やむにやまれぬ衝動が企てた一人の男の驚愕の犯罪計画

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

「普通に生活している人間が、ふと非日常に引き込まれ、そこで生きなくてはならなくなる。その一番、理不尽な形が〝犯罪に巻き込まれる〟ということだと思うんです。選びようもなく、どうしようもなく、そちらに進んでいってしまう。そして、追い込まれていった時の人というのは、非常にその人の本質らしいものが見えてくるような気がするんです」

太田愛”という名前に「あれ?」と思った人も多いに違いない。そう、この10月からシーズン11がスタートするドラマ「相棒」シリーズでも活躍中の人気脚本家。そんな太田さんが小説を初めて上梓した。実は、脚本を執筆し始める前から、小説はずっと書き続けていたのだという。

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爆笑と共感となるほど! ネタ選びは“怒り”から

太田 愛

おおた・あい●香川県生まれ。大学在学中から始めた演劇活動を経て、97年、テレビシリーズ『ウルトラマンティガ』で脚本家デビュー。『TRICK2』、「相棒」シリーズ、『新・警視庁捜査一課9係 season7』など、刑事ドラマやサスペンスドラマで高い評価を得ている。本書は小説家としてのデビュー作。脚本を担当した『相棒season11』第4話「ゴールデンボーイ」が10月31日(水)放送予定!
 
 
 

「小説は高校生の頃からコツコツと書いていました。その後、演劇の世界に入り、脚本を書き始めたのですが、それと並行し、どこに発表するでもなく、純文学系の物語の執筆を続けていたんです。今回、初めてエンターテインメントを書いてみようと思ったのは、綿密にプロットを組み立てる、脚本執筆の際の手法を小説に生かしてみようというところから。そこで書きたいと思ったのは、犯罪がまんなかにあるストーリーでした」

『犯罪者 クリミナル』は、ショッキングな犯罪のシーンから幕を開ける。黒いフルフェイスのヘルメットを被った、黒いエナメルコートの男が、次々と駅前広場の噴水の周りにいる人々を出刃庖丁で殺戮していく──商店主風の男、女子大生、主婦、老婦人。そして、〝次は自分が殺られる!〟と、向かってきた男に抵抗し、脇腹を刺されながらも、間一髪で逃れた18歳の少年・修司。突然巻き込まれた通り魔事件。だが搬送された病院で、彼のもとに現れた謎の男の言葉に驚愕する。“逃げろ、あと10日生き延びろ”──。
「“どうして俺は殺されなければならないんだ?”という修治の謎からストーリーは始まります。いくつかの材料を並べた時に、最も理不尽な犯罪のひとつに巻き込まれた、ここから始めようと。全体の構想としては、まるごとあったので、それをどういう順番で、どう開き、読者の方に見せていくかということを一番大切に考えました」

 再び命を狙われた修司は、刑事の相馬に助けられ、彼の友人である鑓水のマンションにかくまわれる。二人の協力を得て、調べるうち、事件の背後に浮かびあがってきたのは、企業の隠蔽工作、大物政治家の裏取引、人々を恐怖に陥れる細菌……が、複雑に絡み合う陰謀と事件。そして、やがて彼らの前に浮かびあがってきた一人の男の犯罪計画──。ストーリーは、修司、相馬、鑓水の3人と、その男との2つの車輪で進んでいく。

 

膨大でリアルな描写は綿密な取材が生みだした

 7年がかりの執筆。そのほとんどを取材に費やしたと語る太田さん。蜘蛛の巣を張り巡らせるように様々な分野へと広がっていくストーリー。政治、医療、法曹、警察、報道……その一つひとつの場面や詳細な知識が、〝これは事実?〟と思わずネット検索をしてしまうほど、リアリティを持って迫ってくるのも本書の醍醐味だ。
「書いているうちに、調べなくてはいけないことが次から次へと出てきまして、その都度、とにかく調べる、とにかく勉強するということを繰り返しました。たとえばテレビの技術的なことは、報道をなさっている方に直接取材させていただいて、どういう形のカメラを使うのかとか、今、このビルの下にいる人をアップで狙うとしたら、どうすればいいのかなど、実際にカメラも担いでみました」

 東京、長野、高知……次々と変わる舞台も、実際にその場所へ赴き、自分の目で位置関係やその場所の空気感を確認、登場人物が動いていく道筋すべてを写真に撮り、資料にしたという。
「運転ができないので、地方都市は全部バスで。医学的な知識に関しては、根っからの文系なので、地獄を見ましたね(笑)」

 そんな知識は人物造形にも加味され、読者と一緒に走ってくれる、建設作業員の修司、警察組織から外れてしまっている刑事の相馬、元テレビ局勤務、今は本人いわく〝ゆすりたかり〟に近い売文屋をしている鑓水のキャラクターも形づくられている。この、ちょっと喰えない男子3人組がなんともいい味!
「3人が集まってから、勝手に動いてくれましたね。ごはん、一緒につくっちゃったりもしています(笑)。ストーリーの中心となるこの人たちは、わりとうまくやっていけてない3人をイメージしました。好きなんですね。そういう人たちが。私は用がなくても、ちょっと変わっている人がいるとすぐに会いにいって、取材させていただくんです。今回は出ていないけれど、サーカスで綱渡りやっている方とか。やはり世の中の見方がちょっとずつ違っていて、すごく興味深いんです」

 次々と場面や視点が切り替わっていくストーリー。そこにはメインキャラたちから、少し距離のある人々も数多く登場する。だが、彼ら一人ひとりが主人公とも思える詳細な描写は、本作を重層的なものに見せている。
「脚本の場合は、尺というのが決まっていて、この側面しか描けないという人が出てきてしまうんです。でも、どの人も後ろを向いたら、ちゃんと背中があるんだよ、というのを制限のない小説では書いてみたかった。ほんの数シーンしか出てこない人物でも、ちゃんとこの世界で生計を立てている人として、存在してほしかったんです」

 それは死者でも同じこと。通り魔殺人事件の被害者たちの家を相馬が訪ねるシーンでは、単なるストーリーの駒ではない、殺された人たちの顔が浮かび上がる。普通なら捨て置かれてしまっている人々の描写からは、脚本と同様、太田さんのやさしさと公平さが感じられる。
「ひとつの小説なので、中で扱われる命は等価であってほしいと思うんです。主人公の近くにいるとかではなくて。メインキャラの命だけが、取り立てて重要であるというのは、どこか違うだろうと」

 人の命は等価であるという太田さんの想いは、大団円の1年後を描いたラストの章でも、哀しく、美しく、読む人の心に流れ込んでくる。