麻耶雄嵩さんインタビュー “銘探偵”の推理が冴え渡る、シリーズ10年ぶりの新作『メルカトル悪人狩り』

文芸・カルチャー

公開日:2021/11/2

メルカトル悪人狩り (講談社ノベルス)

著:
出版社:
講談社
発売日:
麻耶雄嵩

 人気ミステリ作家8名(五十嵐律人、三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩、東川篤哉、真下みこと)の新作を連続刊行する講談社の「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーン。第6弾として刊行されたのは、麻耶雄嵩さんの『メルカトル悪人狩り』(講談社)。どんな難事件もたちまち解決してしまう銘探偵・メルカトル鮎の活躍を堪能できる、シリーズ10年ぶりの短編集です。麻耶さんに創作舞台裏をうかがいました。

(取材・文=朝宮運河)


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――『メルカトル悪人狩り』は、「銘探偵・メルカトル鮎」シリーズ久しぶりの短編集です。前作『メルカトルかく語りき』が出たのが2011年なので約10年ぶりです。

麻耶雄嵩さん(以下・麻耶):ここまで間を空けるつもりはなかったんですけど、結果的に10年経ってしまいました。前作『メルカトルかく語りき』を出したのが東日本大震災の年で。書き下ろしの短編を書いているときに震災が発生したので、印象に残っています。

――メルカトル鮎はデビュー作『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』以来、30年にわたって書き継いでいるシリーズ探偵です。やはり思い入れは強いですか。

麻耶:メルカトルはミステリ研に入って、初めて書いた短編のために作ったキャラクターです。最初に作った探偵ということは、自分が一番書きたい、書きやすいキャラクターだったんだろうなと。デビューしてから作った他の探偵たちは、やはり話の必要に応じたところがありますから。そういう意味では、学生時代から好き勝手書いてきたメルカトルには思い入れはあります。冒険的な作品を書くときはメルカトルを頼ることが多いですし。

――メルカトル鮎は1991年の初登場以来、年を取っていませんが、作中の時間は流れています。『悪人狩り』でスマホが登場したのはちょっと新鮮な気がしました。

麻耶:とある事情で、メルカトルは年を取らない探偵になってしまいましたから(笑)。シリーズ探偵の描き方としては一つのありようなので、時代背景などの細かい矛盾はあまり気にしないようにしていますね。これは僕の好みですが、ミステリを書くときは余計な前提を入れたくないんです。今現在と一般常識や捜査方法が異なる世界だと、常に読者はそれを考えに入れて推理しなければならない。そのワンクッションを避けるために、リアルタイムと同じ設定で描くようにしています。メルカトルの登場から30年経って、スマホなどのように作中の背景や常識も少しずつ変化していますが、彼が活躍するのは常に今です。なので今後宇宙旅行が当たり前の世界になったら、メルカトルも宇宙に飛び出すかもしれません(笑)。

――メルカトル鮎といえばタキシード姿と傍若無人な言動がトレードマーク。このキャラクターはどのように生まれたのでしょうか。

麻耶:2時間ドラマなどに多く見られましたが、市井の人が正義感を振りかざして事件の謎を追うパターンがありますよね。昔からどうも肌に合わなくて。警察ならともかく、正義という錦の御旗の下で一般人が赤の他人の秘密を嗅ぎ回るのは、人としてどうなんだろうと。それでメルカトルはあえて露悪的にしました。ただの正義感だけでなく、金や趣味のために仕事として探偵をやってますよと。タキシードを着ているのも覚悟の表れです。警察官の制服と同じで、一般人ではないという象徴なんです。

――メルカトルが名探偵ではなく、「銘探偵」を自称しているのもそのためですか。

麻耶:そうですね。探偵役としてのブランドということです。彼が自分でアピールしているだけなんですが。

――『メルカトル悪人狩り』には8編が収録されています。冒頭の「愛護精神」はラストが鮮やかに決まった、ストレートな本格ミステリ。ただなぜメルカトルが事件に関わったのかが最後まで分かりません。

麻耶:あくの強い短編が続くので、まずはオーソドックスな作品を最初に置いておこうと(笑)。「愛護精神」を書いた頃はシャーロック・ホームズを読み返していて、原点回帰したような本格ミステリになりました。ちなみに「愛護精神」だけは発表時期が古くて(1997年発表)、『メルカトルと美袋のための殺人』の直後に書いた作品です。この短編集ではメルカトルが事件を解決する裏で、何か私的な企みをしているという設定だったので、その流れを踏まえて少し思わせぶりになったと思います。

――2作目の「水曜日と金曜日が嫌い」は、まさにあくの強さが炸裂した短編です。ゴシック風の洋館に戻ってきた〈門外不出の四重奏団〉、そこでゲーテの詩に見立てた奇怪な殺人事件が発生して……。メルカトルの推理が光ります。

麻耶:新本格ミステリ30周年記念のアンソロジーに書いた作品なので、お祭り的なムードを意識しました。小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』のような奇妙な館を出してみたり。解決編もがちがちのロジカルにするのではなくて、ぼんやりとばらまかれていた伏線からいきなり意外な真相を導き出した方がお祭りとして盛り上がるかと。普段ならもう少し拘束力の強い手がかりを入れるところですが。

――それだけにメルカトルの超人的な推理力が際立っています。ワトソン役の作家・美袋三条との掛け合いも相変わらずの面白さ。メルカトルのひどい仕打ちには笑ってしまいます。

麻耶:美袋はなにかと打たれ強いので、メルカトルもいじるのが楽しいんじゃないですか(笑)。

――「不要不急」「名探偵の自筆調書」という掌編を挟んでの後半4編は、いずれも麻耶さんらしい挑戦的な本格ミステリです。社長宅での殺人事件を描いた「囁くもの」はロジカルな犯人当て小説ですが、手がかりの出し方がかなり特殊ですね。

麻耶:でも構造自体はさして変わらないんですよ。犯罪が完璧に遂行されたら、犯人を捕まえることが出来なくなります。なので作者は何かしらのミスを埋め込んで探偵に手がかりとして発見させるわけで、作劇ではそのある種ご都合主義的な部分をいかに誤魔化すかが重要になってきます。『メルカトル悪人狩り』では逆に仕込みの部分をあからさまに探偵役にさせたら面白いかなと考えました。

――本格ミステリの暗黙の了解に触れるような作風は、「天女五衰」「メルカトル式捜査法」も同様です。「天女五衰」では劇団員が泊まる別荘での、「メルカトル式捜査法」ではマネキン人形のある家での殺人事件がそれぞれ描かれます。

麻耶:先ほどの話と関連しますが、メルカトルに限らず自分の作品では事件が起こってから探偵が現れるというパターンが多いのですが、最近は話の最初から探偵がいるという話が好みになってきたんです。しかも傍観者ではなく積極的に事件に関与している。「天女五衰」もそのパターンですね。ただこの手法だと、事件が表面化するまでの前振りが長くなってしまうのが悩ましいです。

――後半4作はいずれも旅先での事件を描いています。旅行気分を味わえるのもこの本の魅力ですね。

麻耶:いつも取材と称して遠出しているので、少しは作中に登場させないと怒られますから(笑)。もともと鉄道が好きであちこちの路線を乗っていたのですが、ある程度乗り潰して今度は電車に乗るための理由を探すようになって。全国の城郭を訪れるために鉄道に乗るとか……。そんなこんなで乗り鉄が昂じて旅好きになりました。

――「メルカトル・ナイト」は白浜のリゾートホテルでの事件を扱った1編。これぞどんでん返し、という結末が楽しめます。

麻耶:本格ミステリは手がかりをたくさん出した方が読者に喜ばれるんですが、どんでん返しはそういう余計な説明を取り払って、いきなり驚かせる方が効果的だったりしますよね。「メルカトル・ナイト」もオチの部分に関しては手がかりがありません。その分、スマートに決まったかなと思います。メインの事件に関しては論理的に解けるようになっているので、許してもらえるかと。論理的に詰められるところは詰めて、最後はロジックよりも感覚で反転させるのが、犯人当てとどんでん返しを両立させるいい方法のように思えます。

――『メルカトル悪人狩り』というタイトルに込められた意味は?

麻耶:「悪人狩り」という言葉は『破れ傘刀舟・悪人狩り』という時代劇から借用しています(笑)。時代劇、好きなんです。今回はメルカトルが事件のきっかけになる作品が多いので、皮肉の意味も込めています。悪人を生み出した探偵が悪人狩りをするという、マッチポンプ的な。

――一筋縄ではいかない作風にぴったりのタイトルですね。ではこれから本書を手にする方に一言お願いします。

麻耶:ミステリの世界にはさまざまな名探偵がいますが、こういうひねくれた探偵もたまには面白いんじゃないでしょうか。キャラクターだけでなく、今までに見なかったタイプの推理を披露しますので、ぜひ手に取ってみてください。

――では、麻耶さんおすすめのどんでん返しミステリをあげていただけますか。

麻耶:ロス・マクドナルドの『さむけ』です。古典的な名作ですが、初めて読んだときはやはりラストで「おお!」と驚かされました。あの言動はこういう意味だったのか、と後になって分かる。全てのパーツが明らかになっているのに、最後まで一つに繋がらない。ヒントになる記述は序盤から出てきますが、先入観にとらわれていて気づかないんです。とても面白いので興味があれば読んでみてください。

――最後に次回このインタビューに登場する東川篤哉さんにメッセージを。

麻耶:東川さんの『居酒屋「一服亭」の四季』は一見ユーモアミステリ風なのに、血がどばどば流れてすごいですよね。かといって俗悪にならない。軽いタッチでああいう作品が書けるのは羨ましいです。東川さんは本格ミステリ作家クラブの会長も務められていて、かなりお忙しいはずなんですが、作品を次々書かれているのですごい。しかもスマホも持たず、ネットも使わずに激務をこなしているんですから驚異的です。でも、そろそろネットは引かれた方がいいかと(笑)。

――ありがとうございました。

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