飛躍する「だかいち」は、どのように生まれたのか?──『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』原作者・桜日梯子インタビュー(前編)

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更新日:2021/10/7

劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~
『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』 10 月 9 日(土)公開 (C)桜日梯子/リブレ 2021/DO1 PROJECT

「抱かれたい男」──それは、女性を虜にする色気あふれるスターの称号。子役時代から20年のキャリアを誇る俳優・西條高人は、5年にわたって女性誌の名物企画「抱かれたい男」ランキング1位に選ばれてきた。だが、6年目にしてついにその座を追い落とされることに。首位を奪った憎きライバルは、芸歴3年の新進俳優・東谷准太。敵意を燃やす高人に対し、東谷はキラキラした笑顔を向けるだけでなく、ひょんなことから「抱かせてほしい」と言い出して……!?

桜日梯子さんのBLコミック『抱かれたい男1位に脅されています。』は、シリーズ累計発行部数400万部を突破した大ヒット作。ドラマCD、スピンオフ小説などさまざまなメディアに展開され、2018年にはTVアニメに、2019年には劇中劇の舞台化も果たした。そしてこのたび、ファンの熱い声にこたえて劇場版アニメが公開されることに! 10月9日から全国ロードショーが始まる『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』は、その名のとおりスペインにゆかりをもつふたりの物語。スペインにゆかりをもつ東谷のルーツがひもとかれるとともに、役者として、人として、さらなる成長を遂げる高人の姿が描き出されていく。

そんな劇場版の見どころを、全6回のインタビューでお伝えしていこう。第1回は、作品の生みの親であるマンガ家・桜日梯子さんが登場。劇場版封切り前にお届けする前編では、作品の成り立ちについて、そして劇場版公開にあわせて公開する後編では「スペイン編」に込めた思いについて語っていただいた。

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「劇団☆新感線」、アニメ『グレンラガン』を経て、いつのまにかBLにたどりついていました

──劇場版のお話をうかがう前に、まずは桜日先生の経歴からお聞かせください。BLマンガ家としてデビューしたきっかけを教えていただけますか?

桜日:出版社さんからお声がけをいただいて、デビューしました。それまでは普通に働いたので、マンガ家になるなんて別世界のことのようでした。人生の選択肢として、頭になかったんですね。とはいえ、小さい頃から絵を描いていたので、漠然と「絵を描いて暮らせたらな」という思いはありました。そんな中、お声がけしていただいたので「じゃあ、よろしくお願いします」となりました。

──同人誌即売会などに出ていた時にお誘いをかけられたのでしょうか。

桜日:pixivなどで同人活動をしていたんです。とあるアニメの二次創作を本当に細々とやっていたんですけど、出版社さんが見つけてくださり、お声をかけていただきました。

──BLというジャンルは、いつ頃からお好きなんですか?

桜日:明確にBLを知ったきっかけはわからないのですが、いつのまにか描いていました(笑)。水が合ったんでしょうね。

──出発点は、二次創作からですか?

桜日:もともとは姉がBLマンガを読んでいたんです。そのため、商業作品にもそういうジャンルがあることはなんとなく知っていました。でも、どちらかと言うと、二次創作を通して「あ、こういう世界なんだ」と知った感じです。

──BL以外の作品も描いていたのでしょうか。

桜日:もともと舞台が好きなので、以前は舞台のレポートマンガを描いていました。それが初めて出した同人誌だったと思います。

──ちなみにどんな舞台のレポートを?

桜日:「劇団☆新感線」です。その後、「劇団☆新感線」の座付作家・中島かずきさんが『天元突破グレンラガン』の脚本を担当されたので、それから『グレンラガン』を観るようになって。

──なるほど、そういう流れだったんですね。

桜日:舞台にハマったのも、もともと演劇部だったからなんです。演劇部の流れで「劇団☆新感線」にハマり、そこから『グレンラガン』に行き、いつのまにかBLにたどりついていました(笑)。

──BLというジャンルを面白いなと思った理由は?

桜日:いろいろな作家さんが「このキャラクターとこのキャラクターが恋愛してて……」と自由に描いていらっしゃるのを目にして、楽しそうだなと思ったんです。自分が興味ある関係性を描いていいんだ、と。そこからですね。

抱かれたい男1位に脅されています。

「このビジュアルなのに、こう」というギャップをつけると、面白いキャラクターになる

──2013年にデビューコミックス『年下彼氏の恋愛管理癖』を発表し、大ヒット。同じ年から『抱かれたい男1位に脅されています。』がスタートしています。この作品は、どのようにして生まれたのでしょうか。

桜日:まず、リブレさんの雑誌に読み切りを描き下ろしたんです。その雑誌は毎号テーマが決まっていて、その時は「エリート凌辱」がテーマでした。お題をいただき、まずどんなエリートにしようかなと考えて。芸能界なら好きな舞台や役者さんのことも描けるので、この題材にしました。

──キャラクターは、どのように作り上げていったのでしょうか。

桜日:若手俳優とベテラン俳優という設定が決まっていたので、まず高人さんの正統派エリートなビジュアルを作りました。その後、高人さんに合うような、襲い掛かった時に面白そうだなと思うビジュアルとして東谷君を作っていきました。高人さんとは、真逆のキャラをイメージしましたね。

──関係性からキャラクターを作っていくことが多いのでしょうか。

桜日:おおまかな関係性をはじめに決めて、その後にキャラデザインを決めます。そこから、なんとなく「この人ってこういう人だろうな」と思う項目をバーッと出していって。「多分、A型だろうな」「口は悪いだろうな」「嫉妬深いだろうな」という項目を、キャラデザインから思い浮かべていくことが多いですね。

──キャラデザインはスムーズに決まるものなのでしょうか。

桜日:そうですね。おおまかな関係性が決めた場合は、あまり悩まず、パッと「ああ、こんな感じかな」となります。

あとは「このビジュアルなのに、こう」というギャップをつけていきます。高人さんの場合、正統派で今までエリートでやってきたキャラクターなので、王道のクールビューティーな男性を思い浮かべがちですよね。でも、そういうクールビューティーなルックスでありつつ、中身はめちゃめちゃ泥臭い人に(笑)。内面は、あえて全然クールビューティーじゃないキャラにしました。東谷君のほうは、明るくて気さくな青年に見えるけれど、中身はうすら怖い(笑)。あまり共感性がなく、気さくなのかは表面上だけなのかな、みたいなキャラクターにしました。そうやってギャップをつけていくと、襲われた時に内面まで含めて身ぐるみはがされるような感じがするんですよね。「こうしたら楽しいだろうな」と考えながら、見た目と性格を決めていきます。

──コミックスを読んでいるとサブキャラはもちろん、ほんの数コマだけ登場するキャラにまで細かい設定を用意しています。設定を細部まで詰めたうえで、ストーリーを描いていくのでしょうか。

桜日:セリフが二言三言のキャラクターは、下描きや作画の段階でイメージを膨らませ、「この人はこういうことを言うだろうな」とディティールが出来上がっていくことが多いですね。もう少し重要なポジションのサブキャラは、主役の東谷君や高人さんと絡ませて面白そうなキャラクターを考えていきます。「こういうキャラクターと絡んだ時、ふたりはどういう言動を取るだろう」と。そこに面白さが生まれるような新キャラ、東谷君と高人さんの新しい面が出るような新キャラにしようと思って描いています。

──マンガを描くうえでのこだわり、一番楽しい工程などについて教えてください。

桜日:一番つらくて一番楽しいのはネームです。ネームは、キャラクターにそこで何をさせるかという動作を決める作業でもあるので、演出を決める感覚に近いんですね。私の場合、プロットができると頭の中に映像が流れるタイプなので、その空気感をコマ割りにしていきます。

セリフや演出に関しては、自然な部分と誇張した部分のギャップを出すように心掛けています。やっぱり見せゴマ(読者の目を引く見せ場となるコマ)は、誇張したほうがみんな盛り上がるし、自分も描いていて楽しいんですよね。歌舞伎でも、見せ場になると「カンカン」と音が鳴るじゃないですか。そんなテンションで見せゴマを持ってくるようにしています。舞台が好きというのもあって、盛り上がるところは大いに盛り上げたいという気持ちが強いし、そういう場面を描く時は私自身も楽しいですね。「やっとここまで持ってこられた。やっとカンカン鳴らせる」って(笑)。「もう思う存分やってくれ!」という気持ちで描いています。

抱かれたい男1位に脅されています。
©Hashigo Sakurabi/libre

劇中劇を取り入れると、現代劇でありながら「こういうものも描いてみたい!」という欲求が満たされるんです

──お話を聞いていると、演劇部の経験や趣味の観劇がマンガにもすごく活かされているんですね。

桜日:そうですね。私が通っていた学校の演劇部は、既存の脚本を使わずに生徒がいちから作っていたんです。私も部活を通して、初めてお話を書きました。そういう経験は、マンガにも生きていると思います。

──劇中劇に力が入っているのも、そのためでしょうか。

桜日:演劇部は楽しい思い出が多かったので、劇中劇にもどうしても力を入れてしまいますね(笑)。

──劇中劇へのこだわりについても、教えていただけますか?

桜日:劇中劇があることで、「いろいろなものを描いてみたい」という私の気持ちがまず満たされています(笑)。普通なら、日本を舞台にした現代劇の場合、バトルが発生したり、ファンタジー的なことが起きたりすることはなかなかありませんよね。劇中劇を取り入れることで、現代劇でありながら「こういうものも描いてみたい!」という欲求が満たされるんです。劇中劇では、「いろいろなことをしたい」という欲求の赴くままに遊ばせてもらっています。

あとは、同じキャラを使いながら、普段とは違ったいろいろな側面を見ていただけるのもメリットではないかと思います。高人さんや東谷君であることには変わりないのですが、見た目も性格も違う彼らを見ていただけるので、二度三度おいしい。私も描いていて本当に楽しいので、つい作り込んでしまいます。

──『紅葉鬼』など、劇中劇は実際に舞台化もされていますよね。面白い趣向だなと思いました。『血の婚礼』は、スペインの劇作家による舞台、そちらを元にした映画がありますが、それ以外はオリジナルですよね。

桜日:そうです。劇中劇として『血の婚礼』も描いていますが、なるべく既存のセリフは使わないようにしています。もともと群集劇なので、それを二人芝居にするのが無謀だったんですが、どうやったら二人芝居に変えられるかを考えていきました。花嫁と結婚するはずだった花婿と、花嫁の元恋人・レオナルドというふたりのキャラを描いたのですが、彼らがどう思い合っていたのか原作から行間を読むという作業をして。スピンオフのような感覚で描くことができ、とても楽しかったですね。

抱かれたい男1位に脅されています。

描いていくうちに「あ、このふたりはここが終着点だな」というラストが見えてくるのだと思います

──2018年には、マンガを原作としたTVアニメも放送されました。声と動きがついたことにより、どのように魅力が膨らんだと思いますか?

桜日:TVアニメ化される前に、まずドラマCDではじめて東谷君と高人さんに声がついたんです。最初のドラマCD発売が2016年ですから、メインキャストの小野友樹さん、高橋広樹さんには本当に長い間ふたりを演じていただいてます。

この作品は、セリフを書くのも話を作っているのも私自身。なので、東谷君も高人さんも私の頭の中で動いているし、もちろん描きながら話す声も聞こえているんですね。でも、おふたりはプロの声優さんですし、音の引き出しもものすごく多い方々。ですから、演じていただくたびに「あ、高人さんってそうしゃべるんだ!」という新鮮な驚きがあるんです。私が考えたキャラクター以上のプラスαをものすごくいただいていますし、小野さん、高橋さんがしゃべると「はい、それが正解!」ってなるくらい(笑)。お二方ともキャラクターをすごく膨らませてくださるので、私もそこからいただけるものはいただこうと思っています。声優さんからいただいたものを自分の引き出しにしまうという作業はすごく多いですね。

──おふたりの演技によって、高人さん、チュン太の人物像がこう膨らんだという例はありますか?

桜日:高橋さんは、コミカルな演技が本当に面白いんです。私では思いつかないような演じ方をしてくださるので、すごく刺激になっています。もちろん高人さんのキャラクター性に合わせて演じてくださっているんですけど、高橋さんが元来持っていらっしゃるものが加わり、プラスαのテンションが生まれているんですね。マンガでも高人さんの振り切ったテンションは、高橋さんの演技から影響を受けています。

小野さんからは、東谷君の品の良さを感じました。小野さんが演じてくださると、「あ、東谷君ってすごく育ちがいいんだろうな」という感じがするんですね。小野さん演じる東谷君の雰囲気を取り入れて、マンガの東谷君も最初の頃に比べて表面的にはずいぶん物腰が柔らかくなったと思います。もちろんおふたりに限らず、他の声優さんからもいろいろなものをいただいています。

──先日コミックス8巻が発売されましたが、今後の展開について少しだけ教えていただけますか?

桜日:8巻の終わりに、少しだけ「次の課題はこれです」という問題提起をしています。やっぱり今後もこのふたりが付き合い、仕事をしていくうえで、まだまだ成長しなきゃいけないことがあると思うんですね。ひとつは、東谷君の高人さんへの依存体質をふたりがどのように許容したり、治していったりするのか。もうひとつは、高人さんの問題です。高人さんは高人さんで、東谷君との付き合いが深まるにつれて東谷君の才能や彼が固執していることに対し、自分のエゴをぶつけているところがあります。それをふたりがどう感じ、どう片づけていくのかを描いていきたいなと思っています。もちろん、その間にわちゃわちゃしたものも挟みつつですが。「まだ描いてていいよ」と言われている間は、描き続けたいですね(笑)。

──最終的な展望、全体像は見えているのでしょうか。「最終回はもう決めている」など、すでに決まっていることはありますか?

桜日:はじめから連載だとわかっていたら決めていたと思うのですが、読み切りから始まり、いつのまにか連載になっていたのでラストは決めていないんです。多分、描きながら「あ、このふたりはここが終着点だな」というのが見えてくるタイプのお話なのかなって。今も、その都度「あ、このふたりはここを片付けていかなきゃいけないんだな」と思いながら描いてます。そうやって描き進めながら、終わりが見えてきた時に最終回を迎えるんでしょうね。ふたりの終着点がいつか見える時まで、お付き合いいただけたらうれしいです。

『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』公式サイト

取材・文=野本由起

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