アニメにおいては嬉しい誤算も!?『美少年探偵団』原作者・西尾維新に誕生秘話を聞いた!

文芸・カルチャー

更新日:2021/6/27

「美少年探偵団」
(C)西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 江戸川乱歩の「少年探偵団」に、〈美〉の一文字が加わって生み出された『美少年探偵団』。2015年の刊行後、「暗黒星(副題)」「ぺてん師と空気男と〜」「屋根裏の〜」など、シリーズ全12作が発表されている。アニメ版の放送開始を受けてその作者に迫った。

(取材・文=吉田大助)

 新本格ミステリの登竜門・メフィスト賞からデビューした西尾維新は、かつて「探偵小説」と呼ばれていた「推理小説(ミステリ)」を書くにあたり、これまでにない新たな探偵を作り出すことで、エンターテインメントの可能性をアップデートしてきた。例えば、「ネットカフェ難民」に身をやつした元刑事が主人公の『難民探偵』(2009年)、「自分以外は名探偵」という家族を持つ主人公が、家族のネットワークを武器に殺人事件の解決に挑む『ヴェールドマン仮説』(2019年)。そして、テレビドラマ化もされた代表作であり、最新刊『掟上今日子の鑑札票』ではついにヒロインの過去が明かされた〈忘却探偵シリーズ〉。

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〈美少年シリーズ〉も同様だ。日本における「探偵小説」の生みの親と言っても過言ではない、江戸川乱歩(1894年〜1965年)の名探偵・明智小五郎も登場している「少年探偵団」シリーズ。その文頭に「美」の一字を足すだけで……まさかこんなにも鮮やかかつ革命的に、探偵像が生まれ変わるとは!

 まずは誕生秘話から、作者に話を伺った。

「美少年探偵団というグループは、そもそも忘却探偵・掟上今日子の好敵手として立ち上げた団体でした。確か『掟上今日子の挑戦状』(15年8月刊行のシリーズ第3作)の頃だったと思いますが、忘却探偵のライバル探偵を何組か考えて、そのうちひとつが美少年探偵団でした。その時点では決まっていたのは名前だけでしたし、結局、“忘却探偵が数々の好敵手と推理合戦をする短編集”という『挑戦状』の企画自体が違うものになりました。群を抜いて印象が強過ぎる美少年探偵団を独立させることになったからです」

 2015年10月に創刊された書き下ろし文庫レーベル「講談社タイガ」の第1弾作品として、第1巻『美少年探偵団 きみだけに光かがやく暗黒星』が刊行されることになった。本シリーズの特徴の一つは、各巻200ページ前後というコンパクトさだ。

「新レーベルが立ち上がるに際していただいた執筆依頼の内容としては、これから本を手に取ることになる次世代の読者にもリーチしうる小説を書いてほしいとのことだったと記憶しています。なので、ページ数も含めて、当時、講談社ノベルスで書いていた伝説シリーズと対極にある小説を書こうと決意しました。個人的には小説は、どんなタイミングでどんな小説を読むのも自由だと思っていますし、なんだったら今のほうが、ぶ厚い小説へ挑むことに二の足を踏んでしまう傾向もないではありませんが、美少年シリーズは、意図的にジュブナイルであることを徹底した気持ちはあります。それができているかどうかはともかくとして……、伝説シリーズもお勧めですよ」

恋愛は殺人の動機にしかならないと乱歩に学んだ

 もう少し詳しく、美少年探偵団の構想について伺っていこう。

「実は当初、美少年探偵団のメンバーを5人に限るつもりはありませんでした。もっとたくさんいる予定でした。なので、閃いた順にまずは5人、登場させたというのが企画段階の裏話です。枠が五つだと決まっていれば、『美食』や『美脚』がそこに収まっていたかどうかは定かではありませんね。しかし閃いたのは、まずそのふたつの美点だったのでわからないものです。結局、当初の5人でシリーズを進めていくことに決めたのは、一巻の表紙を見てでした。5人の美少年が文庫本サイズの表紙にぎゅっと詰まっている感じに、もうこれ以上他のメンバーが入り込む余地はなさそうだなと判断しました。

 僕は登場人物の名前を一番先に決めることが多いですけれど、美少年探偵団のメンバーに関しては完全に美点先行でしたし、なんならニックネームが先行しているキャラクターもいるくらいです。生足くんなんて、本名が出ていない本があるんじゃないかと時に不安になります。明智小五郎から小学5年生というのは、完全に言葉遊びですね。ただその際に、美しさを全肯定する資質を小学生に求めようと考え、彼をリーダーに任命しました」

 美少年探偵団の「団則」をおさらいしよう。〈1、美しくあること 2、少年であること 3、探偵であること〉。そして何より大事なことは——、〈4、団(チーム)であること〉。この4つ目のルールの導入により、自身の過去作からのアップデートに成功したのだ。

「伝説シリーズの対極と言いつつ、前提にあったのはあのシリーズの四国編における、各県の魔法少女チームだったかもしれません。あるいは、その集大成である、空々空がリーダーをつとめた空挺部隊でしょうか。彼は性格的に、とても理想のリーダーとは言えなかったし、チームも理想のチームではなかったのですが、戯言シリーズや物語シリーズとはまた違う書きかたができたという実感があったので、今度は理想のリーダーと、理想のチームを書こうと心がけていました。だから何よりもチームであることを重んじるグループにしようと最初から決めていました。個人主義者の集合である物語シリーズとの違いとしては、キャラクターの暴走を誰かが必ず止めてくれるという点が大きく、方針を必ず話し合って決めるのはストーリーテリングの上でも非常に有意義なルールですね。先日執筆を終えた『死物語(上)(下)』で、独断専行が過ぎる阿良々木くんや千石さんを書いて、それをより強く感じました」

 物語の語り手を担うのは、私立指輪学園中等部2年B組の瞳島眉美だ。第1巻の事件を経て、女性でありながらも美少年探偵団の一員となる。実は……5人の美少年と眉美の関係性にこそ、江戸川乱歩イズムが入り込んでいるのだと言う。

「僕は推理小説しか読んでいなかった時期というのがかなり長く、江戸川乱歩を読んだのは間違いなくその期間の中核です。そもそも推理小説を読んでいれば、『密室』や『アリバイ工作』と並んで本文中に登場する作家名でもありますし、新本格推理小説から時代を遡って、ついに辿り着いたミステリーの源泉が大乱歩だったのでしょう。表紙がどれだけ怖いかで読む本を選んでいるような、振り返るととても危険な時期で、その頃の読書体験が、今でも創作の糧、軸になっている事実は揺るぎないです。なにせ恋愛は殺人の動機にしかならないとの教育を受けているから、恋愛小説にとにかくならない。美少年探偵団もそうですね」

 恋愛ではない愛の感情をもって、彼ら彼女らはお互いの人生を見つめ続けていく。だからこそ、19年刊の最終11巻『美少年蜥蜴【影編】』のラストの展開で、特別な感動が爆ぜるのだ。

「キナコさんの表紙でメンバーが5人に決まったと言うように、キャラクターデザインに関してはもう感服の一言であり、逆に本文で変なことは書けないなと身の引き締まる思いでした。最終巻である『美少年蜥蜴【影編】』で、6人目の眉美さんも加わった美少年探偵団のメンバーがぎゅっと詰まっている、1巻と対になる表紙を見たときには、シリーズを書いてきて、そして完結させられて、本当によかったと心底思ったものです」

場面や台詞のひとつひとつが30分という尺に色濃く凝縮

「美少年探偵団」

「僕は好みの偏った小説を読んできましたし、好みのわかれる小説を書くのが好きなのですが、今回のように、その偏愛が更に凝縮されたアニメ版を視聴することまではさすがに想定していませんでした」

 作家のもとへテレビアニメ化決定の吉報が入ったのは、最終巻刊行の前だった。制作は、〈物語〉シリーズのアニメ化も手がけた“監督・新房昭之+アニメ制作会社・シャフト”の黄金チームだ。

「19年5月に開催された〈物語〉フェスにおいて西尾維新アニメプロジェクト最新作の制作決定が発表されましたが、実はそのタイトルが美少年探偵団でした。なので、そのちょっと前に知った形になります。物語シリーズから美少年シリーズへと、ダイレクトに引き継がれていく形が嬉しかったですね。同時に、原作者や制作会社が同じだからこそ、物語シリーズとは正反対のアプローチになるのではないかとその頃から思っていました。今度はいったいどんなアニメになるんだろうというような期待でした」

 西尾維新の小説は、「小説ならでは」のギミックがふんだんに盛り込まれている。本来、映像化は難しいはずなのだが……自身初のアニメ化作品でもあった〈物語〉シリーズは、完璧な仕上がりだったのだ。

「自作をアニメ化やドラマ化、漫画化していただいて以来、小説家としての自分は、文字という表現に集中してこだわれるようになった感覚があります。“活字だからこそ”“映像化不可能”と謳っていた物語シリーズの活字を、見事に映像化していただいたことで、どこか吹っ切れたのかもしれません。ならば常に、“小説ならではの小説”を書くことだけを心がければいいんじゃないかと思えるようになりました。美少年探偵団は、タイトルもキャラクター名も、まさに小説ならではであり、活字だからこその気持ちで執筆していましたから、お話を受けて、どういう風にアニメ化していただけるのか、より待ち遠しくなりました」

 4月10日より放送開始したアニメ『美少年探偵団』は、1〜3話で小説第1巻の物語を語る。脚本自体は、原作に非常に忠実だ。とすればモノローグを含めたセリフが多くなり、登場人物たちの動きが少なくアニメとしてはやや見づらくなるのかと思いきや……構図やカット割り、光の演出で視聴者の興味を画面に惹きつける手腕に唸らされる。3話まで視聴した感想を、作家はこう語る。

「初めて自作をアニメ化してもらったときのことを思い出しました。執筆当時に回帰する懐かしさでもあり、また気恥ずかしさでもあるのですが、しかしそれだけ、放映された第一話に新鮮さや斬新さがあったということだと思います。いてもたってもいられない、すぐには直視できない気持ちというのは、振り返れば、執筆当時どころか、デビュー作である『クビキリサイクル』が書店に初めて並んだときの感覚にも近く、改めて初心に返ったところもあります。分析すれば、原作小説では本文内に散らばらせているエッセンスが的確に抽出され、30分という尺に色濃く凝縮されているがゆえに、場面のひとつひとつ、台詞のひとつひとつが、こちらが身構えているよりも濃厚になるのでしょうね。これは原作者ならではの感想になってしまいますが、そんな濃度も、一種の独自性として楽しんでいただけるのではないでしょうか。回を重ねるにつれ、僕も少しずつ直視できるようになってきておりまして、おそらく最終話までには視聴者の皆様と同じ目線で見れるようになるはずです」

劇場版『パノラマ島美談』の制作……未決定!?

 原作読者としてはやはり「美声」がどうアニメで表現されるかは、期待するところ。作家自身はアニメ化に際して、楽しみにしていたポイントはどんなところだったのだろう。

「『美声のナガヒロ』に関して言えば、小説の地の文で『プロの声優もかくや』と書いてありましたので、まさしくプロの声優さんに演じていただける以上、完璧な表現になることを確信していました。登場キャラクター全員が『美声の』になる点は如何ともしがたい、嬉しい誤算と言えますが……、原作が小説である以上、美声と並んで楽しみだったところは、流れる音楽と、美術設定ということになると思います。特に美少年探偵団の事務所である美術室はどんな内装になるのだろうとわくわくしていました。それは戯言シリーズをアニメ化していただいた際の、館の内装にも通じるところなのですが、部屋のあるじの隠れた人格、見えないセンスがそこに滲み出ると思うからです。ただ、実際に放映された第一話が、そんな原作者の期待を超えてきたのは、内装に限らず、画面そのものが一貫してきらびやかだったことですね。『美術のソーサク』が製作に入っているのかと思わずエンドロールを確認してしまいました。『美しさ』という概念を、あますところなくヴィジュアライズしてもらえたと思っています。『美観のマユミ』の目を通して見る世界という気もしますね。エンドロールと言えば、オープンエンドの素晴らしさは、あえて僕が表明するまでもありませんが、圧巻でしたね。楽しい時間が始まるんだな、楽しい時間だったなと思わせてくれました」

 すでにアニメの脚本は全話目を通している、とのこと。全11巻の中で個人的にお気に入りの巻と、そのアニメ化はどんな化学反応を起こしていたか、と尋ねてみると。

「一番美少年シリーズらしいと言うか、『六人の美少年探偵団』というスタイルが確立した一冊というのは『パノラマ島美談』になるのですが、ストーリーライン的には番外編の冬期合宿に当たるので、今回のアニメ化には含まれておりません。というわけで『パノラマ島美談』は、いずれ劇場版で公開していただけるんじゃないかと勝手な期待をしていますが、アニメ化された範囲で言うなら、『屋根裏の美少年』みたいに、美術室から発見された絵画に対してみんなであーだこーだ推理をするという話が、アクションやピンチはないですけれど、なんだか彼ららしいという風にも思います。ちなみにアニメ化は『D坂の美少年』までとなりますが、それ以降のシリーズ後半、彼らが無謀にも強大な組織と戦う感じも好きで、チームに属しているからこそ養われていく眉美さんの独立心みたいなものは書いていて心地よかったです」

 実は、11巻には「最終巻」と明記されており、結末部では感動的で美しいエンドマークが打たれていたのだが、このほど12巻目となる『モルグ街の美少年』がリリースされた。どのような経緯で執筆を決断し、せっかく書くならば、どんな作品にしようと考えを進めていったのだろうか。

「アニメ化の企画自体は物語フェスの時点から立ち上がっていたわけで、シリーズの完結とうまくタイミングを合わせられればと考えていたのですが、若干目測を誤り、原作小説は先行して完結する運びになりました。なので、アニメ放映に合わせて何か一冊書ければと思っていて、『パノラマ島美談』のような、シリーズのストーリーラインから外れた、しかし探偵団の活動としては王道の内容を構想した結果が『モルグ街の美少年』です。そうは言いつつ、『美少年蜥蜴』を書いた以上、更なる一冊を書けるかどうかの不安もありましたが、タイトルが決まってからは安心して書き進められましたね。美術室でメンバーが喋っているだけというのも、同書に収録された『美少年耽々編』で実現できましたし、シリーズ完結後に出る一冊としては美しく仕上がったかなと自負しています。一方で、8月発売予定の『死物語』で、物語シリーズのモンスターシーズンが完結し、阿良々木くんの大学生活も大団円を迎えますが、あちらはどうなることやら」

 先ほどの発言にもあった通り、今回アニメ化されるのは、第6巻に当たる『D坂の美少年』までなのだ。ならば第2期の制作を、期待せずにはいられない。それまで待てないという人には、素敵な解決策がある。原作小説を読めばいい! 最後に一言、このシリーズへと誘う言葉を原作者本人からいただこう。

「小説はどうしたってひとりで書くものですが、しかしその一方、今回のようにアニメ化してもらえたことで産まれる『モルグ街の美少年』があります。物語シリーズとてアニメプロジェクトがなければ『傷物語』で十中八九完結していたわけですし、何より、小説は読んでいただくことによって存在します。ひとりで書くものだけど、自分だけでは書けないと言いましょうか。なので、アニメを楽しんでもらえた上で原作小説にも興味を持っていただけたら更なる続刊も産まれないとは限りませんし、それが劇場版『パノラマ島美談』に繋がれば、そんな美しい話もないでしょう。ありがとうございました!」

にしお・いしん●1981年生まれ。第23回メフィスト賞を受賞し、2002年『クビキリサイクル』で作家デビュー。同作から始まる「戯言シリーズ」を05年に完結させ、06年、『化物語』を皮切りに「〈物語〉シリーズ」の刊行スタート。ほかの著書に『デリバリールーム』「りすかシリーズ」「忘却探偵シリーズ」などがある。

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