神谷浩史&井上和彦と、熟練のスタッフ陣が『夏目』最新作を語る――『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』座談会(後編)【ネタバレあり】

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公開日:2021/5/25

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者
『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』 5月26日、Blu-ray&DVD発売予定 (C)緑川ゆき・白泉社/「夏目友人帳」製作委員会

「小さい頃から時々変なものを見た。他の人には見えないらしいそれらは、おそらく妖怪といわれるものの類」――妖怪が見える少年・夏目貴志が、妖怪の名前を記した友人帳を受け継いだことから始まる、人と妖(あやかし)の心温まる交流の物語『夏目友人帳』。

 緑川ゆきさんが2003年から『LaLa DX』(白泉社)で読み切りシリーズとして連載を開始。現在は『LaLa』で連載中、コミックスは26巻を数え、累計発行部数1500万部を超える人気作品となっている。2008年からTVシリーズとしてアニメも放送され、こちらも現在まで6シリーズを制作。2018年には劇場版作品も公開されるなど、長く愛されている作品だ。

 独特な感覚で生きる妖たちと、人間たちが出会った時に起きる、せつなく優しいドラマたち。2021年1月には『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』の劇場限定上映が行われた。こちらは原作でも人気の「石起こし」と「怪しき来訪者」というふたつのエピソードをアニメ化したもの。

 今回は、夏目貴志役の神谷浩史とニャンコ先生・斑役の井上和彦、そして総監督を務める大森貴弘と、監督の伊藤秀樹の4人に、13年にわたるアニメ『夏目友人帳』について振り返ってもらった。

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※座談会後編では、「怪しき来訪者」の内容について踏み込んだ質問をしています。未見の方や、原作未読の方、事前情報なしで『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』をご覧になりたい方はご注意ください。

「怪しき来訪者」はふたつの友情が対比的に描かれる話(伊藤)

――座談会前編では、「石起こし」についてお話を伺いました。「怪しき来訪者」についても、制作上のポイントにしていたところをお聞かせください。

大森:「怪しき来訪者」は、これをアニメ化すると決めたときから、村井(さだゆき)さん(脚本)がノリノリだったんです。『夏目』では期ごとに中心となる話数や要素を決めてから、全体のカラーやエピソードの並べ方、音楽の発注の仕方を考えるんですね。村井さんは第三期、第四期からシリーズ構成として入ってくださっているのですが、第三期は「友情」をテーマに設定していたんです。その中でも、村井さんは夏目と田沼のコンビがお気に入りで。要素が多い「石起こし」の脚本を僕に押し付けて(笑)、村井さんは自分の好きな要素のある「怪しき来訪者」の脚本を担当するという感じでした。田沼と夏目の友情や、三篠とササメの関係を対比的に描くところは、最初から村井さんが意識していたと思います。

伊藤:今回は、ふたつの友情が対比的に描かれる話なのかなと。この話は何も起きない話になりかねないんです。淡々としている間にも妖を見る力のない田沼が夏目に対する、負い目みたいな気持ち……普段は気にもしていないんですが、ササメに刺激されてその感情が表に出てくる。一方、三篠は強くて大きい妖怪なんだけど、どうしようもない孤独を感じていて、ササメを求めている。そういう三篠の寂しさが全編を貫いていく話なので、あまりカラッと描きたくない。季節感も含めて、色とりどりの時間にしたい、という思いがありました。

神谷:伊藤監督の話を聞いて「なるほどな」と思いました。というのも、このエピソードは、努力では埋められないものを描いている話なんですよね。たとえば、田沼は、妖を見ることができる夏目に追い付けないという気持ちを抱いている。ササメは、力を得た三篠をうらやましく思っている。努力で埋められないもので、競い合ってもどうしようもない。でも、この話はその勝負の結果を描かず、何とも言えない、粋な感じで終わるんです。そういうところを三篠役の黒田(崇矢)さんがすごく雰囲気を出して、素敵に演じられているなと思いました。

――井上さんは「怪しき来訪者」というエピソードにどんな印象をお持ちでしたか。

井上:原作を読んだときに、役者にとっては「難しい話」だなと思ったんです。来訪者のセリフを音にしたら、すぐに正体がわかってしまう。言ってしまえば出オチになりかねない。本当に難しいなと思いながら、今回の台本を読んでいました。

大森伊藤:たしかに。

井上:難しいことへの挑戦をしているなって思いました。13年前の『夏目』のオーディションのときを思い出しましたね。あのとき、大森監督に「ニャンコ先生と斑〈まだら〉はどう演じ分けるのが良いのか」を聞いたんです。そうしたら「井上さんの好きなようにやって」と言われたんです(笑)。あのときと同じくらいのムチャぶりを感じました。

大森:いやいやいや(笑)。

井上:オーディションのときに「ニャンコ先生と斑はどういうふうにできる? ちょっとやってみて」って言われて。好きなようにやらせてもらえたんです。

大森:(ニャンコ先生を)あまりネコだと思わなくてもいいですよ、というお話をしましたね。

――大森総監督は音響演出もなさっていますが、三篠役についてはどのように見せていこうとお考えでしたか。

大森:最初から来訪者役も、三篠役の黒田さんにお願いするつもりでした。最初、制作陣から、どうしましょうかと聞かれましたが、それは決めていました。

井上:黒田さんが第一声を出した時、スタジオで爆笑が起きましたよね(笑)。

大森:黒田さんは個性的な声をお持ちの方ですから、来訪者が第一声を出したときから、正体がわかっちゃうだろうなと思いつつ、三篠の姿のときは黒田さんがこれまで演じてこられた荘厳な生き物のイメージを前面に出してもらいつつ、訪問者のときには地の声に近い感じでお願いしました。スタジオで爆笑になったのは、黒田さんも最初は構えていて、来訪者を女性的に演じようとしていたんです。それでやりすぎて……爆笑が起きてしまったんです。

大森:単純に技術的なことでいえば、三篠の音声は若干加工も入れていますし、来訪者は黒田さんのナチュラルな声で演じてもらえれば声の差はでるだろうと考えてしました。あと、黒田さんはこれまで来訪者のような見た目のキャラクターはあまり演じられていないだろうから、三篠と来訪者は重ならないだろうという計算もありました。

――伊藤監督は「来訪者」をどのように描こうとお考えでしたか。

伊藤:原作がすごくうまく描かれていて、来訪者は人間のかたちをしているんだけど、異様な感じがあるんですよね。すごく雰囲気があるんです。

大森:たしかに、そうなんですよね。

伊藤:あの感じをなんとかアニメで出したいと、いろいろと工夫をしてみたんですけど、やっぱり難しかったですね。とくに前半は田沼が妖に取りつかれているのかもしれないと、夏目が真剣に心配する展開になるので、来訪者の異様な感じは出したかったんです。後半は三篠の心情のほうに焦点が移っていって、三篠と田沼とササメの心情に寄り添っていくという流れを作っていこうと思っていました。

大森:原作の雰囲気を出すというところは、常に悩ましい問題で。アニメーションの場合は線も塗り分けもパキッとしてしまうので、なかなかキャラクターごとに違いを出すのが難しいんですね。そこがマンガのビジュアルと大きく違うところで。来訪者のプロポーションの描き方などを変えて、違和感を出すべくいろいろと調整をしていました。作画陣もよく頑張ってくれたと思います。

伊藤:今回作画陣は本当に頑張ってくれて、時間をかけて丁寧に作業を進めてくれたので、絵的にはわりと頑張ることができた感じがありますね。

――田沼役の堀江一眞さんとの収録はいかがでしたか?

井上:僕はラッキーなことに田沼も三篠も生で聞けたので、田沼役の堀江さん、三篠役の黒田さんの背中を見ながら収録を楽しんでいたんですけど、とくに堀江さんは、このエピソードでメインを担うっていう気負いがすごくて。収録をする前にすごく緊張していたようでしたね。

大森:そうでした(笑)。

井上:できあがった映像では友情をしっかりと描いた作品になっていましたけど、役者として現場にいると、想像以上に楽しい収録でした。

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

脚本を書いているときも、おふたりの声が聞こえます(大森)

――13年にわたって夏目役を演じる神谷さんとニャンコ先生を演じる井上さんとご一緒してきて、大森監督や伊藤監督はどんな面白さを感じていますか。

大森:神谷さんと井上さんとこれだけ長くご一緒してきましたが、もはや夏目もニャンコ先生も完全にできあがっているんです。シナリオや絵コンテの作業中も、ふたりがしゃべることが前提で浮かんでくるアイデアがたくさんありますね。脚本を書いているときも、おふたりの声が聞こえますし、絵コンテを描くときもセリフをおふたりが話しているのをイメージしつつ、描いています。

神谷:シナリオの段階、絵コンテの段階で「ニャンコ先生はこうしゃべるよね」「夏目ってこういう子だよね」というものが、すでに頭の中でイメージされているのは、僕らにとっては厄介な状況で(笑)。スタッフの間ですでに見えているものを、僕らが声で再現するということは、実はすごく大変なんです。それでも僕らができることは今のアプローチの仕方で一番いいものをやっていくしかない。それはこれからも続けていこうと思っています。

伊藤:神谷さんのお芝居には、安心感がすごくあるんです。神谷さんの声をイメージして絵コンテを描いているんですが、収録するとその印象と変わらないお芝居をしっかりとしてくださる。そこにものすごく安心感があります。ただ、実際に収録をしてみると、井上さんはアドリブがすごくて(笑)。

井上:すみません(笑)。

伊藤:僕等の想像のはるか上を、井上さんのアドリブは超えていくんです。それがまた楽しいです。

――大森さんと伊藤さんが、神谷さんと井上さんをイメージして作った土台が、収録によってふくらんで肉付けされていくわけですね。

伊藤:第五期の第十一話(「儚き者へ」絵コンテ・演出は伊藤秀樹)はニャンコ先生が学校の先生になるというエピソードがあったのですが、授業をはじめるシーンで「それでは授業を始める」「人と言う字は~」と絵コンテにもシナリオにも何にも描いていないのに、井上さんが授業のセリフをアドリブで入れてくださったんです。あのアドリブは見事でした。

井上:あれは、ちょっと尺があまったなと思ったから、その場で思いついたんです。そういう0.5秒や1秒余ったときは「よし! やってやろう」という気持ちになりますね(笑)。これまで僕はいろいろなギャグアニメをやってきましたが、アドリブがあるときは事前に考えておいて、それを考えながらやっていたんです。でも、この『夏目』に関しては、3分の2はその場で思いついています。だから、自分でも何を言ったのか覚えていないことが多い(笑)。オンエアを見て「ああ、こんなことを言っていたっけ!」となることがあるんです。

伊藤:ニャンコ先生が、井上さんの中に棲んでいるんですよね。収録の時に聞いていても、井上さんがしゃべっているように聞こえないときがある。たぶん、ニャンコ先生が本当にいるんです(笑)。

大森:テスト収録のときに、井上さんがやったアドリブを、そのまま本編で使っていることがありますからね(笑)。テスト収録のときは面白かったのに、本番収録のときにやらないことがあるので、テスト収録のものを使ってしまうことがありました。キャストがスタジオに一堂に会して収録していると、自然と盛り上がって、アドリブがどんどん生まれていくことがあるんですが、今回はコロナ禍での収録だったので、そういう現場の盛り上がりがなかなか作れなくて、やりにくかったですね。ニャンコ先生と中級妖怪とも別々に収録しなくてはいけなかったですから、そういった絡みもやりにくかったと思いますし……。

井上:中級妖怪たちには「派手にリアクションしておいたから」って伝えておきました(笑)。

――神谷さんは、夏目役を演じる中でアドリブをすることはありますか?

神谷:夏目をやっていて楽しいなと思うのは、絵が動くところなんですよね。夏目はだいたい毎回走らされるんです(笑)。その走りに声をアドリブでつけるときに「どんな道を走っているんだろう」「どんなふうに走っているんだろう」「どっちの向きを向いているんだろう」と考えながらアドリブをするのが楽しい。しかも、夏目は毎回走ったあとに落ちるんですよ。「石起こし」でもミツミを助けようとして落ちますし。今回も「落ちているシーンのアドリブをもうちょっとください」と言われて、そんなに長く落ちたら死ぬんじゃないか、大丈夫なのかなってくらいアドリブを入れました。そういう絵と合わせた、夏目の肉体的な表現はアドリブで補うことがありますね。

大森:今回は音響制作とキャスティングディレクターがかなり気を遣ってくださって、関係の濃いキャストがクロスするスケジュールで組んだり、いろいろと準備をしてくださったんです。でも、収録ブースの中に最大4人までしか入れないという状況で。どうしてもスタジオ内でできあがる空気感に期待できないところがありました。こういう状況の中でも、井上さんや神谷さんをはじめとするキャスト陣はこれまで一緒にやってきた経験と信頼があったからこそ、アベレージ以上のものを演じていただけたという感じがあります。

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者

無責任に演じるニャンコ先生と、責任を感じて演じる夏目(井上)

――『夏目友人帳』は、みなさんにとって、どんな面白さ、難しさがある作品でしょうか。

井上:神谷くんの演じる夏目は、責任をちゃんと考えて、生きていく少年なんですが、ニャンコ先生はどれだけ無責任でいられるかという存在だと思っているんです。作品が与えるシチュエーションのうえで、どれだけ真剣に考えず、どれだけ動じることなくいられるか。それがニャンコ先生なのかなと。言ってしまえば、どれだけ無責任なオヤジでいられるか、ということです。そういうことを言うと「すごい楽してるじゃん」と思われるかもしれないけど(笑)。一生懸命考えて、頑張るのは神谷くんが演じる夏目の役割だから。ニャンコ先生はあまり細かいことを真剣に考えない。そういうコンビだから、面白いんだろうなと思っています。

大森:オイシイところを全部持っていく役ですよね(笑)。「怪しき来訪者」なんて、まさにニャンコ先生がオイシイところを持っていってますよね。

井上:なるべく無責任にやってます(笑)。

神谷:ははは。僕、は和彦さんという役者がすごく好きなんですよ。コメディとシリアスを行き来して、両方をきちんと成立させることができる技量をお持ちになっている稀有な声優さんで、僕のあこがれの存在なんです。コメディってすごく難しい。『夏目』というわりとシリアスな作品でも、ニャンコ先生としてギャグを担ってくださっていることに、すごく感謝しているんです。その中で僕は和彦さんがおっしゃったように、シリアスな部分を担っている。『夏目』の収録が始まったのは、僕自身が30代のころで、体力は充実していたけれど、まだ精神的にはそれほど完成していなかったところもあった。そのアンバランスさが良かったところもあると思うんです。そこから年齢を重ねるにつれ、精神的なものが育っていって、夏目というキャラクターに対するアプローチの仕方も、この13年で相当変わっていきました。作品に対しても「こういう解釈もできる」「こういう見せ方もできる」というように、よりいろいろなやり方が取捨選択できるようになりました。13年を経て、監督もふたりに増えましたので(笑)、よりきめ細やかにアプローチできるようになったと思います。

大森:『夏目友人帳』は、いろいろな解釈ができる豊かさがある作品なんだなと、今回の座談会でみなさんの話を聞いていて、あらためて実感しました。神谷さんと井上さんとは長いお付き合いになりましたが、これからも続けていければ良いなと思っています。

座談会前編はこちら

『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』公式サイト

取材・文=志田英邦

大森貴弘(おおもり・たかひろ)
アニメーション監督、『地獄少女』『バッカーノ!』『夏目友人帳』『デュラララ!!』『海月姫』『pet』などを手掛ける。近作では音響演出を兼任することが多い。

伊藤秀樹(いとう・ひでき)
アニメーション監督。アニメーター。TVシリーズ『夏目友人帳』では絵コンテ、演出、作画監督、総作画監督などを歴任。『劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~』で監督を務める。

神谷浩史(かみや・ひろし)
声優、歌手。青二プロダクション所属。代表作に『さよなら絶望先生』糸色望役、『〈物語〉シリーズ』阿良々木暦役、『ONE PIECE』トラファルガー・ロー役、『おそ松さん』松野チョロ松役、『Fate/stay night』間桐慎二役など。

井上和彦(いのうえ・かずひこ)
声優、ナレーター、俳優。B-Box所属。代表作に『サイボーグ009』島村ジョー役、『美味しんぼ』山岡士郎役、『NARUTO-ナルト-』はたけカカシ役など。外画ではアンディ・ラゥやトム・ハンクスなどの吹き替えを担当することが多い。


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