「子ども中心」の授業の実践が教師の仕事をより面白くする! 教育書ベストセラー『深い学び』田村学先生に聞く、学校教育の変化

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公開日:2021/4/26

田村学先生
田村学教授

 今年から「大学入学共通テスト」がスタートし、日本の教育の変化を実感するようになってきた。実は小学校の現場でも昨年2020年度から新学習指導要領が全面実施され、授業のやり方もだいぶ変わってきているのだという。一体どのような変化が起きているのか。新しい学習指導要領に詳しく、現場の先生方から熱い支持を受ける教育書ベストセラー『深い学び』(東洋館出版社)の著者で、来月には、学習評価の具体的手順を『深い学び』からさらにバージョンアップしイチから解説する『学習評価』(東洋館出版社)を上梓する、國學院大學教授の田村学先生にお話をうかがった。

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小学校の学びは「子どもたち自身」を起点に

田村学先生

――学習指導要領の改訂で、小学校の現場はどんなことが変わったんですか?

田村学教授(以下、田村):大きくいえば「学習者を主体に学びを作っていく」ことに重点が置かれるようになりました。これまでは授業というと一方的に教師が自分の知識を教え込むイメージが強かったかもしれませんが、それを学び手である子どもを起点に考えていこうとしています。考えてみれば、学習主体である子ども自身が本気になって自分の将来に向けて学んでいくというのが一番力のつくやり方ですし、それを実践していこうというわけです。そのため国は「主体的・対話的で深い学び」というキーワードを示しています。

「子ども中心」というと好き勝手にやることをイメージされるかもしれませんが、そうではありません。小学校では掛け算や漢字などきちんと身につけなければいけないことは決まっていますし、それを子どもたちが主体的に学ぶために教師が適切に指導して相乗効果で高めていこうとしています。子どもがより真剣に学んで期待する力を獲得していくために、教師がより質の高い学習方法を工夫して指導していくイメージです。

――今までは「これは〇〇だ」と先生が答えを提示していたものを、「これは〇〇だ!」と子ども自身の力でたどりつくように指導していくということでしょうか。

田村 そうですね。今までは先生が中心で「これは〇〇だよ、テストに出るよ」と教えていたかもしれませんが、そうではなくて、子ども自身の興味・関心や身の回りのことに結びつけながら「数の決まりってこうなってるのか」「これはあのことにも使えるぞ」と、子ども自身の中で学びが展開して「勉強が面白い」「もっと勉強しよう」となっていくことを期待しているんですね。なんでこんなことになるかというと、「実際の社会に活用できるような資質・能力を鍛えよう」というのが、今回の学習指導要領の大きな目標としてあるからです。学力の国際比較における日本の子どもたちの表現力の弱さは以前から指摘されていますし、学校の勉強は実社会で使えないとも長く言われてきました。そうした問題を解決するためには、やはり学校の勉強自体が変わらなければいけません。しかもそういう力は教え込まれるものではなく、子どもたちが能動的に学習していかないと育たないのです。

――従来の「総合学習」とは違うんですよね。

田村 たしかに従来の総合学習は子どもたち中心の学びを明確に示そうとしてきた時間で、たとえば「環境」をテーマにしたら、河川の汚染や家庭ゴミなど自分の関心があることから学びを広げていける幅の広いものでした。ただ教科の学習となると、たとえば掛け算は小2で必ず勉強することで、しかも2の段から教えたほうがわかりやすいという一定のメソッドもあります。つまり教育課程には総合学習のように子どもに一定程度ゆだねることができる時間と、ある程度体系化されたことを学ぶ時間があるわけで、今回の学習指導要領の改訂ではどちらの学びに対しても一方的に教え込むような授業ではなく、もう少し子どもたちの目線にたって、子どもたちが学びたくなるようなものに変えていきましょう、というわけです。

――アクティブ・ラーニングという言葉も聞きますが。

田村 能動的学習ということですね。「アクティブ」というとつい身体が動くことと思いがちですが、むしろ頭の中が動くこと、頭が活性化して脳内がアクティブになるイメージです。実はアクティブ・ラーニングという言葉が登場したのは今回の改訂の前からですが、非常にパワーのある言葉なので子どもの主体的な学びに意識が向かうよう、授業イメージを変えてくれた言葉でした。しかしやはり注目が「活動性」にいきすぎた面があり、今回の改訂で「主体的・対話的で深い学び」に整理された経緯があります。言葉は悪くないのですが、どうしても誤解が生じる部分があるんですね。本来はもっと頭の中がアクティブになる、知識が駆動(ドライブ)する状態。たとえば先生の話を授業中にじーっと聞いていても、脳内が興奮してとてもアクティブになっていることはありうるわけで、それはアクティブ・ラーニングなんです。

――たしかに調査や話し合いなど「活動」にばかり頭がいっていました。現在のコロナ禍の中では実践できたのですか?

田村 新型コロナウイルス感染症対策としての一斉休校で授業時間数が減ったことで「教え込み」になってしまったり、ディスタンスの問題で、従来の話し合いといったやり方は難しくなったりするというのはたしかにありました。ただその中でも効果をあげたのがオンラインの活用ですね。オンラインで距離や時間が関係なくなりましたので、地域の人、あるいは海外の人ともコミュニケーションが取れるようになるなど幅が広がりました。あとは話すのではなくカードや付箋紙を使う、デジタルの共同編集機能を使うなどして文字言語を活用してやり取りするケースもありました。どうしても話さなければならないなら、短時間にするなど、時間をコントロールすることを意識すればいい。このように現場ではさまざまな取り組みが行われていますが、まさにこのコロナの問題こそさまざまな領域の知識を総合しながら解決にむかうことの連続なわけで、それこそ暗記だけする学習では立ち行かなくなっている現実を明らかに示したといえるかもしれません。

意識が変われば教師の仕事は面白い!

田村学先生

――こういう学び方を実践していくために先生も変わらなければいけないわけですよね。

田村 まずは意識を変革しなければなりません。今回の改訂で教科書も大きく変わりましたのでそれを見るだけでも実感する部分はあるでしょうし、やり方がわからなかったらまずは教科書を参考に進めていけばいいでしょう。その上で先生自身の「イメージする力」と「子どもの学びを見取る力」を意識してほしいですね。「イメージする力」というのは「自分はどんな授業を実現したいのか」と授業イメージをよりクリアにし質を高く保つ力のことであり、「子どもの学びを見取る力」は目の前の子どもの姿をいかに確かなものとして評価する力のことです。たとえば目の前の子どもを見て「こんな反応をしたということは、こう考えていそうだ」と気が付けるかということで、それができれば、「もっと話してみよう」「黒板で説明しよう」と授業を進めていけるのです。

――クラス全員の子たちを見取るのは大変なのでは?

田村 先生は多くの子どもたちを同時に少し引いて専門性をもって見ることができるので、ある程度数がいても見取ることはできるものです。もちろん若い先生だど、はじめはうまくできないこともあるかもしれませんが、そういう場合は意図的に「見えにくいものをいかに見取るか」を意識していくといいでしょう。

 たとえばペーパーテストでは思考力や主体的に学習に取り組む態度というのは見えにくいですが、それを見るには子どもたちの姿をできるだけ継続的に時間軸で結びつけて見ることが大切です。子どもの言っていることは授業のはじめと終わりでよく変わるものですが、時間軸をつなげると見えてくることがあるでしょう。また空間軸で多面的に見るのも大事で、「これを書いたときにこんなふうに話していた」など同じタイミングの多面的な情報をつなげることで見えることもあります。

 なお「この知識とこの情報を関連づけて計画を立てている」などと、評価規準をあらかじめ具体的に決めておくことも重要で、その規準があるからクリアしているかどうか判断できるようになります。おそらくこうしたことはベテランの先生はすでにやっていたと思いますが、ご本人も無自覚にやっていることであり共有されてこなかった部分があったりするんですよね。

――そういう経験を先生方が共有するのは大事そうですね。

田村 そうした経験を言語化すれば、伝えることができて共有もできるし、多くの先生が使える可能性も出てくるでしょう。そしてそうした知恵を見習って活用した先生に新たな手応えがあれば「もう一度やってみよう」「今度はこうしてみよう」とポジティブな循環が生まれるはずです。たとえ空回りしてもトライし続けるうちに小さな手応えをつかめるかもしれませんし、そうすれば同じように好循環になっていくでしょう。

 一方的に教えるだけでは下手すると子どもは興味を失って机につっぷしてしまうこともあったかもしれませんが、工夫次第では子どもたちの反応が劇的に変わるはずです。もちろん大変さはあると思いますが、そうなれば先生自身の達成感や充実感が圧倒的に高まるでしょうし、先生の仕事というものが楽しくて面白い仕事、極めてクリエイティブな仕事になっていくはずです。

――たしかに、そう考えると教師の仕事はとても面白そうですね!

田村 45分の授業を作る、ひとつの単元を組み立てるというのはすごくクリエイティブで魅力的な仕事です。そして子どもたちというのはこちらが本気になってやるとちゃんと返してくれますから、先生自身の誠実さや誠意もきちんと伝わります。そういう仕事はなかなかあるようでないんですが、昨今は教員志望者が減っているという状況もあります。質の高い教育の実践には教員の質を維持することはとても大切なことですから、こういう本質的な部分がもっと伝わって変わっていくといいですね。

新しい学びについて保護者ができること

田村学先生

――先ほど「評価規準」という話がありましたが、いわゆるペーパーテストとの関連はどうするのでしょうか?

田村 日頃の積み重ねをみる見取りのデータと、単元の最後のワークテストをある程度配分しながら全体の評価をすることになるでしょう。これからはより「この資料とこの資料を使いながらこのことを考えなさい」などと、問題そのものも一定程度の記述的なものに変わっていくと思います。さらに日頃の学習の様子も合算されていくので、評価としては以前より信頼度が高くより妥当性の高いものになっていくと思います。

――受験も暗記偏重から変わってきているといいますね。

田村 入試問題も変わろうとしているのは重要な事実で、大学入学共通テストもそうですが、従来型の丸暗記では対応しきれなくなっているというのは確かです。もちろんまだ暗記的なものも多いですが、構造的で体系的な中に位置付けたほうがただ覚えるより長持ちする知識だというのは意識されてきていると思います。保護者のみなさんはすぐに数字に表れないと不安になるかもしれませんが、新しい学び方は決してそんなに遠回りではないと理解していただきたいですね。

――こうした変化の中で親にできることとは何かあるのでしょうか。

田村 お子さんと接する中では感情や情動、態度に通じるところ、たとえば「粘り強く続けられる」「いろんな人と力をあわせてやっていける」といった非認知スキルというものを大切にしてほしいと思います。テストの点も大事だけれど、そこにむかって繰り返し練習しているなら、その姿勢に価値を見出して「がんばったね」とほめてあげてほしい。

 たとえば30分集中して何かを作ったりしたら、できあがったものがたとえ未完成な部分があるように感じたとしても、「がんばったね」と大事にしてあげてほしい。そういう非認知スキルが育っていくことが、子どもたちの認知力の土台になっていくのです。

 そしてお子さんとたくさん会話もしてください。会話は「言葉」を使うやりとりですから、頭の中のさまざまな情報が頻繁に行き来することで思考力を育成します。ちなみにそのときは「いいね」「すごいね」「なるほどね」などの肯定的な相づちを打ちながら、子どもたちの話をたくさん聞いてあげられるといいと思います。

――さらに学校の先生をサポートするという意味では何かありますか?

田村 学校の先生たちが変えていこうとしているのに、家に帰ると「早くしなさい」「覚えなさい」と言われているとアクセルとブレーキの状態になってしまいますよね。やはり学校が進めようとしている教育の方向性というのを教師だけでなく、家庭や地域も含めた社会全体で共有していくことが大事だと思います。学校生活というのは、大事な子どもたちのかけがえのない時間です。もちろん厳しい視点で見ていただくのは欠かせないことですが、それは否定的であるということではなく、基本的には同じ方向をみんなで見つつあたたかい目線の中で是々非々で進むというのが大事だと思います。

 子どもたちがどういう力を身につけ、どう社会で活躍していけるかが、この国の未来を支えています。その意味では教育の理念を共有していくというのはすごく重要ですし、それが社会全体で子どもたちを中心に育てていくという「社会に開かれた学校教育」につながっていくのだと思います。

取材・文=荒井理恵

田村学先生

プロフィール 田村学
國學院大學 人間開発学部初等教育学科教授
昭和37年新潟県生まれ。新潟大学教育学部卒業後、昭和61年4月より新潟県公立小学校教諭、新潟県上越市立大手町小学校教諭、上越教育大学附属小学校教諭、新潟県柏崎市教育委員会指導主事を経て、文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官・国立教育政策研究所教育課程研究センター研究開発部教育課程調査官。文部科学省初等中等教育局視学官として学習指導要領作成に携わる。平成29年4月より現職。

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