ハライチ岩井の著書は「絶望のエッセイ」!? 彼が考える“テレビに出る人間の日常”とは。《岩井勇気インタビュー》

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/29

どうやら僕の日常生活はまちがっている

著:
出版社:
新潮社
発売日:
岩井勇気

 お笑いだけでなく、エッセイ執筆、漫画原作、乙女ゲームのプロデュースなどに活躍の場を広げている、お笑いコンビ・ハライチの岩井勇気さん。2019年に上梓した初のエッセイ『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)は累計10万部突破のベストセラーに、9月28日に発売された著書第2弾『どうやら僕の日常生活はまちがっている』(新潮社)では小説を執筆するなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。けれど、そんな岩井さんが著書で書いているのは、一貫して彼の“日常”。今、エンタメ界でもっともクリエイティブなひとりといえる彼は、仕事やプライベートを含む“日常”を、どのような感覚で見ているのか? お話をうかがった。

(取材・文=三田ゆき 撮影=島本絵梨佳)


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説明書どおりに作るよりも「自分なりに」作るほうが楽しい

岩井勇気

──岩井さんといえば芸人さん、つまり芸能人だというイメージがあったので、エッセイなどで日常を語られていることが意外でした。お料理をするなど、家事の話題も多いですね。

岩井勇気さん(以下、岩井) 家のことが好きなんですよ。掃除もしますし、料理も凝りだしたらちゃんとやります。けっこうフットワークは軽いんです。ホームセンターなんかも好きですね。東急ハンズには1日中でもいられます。自宅でも、天井にドリルで穴を開けて、金具やワイヤーを取りつけて、ポールを吊るして、洋服をかけるハンガーラックを作るとか……そういう作業が好きなんです。

 最近わかったことですが、僕は「こう作りなさい」と言われているものを作るのが苦手みたいですね。たとえば、さっきみたいに「洋服をかけるものを作りたい」と思ったときも、説明書があるとどうも……。自分で「こうしよう」と思って作るのはよくても、「説明書に従って」とか「こんなふうに組み立てて箱を作りなさい」みたいに言われると、すごくストレスを感じるんです。それよりも、「自分なりの箱を作りなさい」と言われるほうが、楽しく取り組める気がしますね。

──最近、お笑い以外にも、漫画の原作やゲームのプロデュースなどいろいろなお仕事で活躍されているのも、「自分なりのものを作ることが楽しい」といったことが影響しているのでしょうか。

岩井 以前は、「こんなことやりたい」「こんなものを作りたい」と思っていても、協力してくれる人がいなかったんですよ。でも、今は協力してくれる人がいるし、僕の思い描いているとおりにやらせてあげようという人も多いので、とても気持ちよく仕事ができています。あまりストレスを感じるほうではありませんが、そういうところでストレスを発散しているのかもしれませんね。

 お笑いでも、僕が王道の漫才をあまりやらないのは、上達に向かってこつこつ努力しなければいけないし、「上手い人」にならなくちゃいけないからなんですよ。そういうことが、やっぱり得意じゃないんです。漫才って本当は、「センターマイクを挟んでふたりでしゃべる」というだけの、自由度の高いもの。せっかくそういう自由度の高いことをやっているのだから、なにかに縛られることなく、自分なりのものを作りあげたいという感じがあります。

──「芸能人になりたい」「売れたい」というお気持ちではなく、「自分の考えているものを実現したい」というお気持ちが原動力なのですね。

岩井 そうですね。別に芸人になっても、日常生活はなにも変わりませんから。特別いい暮らしができるようになるとか、そういう変化はないんですよ。お金を気にしないで飯を食うことだってないし……ラーメンが千円以上したら、「おお、千円以上か。高くね?」って思いますよ(笑)。

「テレビに出る人間の日常」にも、たいした事件は起こらない

岩井勇気

──ご著書の『どうやら僕の日常生活はまちがっている』の中でも、「特別な事件などまぁ起きない。この世のどこかで、あなたと同じような平々凡々な日常生活を僕も送っている」という言葉が印象的でした。

岩井 その言葉には、受け取りかたがふたつあると思うんですよ。「テレビに出ていても、みなさんと同じふつうの日々を過ごしていますよ」っていうメッセージだと思ってくれる人もいると思いますが、「テレビに出てるような芸能人すらふつうの日常を送ってるんじゃ、俺たちにすごいことが起きるわけないよ……」と感じる人もいると思う(笑)。絶望のエッセイとして読んでくれる人もいるかもしれませんね(笑)。

──ご著書については、ライトノベルふうのタイトルもおもしろいですね。「活字をライトノベルでしか読んでこなかった」ということですが、どんなラノベを読んでいらしたのですか?

岩井 中学生のころ、電撃文庫の『ブギーポップは笑わない』(上遠野浩平/KADOKAWA)というライトノベルを読んだんですよ。そのころのラノベって、男の願望を詰めこんだような作品も多かったのですが、『ブギーポップは笑わない』はちょっと硬派なタイプで。ひとつのできごとについて、時系列をシャッフルして、いろんな人の視点で何度も書かれている小説なのですが、それがすごくおもしろかったんです。「同じできごとを書いてるのにぜんぜん違う、こんなに計算されていてすごい」って。そういったすごい作品を読んでいたからこそ、「俺に小説は書けない」と思っていたんですよね。

──とはいえ、小説もお書きになっているんですよね。文章を書くこととお笑いには、どんな違いがあるのでしょう?

岩井 お笑いは、笑いの大きさで明らかに結果が出るじゃないですか。ところが、たとえばエッセイは、ちょっとだらだら書いてしまっても、「今回はこのだらだら書いてるところがいいと思ってます」って発表すると、それがいいところに見えちゃう気がする(笑)。なんでも“味”になる可能性がありますが、漫才をだらだらやった日には、笑いが起こらないだけですからね。一方で、お笑いのおもしろいところは、一度笑いが沸き起こって一定のラインを超えると、「ゾーンに入った」とでもいうような、なんでもウケる時間になること。やっていて気持ちいい瞬間ですね。

──実は、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』に収録されている小説を読んだとき、ハライチさんのノリボケ漫才を思いだしたんですよ。日常がちょっとずつズレていく物語は、言葉が少しずつズレていき、まったく違うものになってふと戻ってくる、ノリボケ漫才にどこか似ている。もしかすると岩井さんにとって、芸能人としての自分と日常の自分の境目も、そういった「ズレ」のようなものなのでしょうか。

岩井 僕は、自分を芸能人だと思ったことがあまりないんですよ。そういう意識がないから、プロ意識もないのですが(笑)。「テレビに出る人間だから、こんなふうに振る舞わなきゃいけない」と思うこともほとんどない。境目はあやふやだと思いますね。僕以外の芸能人の日常も、なにかと誇張しているだけで、たいした事件は起きていませんよ。みんながみんな、ハイソサエティな暮らしをしているわけじゃないし、ただふつうに生活している。みなさんと一緒だと思いますね。

岩井勇気

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