19世紀パリ×吸血鬼×スチームパンク! 魔導書に導かれし吸血鬼と人間たちの物語──アニメ『ヴァニタスの手記』原作・望月淳インタビュー

アニメ

更新日:2021/7/8

ヴァニタスの手記

吸血鬼に呪いを振りまくといわれる、機械仕掛けの魔導書「ヴァニタスの書」。この書に導かれ、吸血鬼の青年ノエと吸血鬼専門医を自称する人間ヴァニタスが、運命の邂逅を果たす──!

7月に放送がスタートしたテレビアニメ『ヴァニタスの手記』は、19世紀パリを舞台にした呪いと救いの吸血鬼譚。原作者・望月淳さんのコミックを、『鋼の錬金術師』『交響詩篇エウレカセブン』など、数々のハイクオリティアニメを制作したボンズが、流麗なアニメーションに仕上げている。

その放送に合わせて、ダ・ヴィンチニュースでは原作者や制作スタッフ、キャストへのインタビューを実施。トップバッターは、原作コミックを手掛ける望月淳さん。作品が生まれた経緯、ヴァニタスとノエの誕生秘話、アニメに期待する点など、じっくり答えていただいた。

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初めてフランスを訪れた時、ヴァニタスというキャラの輪郭が頭に浮かびました

──『ヴァニタスの手記』が生まれた経緯についてお聞かせください。どのような着想から、この作品が生まれたのでしょうか。

望月:どこまで遡ればいいのか……(笑)。前作を執筆中に「次は吸血鬼ものか学園ものを描きたいな~」と考えてはいたのですが、最初にヴァニタスというキャラの輪郭が頭に浮かんだのは初めてフランスを訪れた時です。観光でモンサンミッシェルに連れていっていただいたのですが、そこでふと「何百年もの間一人の吸血鬼が見守ってきた小さな島の物語」が描きたいなぁと考えて。今の『ヴァニタスの手記』にその要素は一切残っていないのですが、ヴァニタスとノエのキャラクターの原型が生まれたのはこの時だと思います。

新連載では『PandoraHearts』でやれなかったことを色々組み込んでみたいと思っていたので、恋愛要素や戦闘描写を意識的に増やしています。戦闘描写は……正直『PandoraHearts』で担当さんに真っ先に削られていた部分なので「うまくないんだろうな」と諦め気味だったのですが、「描かなきゃうまくなんないじゃん! 描いてりゃうまくなるかもしんないじゃん!」という気持ちで毎巻必死に勉強中です。人体の作画や戦闘の演出も前作に比べれば大分マシになっている………………と思いたいです。

──吸血鬼という存在に対して、どのような魅力を感じていますか? また、望月先生がお好きな吸血鬼ものの作品があれば教えてください。

望月:人生で初めて触れた吸血鬼作品がなにかは覚えていないのですが、小さい頃に衝撃を受けたのは(映画)『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』です。たまたまテレビでやっていたのを観たのだと思いますが、吸血鬼という存在の恐ろしさや儚さ、吸血シーンの妖艶さなどはそこで植え付けられた気がします。自分が青年と少女の組み合わせが好きなのも恐らくこの映画の影響ですね。余談ですが、短期連載『Crimson-Shell』の主人公の名前もここから採りました。

──19世紀のパリを舞台にしたのはなぜでしょうか。初めて訪れたパリから、どんな印象を受けましたか?

望月:初めて訪れた海外がパリだったのはとても大きいと思います。「Japan Expo」のゲストとしてご招待いただいたのですが、飛行機に乗り込んだ時からずっとドキドキが止まらなくて、目にするもの全てが新鮮で、まさにパリで浮かれるノエと同じ状態になっていました。

そのあと個人的に海外旅行をするようになったのですが、パリを訪れる度に現地の出版社さんが本当に良くしてくださいまして、フランス文化に対する質問や取材への同行などあらゆる面で大変お世話になりました。そういう恵まれた環境があったからこそ、「フランスを舞台に漫画を描くぞ!」という覚悟に繋がったのかなと思います。

──山口龍さんがデザインした飛空船をはじめ、作中ではカタコンブ、ノートルダム大聖堂などが華麗に描き出されています。また、エッフェル塔ではなく太陽の塔が建造されるなど、現実とは違うパリが描かれているのも面白く感じました。パリを描くにあたっての苦労、大切にされたことをお聞かせください。

望月:「どこまで当時のパリを忠実に描くか」と「どこまで嘘を混ぜ込むか」のバランスでいつも悩みます。この作品がパリへ行くきっかけになれたら最高に嬉しいですし、「漫画で見た背景と同じだ!」という感動を味わっていただきたいなという欲もあるので、嘘をついてでも現在のデザインに寄せたりすることはあります。

──ジェヴォーダンの獣のような未解決事件、サド侯爵、ドクターモローといった人名も、かつてのパリの妖しい雰囲気を醸し出しています。「実はこういう小ネタも入れている」というものがあれば、少しだけ教えてください。

望月:“教会”の聖騎士はシャルルマーニュ伝説をモチーフにしています。伝説の登場人物本人ではないので、キャラ同士の関係性や性格などは好きにいじらせていただいています。

あと、禍名には必ず童話や有名な文学作品をモチーフに使うようにしています。最初は「折角フランスが舞台なのだからシャルル・ペロー縛りでやってみよう!」と思っていたのですが、2巻あたりで早くも限界を感じてグリム童話や色んなお話に手を出すようになりました。

ヴァニタスの手記

ヴァニタスの手記

最初はヴァニタスが吸血鬼、ノエは人間という設定でした

──作中では、ヴァニタスとノエの存在がとても魅力的に描かれています。このふたりは、どのようにして生まれたのでしょうか。また、望月先生から「ヴァニタスとはこんな人」「ノエはこんな人(吸血鬼)」と紹介するとしたら、どう表現しますか?

望月:最初は吸血鬼なのはヴァニタスで、ノエは人間という設定でした。シャーロック・ホームズに例えるとヴァニタス=ホームズ、ノエ=ワトソンという立ち位置だったのですが、どうしてもなにかがしっくりこなくて、当時の担当さんに「どうやってもなんか普通……って感じになっちゃうんですよね。これじゃ面白くならないと思う」と相談したところ、「吸血鬼と人間の立場を逆にしちゃえば?」とアドバイスをいただきまして。「え? ホームズが人間でワトソンが吸血鬼なの? 何それ、超楽しそう!!!」と一気に視界が開けた気がしました。 今のヴァニタスに八重歯があるのは吸血鬼設定だった頃の名残です。

他にも友人からヴァニタスのデザインについてダメ出しをくらった結果、サイドの毛がパッツンになったんだよとか、ノエは最初全然違う容姿だったし連載開始直前まで眼鏡キャラでツッコミ役だったんだよとか色々あるのですが、長くなりすぎるので割愛します。

ふたりのことを一言で紹介するなら……
ヴァニタス──「自分嫌いの天の邪鬼」
ノエ──「見た目は大人、中身は幼女!」
です。

──時にぶつかりながらも、一緒にいることを選び、戦いの場では背中を預け合うふたりの関係性にも心惹かれます。望月先生はこのふたりの関係性をどのようなものとして描いていますか?

望月:友人でもない、仲間とも違う、ちぐはぐで噛み合わないからこそ互いに惹かれ合い足りない部分をカバーし合えるふたり……でしょうか。ヴァニタスはノエの甘さに苛立ちながらも、その愚直さへ憧れに近い気持ちを抱いていると思いますし、ノエも自分には決して成し得ないことを可能にするヴァニタスの力に光を見つつ、その影に潜む彼の闇に惹かれているのだと思います。

──登場人物、特にニヤァッとしたり、ふと憂いを覗かせたりするヴァニタスの表情が印象的です。表情を描く時のこだわりがありましたらお聞かせください。

望月:具体的なこだわりは特に浮かばないのですが、自分が納得できる表情になるまでは何度も描き直しをします。キャラの顔を描いている時は自分の顔もそれに思いっきり引っ張られるので、人前で絵を描くのは本当に苦手です……。

あとは他の作家さんの漫画を読んでいる際に「あ、この表情いいな」というものがあったら、どの線がそう感じさせているのかをできる限り分析して自分の中の表情のストックを増やせるように心掛けています。うまくなりてぇ……。

ヴァニタスの手記

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『ヴァニタスの手記』では“報われない死”も描いてみたいです

──吸血鬼を敵対視する人間もいますが、どちらが善でどちらが悪という描き方はしていません。敵味方、善悪という二軸で分けない意図、そこに込めた思いについてお聞かせください。

望月:単に勧善懲悪の話を描くのが下手なんですよね。わかりやすく“世界征服をしようとしている敵キャラ”を描こうとしても、「何故このキャラは世界征服をしたいんだろう?」「世界征服は手段? 目的?」「それを望むに至った過去とは?」「そもそも悪は悪になろうとして悪になるのか?」と面倒臭いことをぐるぐる考え出してしまって、自分が納得いく答えを導き出せた時にはもはや“わかりやすい敵キャラ”の姿はどこにもないという……。

なので悪に思い切り振り切った、ある意味見ていて気持ちのいい敵キャラを描ける作家さんには強い憧れがあります。

──第1話のラストをはじめ、ところどころでその後の展開を予兆するようなモノローグが挟まれます。望月先生の中では、最終話までのプロットがすでにできあがっているのでしょうか。

望月:たどり着く場所を決めておかないと何をどう描いていいのかわからなくなるタイプなので、本当にざっくりとしたプロットは最初から決めてあります。ただそれはエンディングという終着駅と、途中に必ず通過しなければいけない駅が決まっているだけの状態なので、どの路線を使ってどう目的地に向かうかはその都度自由に決めている感じです。

前作からの読者さんにはこれで伝わると思うのですが、今はまだジェットコースターの坂を頑張って登っているところです。前作『PandoraHearts』では結構な数の登場人物が途中退場するのですが、退場シーンがそのキャラにとって最大の見せ場となるように意識していたというか、死んだとしても報われていることが多かったんですね。『ヴァニタスの手記』では“報われない死”も描いてみたいなと思っています。

ヴァニタスの手記

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ボンズさんといえばアクション。対ローラン戦の映像が今から楽しみです

──7月からアニメ放送がスタートしました。まず、アニメ化が決定した時の感想をお聞かせください。

望月:「やったー! 嬉しいー!」とはしゃいだ後に「やばい、うっかり死なないように気をつけなきゃ……」と本気で心配していました。幸せなことがあればある程、こんないい事が続くわけがないと考えてしまう根っからのネガティブ思考なので、スタッフの方が次々と決まっていく中「私が今事故ったりしたらアニメの企画自体が流れてしまうかも」と怖くなり、担当さんに「最低限どの段階まで生きてればアニメ放送確定になりますか?」と質問して「いやいやまず死なないようにしてください」とつっこまれたりしていました。ようやく冷静にアニメ化の幸運を噛みしめられるようになった頃、今度は「劇伴が梶浦由記さんに決まりましたよ!」と連絡があって「あ、やっぱり死ぬのかも」と……(笑)。

──マンガ家さんによってアニメ制作に深くかかわる方、基本はおまかせで監修のみされる方など、いろいろな方がいらっしゃいます。望月先生は、このアニメにどのようなかかわり方をしていますか?

望月:基本的にアニメは板村(智幸)監督とボンズさんの作品であり、原作者である自分の役割は読者さんとアニメの橋渡しをすることだと考えています。なので監督のやりたいことをできるだけ邪魔しないようにしつつ(してたらごめんなさいカントク)、「シナリオでここを削ったら読者さんは悲しいんじゃないかな」「このキャラはもっとこう描くべきじゃないかな」と思う箇所があればきちんとそれをお伝えするようにしています。

板村監督はとても穏やかな方なのですが、ご自分がこうしたいと思ったところは曲げずにきちんと言葉で説明してくださるので、それが自分が発言する上ですごくありがたかったです。原作者だからといって変に気を遣われすぎると身動きが取れなくなってしまうので。

──アフレコには立ち会われていますか? 声優さんの演技に対して感じたこと、声がつくことによって印象が深まったシーンなどがあれば、お聞かせください。

望月:アフレコ大好き人間なのでできるなら全話立ち会いたいくらいなのですが、残念ながらコロナの影響でまだ1話にしか参加できていません。声というピースがはまったことにより、作者である私の中でも登場人物への理解がより深まった気がしてとてもありがたく感じています。

花江夏樹さんのお声が付いたことにより、ヴァニタスはより小憎たらしく年相応になった印象です。忘れがちだけどそういやおまえ18歳だったね、と。ノエは石川界人さんのお声でより誠実さと天然さが増したなと思います。2話以降登場のキャラも今からとても楽しみです。

──アニメ第1話をご覧になったそうですが、いかがでしたか?

望月:先行上映会で初めて1話を拝見したのですが、自分の作品のアニメを劇場スクリーンで観られたことにも、その中で生き生きと動き回るヴァンタス達にも、梶浦さんの音楽にも、全てに感動していました。作品のテーマカラーが「蒼」なのですが、アニメで綺麗な「蒼」を表現していただけていて嬉しかったです。

あとピンポイントですが、ラストシーンのステンドグラスがとても美しくて、早くまたパリに行きたいね、とアシスタントさんと話していました。

──「このシーンはどのようにアニメ化するんだろう」と楽しみにしているシーンはございますか?

望月:ボンズさんといえばやはりアクションのイメージが強いので、対ローラン戦の映像が今からとても楽しみです!

──最後に、アニメの放送を楽しんでいるファンに向けて、メッセージをお願いします。

望月:素晴らしいスタッフの方々が、アニメ『ヴァニタスの手記』のために集まってくださりました。一視聴者として放送開始を楽しみにしつつ、原作者としてしっかり作品を盛り上げていけるよう頑張りますので、原作・アニメ共々どうぞよろしくお願いいたします!

取材・文=野本由起

『ヴァニタスの手記』原作コミック試し読みはこちら

TVアニメ『ヴァニタスの手記』公式サイト

望月 淳(もちづき・じゅん)
マンガ家。2004年、『パンドラハーツ』でデビュー。05年、『Crimson-Shell』を初連載。06年から連載がスタートした『PandoraHearts』は、約9年にわたって連載が続き、累計部数550万部を超える人気作に。09年にはテレビアニメ化もされている。16年より『ヴァニタスの手記』を連載中。

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