初の著書『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』に刻まれた「綾野剛という生き様」

文芸・カルチャー

更新日:2021/8/29

綾野剛

 月刊誌『+act.』で2009年から続いてきた連載を一冊にまとめた俳優・綾野剛による初の著書『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』(ワニブックス)が刊行された。表紙は気鋭の現代アーティスト・画家である佐野凜由輔氏が担当。この本のために氏が描き下ろした綾野剛の肖像ZOOM「GO AYANO face」がカバーを飾っている。そんな本書の綾野自身による写真と言葉に刻まれているのは、俳優として第一線を走り続けてきた彼の生き様そのものだ。変化を恐れずに表現を続けてきた今、この「記録」に彼が思うこととは? 本を作りながら感じたことを、じっくり語ってもらった。

取材・文=小川智宏 写真=北島明(SPUTNIK)


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当時から一貫しているのは役者であり続けた、役者で立ち続けたという姿勢

――12年続いてきた連載の書籍化ということで、決して短い年月ではないと思うのですが、今振り返ってどのような感慨をお持ちになりますか?

綾野:僕個人の感覚ですが、12年、12ヶ月、12日、12分、そこに時間の拘束はないといいますか。下手したら12秒で世界を変える人たちはたくさんいる。だから、時間の重みを感じるよりも自分にとって大切なのは、この12年の中で関わってくれた人たち。そんな人たちを思い出しながら「証言」(本書の巻末にある、連載各回に対する綾野剛自身による解説)を書かせていただけたことが、とても幸いでした。

――この連載を始められたときの綾野さんのモチベーションは、どういうところにあったんですか?

綾野:求めてくださったことに対して全力でお応えしたいという思いでした。

――タイトルが印象的ですが、『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』という言葉にはどんな意味を込めたんでしょう?

綾野:役者であろうとした、というのが伝わります。当時のことをビビッドに思い出せるはずもないですが、今の自分が客観的に見ると、一貫しているのは役者であり続けた、役者として立ち続けたという姿勢が、タイトルにも込められている気がします。

――役者であり続けた、というのは?

綾野:いつのまにか「化粧」をする時代になった、というか。それは「顔色を変える」ということも同じなんです。顔色を変えていかないと生きていけない。いつの間にか牙を抜かれた。役者は少なからず、どんな小さくてもいいので、牙を生やしていないといけない、そういう精神じゃないと自分は役者としてい続けられないという感覚、ムードだったんだと思います。それが何の捻りも無く出ているタイトルですね。

――この本には綾野さんが撮った写真たちが掲載されています。綾野さんがファインダーを覗くときの衝動というのは、どこからやってくるものなんですか?

綾野:連載を始めた当時は精神安定剤でした。空の写真が多いのも、地上の余分なものを見る余裕がなかったんだと思いますし、何かしらあったのでしょう。どうあってもぶれないから空は。かっけえな、渋いよな、空って、という感じが、きっとあったんだと思います。今はやっぱり人を撮ることに豊かさを感じてるので、全然スタンスが違います。

――ミクロな花の写真だったり、それこそ飛行機の機内からアフリカの大地を写したような写真だったり、振れ幅がすごいですよね。そこに添えられている言葉も、ズバッと一言で言い表すようなときもあれば、長い文章で何かを伝えようとしているときもあって。

綾野:自信のなさがよく表れていますね。そもそも写真を添付するという時点でひとつ情報が足される。言葉に対しての情報なので、じつは言葉がシンプルに入ってくる状態ではないわけです。小説のすごいところって、言葉だけで表現しているところです。とても美しく、果てしないなと。僕は言葉だけで勝負する自信がなかったのです。だから写真を備えたんだろうなと思います。

牙を抜かれた男達が化粧をする時代
『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』(綾野剛/ワニブックス)

「過去の自分を振り返ってる場合じゃねえぞ」って言われてる気分だった

――本を拝見していると、その時々ですごく印象が違う感じがするんです。ダイナミックな変化を続けてきた12年だったんだなあという。

綾野:変わらないベースとしてあるのは「変化を恐れない」ということだけです。当然、矛盾だらけなんです。でもそれを包み隠さず表現する。その矛盾は、僕にとっては美しいんです。昨日と今日、思っていることが変わって当たり前ですし、それを受け入れるところから始めると、とても面白いはずなんです。人はそうして進化していると感じています。矛盾しなくなったら、僕にとっては退化。現状維持も後退。前進することが大事なんです。

――確かに、この本は変化を受け入れてきた歴史の記録なのかもしれませんね。

綾野:『+act.』の船田さんが、今回編集長を勇退されると。それで「連載は続けていきますか?」と訊いていただいたので、僕も一緒に船を降りますと言ったところから始まりました。おこがましいんですが、船田さん個人に対して、自分が最後にできる、船田さんにとっての集大成になってもらえたらという思いがありました。この連載は共作ですから。「著者・綾野剛」にはなっていますが、僕からするとまったくそうは思わない。船田さんであり、デザインしてくれたチーム、読者の皆様、僕のマネージャー、そして僕だったりする。みんなの共作です。だから一緒にこれを作ってきたことに対しての心を込めたギフトといいますか。

――確かに「共作」ですよね。このフォーマットのない、フリーフォームなページを毎回ゼロから作るのはかなり大変な作業だったと思いますし。

綾野:自分が撮った写真を載せるものなのに、気づいたら自分が写真に写っていたりもする。気づけば連載フォーマットを崩していたりする。

――そのひとつが、映画『ヤクザと家族 The Family』の現場で撮られた、綾野さんの背中の写真ですね。とても印象的でした。

綾野:そうです、あの背中の写真と、ニューヨークの映画祭に行ったときの写真。

――まさに、みなさんで作り上げていったものだということですね。

綾野:ある人が「本は買うものではなく、届けられるものだ」ということをおっしゃっていて、なんてムードのある言葉なんだろうって。僕らが読んでいる古文書や書物って、もう何千何万人の方が読み返してきたものだったりする。改めて本は自分より長生きする。なので船田さんとこの連載の「余命」を作り、こうして新しい形になって生きながらえるのであれば、それは僕ができる敬意の証になるのではと。

――この本もそうやって変化して生きていくと。「証言」を読むと、綾野さんが変わり続けてきた自分を冷静に分析しているような感じもして面白かったんですが。

綾野:ゴッホ自身は解説しませんよね。もっといえば、ゴッホは解説しないために絵を描いている。僕だって解説するために表現しているわけじゃない。なのに解説を強いられた(笑)。凄まじく残酷な行為、地獄でした。当然、過去の自分は余計なお世話だって思ってるわけですから、その感覚が理解できた。過去の自分は自分じゃないということが、わりと潔く受け止められたので、客観的に解説、解読しました。

――なるほど。

綾野:もはや僕ではありません。完全なるカケラというか。他者ではありませんが、その当時の僕が今生きてるかって言ったら生きていません、過去の実績や、経験にしがみついていられるほど、自分は立派な人間じゃない。むしろ、これからどう生きていくかっていうことに再注目させられました。過去の自分に「振り返ってる場合じゃない」と言われた。それが事実です。

スタイリング=申谷弘美 ヘアメイク=石邑麻由
衣装=ジャケット:アン ドゥムルメステール ¥334,400(コロネット株式会社 03-5216-6524)

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