川谷絵音「ぼくらの曲がベースになっていることを忘れて夢中になって読んだ」『夜行秘密』カツセマサヒコ × indigo la End《座談会》

小説・エッセイ

公開日:2021/7/9

カツセマサヒコ × indigo la End

 『明け方の若者たち』で小説家デビューし、大きな話題を集めたカツセマサヒコさん。待望の2作目では、人気バンド・indigo la Endのアルバムをベースにした物語を紡いだ。音楽と小説はどのようにコラボしたのか。カツセさんとindigo la Endによる座談会で、その秘密に迫りたい。

(取材・文=五十嵐 大 撮影=山口宏之)

―― 今回のコラボが決まったときのお気持ちは?

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カツセ 実は前作『明け方の若者たち』の文中で、勝手にindigo la Endの名前を出しているんですよ。それくらい好きなアーティストと、まさか音楽と小説でコラボできるとは思っていなくて。もちろん、喜びはありました。ただ、そんなアーティストのバイオグラフィに自分の作品が載るかもしれないと思うと、とにかく重圧が大きかったですね。

川谷 そう言ってもらえるとうれしいです。『明け方の若者たち』にぼくらの名前が載っているのは知っていて、だからコラボが決まったときもピッタリだなって思ったんですよ。

カツセ でも、ずっと「ぼくでいいんですか?」とは思っていて。だってまだ2作目ですからね。

川谷 いやいや! 実際に作品を読ませてもらったとき、びっくりしましたよ。最初はアルバムにある14曲に合わせて、それぞれ独立した14の短編集になるんだろうな、と想像していたんです。でも読み進めていくと、それぞれの物語がつながっていってひとつの長編になる。それが予想外でした。内容もめちゃくちゃ面白いし、途中からぼくらの曲がベースになっていることなんて忘れて夢中になって読みましたね。もうindigo la Endの名前を出さなくてもいいんじゃないかって思うくらいでした(笑)。

―― 連作短編にするアイデアはどのように思いついたんですか?

カツセ そもそも、今回の作品を「アルバムのおまけ」「楽曲のプロモーション」のように受け止めてもらいたくない、と思っていて。だから、音楽を補足するために書くのではなく、小説として完成度の高いものにしなければいけない。となると、14曲の歌詞をただ引き伸ばしたようなものでは、誰も満足してくれないと思ったんです。それに、歌詞をそのまま小説にするなら、歌詞のままでいいわけですよね。敢えて小説にするのであれば、音楽を一度飲み込んで、咀嚼して、世界観を広げなければ意味がない。だとすれば、14曲からインスピレーションを得て書いた14の物語が、最終的にひとつの世界になっているカタチにするのが一番だなと思ったんです。

長田 ぼくは本を読むのがすごく苦手で。自分の意思で読書したのは、中学3年生が最後。それくらい読まないんですけど、この作品は飽きずに一気読みできました。ぼくからすると音楽から文章を生み出すなんて想像もつかないですし、本当にできるのかって思っていたんです。でも、いざ読んでみると、アルバムの世界観をきちんと汲んだ上で小説にしてくださったことがわかりましたね。

佐藤 後半の展開がなかなかヘビーで、のしかかってくるような物語でした。読み終える頃には最初に抱いていたイメージが覆されていて、そんな読書体験が楽しかったです。

後鳥 ぼくはカツセさんのコラムを読んだことがあったんです。だからコラボが決まったとき、恋愛をベースにしたものになるのかなと想像していました。でも、後半からストーリーが怖い方向に行っちゃって、予想外過ぎて飽きる暇がなかったですね。それとこの作品を通じてぼくらの楽曲のダークな部分も見えてきました。

意識したのは「社会の縮図」。写し鏡のように物語を紡いだ

カツセ 今回の作品で書いた重さみたいなものは、アルバムを聴いたときに浮かんだ感覚そのものだったんです。アルバム全体のイントロでもある「夜行」は、最初の2音からヘビーな印象ですし、メロディーは物悲しい。最後の曲である「夜の恋は」と、この2曲を聴いて、「喪失と後悔の物語を書こう」と思いついたんです。さらに、アルバムの後半には死生観や人間の業、欲、嫉妬なんかを想起させる曲もあって、それらからもインスピレーションを得ました。

川谷 アルバムを作るときって、特にコンセプトは決めていないんです。今回も『夜行秘密』というタイトルは決めていたけど、あとはそのときに作りたい曲を作っていくだけで。だから死生観を感じさせる曲も狙っていたわけではなく、自然と出てきたんですよ。

―― カツセさんは創作するときにコンセプトを定めるタイプですか?

カツセ う〜ん、毎回違うスタンスなんですよね。自分の考えを世の中に宣言するように書くこともありますし、社会で起きていることを写し鏡のように書くこともあって。今回の小説は後者に近いかもしれません。14曲をベースにした物語を書くとなると、必然的に主人公も大勢出てくるよな、と思ったんですね。そうなると、年齢もやりたいこともバラバラだろうし、なかには前科を持つ人が出てきてもいいし……って想像が広がっていって、最終的には「社会の縮図」を意識しました。そういえば、1曲1曲が短編映画みたいな完成度だったので、いろいろ想像はできるんですけど、それをひとつの物語としてつなげたら変に辻褄が合わなくなるかな……と。そこはかなり悩んだし、苦しんだポイントですね。

川谷 ぼくの歌詞ってあまり直接的じゃなくて、聴いた人に想像してもらうようなものが多いんです。

カツセ たしかにそうですよね。川谷さんが書く歌詞って、いろんな解釈ができます。だからこそ、今回はそこに甘えさせてもらいました。もちろん、indigo la Endのファンのなかには「この小説はイメージと合わない!」って感じる人も出てくると思うんです。でも、それはそれでいいのかな、と。『明け方の若者たち』の映画化が決まったときに、映像というものは原作に忠実でなくても構わない、と思ったんですよ。だって、忠実にするなら、原作を読めばいいわけで。それと同じで、今回の作品もindigo la Endのアルバムをベースにしているけれど、歌詞に忠実になりすぎなくてもいいんじゃないかなって。だから執筆していた半年間、とにかくアルバムを聴きまくっていましたけど、いまだに理解できていない歌詞もあります。

―― 執筆中はひたすら楽曲を聴き込んでいたんですね。ちなみに、歌詞だけではなくサウンドからヒントを得ることもありましたか?

カツセ もちろんです。特に印象的だったのは「華にブルー」。indigo la End初心者にもオススメできるようなキャッチーな曲なんですけど、よくよく聴いてみると2番後半のベースや2サビ終わりのドラムがすごいカオス。物語にもその雰囲気は加えるようにました。

後鳥 ちゃんと聴き込んでくださって、ありがとうございます!

カツセ 「華にブルー」に限らず、indigo la Endの曲はどれもそういう印象がありますね。掘り下げていくとどんどんイメージが変わっていくというか。グラデーションみたいにイメージが移り変わっていくところは、小説にも反映させました。

小説を通じて見えてきた、楽曲が持つ新たな一面

後鳥 カツセさんがぼくらの楽曲から得た印象と同じものを、ぼくはカツセさんの小説から感じました。特に宮部あきらという人物は、どんどん変化していきますよね。初登場のときと後半ではまったく違う顔になっていて、ゾクゾクしました。

佐藤 たしかに全然違う人物になってたよね。

カツセ 宮部は「左恋」を聴いたときに生まれたキャラクターなんです。「左恋」を聴いていたら六本木の街が思い浮かんできて、そこから真夏の街で豪遊しまくるような人のイメージにつながって。それが宮部です。そして、もしも彼が失脚したらどうなるんだろう……と。その過程を小説にできるかもしれない、と思ったんです。だからアルバムがなかったら絶対に生まれてこなかったキャラクターですね。

後鳥 「左恋」に対して、ぼくらはそういうイメージを持っていなかったんです。どちらかというと泥臭いイメージ。そこにダーティでアーバンな印象が加わったのが面白いですね。

佐藤 だから、次に「左恋」を演奏するとき、心境が変わりそうだよね。

長田 そうそう。小説になったことで、アルバムとの向き合い方も少し変わりそう。

後鳥 今回のコラボでは、ぼくらもこうやって得るものがたくさんあったんです。アーティストと作家がそれぞれ発見しあうものがあるって、すごく新しい試みですよね。

カツセ そう感じていただけるとうれしいです!

川谷 それと、逆パターンもできそうですよね。カツセさんが書いた小説をベースに、ぼくらが楽曲を作る。

カツセ 14曲から生まれたひとつの小説があって、その小説の一部分から新たな音楽が生まれたら、たしかにおもしろそうですよね。今回はindigo la Endのアルバムを「養分」にして、ひとつの苗を育てたような感覚なんです。その幹が太くなり、伸びた枝の先で花が咲く。それが音楽だったら、とてもありがたいことです。そして、小説によってあらためてアルバムが再注目されると思っていて。それはすごくポジティブなことだと思っています。いま、音楽はとても賞味期限が短い。だからこそ、自分が小説家として関わることで、また違う見せ方ができたらいいな、と願っています。

スタイリング:市野沢 祐大(TEN10)
衣装協力:川谷さん/コート7万8000円、カットソー2万1000円(ともにHEUGN/IDEAS 103-6869-4279)、ヴィンテージ のレーヨンスラックス1万5000円(ISSUE 103-3712-1838)、その他スタイリスト私物
後鳥さん:デニムジャケット4万3000円、パンツ3万4000円(ともにAPOCRYPHA/Sakas PR 103-6447-2762)、ヴィンテージ のシャツ3900円(原宿シカゴ 竹下店 103-6721-0580)、その他スタイリスト私物
長田さん:ヴィンテージのリネンシャツ1万4000円(ISSUE 103-3712-1838)、パンツ3万2000円(SHEBA mail:info@e-o-f-d.com)、その他スタイリスト私物
佐藤さん:ジャケット8万8000円、トラウザーズ3万8000円(ともにHEUGN/IDEAS 103-6869-4279)、ヴィンテージ のシャツ1万2800円(alt 103-6875-4901)、その他スタイリスト私物 ※全て税別

かつせ・まさひこ●1986年、東京都生まれ。2014年よりWebライターとして活動を開始。20年刊行の小説家デビュー作『明け方の若者たち』は7万部を超すヒット作になり、北村匠海主演で実写映画化も決定。本作が第2作目となる。

アルバム『夜行秘密』 indigo la End

いんでぃご・ら・えんど●2010 年川谷絵音を中心に結成。14 年にメジャーデビュー。同年 8 月にベース後鳥亮介が加入。15 年にドラム佐藤栄太郎が加入し、現在の体制となる。 日本の高名なミュージシャンらからもその高い音楽性と歌詞世界を評価されるバンド。
アルバム『夜行秘密』 indigo la End ワーナーミュージック・ジャパン

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