思って読んでしまうところを、“おばあちゃんだったら、どう言うだろう”と思って書いていたんです。それは自分なりのコツでした。僕自身、おばあちゃんの言葉はすっと入ってきたんですよね。そうすることで、説教っぽくなく、そして素直に、その言葉が聞けるようにならないかなと思ってました。なので馬の一人称は“わたし”なんです。

――歳月を経てから再び読むと、また違った読み方ができそうな本ですね。

川村 人生の段階に合わせ、読み方が変わってくるのかなと思いました。馬まで行き着いている大人が読むと、好きなものだけに夢中になっている自分のなかのモグラ性=子どもみたいなところも理解できるから、より響いてくるのかなとも感じています。

――モグラはケーキが大好き(笑)。

川村 好きなものだけに夢中になっているときが一番、幸せじゃないですか。そういう意味で、モグラは子どもみたい。ケーキだけが好き、ケーキがあればいいと言ってる子(笑)。この物語はシンプルに言うと幸福論の話なんですよね、人は何を以って、幸せだと感じるか、という。それは僕自身のテーマでもあるんです。僕が小説を書くときって、死の話を書くときも、お金の話を書くときも、恋愛の話を書くときも、いつも人間は何を以って幸せだと感じるのかということにベクトルが向くんです。翻訳を終えて、感じたのは、チャーリーさんは、自分と同じテーマを持っている人だったんだなということでした。

――ページをめくり、絵と言葉を眺めているだけで幸せな気持ちになってきます。

川村 この本を読んだ子どもたちの声も早く聞いてみたいですね。絵だけ眺めていてもほんとに楽しいし、いろんな読み方があるのかなと。チャーリーさんが冒頭に書いていますけど、途中から読んでもいいし、読み飛ばしてもいいと。読んでいるうちに、ボロボロになっちゃってもいい本じゃないかなとも思いました。すでにティーカップのあともついてますしね(笑)。あれって、“僕だって汚しているんだから、この本はページを折っても、汚してもいいんだよ”という作者からのメッセージのように思えました。

ぼく モグラ キツネ 馬
「僕は子どもの頃、モーリス・センダックの絵本が大好きで、読みすぎてカバーがほつれて、ページも汚れてボロボロだったんですよね。でもそうして読まれる本は幸せだと思うんです。ティーカップのあとがついているこのページは、“最初からわたしが汚れをつけておきました”という意味合いも含まれていて、そのユーモアセンスがすごくすてきだなと感じました」

――“おわり”という文字に“あること”がしてあることも。

川村 成り立ちからしてインスタグラムに毎日スケッチ的なことを書き、それがつながって、本になっていったものだから、“物語を書くぞ”と始め、“終わるぞ”と終わった話ではないんですよね。日常を生きていくなか、生まれてきたものだから、どこから始まり、どこで終わる、という話ではないんです。それもここまで多くの人に受け入れられた理由のひとつなのかなと思いました。起承転結でなくてもいいんだと、僕自身もすごく気が楽になりました。どうやって物語が始まり、どこで終わるんだということを毎日、毎日、僕は考えているから(笑)。こうやって物語を作ってもいいんだ、というか、そういう物語が自分はほしかったんだ、と思ったくらいです。

――ワシントンポスト紙では『おおきな木』や『クマのプーさんののんびりタオ』を思い起こさせるという声もあります。この絵本もそんな存在になっていきそうですね。

川村 これはもう間違いなくマスターピースになると思います。『おおきな木』のように書店のどこかにずっとある本になると思う。くまのプーさんは、ディズニーのフィルムになったことで、すごい広がりを見せましたけど、この作品も映画『スター・トレック』『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の監督を務めた、J.J.エイブラムズの手でアニメーション化することが発表されています。アニメーションになることで、また違う広がりを見せ、またある種、トラディショナルなものになっていくんだろうなぁという気がします。

川村元気

――“この本はだれでも楽しめる。あなたが8歳でも、80歳でも”とチャーリーさんが冒頭に記していますが、たくさんの方にページを開いてほしいですね。

川村 ぜひ一度、本を触ってほしいと思います。チャーリーさんのこだわりのおかげで、良い紙を使い、良い印刷をし、素晴らしい書家の方に文字を書いていただき、僕も1年半もの時間をかけて、翻訳し……と、こんなに丁寧なつくり方をした本はなかなかないと思うんです。それだけでちょっと異形の本だと思います。実際に触ってみてもらうと、“あ、違う”ということがわかるし、そこで本が本来、持っている強さみたいなものを再発見していくことになると思うんです。本というマテリアルを触る、読むということの楽しさみたいなものが詰まった贅沢な本なので。

――コロナ禍のなか、世界中の人々が新たに自分を見つめ、そして自分の周りにあるものを見つめ、確認しようとしました。この本がこの時代に生まれたのは、偶然でありつつも、必然であった気がします。

川村 戦争や自然災害などは局所的だけど、コロナ禍はある種、世界中のみなが見舞われた悲劇ですよね。今回、世界中が同時に大変な目に遭ったときに、世界中で翻訳されて読まれたこの本のなかには、みんなが言ってほしかったことが詰まっていた。日本語版は、世界各国のなかで一番時間がかかってしまったけれど、こちらもこちらでこだわったことが多くて、やっとお届けすることができました。ぜひ楽しんでいだたければと思います。

取材・文=河村道子 撮影=下林彩子

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