前代未聞の老夫婦ラブコメ! 話題の『じいさんばあさん若返る』新挑限さんインタビュー!

マンガ

更新日:2021/8/7

じいさんばあさん若返る メイン画像

 2019年にTwitterで発表した第1話がバズり、今やWeb累計1億PV突破! 「ニコニコ漫画年間ランキング2020(ユーザーマンガ部門)」第1位にも輝いた、話題のマンガ『じいさんばあさん若返る』。ある日突然、体だけが若返ってしまった老夫婦のちょっとおかしな日常とは? 著者の新挑限さんに、作品に込めた思いをうかがいました!

(取材・文=野本由起)

青森で生まれた前代未聞の老夫婦ラブコメ

『じいさんばあさん若返る』

❅―まず、この作品が生まれたきっかけを教えてください。

新挑 私は青森県生まれで、周りにおじいさんおばあさんが多い環境で育ってきました。地方の過疎化や少子高齢化も身近に感じていましたが、こうした問題を若い人に伝える作品はないなと思って。そもそも、おじいさんおばあさんが主役のマンガも多くないので、それなら描いてみようかなと思いました。また、前作『幼なじみになじみたい』が男性をターゲットにしたマンガだったので、次は男女どちらも楽しめる作品にしたいという思いもありました。女性読者にも好かれる、イケメンキャラを登場させてみたかったんですね。こうした歯車が噛み合い、誕生したのがこのマンガです。

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❅―最初にTwitterで公開した第1話から、大反響がありました。大きな手ごたえを感じたのではないでしょうか。

新挑 これまでの経験上、「これは伸びるな」という確信がありました。でも、単行本化は考えていなくて、描き始めたらいつのまにかこうなっていたという感じです(笑)。

❅―伸びるなと確信したのは、なぜでしょう。

新挑 言語化するのは難しいのですが……。Twitterで発表するマンガは、1ツイート、つまり画像4枚以内で完結することが大事なんです。このマンガも4ページでオチがついていますし、なおかつおじいさんとおばあさんが若返るというシチュエーションが目を惹くのではないかと思いました。

❅―Twitterは、読者からの反応がダイレクトにわかりますよね。どんな声が届いていますか?

新挑 読者の方々は、通勤・通学の電車で気軽に読んで、ほっこりするようなマンガを求めているんだなと思いました。はじめのうちは孫や息子の奥さんがじいさまの気を引こうとする描写も入れていましたが、それよりもじいさまばあさまの深くてあったかい関係性が見たいんだなとわかり、少し路線を変えました。

❅―Webと紙、発表するメディアによって描き方も違うのでしょうか。

新挑 Webなどではストーリーさえ伝われば、ある程度反応がもらえ評価される場合がありますが、後半になると単行本のことも考えて、背景も丁寧に描くように意識するようになりました。そのバランスは、いまだに模索中ですね。

『じいさんばあさん若返る』

『じいさんばあさん若返る』
Twitterでバズった、じいさまとばあさまが若返る第1話。

老人の経験や技術は素晴らしい財産

❅―作中では、正蔵とイネという老夫婦が突然若返ります。このふたりは、どのようにして生まれたのでしょう。

新挑 じいさまは、理想を詰め込んだイケメンです。でも、カッコいいだけではつまらないので、首のタオルや腹巻など、だらしない格好をさせてギャップを出しました。ばあさまは、男性に好まれそうな外見に。じいさまとは付き合いが長いので、ツンデレだったりすぐ赤面したりはせず、落ち着いた雰囲気にしようと思いました。

❅―家族や孫が、ふたりの若返りをすんなり受け入れるのも面白いですね。

新挑 4ページ以内に収めるには、冗長な説明を入れるよりも、すっと受け入れさせたほうがいいかなと思いました。そのほうが、展開としても面白いですよね。あとは、家族が「こんなのおじいちゃんじゃない」と剣呑な空気になるのも避けたかったんです。どんな姿になっても受け入れてくれる家族のほうが、あったかい感じがしますので。

❅―このマンガを描くにあたって、シニアのことも調べたそうですね。

新挑 まだマンガにはしていませんが、運転免許の後期高齢者講習のこと、年金の手続きなどについて調べました。吹雪の時に羽織る毛布のような「角巻」、帽子の上に手ぬぐいを巻く「ほっかぶり」など、消えつつある文化や服装も描いています。2巻の表紙では、ばあさまの服に「こぎん刺し」という地元に昔からある刺繍を入れました。

❅―青森を舞台にしているのも、大きな魅力です。やはり郷土愛からこの舞台を選んだのでしょうか。

新挑 気恥ずかしいですが、多少あります。青森に対する感謝や恩返しのような気持ちですね。都市部よりも地方から日本を支えている方々に共感してもらおうと意識して描いています。青森出身のマンガ家は多くないので、差別化できるステータスだと捉えています。

❅―青森のどんなところに魅力を感じるのでしょうか。

新挑 ひと言で表せば「耐え忍ぶ風土」ですね。太宰治の小説『津軽』に「烈風に抗し、怒濤に屈せず、懸命に一家を支へ、津軽人の健在を可憐に誇示して…」とあるように、苛酷な環境の中でもユーモアを忘れない風土に惹かれているところはあります。そういうところがとても好きです。

❅―冒頭で過疎化や少子高齢化のお話をされていましたが、作中でもそういうエピソードが盛り込まれていますね。

新挑 この作品でしか描けないだろうなと思い、時々入れています。少子高齢化はどの世代の方も意識している問題なので、さりげなく、押し付けない程度に描いていきたいですね。

❅―このマンガを読んでいると、「年を取るのも悪くない」と思えてきます。新挑さんは、年を重ねることにどのような思いを抱いていますか?

新挑 少子高齢化が進み、おじいさんおばあさんが社会のお荷物であるかのような風潮も見受けられますよね。「老害」なんて怖い言葉もあります。でも、地方に住んでいると、地元を実際に支えているのはじいさまばあさま。還暦を超えてもバリバリ現役で働いてる方が多いですし、「年を取る=悪いこと」のように捉えること自体に疑問を感じます。長い人生で得てきた経験則、日本がこの5、60年で培ってきた技術は、どちらも素晴らしい財産です。それを悪いことのようには描きたくないと思っています。

『じいさんばあさん若返る』
イケメンじいさまと美女ばあさまというベストカップル。

互いの内面に惚れ合い深く結ばれた老夫婦の絆

❅―正蔵とイネの老夫婦ならではの空気感も素敵です。ふたりの関係を描くうえで、大切にしていることはありますか?

新挑 普通のラブコメは付き合うまでを描きますが、彼らは長年寄り添ってきた夫婦ですし、お互いの内面に惚れ合っているんですよね。そのため、最初の頃は相手の見た目にドギマギする描写を入れていましたが、お互いの気遣い、さりげない感謝を描くようにシフトしていきました。相手に対する思いを再認識するというんでしょうか。今さら「好き」と言い合う仲ではないからこそ、「好き」と口にするのがいいのかなと思っています。

❅―これまで描いてきた中で、印象に残っているエピソードはありますか?

新挑 第18話「葬式」、第32話「面影」、第64話「図書館」でしょうか。友達の葬式に出たり、施設に入っているイネの姉を訪ねたりと、どれもこの作品でなければ描けない話なので。

❅―かじ取りを間違えると重くなりかねませんが、どれも沁みるエピソードになっていますね。

新挑 重いテーマを扱う時は、できるだけ直接的な描写を避けるようにしています。「葬式」など死にまつわるエピソードも、若年層から反応をいただくのは難しいだろうと思いましたが、反響が大きくて驚きました。自分だけでなく、みなさんも心の底ではこういうテーマについて考えているんだと気づけたのは、うれしいことでした。こうしたエピソードを入れることで、ほんわかした日常が際立ち、何でもない幸せが尊く感じられるのではないかと思います。基本的には、おじいさんおばあさんのほっこりした話なので、軽い気持ちで読んでいただきたいです。

『じいさんばあさん若返る』
いわゆるラブコメとは異なる、長年連れ添った夫婦ならではの空気感。

『じいさんばあさん若返る』
読者からの反響が大きかった「葬式」の話。

❅―単行本には、描き下ろしエピソードも収録されています。こちらは、どのような思いで描いているのでしょうか。

新挑 Twitterでは反応をもらいにくい前日談や後日談、オチはないものの補足したいエピソードを、描き下ろしています。また、Twitterに投稿するのは1話4ページ以内という制限がありますが、中には「この話はもう少し掘り下げたい」というエピソードも。その場合は、描き下ろしとは明記せずに増ページして収録しています。

❅―最後に、これから『じいさんばあさん若返る』を読む方にメッセージをお願いします。

新挑 普通の日常を送るのも難しい昨今ですが、せめてマンガの中ぐらいはおじいさんおばあさんの日常を楽しんでいただきたいと思っています。このマンガを読んでいる間は、大変なこと、つらいことを忘れてもらえたらうれしいです。

あらいど・かぎり●青森県生まれ。イラストコミュニケーションサービス「pixiv」に投稿したマンガがきっかけとなり、2018年『幼なじみになじみたい』でデビュー。19年、Twitterで発表した『じいさんばあさん若返る』が大人気に。現在もTwitterで毎週1話配信中。