「スペイン編」は、東谷の本質を描くために必要な章だった──『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』原作者・桜日梯子インタビュー(後編)

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公開日:2021/10/9

劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~
『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』 10 月 9 日(土)公開 (C)桜日梯子/リブレ 2021/DO1 PROJECT

「抱かれたい男」──それは、女性を虜にする色気あふれるスターの称号。子役時代から20年のキャリアを誇る俳優・西條高人は、5年にわたって女性誌の名物企画「抱かれたい男」ランキング1位に選ばれてきた。だが、6年目にしてついにその座を追い落とされることに。首位を奪った憎きライバルは、芸歴3年の新進俳優・東谷准太。敵意を燃やす高人に対し、東谷はキラキラした笑顔を向けるだけでなく、ひょんなことから「抱かせてほしい」と言い出して……!?

桜日梯子さんのBLコミック『抱かれたい男1位に脅されています。』(『だかいち』)は、シリーズ累計発行部数400万部を突破した大ヒット作。ドラマCD、スピンオフ小説などさまざまなメディアに展開され、2018年にはTVアニメに、2019年には劇中劇の舞台化も果たした。そしてこのたび、『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』が公開に! その名のとおりスペインにわたったふたりの物語。スペインにゆかりをもつ東谷のルーツがひもとかれるとともに、役者として、人としてさらなる成長を遂げる高人の姿が描き出されていく。

そんな劇場版の見どころを、全6回のインタビューでお伝えしていこう。ラストを締めくくるのは、第1回に続いての登場となる原作者・桜日梯子さん。「スペイン編」を描いた経緯、劇場版の見どころについて、物語の内容にも触れながら語っていただいた。

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「日常から離れ、ふたりだけで話し合ってこい」という思いでスペインに行かせました

──2018年のTVシリーズに続き、このたび『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』が公開されました。まず、劇場版の制作が決まった時は、どのようなお気持ちでしたか?

桜日:TVアニメが終わってから、それほど経たないうちに劇場版のお話をいただいたので、意外に早かったなと驚きました。TVアニメが終わる時、ホテルの宴会場で打ち上げをしたのですが、そこで「原作者はアニメが終わってからもずっとそのマンガに関わり続けるけれど、アニメスタッフの皆さんは別の作品に取り掛かってしまうんですよね。みんな別の作品に行っちゃうのが淋しいです」という話をしていたんです。でも、そんなことを言っていたのが恥ずかしいくらい、早く戻ってきてくださった(笑)。制作陣の方々が実現に向けて素早く動いてくださったんだろうなと思い、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

──劇場版は、原作コミックの「スペイン編」を下敷きにしています。そもそも原作で「スペイン編」を描いたのはなぜでしょうか。

桜日:もともと私は、スペインに漠然としたあこがれを抱いていたんです。小さい頃からなんとなく「スペイン、カッコいい」と思っていましたし、ベタですけど「カルメン」を見て「あ、カッコいい」と思ったりして(笑)。それもあって、東谷君をスペインの血を引くクォーターという設定にしました。

「スペイン編」を描いた理由は、東谷君の本質を描くにはスペインに行かせるくらい思い切った展開が必要だったからです。それと同時に、そんな東谷君に触れる高人さんを描きたいという思いもありました。スペインに行けば、いつも周りにいる人たちもいない状況になりますよね。日常から離すことで、ふたりだけの世界を描くこともできます。幼い頃の東谷君を知る人物は登場しますが、卯坂さんや綾木などテレビ関係の人もいない。そんな中で、ふたりだけで話し合ってこい、みたいな感じで(笑)。今までは極力東谷君の内面を描いてこなかったので、彼の内面、本質を描くために絶対に必要な章だと思いました。

──これまでは、あえて内面を描いてこなかったのでしょうか。

桜日:そうですね。高人さんはすごくわかりやすいキャラとして描いていますが、東谷君は読者さんに完璧に理解されなくてもいいかなと常々思っています。正直、描いている私も理解していなくてもいいと思っているくらい。そういう「この人、何を考えているんだろう」感が、東谷君には欲しいんですよね。そうじゃないと、異質感が出ないというか、悪い意味で親近感が湧きすぎるというか。読者さんもすごく読み込んでくださり、その都度「この人、何を考えているんだろう」と考えてくださっているので、そういう部分を残したいというのもありました。

──わからないところがあるほうが、キャラクターに奥行きが出るということでしょうか。

桜日:高人さんと東谷君との関係性を考えると、そのほうがいいかなと思いました。やっぱり、ふたりそろってあけすけだと味気ないじゃないですか。ちょこっとずつ近づいていけるものを、ふたりの中に残したいと思って。しかも、このふたりは努力型と天才型。天才型があけすけだとキャラが立たないので、東谷君は何を考えているのかよくわからない部分、人とは分かち合えないものを持っているキャラクターとして描いています。

ただ、内に秘めたものを全く出さないと共感できないので、要所要所で小出しにすることも必要です。コミックス3巻の過去編もそうでしたが、ところどころ東谷君のモノローグが多いエピソードを入れるようにしています。

──「スペイン編」も、チュン太(東谷准太)のすべてがわかるわけでもありませんよね。ルーツや生い立ちは見えましたが、全部丸わかりになったわけではありません。

桜日:そうですね。今後も、そうやって少しずつ東谷君の内面を見せていく形で描いていくんだろうなと思います。

劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~

劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~

劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~

高人さんが東谷君に会わなかったら、今までどおり合格点の人生を歩み続けたかもしれません

──一方、高人さんも「スペイン編」を通じて、役者として、人間として成長したように感じました。桜日先生ご自身は、「スペイン編」の高人さんをどのように捉えていますか?

桜日:高人さんは努力家で、自分の力で壁を乗り越えながらトップを走ってきた役者です。でも、東谷君という天才に触れた時、今までのセオリー通りでは乗り越えられない壁にぶつかるのが必然だろうと思いました。そんな高人さんが成長するには、今までのセオリーを壊すしかありません。それに気づかせてくれるのも、東谷君なんです。

もしも高人さんが東谷君に会わなかったら、今までどおり合格点の人生を歩み続け、変わることはなかったかもしれません。でも、東谷君に出会って自分に足りないものを感じ、役者として変わらなきゃいけないと思い始めます。さらに、東谷君の才能に置いていかれないようにするために、成長したいと思うようになっていきます。いろいろな要素が絡み合って、やっと高人さんの殻が割れるんです。

やっぱり、せっかく出会ったのだから、このふたりにはお互いに成長していってほしいと思うんですよね。しかも、「このふたりでしか成長できない」というところを見せたかった。そういった思いで「スペイン編」を描きました。

──恋愛面の関係性だけでなく、人として、役者としての成長を描いているのが、この作品の魅力のひとつです。桜日先生も、その点を意識してマンガを描いているんですね。

桜日:BLにはいろんなジャンルがあって、作家さんの分だけ好みがあると思います。私が感じるBLの魅力は、同性同士なので恋愛以外の感情が発生するだろう、という点です。友情や尊敬などの感情も生じるでしょうし、同じ性別だからこその絆や衝突もきっと生まれるはず。要するに、少年マンガっぽい要素を取り入れやすいと思ったんです。努力・友情・勝利みたいなものを恋愛の中に入れられるのが、私にとってのBLの醍醐味。だからこそ、ただ恋愛しているだけでなく、恋愛を通して人間として、男として成長してほしいという思いがあります。

──ふたりがいちゃいちゃしているのを見るのも楽しいですが、この作品ではより深い関係性が描かれています。だからこそ、読んでいるこちらも心を動かされるし、応援したくなるんでしょうね。

桜日:そう思っていただけるとうれしいです。恋愛だけじゃなくて、ちゃんと社会で頑張っている感じを出せたらいいなと思っています(笑)。

──と言いつつ、「スペイン編」でふたりの恋愛関係も一段深まったように感じました。「スペイン編」での関係性の変化について、先生はどんな思いを抱いていますか?

桜日:「パパラッチ編」がきっかけで、高人さんと東谷君のふたりは、お互いに離れがたい、代えがたい存在だとわかりました。続く「スペイン編」は、特に高人さんがふたりでいる覚悟を決める章だったのかなと思います。「Mi tesoro」と刻まれた指輪がふたつそろい、指輪をつける意味をもう一段上がったというか、「お互いに宝物だよ?」と確認し合ったというか。「スペイン編」を経て、お互いの覚悟を決まったのではないかと思います。

劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~

劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~

劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~

背景も音楽も言葉も、すべてにおいてスペイン感満載です

──原作の「スペイン編」を描くにあたって、現地取材はしましたか?

桜日:しました! アンダルシア地方に行って、ミハスにも行って。写真もたくさん撮ってきたので、風景をそのまま描きました。東谷君と高人さんが最後に訪れるあの丘にも行きました。あの場所もちゃんと実在するんです。スペインに行ったことで、日本にいる日常では出てこないものを描けたなという感覚はありますね。向こうの空気感にあてられたというか。

──どういう空気を感じたのでしょう。

桜日:やっぱりパワーがすごいんですよ。あと、陽射しがすごく強いんですね。日本の陽射しとは違って、地面が乾くほど太陽が照りつけていて。そんな中、皆さんすごくカラッとパワフルに生きているんです。にもかかわらず、スペインの作品からは情念を感じるのが不思議でした。街の風景も、ヨーロッパの中では異質。斬新さと伝統が入り混じって、クリエイティブな国だなと思いました。

東谷君の血はここからきているんだなということも、強く意識しました。「そりゃ日本に来たら異質だな」って。「スペイン編」の東谷君があそこまで自分を出せたのも、故郷に帰ったからでしょうね。日常から離れることは、彼にとっても良かったのではないかと思います。

──セレスさんやアントニオは、スペインらしい気質だなと感じました。このふたりは、どのようにして誕生したのでしょうか。

桜日:「スペイン編」を描くことが決まった時点で、アントニオはスペイン人のイメージを誇張したにぎやかしキャラを想定していました。実を言えば、私としてもこんなに良いキャラになるとは思ってもいなかったくらい(笑)。東谷君と高人さんがモヤモヤしている時にズバズバ言ってくれるので、描いている私も気持ちいいんですよね。おそらく読者さんも、気持ちよかったんじゃないかと思います。

──もうちょっと意地の悪いライバルなのかなと思いきや、いいヤツでしたよね。

桜日:さすが東谷君のことをちゃんと見てきた人だな、と。ちゅんたか(東谷と高人)はアントニオに感謝しなきゃいけないですよね(笑)。もし彼が来日する時は、飛行機代くらい出してあげないと。彼らがひと皮むけたのは、アントニオの功績もあると思います。

──セレスさんに関してはいかがでしょう。

桜日:セレスさんは東谷君の祖父なので、東谷君に匹敵する、もしくはそれ以上のオーラを持つ人物として描かなければと思いました。そこで、「これはもう振り切って、自分の好みをぶち込もう」と思って生まれたキャラクターです。でも、描いているうちに高人さんと東谷君がスペインに行ったのは本当に良かったなって思いました。ふたりが日本にいたら、ここまで異質なキャラクターは描けなかったと思います。そのうえ、声をあてているのが速水奨さんですからね。もう、勝ちじゃないですか(笑)。

──そんな「スペイン編」がこのたび劇場版アニメになりました。この取材を行っている時点ではまだ完成したアニメをご覧になっていないそうですが、どんなところに期待していますか?

桜日:まず背景が素晴らしいです。私がスペインで撮ってきた写真もアニメの制作スタッフに渡しましたし、他にもいろいろな資料を集めたうえで描いてくださいました。この背景のおかげで、一発でスペインの空気に連れていってもらえるんですよね。そのうえ、音楽を作ってくださった横山(克)さんが、すごく本場の音にこだわってくださって。リモート収録で、本場の方に演奏していただいたそうです。さらに、スペイン語の先生をお迎えして、キャストさんにもすごく頑張ってスペイン語を話していただいています。もう、とにかくスペイン感満載。観終わったあと、スペインに行ってみたいと思っていただけるんじゃないでしょうか。

──コロナ禍でなければ、聖地巡礼したいくらいです。

桜日:興味を持って、時間が取れたら行ってほしいですね。高人さんと東谷君が訪れた場所も残っているので、ぜひ見つけてほしいです。

──読み切りからスタートしたマンガが連載になり、TVアニメを経て劇場版アニメになったのも、このふたりが愛されているからだと思います。先生は、この作品が愛される理由をご自身でどのように分析していますか?

桜日:私がどうこうというよりも、もう読者さんの中に高人さんと東谷君を存在させてもらっているような気がします。こういう俳優さんが現実にいて、それを応援している、みたいな。しかも彼らはマンガのキャラクターなので、どんなことを考えているのか、裏で何をやっているのかが見えるので、より「頑張れ!」という気持ちが強いのかなと思います。ふたりを応援してくださっている方々に対しては、本当に感謝しかありません。ありがとうございます。

──最後に、ファンに向けてメッセージをお願いします。

桜日:マンガを8巻まで続けさせていただき、TVアニメ、劇場版アニメになり、皆さんが一緒に楽しんでくださり、一緒に成長を見届けてくださっていることを本当にありがたく思っています。「スペイン編」は、ふたりの成長のひと区切り。音や声、動きがついた「スペイン編」の世界を、ぜひ一緒に過ごしていただけたらと思います。読者さんの反応をいただくたび、もう他人じゃないというか、一緒に歩んでいる気持ちでいっぱいになります。劇場版に関しても「今回も一緒に楽しみましょう!」という気持ちです。アニメを制作してくれた皆さんが作ってくれたスペインの空気を、映画館でぜひ体感してきてください。


『劇場版 抱かれたい男1位に脅されています。~スペイン編~』公式サイト

取材・文=野本由起

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