上原ひろみ「今回のアルバムには、未来へのつながりや希望を感じながら作った楽曲たちがおさめられています」

あの人と本の話 and more

公開日:2021/9/18

上原ひろみさん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、2年ぶりのニューアルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』をリリースする上原ひろみさん。10代の頃から影響を受けていたと話す穐吉敏子の自伝『ジャズと生きる』について、そしてニューアルバムに込めた思いをお聞きしました。

(取材・文=倉田モトキ 写真=干川 修)

「穐吉敏子さんの音楽が大好きで、子どもの頃から何度かコンサートも見にいっていました。それに、日本人として初めてアメリカに渡り、ジャズピアニストとしての道を切り拓いた方だとも知っていたので、はたしてどんな人生を歩んできたのだろうかと、すごく興味が湧きました」

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 上原ひろみさんが紹介する『ジャズと生きる』は、穐吉敏子さん自らが音楽家としての半生を綴った自伝だ。上原さんが初めて読んだのは、ちょうど出版されたばかりの高校生時代(1996年に刊行)。以降、何度も読み返す愛読書となった。

「最初は純粋に、“すごい人生を送ってきたんだなぁ”、“戦後まもない頃だと大変だったんだろうな”という思いで読んでいました。でも10年後くらいに読み直してみたら、私もプロになっていたこともあり、どうやって海外で生計を立てていたのかというところに興味がいって。そこからしばらしくしてまた読むと、今度は彼女が家族に対して抱く愛情がすごく刺さってきた。響く言葉が年齢によって変わってくるんですよね。その意味では、読むときどきで、“今の自分”を見つめ直すきっかけをくれる本でもあります」

 普段読む本も「自伝が多いですね」と上原さん。

「たとえば、やはり同じ女性ピアニストであるマルタ・アルゲリッチの『子供と魔法』など。世界的に活躍するミュージシャンたちがどんな家庭環境に育ち、どんな音楽を聞いてきたのかに興味があります。穐吉さんの『ジャズと生きる』もそう。私は彼女の『リメンバリング・バド』という曲が特に大好きなのですが、それが生まれた背景を知ることができる。また、穐吉さんの本にはたびたび、新しいドレスを買ったというエピソードが出てくるんですね。それを読んで“お洋服が好きだったんだな”、“だからいつもオシャレなんだ!”と想像したりする。そうした時間がファンとしてはたまりません(笑)」

 音楽や演奏家は多くの人に夢や希望、それに元気を与えてくれる。しかし、昨年世界中を襲った新型コロナウイルスは、アーティストたちから発表の場を奪った。上原さんもその一人だ。

「カリフォルニアで予定していたコンサートが中止となり、そこからドミノ倒しのように世界各地でのツアーやイベントがキャンセルになりました。日本のジャズクラブ「ブルーノート東京」も来日する予定だったアーティストが来られなくなり、スケジュールが真っ白になってしまった。その日程を埋めさせてくださいという思いでスタートしたのが、『SAVE LIVE MUSIC』というプロジェクトでした。その第一弾として8月と9月にソロライブを開催し、第二弾も早々に決定したので、次は別の新しいことをしようと思い、そこで生まれたのが弦楽四重奏とピアノのコラボレーションでした」

 アイデアが浮かんだ際、上原さんが真っ先に声をかけたのが新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサート・マスターである西江辰郎氏だ。

「2015年に一度コンサートで共演させていただき、西江さんの音楽に対する好奇心の旺盛さもよく知っていたので、面白いことができるんじゃないかと思いました。そこからは、12月にライブを開催することが決まっていたので、9月から11月にかけて新たな楽曲を制作していきました。それが今回のアルバムのタイトルにもなっている『シルヴァー・ライニング・スイート』という組曲です」

 弦楽器との演奏を想定した曲作りは、上原さんに多くの刺激をもたらした。

「ピアノだけで弾くという考えでは生まれなかったであろうメロディが浮かんできましたし、クインテットとともにライブをするという、この魅力的なプロジェクトに突き動かされるように出来上がった曲もありました。それに、パンデミックで不安に駆られるなか、こうして新しい曲を書いていくことで気持ちが救われることもあって。曲が1つ完成するたびに、『よし、大丈夫だ』と未来へのつながりを感じることができました」

 曲作りをしていくなかで、また、観客の前で演奏したことで得た手ごたえ。それらが今回のアルバムに強く反映されているという。

「まさに今だからできた一枚だといえます。それに、私はあまり先のことを考えて動くタイプではありませんので(笑)、このクインテットの新プロジェクトが今後どのような展開を見せていくのかは私にもわかりません。それを思うと、すごく貴重なコラボレーションになるかもしれませんね(笑)。だからこそ、ぜひとも秋から始まる全国ツアーにもお越しいただき、そのときしか味わえない5人の生の演奏を楽しんでいただきたいと思っています」

ヘアメイク:神川成二 衣装:ミハラヤスヒロ

うえはら・ひろみ●1979年、静岡県生まれ。99年にバークリー音楽院に入学。在学中の2003年にアルバム『Another Mind』で世界デビュー。11年にはグラミー賞を受賞。今年7月、東京2020オリンピック開会式で演奏。11月から「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」による全国ツアーを開催。

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アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』

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上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット ユニバーサル ミュージック ジャパン 9月8日(水)発売 初回限定盤3630円、通常盤2860円、高音質盤4400円(全て税込)
●新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサート・マスター西江辰郎を中心とするストリング・カルテットとともに作り上げたニューアルバム。昨年の自粛期間中に作ったアルバム表題の組曲のほか、『リベラ・デル・ドゥエロ』などをリアレンジして収録。