「本当のところは…と考えさせる余白がある」本のプロが語る“野原広子作品”の魅力【花田菜々子さん×新井見枝香さん対談】

マンガ

公開日:2021/7/9

 これは果たしてフィクションなのか? それとも日常のどこかで本当に起きた出来事なのか……? 家族の現実と物語のあわいをすくいとるマンガ家・野原広子さん。『消えたママ友』(KADOKAWA)は手塚治虫文化賞短編賞の選考会でもっとも支持をあつめ、同時ノミネートの『妻が口をきいてくれません』(集英社)とともに受賞が決定した。野原さんの作品の、いったいどこがスゴいのか? “すべての女性を応援する本屋”として知られる「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長・花田菜々子さんと人気書店員・新井見枝香さんのおふたりに、その魅力を語っていただきました。

(取材・文=立花もも)

「野原広子作品の魅力」とは? 渡辺ペコさんと富永京子さんの対談記事はこちら

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消えたママ友
消えたママ友』(野原広子/KADOKAWA)

花田菜々子さん(以下、花田) 野原さんの作品ってどれもコミックエッセイのフォーマットで、かわいらしい絵柄で描かれるから、ついつい「著者の実体験かもしれない」と思って読みはじめちゃうんですよね。益田ミリさんやたかぎなおこさんみたいな読み心地を勝手に期待して、なんとなくほんわかしたり、あるあるーって思わされたりしていると、いつのまにか崖下に突き落とされている(笑)。

消えたママ友
『消えたママ友』より

『消えたママ友』の試し読みはこちらから

新井見枝香さん(以下、新井) 『消えたママ友』も『妻が口をきいてくれません』も「本当のところはどうだったんだろう?」っていうのを当事者それぞれの視点から探っていくミステリーに近い作品なのに、なぜかノンフィクションのように思わされるんだよね。

花田 フォーマット自体が罠なんですよ。劇画風のタッチで描いてくれれば「くるぞ……姑が……ダメな夫が……!」って身構えることもできるのに。

新井 日常の不意打ちで傷ついたり怒ったりするのと同じように、動揺させられちゃうよね。“消えたママ友”である有紀ちゃんのお姑さんが、超いい人そうだったのに、まさかそんなことしていたなんて……!って明かされる場面は、けっこうびっくりした。その技法は、ちゃんとフィクションなのになあ。

消えたママ友

消えたママ友

花田 2002年に『ダーリンは外国人』(小栗 左多里/KADOKAWA)が発売されたあたりから、コミックエッセイというジャンルが確立されたわけだけど、最近では、ブログやTwitterで人気が出ればすぐに書籍化される風潮があって、作品の質が玉石混交になってきた。自身の体験を書いて世に出している私が言うのも気がひけますが、自分の体験をただ切り取って書くだけでは驚きがないし、語り手の成長過程も問題解決の着地点もパターン化している気がするんですよね。

新井 そのせいか、みんな自分と関係のありそうな話しか読まなくなって、ジャンルは定着したものの売れ行きは小粒になっていった。それこそ『ダーリンは外国人』みたいな、日常と関係ないけど読んでいておもしろい、発見がある、という作品は少なくなってしまった気がする。

花田 正直、野原さんの作品もその延長だと思っていたのだけど……読んでみたら、新井さんの言うように、ミステリー作家のような視点を持っているのだとわかった。『妻が口をきいてくれません』は、正直、耳が痛かったですよ。最初はね、家のなかで夫を無視し続けるというのはDVの正当化にもつながるんじゃないかと、肯定的に読めなかったんです。でもそれはたぶん、私が夫側――わりと無頓着にあれこれ言って相手を抑圧してしまうタイプだからで。

新井 自分も無視されちゃうんじゃないかと(笑)。

花田 こういう怒り方はやめて~!って思っちゃった(笑)。でも野原さんは、一方的に夫を断罪もしなければ、妻を正しい人としても描かないんですよね。同じ日常を、妻と夫の二つの視点から公平に描いている。『消えたママ友』も、誰か一人に肩入れすることのない姿勢に、才能を感じました。

妻が口をきいてくれません
『妻が口をきいてくれません』より

『妻が口をきいてくれません』の試し読みはこちらから


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