幕切れの1行まで気が抜けない…! 恐怖のどんでん返しがさく裂するホラーミステリ『忌名の如き贄るもの』三津田信三さんインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/22

三津田信三

 講談社が人気作家8人(五十嵐律人、三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩、東川篤哉、真下みこと)の新作を相次いで刊行する「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーン。第2弾として、三津田信三さんの『忌名の如き贄るもの』(講談社)が登場です。奇妙な風習が伝わる山村で起こった殺人事件に、放浪の探偵・刀城言耶(とうじょうげんや)が挑むホラーミステリ。人気作「刀城言耶」シリーズ2年ぶりの新刊となる同作について、三津田さんにお話をうかがいました。

(取材・文=朝宮運河 写真=小柳津絵里)


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――「刀城言耶」シリーズ待望の新作長編、『忌名の如き贄るもの』が刊行されました。昭和30年代、「忌名(いな)」という儀礼が伝わる山村・虫絰村(むしくびりむら)での殺人事件を描いたホラーミステリです。この風変わりな儀礼を出発点に、物語を構想されたのでしょうか?

三津田信三氏(以下:三津田):そう思われるのが普通でしょうが、実は違います。最初にあったのは、民俗学関係の文献を読んでいるときに思いついた犯人の動機でした。それをどう小説に生かすかを考えながら執筆していく中で、舞台設定や登場人物などが固まっていきました。拙作はいつもこういう書き方をします。たとえば、同じ「刀城言耶」シリーズの『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』でも犯人像が先に浮かんで、そこから憑き物信仰の村が生まれました。以前「STORY LIVE」という声優さんとのコラボ企画のために書き下ろした「忌名に纏わる話」で、すでに忌名の儀礼は扱っていました。本作を書き進めるうちに、それが再利用できることに気づいたわけです。

――尼耳李千子(あまがみいちこ)という女性の目を通して、忌名の儀礼の様子が描かれます。秘密の名前が書かれたお札を捨てるため、李千子はひとり滝壺に向かいますが、背後から何ものかに呼びかけられて……。物語冒頭から、ハラハラドキドキの展開です。

三津田:事前にプロットは作らずに、パソコンに向かって書きながら物語を考えていく。それが僕の執筆スタイルです。この場面も李千子がどこに向かっているのか、あまり分からないまま書きはじめました。本格ミステリ作家の場合、事前にちゃんとプロットを作る人が多いと思いますが、僕はそういう準備が正直できません。作家らしくない(笑)。ただ先が見えないからこそ、書いていても面白い。また闇の中を手探りするような書き方をすることで、読者とも不安感を共有できる気がします。それが拙作のサスペンスに結びつくのかもしれません。

――村の信仰や風習が詳しく描かれていて、異様なリアリティがありますね。虫絰村に具体的なモデルはあるのでしょうか。

三津田:モデルは一切ありません。拙作は人がよく死にますから、実在する地名や儀礼は使えないのです(笑)。仮に使ったとしても、よりお話を面白くするために設定を変えたくなる。だったら最初から架空の舞台を作った方がいい。民俗学的な描写がぱっと浮かぶのは、普段から参考文献を読みこんでいるからでしょう。インプットがあるからこそ、事前にプロットを作らなくても書き進められるのだと思いますし、それがないと先を決めずに執筆することは、いくら何でもできません。

――李千子との結婚を望む会社員・発条福太が、頑固な母親の説得役に選んだのが学生時代の後輩・刀城言耶。小説家で怪異譚蒐集家でもある刀城言耶は、結婚のサポート役という珍しい役を担うことになります。

三津田:このシリーズは民俗採訪のために各地を旅している刀城言耶が、たまたま事件に巻きこまれる、というお約束のパターンがあります。ただ今回は、仲人のような立場で事件に関わることになる。彼がどうしてそんな役目を担うはめになったのか、それは「刀城言耶の役割」という章を設けたので読んでみてください。結婚や恋愛を扱うのは拙作ではやや異色で、講談社の担当編集者は切ないミステリだと受け止めてくれたようです。僕自身にはそんな意識はまったくなくて、相変わらずひどい話だと思うんですけどね(笑)。

――そんな折、李千子の家族が儀礼の最中、片目を突き刺されて死亡するという事件が発生。福太らと虫絰村に入った刀城言耶は、ふたつの旧家が競い合う山村の入り組んだ人間関係を目の当たりにします。戦後間もない時期を舞台にしていることもあり、横溝正史の「金田一耕助」シリーズを連想させる展開です。

三津田:おっしゃるとおり、このシリーズは横溝正史作品の世界を意識しています。僕は2001年に『ホラー作家の棲む家』という長編で講談社ノベルスからデビューしたのですが、まあ売れなかった(笑)。無名の新人がマニアックな趣向のメタホラーを書いて、しかもミステリのレーベルから出したのだから売れるわけがない。だけど当時はまだ分かっていなかった。紆余曲折があって、それから真剣に職業作家としてやっていこうと決意して、自分が書きたいもの、また書けるもの、そして普遍的に読者に受け入れられるものは何だろうかと考えました。その答えが、閉鎖的な村や旧家を扱った横溝正史作品の世界に、民俗学を持ちこむ作風だったわけです。

――しかし「刀城言耶」シリーズには、「ホラー度の高さ」という横溝正史作品にはない大きな特徴がありますね。儀礼の最中、背後から呼びかけてくる不気味な声や、村で目撃される「角目」という化物など、恐怖を描いた作品としても一級品です。

三津田:そこも「刀城言耶」シリーズの成り立ちと関わるのですが、ミステリの先達がまだ誰もやっていないことは何だろうと考えた結果、ミステリとホラーの融合という作風に辿り着きました。そういう作品はこれまでも書かれています。でもシリーズ化した作家はまだいない。横溝正史の作品もおどろおどろしいと言われるけど、ホラー的な部分はあくまで装飾です。「刀城言耶」シリーズではホラー要素をお飾りにせず、きちんと存在するものとして読者を怖がらせながら、ちゃんとミステリを書くという試みに挑んでいるつもりです。

――県警の警部に協力を依頼され、殺人事件の調査に乗り出した刀城言耶。妖怪や怪異譚に目がなく、飄々としている刀城言耶のキャラクターもこの作品の魅力です。

三津田:ミステリに出てくる名探偵って、ほとんど偉そうにいばり散らしていますよね。特にワトソン役のキャラクターには偉そうに接することが多い。僕はあれがいやで。自分が名探偵を書くなら、親しみやすくていばらない素人探偵を登場させようと思っていました。大抵のミステリ作家は自分の作り出した名探偵に愛着を持っていて、作中でもいかにすごい人物かをアピールしがちですが、僕はそこまでキャラクターに執着がありません。このシリーズの主役はあくまで事件や怪異そのもの。刀城言耶は狂言回しに過ぎないと考えています。もっとも長年付き合っているので、さすがに親しみは感じていますが。

――旧家での入り組んだ人間関係。次々に浮上する謎。村を覆う怪異の影。一筋縄ではいかない殺人事件の真相に、刀城言耶はいくつもの仮説を組み立て、それを自ら崩すことで迫っていきます。ひとつの事件に対していくつもの解釈が提示される謎解きシーンこそ、「刀城言耶」シリーズの醍醐味だと思うのですが。

三津田:不条理なホラーと合理的なミステリの融合を考えた場合、二転三転する推理スタイルは必然だったと思います。『厭魅の如き憑くもの』を書いたときに感じたのは、どれほど確固たるホラー世界を構築しておいても、いざ探偵役の推理がはじまったら、結局ホラーはミステリに負けるだろうという心配でした。それを緩和するために、多重推理が有効ではないかと考えたわけです。

――あらゆる可能性を検討して、意外な真犯人を指摘してみせる刀城言耶。事件の意外な構図にあっと驚かされました。しかも終章にはさらにもうひとつ衝撃の展開が待ち受けています。これぞどんでん返しミステリ、というお見事な展開でした。

三津田:そう言ってもらえて嬉しいです。僕にとってどんでん返しの定義は2つあります。ひとつは読者に白だと誤認させたものが、実は黒でしたとフェアにひっくり返る驚き。もうひとつは読者が、これが真相だと100パーセント信じた解決編の先に、まったく違った答えがフェアにあるという驚き。このどちらかを満たしているものが、真のどんでん返しです。ミステリなら意外な結末があるのは当然なので、そこからどれだけひっくり返せるかがポイントだと思います。意外な真相の先でさらにひっくり返すのは、大変といえば大変です。長編のアイデアをふたつ考えるようなものですから。でも、そこで妥協してはいけないと思っています。

――『忌名の如き贄るもの』は三津田さんがいうどんでん返しの定義も見事にクリアしていますね。幕切れの1行にもゾッとしました。

三津田:あのラストが浮かんだことで、物語世界がきれいに閉じたな、という気が自分でもしています。思いついてよかった(笑)。拙作を読んでくださる方は、「三津田信三の作品は一筋縄ではいかない」と期待してくださっていると思います。「刀城言耶」シリーズのファンは特にそうでしょう。その期待に応えるのは大変だけど、やり甲斐もある。『忌名の如き贄るもの』は期待に見合う作品になったのではないでしょうか。ぜひ手にとってみてください。

――それでは、三津田さんおすすめのどんでん返し作品をいくつか挙げていただけますか?

三津田:ただ挙げるのも芸がないので小学校、中学校、高校でそれぞれ衝撃を受けた映画を紹介します。小学生の時は『テキサスの五人の仲間』という西部劇。ある町で年に一度ポーカーゲームが催され、参加者は大金を賭けるのですが、たまたま通りかかった旅の若い夫婦と子供が関わって、全財産をつぎ込んでしまう。その心労で倒れた父親の代わりに、ポーカーのルールを知らない母親がゲームに参加するという話で、ラストにびっくりしました。中学生の時は『名探偵登場』。世界中から5人の名探偵と助手が奇っ怪な屋敷に集められるという話で、これもラストがめちゃくちゃすごい。観て驚いてください。ただしさっき言ったどんでん返しの定義からは、どちらも外れていますけど(笑)。高校生の時はアガサ・クリスティ原作の『ナイル殺人事件』。これは謎解きミステリ映画として未だに世界の上位にくる、素晴らしい作品だと思います。

――面白そうな3本を挙げていただきありがとうございます。最後に次回このインタビューに登場される、潮谷験さんにメッセージをお願いします。

三津田:潮谷さんは今年4月に『スイッチ 悪意の実験』でデビューされて、この夏にはもう2冊目『時空犯』が出るという頼もしい執筆ペースをお持ちです。しかも年内に、なんと3冊目も刊行されるとお聞きしているので、ますますのご健筆をお祈りしたいです。

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