虚実のあわいから染み出す呪い。WEB発の最恐ドキュメント・ホラー『ほねがらみ』作者・芦花公園インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2021/5/8

『ほねがらみ』芦花公園

 2020年夏、ツイッター上であるネット小説が話題となった。“最悪で最高”“寝るどころじゃなくなってた”“巻き込まれたくない”――。恐怖の悲鳴とともに拡散されたその作品の名は『ほねがらみ』。芦花公園さんが小説投稿サイト「カクヨム」に発表したホラー長編だ。

取材・文=朝宮運河 写真=首藤幹夫

「小説を書き始めたのは2018年です。それまで読む専門だったんですが、ツイッターのフォロワーさんに『書いてみたら?』と誘われて、カクヨムに投稿するようになりました。『ほねがらみ』は仕事の空き時間を利用して、1年ほどかけて書いた長編。執筆中はPV(閲覧数)が伸びなかったんですが、完結からしばらく経って、影響力のある方が『面白い』と評価してくださって。それで一気に読者が増えました。書籍化のオファーをいただいたのは、バズった直後のこと。あまりの展開の早さに驚きました」

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 東京出身ということ以外、プロフィールが明かされていない芦花さん。しかし相当な“ホラー通”であることは、作品を読めば明らかだ。

「ホラー好きの原体験はアニメ版の『ゲゲゲの鬼太郎』です。そこから怖いものに関心を持つようになり、貴志祐介さんの作品を入り口に、ホラー小説を読み漁り始めました。特に好きなのは三津田信三さん。独特な作風で知られる朱雀門出さんにも、かなり影響を受けています。これまで読んできた本の大半がホラーなので、自分が小説を書くにしても、ホラー以外のジャンルは考えられませんでした」

無数の怪談がリンクしてさらなる恐怖を生み出していく

 語り手の「私」は大学病院に勤務する男性医師。ホラーマニアで、怪談蒐集を趣味とする彼が、これまで見聞きしてきた不気味な話の数々を紹介する、というスタイルで『ほねがらみ』は綴られている。

「幾つかのエピソードを繋ぎ合わせると、背後に大きな構図が見えてくる、そんな謎解き要素のあるホラーが大好きです。たとえば三津田信三さんの『幽霊屋敷』シリーズや、小野不由美さんの『残穢』のような。まだ長い小説を書くことに慣れていないこともあり、連作形式の長編になりました。前半の3章はすでに短編として発表していた作品を、長編向けにリライトしたものなんです」

「私」が蒐集した怪談とはどんな内容なのか? たとえば冒頭の「読」という章には、マンガ家の木村沙織がオフ会で知り合った少し癖のある女性・由美子から提供されたという、4つの怖い話が収められている。

 田舎の祖父母の家に遊びにいった少年が、深夜、物置から“白い何か”が出てくるのを見たという「ある夏の記憶」、姉妹を見舞った悲劇が古風な文体で語られる「ある少女の告白」、楽しいはずの合宿が不穏なものに変わっていく「ある学生サークルの日記」、そして地方の不気味な風習を報告した「ある民俗学者の手記」。一見独立しているように見えるこれらのエピソードは、実は互いにリンクする内容をもっていた。その真相に気づいた沙織も、おぞましい怪異の当事者となることに……。

「わたしも怪談を集めるのが趣味です。霊感はありませんが、仕事柄、妙な体験をした人に会う機会が多いんですね。『ほねがらみ』にはこれまで集めてきた怪談を、いくつもパーツとして使いました。たとえば『ある夏の記憶』も知人から聞いた話。もし読んでいてリアルさを感じてもらえたなら、それは誰かの実体験談だからかもしれません」

 続く「語」の章は、ある精神科医の症例研究資料の抜粋だ。出版社に勤める友人の頼みで、「実話系怪談コンテスト」の応募原稿を読むことになった佐野道治。土俗的な恐怖を扱った原稿をいやいやながら読み進むうちに、彼もまた怪異に取り込まれてしまう。

 第3章「見」は、喘息の持病がある娘とともに田舎に移住してきたシングルマザー・鈴木舞花の手記。母子が移り住んだ洋館風の家では、次第に奇妙なことが起こり始める。

 不条理な呪い、伝染する怪異、土俗の闇――。生々しい手ざわりをそなえた各パートは、いずれもホラー短編として出色。読者を恐怖させる芦花さんのテクニックに唸る。

恐怖を描くためにあえてキャラクターを“立てない”

「それは嬉しいです。自分がひたすら面白いと思うものを書いただけで、読者のことはあまり意識していなかったので。ホラーを書くうえで気をつけているのは、なるべくキャラクターを立てないこと。特徴的なキャラクターを登場させると、『この人は主人公だから助かるだろう』という安心感が生まれてしまいます。外見描写もなるべく減らして、ノンフィクションのように淡々と書くことを心がけました。恐怖シーンで影響を受けているのは、洋画のホラー映画の手法ですね。じわじわ迫ってくる日本の怪談もいいですが、怖いものがダイレクトに襲ってくる洋画ホラーの感じも好きなので。分かりやすい怖さでもあるので、肉体的に“痛い”シーンも取り入れました」

 作品後半はいわば考察パートだ。これらの記録を読み終えた「私」が、その背後にある真相を探っていく、というミステリー的な展開になる。見え隠れしているのは、「橘家」という西日本の旧家の存在と、蛇にまつわる奇怪な伝説。やがてタブーに触れてしまった「私」のもとにも、怪異がじわじわと迫ってくる。“怪を語りて怪至る”という有名な言葉のとおりに……。

「傍観者だったはずの語り手が怪異に巻き込まれ、虚実の境目が曖昧になっていく、というパターンのホラーをやりたかったんです。作者と語り手は一応別人格なので、遠慮なくひどい目に遭ってもらいました。わたしはずっと東京暮らしで、地方の閉鎖性や伝承にはつい怖いイメージを抱いてしまいます。後半の考察パートでは、実際資料に残っている歴史を下敷きに、現代に残っていても不自然ではない“怖い田舎”を描きました。舞台にした土地にお住まいの方には申し訳ないんですが、フィクションなので許してください(笑)。ネットで読んだ親切な方が、方言はこうした方がリアルですよ、と指摘してくださって、ありがたかったですね」

 フィクションの枠を超え、現実にまで侵食してくる呪い。『ほねがらみ』の恐怖はあなたも決して無関係ではないのだ。ここまで“怖さ”に徹したホラー小説はそうそうない。

「ラストはハッピーエンドでもバッドエンドでもない、中間を目指したつもりです。ホラーが好き過ぎて、感覚がずれてしまっているので、自分ではどこまで怖いものが書けたか分かりません。だから一番怖いのはホラーマニアの皆さんに『怖くない』と言われることですね(笑)。ネットで読んでくださったのは、ほとんどホラー小説に触れたことがない若い女性の方が多かったので、怖いものが苦手な方でも、謎解き要素のあるホラーが好きなら、楽しんでもらえると思います」

 書店で本を見るまではデビューした実感がない、と笑う芦花さんだが、5月には第2長編の刊行も控えている。即戦力の書き手として、熱い視線が向けられているのだ。

「プロになろうと思ったことはなく、新人賞に投稿したことがないんですが、貴重な機会を与えていただいたので、全力でがんばろうと思います。以前は趣味といえば映画鑑賞でしたが、今は小説を書くことが一番楽しいです。細々とでもいいので、長く書き続けていきたいです」

 日本のホラーシーンが、ますます面白いことになってきた。

芦花公園
ろか・こうえん●東京都生まれ。2018年、小説投稿サイト「カクヨム」にて小説の執筆を始める。20年夏、ホラー長編『ほねがらみ』がツイッター上で大反響を呼ぶ。同作を改稿した単行本で、今春作家デビュー。5月には角川ホラー文庫より第2長編『異端の祝祭』が刊行予定。デビュー前から注目を集める、ホラー界期待の新鋭だ。

 

 

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