タイムリープ&どんでん返しミステリーに翻弄される! SF的設定とロジカルな謎解きが楽しめる『時空犯』潮谷験さんインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/1

潮谷験氏

 第63回メフィスト賞受賞のデビュー作『スイッチ 悪意の実験』(講談社)が話題となった潮谷験さんが、早くも第2作『時空犯』(講談社)を発表しました。講談社が人気作家8人(五十嵐律人、三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩、東川篤哉、真下みこと)の新作を相次いで刊行中の「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーンの第3弾作品でもあります。“時間遡行”によって同じ日が何度も繰り返される世界。その事実を知った私立探偵・姫崎はループから抜け出す方法を探りますが、殺人事件が発生して……。時間を操る犯人はどこにいるのか。一体何が目的なのか。SF的設定とロジカルな謎解き、そして「どんでん返し」の面白さを兼ね備えた意欲作について、潮谷さんにうかがいました。

(取材・文=朝宮運河)


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時空犯
『時空犯』(潮谷験/講談社)

――話題を呼んだデビュー作『スイッチ 悪意の実験』からわずか4カ月ほど、第2作『時空犯』が発売されました。素晴らしい執筆ペースですね。

潮谷験さん(以下、潮谷):実は『時空犯』はデビュー前に執筆していた作品なんです。作中時間が2018年になっているのは、ちょうどその頃に執筆していたからですね。『スイッチ』でデビューさせていただいた後、こういう原稿もありますと編集さんに見せたら面白がっていただけて、すぐに刊行が決まりました。誤解のないように言っておきますが、いつもはこんなに筆が速いわけじゃないですよ(笑)。

――『時空犯』は同じ時間が繰り返される世界、というSF的設定を用いたミステリーです。構想の経緯について教えていただけますか。

潮谷:デビュー前いろいろな新人賞に投稿していたのですが、なかなか最終選考まで残ることができなくて、一度王道のエンターテインメントに挑戦してみようと考えたんです。そこで思いついたのがタイムリープの中での殺人、というアイデアです。当時はタイムリープもの、つまり同じ時間が何度も繰り返されるという作品がラノベやアニメで流行っていたので、そこにもともと好きだった本格ミステリー要素を加えれば、面白いものになるんじゃないかと思いました。西澤保彦先生の『七回死んだ男』という先例はありますが、その他の作家さんにあまり書かれていない分野なのも魅力でした。

――1000万円という高額の成功報酬に誘われて、情報工学博士・北神伊織の招きに応じた私立探偵の姫崎智弘。そこで彼はこの世界が2018年6月1日を、1000回近く繰り返しているという驚愕の事実を知らされます。魅力的な冒頭ですね。

潮谷:この手のタイムリープものでは、主人公自身が現象の中心になっていることが多いですが、姫崎はあくまで巻き込まれる側です。その方が「何が起こっているんだろう?」という緊張感が生まれると思ったんです。それに探偵役がタイムリープに関わっていると、自分の都合のいい証拠や手がかりを好きに集められてしまう。それで姫崎を部外者にする必要がありました。

――複数の人たちがいきなり特殊なシチュエーションに投げ込まれるという展開は、『スイッチ 悪意の実験』とも似ています。

潮谷:こういう普通と違ったシチュエーションに魅力を感じている部分はありますね。それに特殊な環境に投げ込まれた登場人物のリアクションを描き分けることで、物語を進められるというメリットもあります。殺人事件などの犯罪も十分特殊なシチュエーションではあるんですが、そこにプラスアルファの要素を加えることで、より多彩な反応を引き出せますし、そこにさりげなく手がかりを忍ばせることもできるんです。

――ある過去を抱えた姫崎をはじめ、姫崎と面識がある芸能人の蒼井麻緒、元高級官僚の舞原和史、盗聴器などのデバイスに精通した烏丸芳乃など、博士のもとに集まった8人はいずれも個性豊か。コテコテの大阪弁を話す大岩花子のように、コミカルな印象のキャラクターもいます。

潮谷:姫崎は一見ハードボイルドだけど、完全にはなりきれていない私立探偵、というイメージで作ったキャラクターです。他のキャラクターは意図的にコミカルな印象の人も混ぜるようにしました。ミステリーは探偵役が犯人の罪を暴くジャンルなので、書き方によっては正義感が先走ったり、独りよがりになってしまう傾向があります。それを緩和するうえで、大岩さんのような賑やかなキャラクターは効果的かなと考えました。

――980回目の6月1日、博士が自宅マンションで何者かに殺害されるという事件が発生。ループする時間の中での殺人、という魅力的な謎が立ち現れてきます。

潮谷:タイムリープの中心に犯人がいるとするなら、殺人事件を起こすにしても自分が一番有利になるやり方を選ぶはずです。それまで1000回近くも同じ現実を繰り返しますから、有利な状況を作ることも、お手の物のはずなんですよ。タイムリープからの脱出と犯人探しを重ねたことで、複雑な謎を作れたと自分でも思っています。

――懸命に謎を解こうとする姫崎。しかし更新された新しい現実では、また別の凶悪犯罪が起こることになります。先の読めないストーリーにすっかり翻弄されました。

潮谷:序盤はどうしても設定を説明する必要があるので、展開がゆるやかになりがちなんです。その分、中盤で一気にストーリーを転がして、フラストレーションを解消するように心がけています。私が好きなディクスン・カーという作家も、だれそうな中盤で新しい展開を加えるというテクニックをよく使っています。本筋と関係のないコントのような展開も多いんですが、そこが魅力になっているんですよ。私も序盤と結末だけでなく、中盤での面白さを重視したいと思っています。

――なるほど、確かに『時空犯』にも個性派アイドルの野外ライブシーンなど、物語の膨らみを感じさせる部分がありますね。

潮谷:当初はただアイドルのシーンを描くつもりだったのですが、複数のキャラクターをこの場面に絡められるなと気がつきました。この作品は犯人当ての本格ミステリーなので、すべての登場人物に均等にスポットが当たっていた方が望ましいんです。それである人物が風変わりなアイドル活動をしていて、という展開になりました。

――博士の研究施設が建っているのは京都市東山区。潮谷さんご自身も京都在住だそうですね。

潮谷:『スイッチ』の舞台になったあたりが生活圏です(笑)。京都はよくミステリーの舞台になりますが、有名な観光地や市の中心部以外はあまり取り上げられることがありません。京都市民としては、あえて観光地ではない京都にスポットを当てるのも面白いかな、と思いました。

――繰り返される時間遡行。一晩経つとすべてが元通りになる世界の中で、姫崎は丹念に手がかりを集め、あくまで論理的に〈時空犯〉の正体を割り出していきます。このロジカルな謎解きが大きな読みどころですね。

潮谷:エラリー・クイーンや有栖川有栖先生のような、厳密なロジックによって犯人を割り出していくタイプのミステリーが一番好きなんです。主人公の姫崎も名前の由来は「妃」、つまりクイーンから取っているんです。名前負けしてはいけないので(笑)、謎解きの部分には力が入っています。関係者の前で犯人を指摘する際のシチュエーションもあまり例がないものですし、本格ミステリーが好きな方には楽しんでもらえると思います。

――この世界がどういうルールで動いているのか、謎解きシーンに先立ってはっきり語られます。潮谷さんのフェアプレイ精神を感じました。

潮谷:基本的には殺人犯は誰かというミステリーなんですが、そこにタイムリープの要素が加わることで謎が複雑になっています。そこで「こういうルールだよ」と外部から宣言してくれる存在がいた方が、ミステリーとしての厳密さが強まるなと思いました。ルールが明らかにならない状態では、読者は推理に集中できませんから。逆にいえば特殊なシチュエーションの事件ではあっても、丹念に手がかりを拾い集めれば真犯人に到達できると思います。

――『時空犯』は講談社の「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーンの第3弾として刊行されました。潮谷さんはどんでん返しのある作品はお好きですか?

潮谷:大好きです。本を読んだり映画を観たりする時も、驚かされたい、あっと言わせてほしいという気持ちが強いですね。自分が書く作品としては、どんでん返しがありつつも、見抜こうとすれば真相が見抜ける、というぎりぎりのラインが理想です。『時空犯』でも「まさかこういう展開になるのか」という衝撃と、論理的な展開をなんとか両立できたと思っているんですが、どうでしょうか。

――これから読まれる方はきっと驚くと思います。では読者へのメッセージをお願いします。

潮谷:講談社さんの「さあ、どんでん返しだ。」は尊敬する先輩作家が多数参加されていて、このラインナップに加えていただいたことが光栄ですね。『時空犯』はエンターテインメント色を強くして書いた作品です。決して退屈はさせないと思いますので、どうか読んでみてください。皆さんのおうち時間が楽しくなることを祈っています。

――潮谷さんおすすめのどんでん返し作品をあげていただけますか?

潮谷:小説では古泉迦十さんの『火蛾』。第17回のメフィスト賞受賞作です。イスラム修行者の世界で密室殺人が発生するという物語ですが、主人公が信じていたものが途中から裏返って、最後はとんでもないところに連れていかれます。全編がどんでん返しのような作品ですね。

 映画ではジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』を。南極基地に侵入したエイリアンによって、隊員たちが疑心暗鬼に駆られていくというホラーです。SFXのすごさで有名な映画ですが、人間に姿を変えられるエイリアンをどうやって見破るのかを理詰めで推理するミステリーでもありますし、オチのどんでん返しもすごい。おすすめの1本です。

――ありがとうございます。では次回このインタビューに登場される似鳥鶏さんにメッセージをお願いします。

潮谷:似鳥先生、『推理大戦』を読ませていただきました。タイプの異なる名探偵が集まって、推理合戦を繰り広げるというミステリーファンの夢のような作品で、大変面白かったです。僭越ながら、似鳥先生の筆力だから書けた作品なのかなと思います。ますますのご活躍を、お祈りしております!

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