18歳差のふたりの純愛に心が揺さぶられる……実体験を取り入れて描く大正時代の空気感。『煙と蜜』長蔵ヒロコさんインタビュー!

マンガ

公開日:2021/8/8

煙と蜜 メイン画像

 花塚姫子12歳、土屋文治30歳。ふたりは、結婚を誓い合った許婚だった──。ロマン薫る大正時代を舞台に、年の離れたふたりの純愛を描いた『煙と蜜』が今、熱く人気を広げています。仲睦まじいふたりの姿は、なぜ読者の心をここまで揺さぶるのでしょうか。長蔵ヒロコさんに、作品に込めた思いをうかがいました。

(取材・文=野本由起)

人を大切に思う気持ちや助け合う事について描いてみたい

❅―『煙と蜜』は、読み切り短編からスタートしたそうです。この作品が生まれた経緯について教えてください。

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長蔵 連載誌の『ハルタ』で、子どもをテーマにしたマンガ冊子を作る企画があったんです。好きなものを詰め込んだ4ページの短編を描いたのですが、それが読者の方に楽しんでもらえて、連載化に至りました。

❅―連載にあたって、変更した点はありますか?

長蔵 許婚という関係は変わりませんが、時代や土地、軍のことなど設定は、ほぼ一から考え直しました。それに伴ってキャラクターも細かく見直して、今のふたりになりました。

❅―どんなテーマを描こうと思ったのでしょう。

長蔵 「人を大切に思う気持ち」ですね。日常の中で誰かを支えたり、助け合って生きていくことを描きたいと思いました。

❅―姫子と文治、ふたりのキャラクターはどのようにして生まれたのでしょう。

長蔵 大きいものと小さいもの、固いものと柔らかいものなど凸凹したものが好きで、大人と子どもという組み合わせもそのひとつでした。文治については、もともとちょっとひねくれていたり、見た目に癖があったりするキャラが好きなので、いっそのこと振り切ってしまおうと思って描きました。

『煙と蜜』
小さいものと大きいものなど、凸凹コンビが好きという長蔵さん。

❅―癖のあるタイプを好きになったきっかけは何でしょう。

長蔵 幼い頃からマンガを読んできましたが、なぜかくたびれた男性に惹かれたんですよね(笑)。キラキラした主役よりも、裏で支える脇役をかっこいいと思うことが多かったんです。

❅―姫子についてはいかがでしょう。

長蔵 私は子どもの頃から背が高かったので、小さくてかわいい同級生にあこがれていました。そういう少女らしさを詰め込んだのが姫子です。

❅―性格も純粋で、応援したくなります。

長蔵 ありがとうございます。姫子は「人の役に立ちたい」と考える女の子で、まだできることが少ないのですが、それを一生懸命増やそうとしていて。頑張る女の子は最強だなと思います。

❅―姫子の12歳という年齢も、この物語において必然のように感じられます。

長蔵 12歳は大人から見たら子どもだけど、本人からすると子どもだと思ってはいない。そういう面白さのある年齢だなと以前から感じていました。姫子が抱いている「早く大人になりたい」という気持ちをどう表現するか、試行錯誤しているところです。

❅―文治については、まだそこまで内面を深く描いていませんよね。

長蔵 最近聴いた曲の中で、「全部がわかったら恋は終わり……」というようなことが歌われていたんですが、あまりこちらから語りすぎず、少しずつ文治を知ってもらえたらと思います。現実でも、出会って10年以上経ってから、ようやく相手について知ることもある。そんな感覚をリアルに描きたいと思いました。3巻からふたりを取り巻く世界が広がっていくので、内面もこれから少しずつ描いていけたらと思います。

実体験を取り入れて描く大正時代の空気感

『煙と蜜』

❅―大正5年の物語にしたのは、なぜでしょうか。

長蔵 大正後期は戦争に向かっていきますが、初期の日本は第一次世界大戦のバブルで潤っています。活気のある人たちを描きたかったので、この時代にしました。

❅―実際に描いてみていかがでしたか?

長蔵 ありがたいことに90代の読者の方から「懐かしい」とおハガキをいただくこともあり、100年前といっても今と地続きの時代を描いているのだなと感じます。

❅―名古屋を舞台にした理由も教えてください。

長蔵 名古屋は歴史ある街なので当時の資料がたくさん残っているんですよね。調べていく中で名古屋という土地の色々な魅力が見えてきて、描きたいと思いました。それと曽祖父の持っていた軍隊手帳の発行元が第三師団だった、というのもあります。

❅―当時の街並みや服装、暮らしぶりもリアルに描かれていますね。

長蔵 もともと古いものが好きなので、資料を調べつつ楽しんで、でも必死に描いています。特に小物を描くのは楽しいですね。それに自分が山奥の生まれで、とても古い家で育ったということもあります。小学校3年生ぐらいまで台所は土間でしたし、薪で炊いたお風呂に入っていました。そういった経験も、作品に影響していると思います。

『煙と蜜』
大正時代当時の暮らしぶりについて、リアルに描かれているのも魅力のひとつ。

❅―実体験もベースになっているんですね。

長蔵 実体験があるとやはり心強いですね。文治と姫子が馬に乗るエピソードを描く時には、乗馬を体験しました。想像以上に毛並みがフワフワで、触った感触もあったかくて。馬に乗った姫子のお尻が跳ねるのも、体験して分かったことでした。

❅―第7話「兵隊と金鯱城」では、文治が軍服を着るシーンが細やかに描かれていました。

長蔵 イメージはあったのですが生半可な知識では描けないと思い、軍装品専門店を取材して細かく教えていただきました。

『煙と蜜』
初めて連載誌『ハルタ』の読者アンケートで1位を獲得した時のエピソード「空と煙」より。「手を描くのが好きなんです」(長蔵さん)

❅―時代考証だけでなく、しぐさや表情の描写にも細やかさを感じます。手の表情もいいですよね。

長蔵 手を描くのが好きなんです。色々なことを伝えられるし、人によって形や特徴が違うのでキャラクターの個性も出せるので。同じ理由で褌を描くのも好きです。

❅―第14話「空と煙」で文治が煙草を吸う一連のシーンが印象的でした。

長蔵 その回は思い出深いです。以前から描きたかったエピソードだったんですが、執筆当時に大正生まれの祖母が亡くなったんです。資料探しや作画作業にお葬式が重なる、という状況の中で描き上げました。

そんな回でしたが、読者の方の評判がとてもよくて。嬉しくもあり、祖母への感謝や寂しさもあり、いろんなものが混ざり合った回でした。

❅―今のお話を聞いてから読むと、煙草の煙が弔いのようにも感じられます。

子どもだけでなく大人の成長も描きたい

❅―文治と姫子の恋も印象的に描かれています。姫子が一歩ずつ大人になっていく姿が素敵ですね。

長蔵 少女を主人公にするにあたって、子どものままではなく、ちゃんと成長していく姿を描きたいと思っています。

❅―一方の文治は、年齢的にも十分に「大人」ですが。

長蔵 確かに大人ですが、文治も成長していきます。自分が子どもの頃は「成長する=大人になる」と思っていましたが、人は大人になっても変わっていけるんですよね。なので、年齢に関係なく人が成長する姿を描いていければ。

『煙と蜜』
「少女を描くのであれば、ちゃんと成長していく姿を描きたい」(長蔵さん)

❅―ふたりは、3年後に結婚することが決まっています。物語もそこに向かって進んでいくのでしょうか。

長蔵 結婚をゴールだとは考えていなくて、あくまでも姫子の心身や、文治の心が成長していく過程を描いていきたいです。

❅―姫子の家で働く女中、文治が所属する第三師団の人々など、周囲の人物との関係も描かれています。ふたりの閉じた世界にしなかったのはなぜでしょう。

長蔵 せっかく大正時代を舞台にするなら、できるだけそこで生活している人たちのことを描きたいと思ったんです。周囲の人を描く事で、姫子と文治の別の一面も見せられますし。脇役は自由度が高いので、六藤大尉や三ヶ尻中尉は描いていて楽しいです(笑)。

❅―最後に、タイトルに込めた思いをお聞かせください。

長蔵 少女の甘美さ、大正時代の華やかさ・賑やかさを「蜜」、大人のほろ苦さ、軍国化していくきな臭さ、時代に取り残されていく農村地の仄暗さを「煙」に託しています。ふたりの成長、大正期の時代感を楽しんでいただけたらうれしいです。

ながくら・ひろこ●静岡県生まれ。2003年、デビュー。他の著書に『ルドルフ・ターキー』、『闇に恋したひつじちゃん』、『伝説の勇者の伝説』(鏡貴也の同名小説のコミカライズ)などがある。

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