神谷浩史&井上和彦と熟練のスタッフ陣が、『夏目』最新作を語る――『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』座談会(前編)

アニメ

公開日:2021/5/24

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者
『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』 5月26日、Blu-ray&DVDリリース (C)緑川ゆき・白泉社/「夏目友人帳」製作委員会

「小さい頃から時々変なものを見た。他の人には見えないらしいそれらは、おそらく妖怪といわれるものの類」――妖怪が見える少年・夏目貴志が、妖怪の名前を記した友人帳を受け継いだことから始まる、人と妖(あやかし)の心温まる交流の物語『夏目友人帳』。

 緑川ゆきさんが2003年から『LaLa DX』(白泉社)で読み切りシリーズとして連載を開始。現在は『LaLa』で連載中、コミックスは26巻を数え、累計発行部数1500万部を超える人気作品となっている。2008年からTVシリーズとしてアニメも放送され、こちらも現在まで6シリーズを制作。2018年には劇場版作品も公開されるなど、長く愛されている作品だ。

 独特な感覚で生きる妖たちと、人間たちが出会った時に起きる、せつなく優しいドラマたち。2021年1月には『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』の劇場限定上映が行われた。こちらは原作でも人気の「石起こし」と「怪しき来訪者」というふたつのエピソードをアニメ化したもの。

 今回は、夏目貴志役の神谷浩史とニャンコ先生・斑役の井上和彦、そして総監督を務める大森貴弘と、監督の伊藤秀樹の4人に、13年にわたるアニメ『夏目友人帳』について振り返ってもらった。

advertisement

※座談会前編は、「怪しき来訪者」について、ネタバレを配慮した内容になっております。後編はネタバレを含む内容になっているため、未見の方や、原作未読の方、事前情報なしで『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』ご覧になりたい方はご注意ください。

『夏目友人帳』は時間の流れが感じられない、妖(あやかし)タイム(井上)

――アニメ『夏目友人帳』のスタートから考えると13年、制作した話数も80話を超えています。新作は劇場で限定上映され、大きな注目を集めました。

大森:もう、そんなになりますか。

――今回の「石起こしと怪しき来訪者」を制作していて、あらためて『夏目』を作っていると実感した瞬間はどんなところでしたか。

大森:僕は今回アニメ化するエピソードを選ぶところから関わっていましたが、シナリオ作業に入ると「『夏目』がまた始まったな」という感じがありました。緑川ゆきさん(原作者)の作品には繊細なところがたくさんあるので、それをシナリオの尺に収めるには工夫が必要なんです。「この感覚は久しぶりだな」と、書きながら実感していました。

伊藤:私もシナリオ会議には出ていたのですが、今回シナリオを担当する大森さんと村井(さだゆき)さんを完全に信用していたので、会議の間はお任せしていました。個人的に「『夏目』に帰ってきたな」と思ったのは、絵コンテを描いているときでしたね。「石起こし」の絵コンテを長野の自宅に籠って描いていたのですが、ちょうど木の芽時、新緑のころで。原作とシナリオを置いて、絵コンテを描いていくうちに「帰ってきたな」という感じがありました。ひとりで作業をしていたので、浸りきりながら描けました。

――井上さんと神谷さんはいかがでしたか。前作『劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~』から約2年半、『夏目』に「帰ってきた」感覚はありましたか。

井上:作品と作品の空いている時間だけを見ると久しぶりの感じなんですが、「帰ってきた」というよりは、収録を始めるとテスト収録を1回するだけで「当時の空気になる」感じがあるんです。約2年半前にやった劇場(2018年9月29日公開「劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~」)のときも、似たような感じがありました。今回はコロナ禍での収録ということでしたが、「石起こし」も「怪しき来訪者」もメインは少人数のお話だったので、それほど違和感もなかったです。ニャンコ先生としては、中級妖怪たちとスタジオ内では絡めなかったんですけど、ロビーでキャスト陣とすれ違って、あのにぎやかさを味わえたので、「『夏目』だな」って感じがありましたね。

神谷:「『夏目』をやりますよ」という話を聞いたときは単純に嬉しいんです。そこから台本をいただいたときに「やるんだ」と覚悟が決まる感じがあります。自宅でVTRのチェックを行っているときに「ああ、前にもこんなことをしていたな」という気持ちになってスタジオに行くと、いつもの感じになる。新しいことが始まっているというよりも、今までの継続という感覚ではじまるんです。そうやって13年も経っているのは不思議な感覚ですね。

大森:そんなに経っているという感じはしませんね。

神谷:しないですよね。

井上:『夏目』は妖(あやかし)タイムですから。時間の流れがないんです。

大森:妖タイム……そうですね。主人公も歳を取っていませんし。

神谷:第一期のときからずっと大森監督の指示のもとにやらせていただき、劇場版からは伊藤監督のお力を借りていますが、劇場版で第一期をやっていたころの感覚に戻ったんです。というのも、第一期のころの『夏目』は、収録するときにゆったりとした流れの中でセリフとモノローグとナレーションを切り替えていたんですね。でも、第五期、第六期はそのテンポが早くなったというか、せわしない感覚があったんですよね。第五期、第六期では僕の中では変わった感じがありました。でも、劇場版を録ったときに、そのテンポ感が第一期に戻った感覚があったんです。それは伊藤監督のお力なのかもしれないし、大森監督がより精密にシナリオを計算されたのかもしれないですけど。

大森:たしかに、そういう感覚はありましたね。第一期のころは、原作も1話読み切りで描かれているものが多かったので、アニメにまとめるときもゆったり作ることができたんです。カットの間もたっぷりと取れていたんですが。第五期、第六期にあたる原作は前後編や3話構成のものが多くなって、それを1話にまとめたことで、どうしても情報量が多くなってぎゅうぎゅう詰めになってしまいました。

神谷:そういうテクニカルな大変さがあったんですよね。今回(「石起こし」「怪しき来訪者」)は、第一期のころのようなかたちで収録ができて、すごく楽しかったです。

大森:今回、TVシリーズアニメ1話分よりも、やや長めの尺で作っているのもあると思います。

神谷:ああ、そうなんですか。

大森:TVシリーズは正味20分~21分ぐらいですけど、今回は23分ぐらい。それが全体的に間を取る余裕になっていたんです。

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

「怪しき来訪者」は、本来マンガでしか成立しない話。来訪者がしゃべりはじめると、すぐに正体がわかってしまう。これはどうやってやるんだろうなって(神谷)

――今回「石起こし」「怪しき来訪者」の2編をアニメ化しています。この2本を選んだ経緯をお聞かせください。

大森:「石起こし」を選んだのは、もともとはプロデューサーのひとりが「ミツミ(夏目が出会う小さな妖怪)がかわいい」と言い出したのが発端ですね。オールスターキャストが集まって、妖の問題を夏目が解決していくという、割とスタンダードなエピソードでもあるので、これが良いだろうということになりました。「怪しき来訪者」は夏目の同級生の田沼(要)のエピソードなのですが、TVシリーズのレギュラーキャラひとりを重点的に掘り下げるのは難しいけれど、単体でアニメ化するならばちょうどいいだろうと。「石起こし」が夏目と妖の関わりの話、「怪しき来訪者」は夏目と田沼の友情の話という2本のバランスで考えていました。

神谷:たしかに「怪しき来訪者」は、独立した物語として見せるのが効果的ですよね。

井上:「石起こし」は第一期のような『夏目』らしいゆったりとした時間が感じられるエピソードですし、「怪しき来訪者」はミステリアスな部分があって。妖をきちんと描くという意味でも、両方とも「夏目」らしい感覚がありました。

神谷:そうですね。「石起こし」は、妖の中のヒエラルキー(階級)を描いていて。人間の理とは違う妖たちがとても頑張って、妖の理を受け入れながらも努力している。これを人間の世界に置き換えて描くと、かなり重い話になってしまうと思うんです。『夏目』は妖を通じて描くおかげで「純粋に頑張るって素敵だな」という話に見えるんですよね。そこが『夏目』らしいなと。「怪しき来訪者」は、本来マンガでしか成立しない話なんですよね。来訪者がしゃべりはじめると、すぐに正体がわかってしまう。これはどうやってやるんだろうなって思っていました。

井上:その正体役の方が来訪者役をどうやって演じるのかなと、すごい楽しみで(笑)。そのときの収録では、その方と一緒に録ることができたので、照れながら収録しているのを見ることができて面白かったです。

神谷:原作の「この正体は……なんだ」とわかる驚きがあったと思うんですが、アニメでは来訪者の声を聴いた瞬間に正体がわかり、その正体にまったく気づかない夏目に「おいおい」と思いながら見ることになる(笑)。原作とは違うアニメならではの見せ方になっているのが面白いなと。Aパートの最後に夏目がニャンコ先生から「(気づくのが)遅~~い!」とツッコまれて、観客も納得するんです。

大森:あのニャンコ先生のツッコミは、今回一番好きなセリフですね。

神谷:「夏目、うしろうしろ!」って状態ですよね。原作と違うニュアンスになっているところが、とても面白いんです。

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

『夏目友人帳』は「見えないものを見る話」(伊藤)

――今回の「石起こし」をアニメ化するうえで、ポイントになるところはどこでしたか。

大森:「石起こし」は、いろいろな要素が詰め込まれているエピソードなんです。その中で、岩鉄さまの願いを叶えようとするミツミに夏目が寄り添っていくところを、中心に描こうと。それが『夏目』のいつものスタンダードなスタイルだろうなと考えていきました。

伊藤:ミツミをかわいらしく描きすぎると、イジメに見えてしまうかもしれない。そうなると物語全体の見え方も変わってしまうので、ミツミの見え方はかなり気を付けました。原作のミツミは、よく見るとけっこう頭身が高いんです。そのバランスは試行錯誤しましたね。

大森:初見ではミツミがちょっと「迷惑なヤツ」と感じられたほうが良いだろうなと思っていたんです。ミツミと一緒に行動していくうちに、そのひたむきさや一生懸命さ、約束を守ろうとしている意思が少しずつ感じられるようにしていきたいなと。アニメにするにあたり、最初はミツミだけが暴走して、勝手にテンパって、勝手に明かしてはいけない秘密を明かしてしくように、台詞やテンポで強調していきました。

――ミツミ役は金元寿子さんが担当されています。収録はいかがでしたか。

井上:ミツミってめんどくさい妖じゃないですか。でも、金元さんが演じると、自分が想像していた以上に、ミツミの純粋さを感じて、全部許せちゃう感じがあるんです。

一同:(笑)。

大森:「しようがないな」って感じになれば良いなと思っていました。

井上:めんどうくささ以上に愛しさを感じてしまう妖になっていると思いましたね。

神谷:基本的に夏目は妖に対して冷めているところがベースだと思っていて。ミツミが夏目と出会って、うっかり秘密をしゃべってしまったときも「そうか、聞かない方がいいなら、おれはこれで……」としれっと言うんです。あれが面白くて。「そうそう、夏目ってこういう子だよな」って。

一同:(笑)。

神谷:夏目は妖と関わらないで済むのだったら、関わらないほうが良いと思っているんです。それがお互いのためだと思っている。夏目は人間と妖の間の境界線を引くつもりだったけど、ミツミがその線を乗り越えてくる。そのあたりのやりとりが面白かったです。

大森:夏目は人間と妖は違うことを知っていて、今回は距離を取ろうと思っていたのに、ミツミから近づいてくる。

神谷:そのあたりのミツミの厚かましさは、ひーちゃん(金元寿子)のお芝居が絶妙でしたね。

――「石起こし」の絵コンテ・演出は伊藤監督が担当されています。演出でポイントになったところはどこでしたか。

伊藤:『夏目』で原作があるエピソードを、まるまる1本絵コンテと演出を担当するのは初めてだったので、時間をかけて原作を読み込みました。僕は『夏目友人帳』は「見えないものを見る話」だと思っているんです。緑川ゆき先生(原作者)は「石起こし」を「夏目がニャンコ先生から離れたらどうなるだろう」という話を描いてみたかったとおっしゃっていて。ミツミと岩鉄、夏目とニャンコ先生の2組が「離れていても、わかりあえる」「見えない絆を見つける話」なんですよね。それぞれの距離感、物理的な距離や心理的な距離を丁寧に描こうと思っていました。

神谷:普通に考えると、飼い猫が2~3日帰ってこないって、相当ヤバいことだと思うんです。ニャンコ先生だし、そんなものかって思いますけど、(藤原)塔子さん(夏目を引き取った藤原家の奥さん)あたりが「あれ、ネコちゃんがいないわね」なんて心配し始めると思うんですよね。「そろそろニャンコ先生が帰ってこないと藤原夫妻が不審に思うな」という気持ちの方が夏目にとっては気になっていて。それでニャンコ先生を探し始める。冒頭から、そういう距離感が描かれているのかもしれないなと思っていました。

大森伊藤:ははは。

神谷:じゃあ仕方ない、と。そこで夏目はニャンコ先生を探しに行く。夏目は「人間と妖は違う」と頭ではわかっているけれど、人間の感覚で考えた時に「心配だ」という気持ちと「藤原夫妻が気づくんじゃないか」という気持ちがあって。それが「石起こし」の冒頭の「(ニャンコ先生がいなくて)心配じゃあないけど、そろそろ気になってきて」という夏目のセリフになったんだと思ったんです。このさじ加減が、「夏目は人間」と「ニャンコ先生は妖」という『夏目友人帳』ならではのふたりの距離感なんでしょうね。

井上:ニャンコ先生はいつも「これを言えば良いのに」ということを、あえて距離を取って、言わないんです。あのかわいらしい目で静かに、夏目の成長を見守っているスタンスなんですよね。ニャンコ先生……いや斑《まだら》は全部わかっているんです。でも今回もあえて言わなかった。

神谷:夏目とニャンコ先生は一緒にいて当たり前になりつつあるけれど、絶対に埋まらない距離やすれ違いがある。だけど、夏目が妖に導かれて、洞窟の中で美しい光景を見た時に、それをわかちあえる相手はニャンコ先生しかいないんだと気づく。人間同士でもきれいなものを見た時に、誰かと一緒に見たかったなと思う気持ちはあると思うんです。でも、夏目が見た風景は、妖しか見ることができない。だから、夏目は思わずニャンコ先生を探してしまう……。

――夏目は人間と妖の違いを頭では判っているけれど、つい、その違いを踏み越えて、妖を求めてしまうときがある。

神谷:そういう意味では、夏目の感覚はもう、普通の人間とはズレているんですよね。でも、そのズレは本人も自覚していない。だからこそ、洞窟で夏目が言う「――いつもだったらきっと、先生も一緒に見れたのに……」というセリフは、素直に出るセリフなんだろうなと思いました。あれは夏目がナチュラルに「普通の人間と感覚がズレている」セリフなんです。同時に、「美しいものを人と一緒に見たい」という、すごく人間的な感覚でもある。すごく難しいセリフではあるけれど、僕はありがたいことは13年にわたり、夏目を神の視点から見てきた。だから、表現できたセリフだろうな、という気がしています。

大森:おそらく、ふとした瞬間に夏目はそういう感覚になってしまうんですよね。原作でもシナリオでも、メインのストーリーが描かれている中に、ふとしたところで、ニャンコ先生を思い出すときがある。そういう、ふとした瞬間のセリフが、この作品の面白いところなんだと思います。

神谷:ニャンコ先生を求めてしまう感覚は、もはや夏目の無意識にある感情なんですよね。夏目のベーシックにある感覚なんでしょうね。

大森:そうなんですよ。もうニャンコ先生のことは無意識にあるものなんです。

神谷:夏目のベーシックにあるものを、音にしたり、感情にするときは、やはり気を遣いました。

後編へ続く 後編は5月25日配信予定です

『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』公式サイト

取材・文=志田英邦

大森貴弘(おおもり・たかひろ)
アニメーション監督、『地獄少女』『バッカーノ!』『夏目友人帳』『デュラララ!!』『海月姫』『pet』などを手掛ける。近作では音響演出を兼任することが多い。

伊藤秀樹(いとう・ひでき)
アニメーション監督。アニメーター。TVシリーズ『夏目友人帳』では絵コンテ、演出、作画監督、総作画監督などを歴任。『劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~』で監督を務める。

神谷浩史(かみや・ひろし)
声優、歌手。青二プロダクション所属。代表作に『さよなら絶望先生』糸色望役、『〈物語〉シリーズ』阿良々木暦役、『ONE PIECE』トラファルガー・ロー役、『おそ松さん』松野チョロ松役、『Fate/stay night』間桐慎二役など。

井上和彦(いのうえ・かずひこ)
声優、ナレーター、俳優。B-Box所属。代表作に『サイボーグ009』島村ジョー役、『美味しんぼ』山岡士郎役、『NARUTO-ナルト-』はたけカカシ役など。外画ではアンディ・ラゥやトム・ハンクスなどの吹き替えを担当することが多い。


あわせて読みたい