宇垣美里「私にとってこのマンガは、折に触れて読む“経典”なんです」愛する一冊『窮鼠はチーズの夢を見る』の魅力を語る!

マンガ

公開日:2021/5/6

この記事は『ダ・ヴィンチ』2021年6月号特集「嗚呼、このマンガが好きすぎる」からの転載です。

人と人とはわかり合えない それでも一緒に生きていく

 私は、ふたりだけの世界でただイチャイチャしている恋愛マンガが苦手なんです。夢物語のようで、どうしてもそのまま受け入れることができなくて。そんな私に向けて、BL好きの友人が高校時代に勧めてくれたのがこのマンガ。私にとって見覚えのある感情、自分の延長線上にある気持ちが描かれていて、一気にのめり込みました。人間の業をしっかりと描き出す、その容赦のない筆致に惹かれます。

 物語の主軸となる恭一と今ヶ瀬は、異性愛者と同性愛者です。ふたりの間には越えられない壁があり、互いのすべてを共有できるわけではありません。嫉妬したり、浮気したり、相手を傷つけたり、最悪の行動を取ることもあります。でも、ふたりは一緒にいることを選ぶんです。あなたの気持ちの奥底までわかることは一生ないし、あなたも僕のことは多分一生わからない。いつか離れてしまうかもしれないあなたと、それでも歩いていこうと決意する。その姿に、どうしようもなく心を揺さぶられます。

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 この作品では男性同士の関係を描いていますが、それが男女であろうと女同士であろうと同じですよね。人を好きになればなるほど、相手は自分と違う存在だと思い知らされます。恋愛に限らず、友人だって家族だってそう。すべてをわかり合える人なんて、この世にはいません。人はどこまでもひとりぼっちですし、それによってすごく悲しい思いをすることもあります。だけど、それでも一緒に生きていきたい。そんな切実な思い、人と人が生きていくことの本質を描いた、誠実な作品だと思います。

 私にとってこの作品は、折に触れて読む“経典”。人に期待しすぎて、その人を自分の思い通りにしようとしてしまった時。恋をして、相手のことが好きすぎるあまり自分の形がよくわからなくなってしまった時。大事な友人への思いが強すぎて、苦しくなった時。「どうしてわかってくれないの!?」なんて言葉を思わず口にしてしまった時。人と人との付き合い方に悩んだタイミングで、ふとページを開きたくなります。しかも、どこが心に刺さったかによってその時の精神状態がわかる、リトマス試験紙のような作品でもあるんです。

 最初に読んだ時、流されてばかりの恭一は本当にタチの悪い男だと思いましたが、何年か経って読み返すと「いい歳して本当の恋ってものを知らないんですね」と今ヶ瀬に責められ、ハッとする恭一の気持ちがちょっとわかるところもあって。自分の経験値や築いている人間関係によって、受け取るものが変わる作品だと思います。ただし、読むのに体力を要するので気を付けてください。心が抉られるので、失恋したばかりの時に読むのは絶対にやめたほうがいいです(笑)。

 多分、私は「人と人はわかり合えない」という話がすごく好きなんでしょうね。この作品のほかに、ヤマシタトモコさんの『違国日記』も大好きで、「あなたの感じ方はあなただけのもの」というセリフに共感します。「みんなでわかり合おう」と言われるより、「人のことなんてわかるわけないよね?」と言ってもらったほうが、私の場合よっぽど救われますね。

 マンガは、私にとって欠かせない楽しみのひとつ。日付が変わった瞬間に電子書籍でその日の新刊をチェックして、一日1、2冊は読んでいます。とはいえ、私の中ではマンガも小説も映画も舞台も、そこまで大きな違いはなくて。表現方法は違いますが、どれも“物語”であり、自分以外の人生を覗き見できるのが醍醐味だと思っています。試練や困難、日常を、登場人物たちがどう乗り越えていくのか。「この人はこう向き合うんだ」「こういう言葉を当てはめるんだ」と知ることで、「じゃあ自分もこうしよう」「あの時の感情ってこうだったんだ」と自分自身の解像度も上がります。それこそが、フィクションの持つ強さではないでしょうか。

取材・文:野本由起 写真:山口宏之
ヘアメイク:北 一騎(Permanent)スタイリング:滝沢真奈 衣装協力:ジレ3万1900円、スカート4万2900円(ニアー ニッポン/ニアー☎0422-72-2279)、Tシャツ2万900円(エボニー info@ebony00.com)(全て税込)、その他スタイリスト私物

うがき・みさと●1991年、兵庫県生まれ。2014年、TBSに入社し、アナウンサーとして数々の人気番組に出演。19年よりフリーアナウンサーに。BS日テレ『あの子は漫画を読まない。』、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』にレギュラー出演。『週刊文春』で「宇垣総裁のマンガ党宣言!」を連載。

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「私の人生にはいつだってチョコレートがそばにいた」──チョコレートをこよなく愛する宇垣さんがつづる、ビタースイートなフォトエッセイ。板チョコ、オランジェット、ボンボンショコラ、ザッハトルテなどの甘い香りとともに、自身の生き方、過去の思い出をひもといていく。