寄り添う気持ちが、「親密なアルバム」を引き寄せる――東山奈央『off』インタビュー②

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公開日:2021/5/11

東山奈央

 2020年、声優デビュー10周年を迎えた東山奈央。演技者として、あるいは音楽活動における仕事ぶりを知る人は、おそらくほとんどの人が同じ認識で彼女のことをとらえているだろう――東山奈央は、「働き者」である、と。実際、特に音楽活動の取材をさせてもらっていると、ライブを観る機会があるわけだが、1stライブの日本武道館の公演から、東山奈央のステージ上でのパフォーマンスには毎回心底驚かされている。自ら作詞・作曲もこなし、最高にカッコいいダンスを披露したり、元来音楽的な才能を備えた人だと思うが、彼女の音楽やライブが特別である理由、そして聴き手が東山奈央の表現を好きである理由は、才能に加えて圧倒的な努力により、表現の精度を高めて提示してくれるからだ。その点において、東山奈央は100%信頼するべき表現者であり、そのことを彼女が裏切ることは、この先も決してないだろう。

 そんな東山奈央の最新リリースにして、初のコンセプトミニアルバム『off』(5月12日発売)のテーマが「休みと癒し」というのは、だからこそ驚きのトピックである。リリース直前からお届けする3本立てのインタビューの第2回では、『off』のテーマを発想した原点と、本作が感じさせる「親密さ」の背景について聞いた。

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休むことについてちゃんと考えるのは、10年間どころか、たぶん人生で初です(笑)

――シャカリキに前に進んできた10年を象徴するようなライブを経て、今回のコンセプトミニアルバムのテーマが「オフ(off)」である、と。「あえて休んでるよ」というコンセプトなんですね。

東山:真逆を行きました(笑)。

――(笑)まずは音楽として、とても素敵な楽曲が詰まったミニアルバムだと思いました。聴いていてとても楽しいし、音楽的な広がりもあるから、何度でも繰り返し楽しめるし、味わえる1枚で、満足感がありますね。東山さん自身は、この『off』は完成してみて、どう感じていますか。

東山:「休みと癒し」というテーマで作ろう、となったのは、わたし自身がお仕事大好きで、今まで休むことをあまり考えてこない人生だったから、なんですね。自分とはもっとも縁遠いテーマにチャレンジする意味がひとつ、そして今は皆さんもなかなか気の休まらない日々が続いていると思うので、その中で音楽から癒しやパワーを感じていただけたら、すごくよいんじゃないかなあと思い、このテーマになりました。わたしも、休むことについて初めてちゃんと考えて――。

――10年にして、初。

東山:はい。10年どころか、たぶん人生で初です(笑)。声優になる前は勉強を頑張っていたので、常に早く家に帰って勉強しなきゃ、ということに頭が支配されていました(笑)。遊ぶことも全然得意じゃなくて、友達と何かする・どこか行くって、あまり考えたことがなくて。なので、「人はどのようにしたら休まるの?」と、初めて考えたんですね。普通にダラダラ・のんびりしながら休むオフもあるし、逆に「ワーッ」てはしゃいで騒いでリフレッシュするオフもある。オフっていろいろなとらえ方があるんですね。わたしは「ワーッ!」って騒いでリフレッシュしたり、何か芸術に触れてインプットして休むことが多かったですけど、いろいろな休み方をバラエティ豊かに取り揃えたアルバムになったし、まさかここまで幅広い楽曲が集まるとは思っていなくて――カフェで流れているような曲が6曲集まると思っていたんですが(笑)。

――(笑)ガッツリ攻めてる楽曲もありますし。

東山:そうですね。東山プロジェクトは、やはり一筋縄ではいかないな、こういう曲を持ってくるのかあ、というワクワクを感じてもらえたら嬉しいです。あらぬ方向から楽曲がきて、「へっ?」ってなると思うんですけど、でもちゃんとテーマに則っていて。結局「なおぼう、そんなに休んでなくない?」って言われそうなところもわたしらしいというか、これもこれでいいのかな、と思っています。表題曲の“off”も、オーガニックな雰囲気で、耳心地のいいふんわりした曲なのに、言ってることは《いつも君に夢中》って――「仕事に夢中」という意味で(笑)、歌詞はただのワーカホリック、みたいなギャップもあったりしますし、わたしが歌わせていただくのにピッタリな6曲をいただくことができました。

――休むことを哲学的に考えた結果、「らしさ」が詰まった楽曲群になったわけですね。

東山:聴き手の皆さんに「休みと癒し」の時間をお届けするというコンセプトに加えて、実は「東山奈央を休ませる」という裏テーマも設けられてスタートしたアルバム制作だったんですけど、結果としては全然休まりませんでした(笑)。チームのスタッフさんも、かなり忙殺されていたと思います。やっぱり、人にリラックスを届けることはラクではないですね。

――「休むを哲学すること」によって、10年間頑張ってきた自分を客観視する、冷静に見つめることもできたんじゃないですか。

東山:そうですね。わたしは仕事が大好きなので働き通しなんですけど、「それって大変じゃないの? 大丈夫?」と言われることもあって。でも、わたし自身は仕事の中で気分転換をしているらしくて、「この仕事に疲れたらあの仕事をする、別の仕事に飽きたらその仕事をする」というローテーションをしているんですね。それが、わたしには合っているみたいです。そういう、自分のメンタリティへの気づきがありました。あと、休むことへの恐怖心、というと大袈裟ですけど。休んだあとで溜まっちゃった分を取り返すことを考えると気が休まらないので、、こまめにずっと何かをしておくと、気持ち的に負担がないんです。なので、ずっと動き続けるんだろうなあって思いました。

――社会人の鑑ですねえ。

東山:ほんとですか(笑)。

――実際、「休む」って、時代にフィットしたテーマでもあると思うんですよ。リモートとかオンラインで仕事をするようになると、普通に出社してたときより仕事が増えたりもする。何日か休んだあとのことを考えると怖いから休めない、みたいな気持ちもある。その中で『off』のようなアルバムを聴くと、気持ちにゆとりが生まれるというか、満ち足りた気持ちになる。忙しい社会人にフィットするアルバムだな、と思います。

東山:よかったです。ちなみに、『off』を聴かれて「これに癒された」「この曲好きだったな」と思っていただけたのはどの曲でしたか?

――“Rhythm Loop”ですね。単純に、もともと好きな音楽性に近かったのと、このテーマを持ったアルバムならではの表現、東山さんならではの表現が詰まった曲だと思うので。それこそ、仕事の作業中も聴いたりしてますよ。

東山:嬉しい、ありがとうございます。このアンケート、回答がけっこうバラバラなんです。今まで取材をしてくださった方にもお聴きいただいてるんですけど、「“Rhythm Loop”だけは仮歌ですよね」って言われて、「えっ、違います。わたし、歌ってます」というやり取りもあったりして。今までのわたしにはなかったテイストの楽曲かもしれませんね。

――確かに、とても新鮮ですよね。あと、聴いて驚くという意味では“グー”もインパクトありましたよ。曲を聴いて「えっ?」と思って、資料を見たら「ストレス発散で理性をoff」と書いてあって、「あっ、なるほど、そういうこと」みたいな(笑)。

東山:(笑)そうそう。どの曲も、ちゃんとコンセプトに則ってるんです。

――“グー”に関して言うと、それこそライブでやっていた、人間が対応できる速さへの挑戦をここでもやるのか!?と(笑)。

東山:くしくも、そのような形になってしまいました(笑)。わたしも、音源をいただいたときに驚いて、ちょっと固まりましたね。「う~ん、この曲……きたかあ」みたいな(笑)。家にいるときや電車に乗るときにも歌詞カードを持って、口を慣らす作業をしました。歌詞を目で追っていると、目と口が追いつかないというか――声優にはたまにあるんですけど、長ゼリフを言ってるときに、自分が何を言っているのかわからなくなったりするんです。

――「目が滑る」みたいな話は聞いたことがあります。

東山:そうです、目が滑る、頭と口が一致しないとか、そういうことが起きるんですけど、そうならないように、身体に染み込ませることを“グー”ではやりましたね。

――それを表現としてアウトプットするのは難易度が高いことではありますけど、ライブでやっちゃってるからなあ、と思っちゃいますね(笑)。

東山:「きっとわたしならやれる!」と思うようにしました。“ニセモノ注意報”も、何年も前の音源なので、「今のわたしならもっとできるはず!」と思いながらやっていて。ディレクターさんも「東山さんが声優さんでよかった!」と言ってました(笑)。

――声優だからできる、というよりも、もはや「東山奈央だからできる」の域に達している曲な気がしますね。

東山:ありがとうございます(笑)。“グー”は、楽曲として難しいのは間違いないんですけど、(作曲の)かいりきベアさんが作ってくださったメロディが小気味よくて、歌詞も口に出して歌いたくなる、「この曲を歌いこなしてみたい」って思わせてくださる楽曲だったので、練習もかなり気合いが入りましたし、レコーディングも楽しかったです。

わたしはみんなのことを思っているし、みんなもわたしのことを思い出して、一緒に頑張ろうって思ってくれたら嬉しい

――テーマがテーマなだけに、これまでの制作とは異なる部分もあったと思うんですけど、その中で特に楽しかったこと・難しかったことは何でしたか。

東山:全部楽しかったですけど、やっぱり自分で曲を作っているときが一番楽しかったかな。“あした会えたら”という曲は、本当に何もないところからスタートしていて。というのは、いつもわたしが作詞作曲をするときは、普段生活している中でふっと湧いてきたフレーズを曲の種にして作ることが多いので、まったくの書き下ろしというケースはあまりないんです。ただ今回は「おふとんで心のスイッチをoff」「お休みソングを作ってください」っていうテーマが与えられていたので、職業作家ではない身からすると、ゼロから1を作るのが大変ではありました。

――では、けっこう難産だったんですか。

東山:そうですね、多少産みの苦しみはあったかもです。特別な音楽の知識があるわけではないので、何をしたらお休みっぽくなるんだろうか?とは考えていました。どうしたら休まるかな、寝る前に聴くときにあまり音の高低があると休まらないかもしれないから、同じくらいの音域を行ったり来たりするのがいいのかな、と考えて。自分の感覚だけで作ったので、編曲の扇谷研人さんにお願いするまではおそるおそるだったんですが、出してみたら、「東山さん、これBメロで1回転調して、サビでまた戻ってくるんだね。面白いね」って扇谷さんに言われて、「えっ? 転調してました?」みたいな(笑)。

 わたしは楽譜が書けないので、ボイスレコーダーに自分で鍵盤を弾きながら歌ったものを録音してお渡しするんですけど、扇谷さんが譜面にしてくださったときに、「転調してるよ」ってなって。自分の楽曲でありながら、そういった偶然の産物で成り立っているところもあるので、最初は「お休みソング」というところに到達できるかどきどきもしたのですが、でき上がってみたら自分でも聴くたびにうつらうつらとしちゃうようなリラックス効果のある曲になっていて、それは楽しかったです。

――“あした会えたら”で終わって、また1曲目の“off”に戻っていくのが心地よいループになっているし、聴く人のライフスタイルにフィットする構成だな、と思いました。その心地よさのおかげか、アルバム全体を通してすごく親密さが感じられるし。

東山:確かに、そうかも。自分では意識しなかったですけど、そういうところはあるかもしれないです。

――「東山奈央を近くに感じる」というよりは、東山さんのアウトプットが人の生活と近い感じがある、という感じですね。それって、聴く人に寄り添うものであるだろうし、近いところで鳴っている音楽だと感じられる、それが心地いいんだと思います。

東山:うんうん、そうですね。特にこのアルバムは「休みと癒し」というテーマがしっかりあったので、たとえば“Rhythm Loop”は「感傷に浸るoff」というテーマでしたけど、落ち込んでるときって、ひたすらどん底まで行きたいときがあったりするじゃないですか。もう、とことん惨めになってみたい、そうしたら立ち上がってみてもいいかな、みたいな気持ちになれたりしますよね。今までに応援ソングは歌ったことがあるけど、心がポッキリ折れて、まだちょっと立ち上がれないし、立ち上がる気もありませんみたいな気持ちのときに応援されても、逆に負担になったりすることもあると思います。そういうときに、横に寄り添って一緒に沈み込む、みたいな歌い方を“Rhythm Loop”ではしています。「今、あなたに寄り添おうとしてます」という気持ちが、全部の曲に入っているから、親密に感じていただけるのかもしれないです。

――テーマは「自分が休む」から発想されているけれども、やっぱり聴いてる人をものすごく考えた結果がアウトプットになってますよね。誰かのために、聴いてくれる人のために、がどんどん前面に出てくるのは、作りながら感じたんじゃないですかね。

東山:そうですね。その発想で言うと“あした会えたら”も、単なるお休みソングではなく「今歌う意味のあるお休みソング」にすることができたんじゃないかと思います。明日すぐにでも会えたらどんなにいいかな、という気持ちを込めて、大切に歌詞をしたためていきました。サビの《思い馳せたら 今はきっと それで生きていけるから》という歌詞も、安直に「きっともうすぐ会えるから大丈夫」とは、わたしは言いたくなくて。それは神様にしかわからないことだから、もしかしたらまだもうちょっと会えないかもしれないけど、思いを馳せたら今はそれできっと生きていける、だから大丈夫だよって伝えたいと思いました。わたしはみんなのことを思っているし、みんなもわたしのことを思い出して、一緒に頑張ろうって思ってくれたら嬉しいな、って。まだまだトンネルの中にいるかもしれないけど、前に進んでいこうと思えるようなメッセージを届けられたらいいなあと思いながら、寄り添えるような歌詞を書きました。

第3回へ続く(第3回は5月12日配信予定です)

第1回はこちら

取材・文=清水大輔 撮影=小野啓
スタイリング=寄森久美子 ヘアメイク=田中裕子


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