エンタメ文芸誌『メフィスト』が、会員制読書クラブに。編集長が語る、前例のないサービスの狙いとは

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/10

 森博嗣、西尾維新、辻村深月など、これまで数多の異才を世に送り出してきた「メフィスト賞」。その母体となる文芸誌『メフィスト』が、今年10月、謎を愛する本好きのための読書クラブ「メフィストリーダーズクラブ」(以下〈MRC〉)としてリニューアルを遂げた。

〈MRC〉会員になれば季刊小説誌『メフィスト』が郵送で届くうえ、会員限定のオンラインイベントへの参加、ここでしか買えない限定グッズの購入、AIが好みに合いそうな本をおすすめしてくれる「本ソムリエのAI診断」など、さまざまなお楽しみが目白押し。定額会費制というシステムもユニークだ。

 25年の歴史を持つ『メフィスト』が、なぜこのたびリニューアルに踏み切ったのか。その狙いと勝算、出版業界に与えるインパクトについて、小泉直子編集長に聞いた。


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編集者の偏愛により、世に送り出される尖った才能 「メフィスト賞」の特異性

──『メフィスト』は、出版業界において独自のポジションを築いています。編集方針、基本コンセプトをお聞かせください。

小泉:1996年に創刊された『メフィスト』は、エンターテインメントに特化した文芸誌です。新人賞「メフィスト賞」の応募作を募ったり、ここから講談社ノベルスの作品が生まれたり、講談社文芸第三出版部の主軸としてミステリーをはじめとするエンターテインメント作品を数多く世に送り出してきました。

『メフィスト』から生まれた「メフィスト賞」は、ミステリーに限らず、広義のエンターテインメント作品を広く募集し、今まで見たことのないような才能を送り出す公募新人賞です。特徴は、下読みを通さず、編集者が全作品を読んで選考していること。しかも、すべての編集者が満場一致でひとつの作品を選ぶのではなく、誰かひとりでも「これは面白い!」と思えば、その作品の受賞が決まります。最近では、砥上裕將さんの『線は、僕を描く』のようなヒット作も生まれています。

──万人に受ける作品ではなくても、何かひとつ突き抜けたところがあり、編集者が偏愛すれば受賞の可能性がある。だから、「メフィスト賞」受賞作には尖った作品が多いんですね。

小泉:おっしゃるとおりです。「メフィスト賞」は、あえて尖った作品を見つけようとしたり、尖った作品ばかりが集まってきたりするわけではありません。ただ、編集者一人ひとりが違うセンサーを持っているので、そこに引っかかるものを選んでいくと、どうしても尖った作品が選ばれやすくなるんです。

──気になる作品を座談会で取り上げ、その模様をWebなどで伝えているのも面白い試みですよね。

小泉:ちなみに今日も座談会でした(笑)。かつては応募作すべてにコメントをつけていたため、それが応募のモチベーションにもなっていたようです。最近は座談会にあげる作品とは別に、編集者が受賞までは推せないけれど気になったいくつかの作品にコメントを書き込み、Webメディア「tree」に掲載しています。

自宅に届く小説誌×Webで楽しむオリジナル企画 〈MRC〉なら面白い本と出合える

──『メフィスト』は、これまでにも紙の雑誌から電子版になるなど形を変えてきました。今回、会員制読書クラブ〈MRC〉に生まれ変わった経緯をお聞かせください。

小泉:紙から電子版に形を変えつつ、『メフィスト』編集部では「新しい小説誌の形はないか」と常に模索していました。そもそも文芸第三出版部はミステリーを中心としたジャンル小説を出版する部署です。「それなら、謎を愛するすべての読者に向けて新しい雑誌の形を提案してみよう」と思ったのが〈MRC〉の出発点です。

〈MRC〉では年4回、会員限定小説誌『メフィスト』を郵送します。イメージは、ファンクラブの会報誌のように、届くとうれしいプレゼント。しかも、雑誌のように買い忘れることがなく、確実に家に届きます。読者のストレスも軽減できるのではないかと思いました。

とはいえ、文芸誌って小説だけが載っているものではありませんよね。作家さんの対談、新作のレビューなど、雑誌の“雑”の部分から新しい情報を得たり、今まで知らなかった文化に触れたりするのも雑誌の面白さです。そこで、紙媒体でお届けする小説誌のほかに、LINEやWEBで新しい情報をより早くお届けすることにしました。小説は紙で自宅に届き、それ以外は即時性の高いWebで読める。その両方を満たしたのが〈MRC〉なんです。

──定額会員制クラブですが、会費はいくらでしょうか。

小泉:年額会員は5500円、月額会員は550円(ともに税込)です。11月末まで無料キャンペーンを行っていて、12月から有料となります。

──定額会員制クラブと聞いて、音楽や動画のサブスクリプションサービスを思い浮かべました。でも、お話をうかがうとちょっと違うイメージですね。

小泉:サブスクリプションサービスは、さまざまなコンテンツを提供し、ユーザーがサービスを享受するイメージがありますよね。それよりは、場を提供したいという思いが強いんです。〈MRC〉は、著者と読者が出会える場所を提供する、手作り感のある読書クラブ。今はまだ新型コロナウイルス感染症の影響でサイン会やトークイベントは開催できませんが、そういったものの代わりになる場所を作りたいと思いました。

──リスタート第1号の『メフィスト』では、島田荘司さん、森博嗣さん、西尾維新さん、辻村深月さん、五十嵐律人さんという豪華作家陣が新作を書き下ろしています。さらに、綾辻行人さん、有栖川有栖さんのお名前も執筆陣として挙がっています。『メフィスト』リニューアルについて、作家の皆さんはどのような反応を示していましたか?

小泉:新しいものに敏感に反応してくださる方ばかりで、大変ありがたいですね。中でも綾辻さん、有栖川さんには企画段階からサービス内容や名称について相談し、〈MRC〉の応援団のようにバックアップしていただいています。「面白い試みだね」とおっしゃっていただきました。有栖川さんからは「自分は文芸誌の小説以外の部分を楽しんできたから、〈MRC〉でもそういったところを楽しめるとうれしいね」とお言葉をかけていただき、小説誌は枝葉も大事なんだと再認識しました。

──小泉さんが考える、〈MRC〉の理想像をお聞かせください。

小泉:面白いものが確実にある場、面白い本と出合える場にしたいですね。〈MRC〉に集まるのは、ミステリーや広義の謎に興味をお持ちの方々です。“好き”の濃度は違えど、核にあるものは同じ。同じものを愛する方々が集まる場なので、まずはここから成功させていきたいです。

今後は「館」シリーズ、「国名」シリーズの連載も!?

──では、〈MRC〉の具体的なサービス内容について、詳しくうかがいます。主に、以下のコンテンツ、サービスを楽しめるようですね。

・会員限定小説誌『メフィスト』の送付(年4回)
・作家や書評家を招いたオンライントークイベント
・サイン本&限定グッズの販売
・本ソムリエのAI診断
・書評家による新刊レビュー
・作家&編集者が創作秘話を明かす動画メッセージ
・名作の解説などのオンライン授業
・書き下ろし掌編、リレーエッセイなどのオリジナル企画
・本づくりの裏側、限定グッズの制作工程を随時公開

小泉:先ほどもお話があったように、リスタートする『メフィスト』には、5人の作家陣(島田荘司さん、森博嗣さん、西尾維新さん、辻村深月さん、五十嵐律人さん)が新作を書き下ろしています。他の文芸誌に比べると作家数は少なく感じるかもしれませんが、その分1作のボリュームが多く、読み応えがあります。第1号を読めば、絶対に第2号も読みたくなるはず。第1号は無料で届くので、読まないのはもったいないなと思います(笑)。

メフィストVol.1
メフィストVol.1とメフィストリーダーズクラブ プレ会員証

──今後、執筆陣も増えていくのでしょうか。

小泉:綾辻さんには「館」シリーズの連載をお願いしています。スタート時期はまだ未定ですが、ぜひ楽しみにしていただきたいです。

有栖川さんには国名シリーズをご執筆いただく予定です。こちらも現在、絶賛準備中ですので、ぜひお楽しみに。他にも、メフィスト賞作家はもちろん、それ以外の方にもお声がけしています。来年、再来年に向けて新しい連載も仕込んでいるところです。

──10月15日には、綾辻行人さんと辻村深月さんによるオンライントークイベントが開催されました。今後はどのようなオンラインイベントが予定されているのでしょうか。

小泉:11月25日には、綾辻さんと有栖川さんのオンラインイベント「ミステリ・ジョッキー」を開催する予定です。こちらは、おふたりがラジオDJのようにミステリー小説をレコメンドする企画。これまでは誌面でお届けしていましたが、常々「あの対談をナマで聞けたら面白いだろうな」と思っていました。今回選ばれたのは、江戸川乱歩『魔術師』です。イベント当日までにお読みいただきご参加ください。

──それは楽しみです! 目玉企画になりそうですね。

小泉:編集者は作家さん同士がミステリーについて話しているのを隣で聞く機会がけっこうあるんです。ぜひ、それを読者にも聞いていただきたくて。

──コロナ禍でオンラインイベントも増えましたが、音楽ライブのように音圧や熱狂を体験するイベントと違い、作家さんによるトークイベントは特にオンラインに向いている気がします。

小泉:そうですね。コロナの影響はいろいろありますが、オンラインイベントが普及して、しかもオンラインイベントではチャット欄にコメントも入力できます。場所を問わずに参加できるようになったのはメリットです。

──他のサービスについても、おすすめポイントをお聞かせください。

小泉:開発中の「本ソムリエのAI診断<美読倶楽部>」も楽しいですよ。好きな文体を二択で選んでいくと、自分が好きそうな本が提案されるんですが、占いみたいで面白いんです。意外と自分が読んだことのない本がおすすめされますし、「おすすめされたからちょっと読んでみようかな」と興味が湧きます。

他にも、会員限定のグッズとして『十角館の殺人』(綾辻行人/講談社)にちなんだ十角館マグカップなどを販売予定です。形状はその名の通り十角形。表紙のイラストをモチーフにして、十角館を再現しました。ここでしか買えないグッズを、どんどん増やしていきたいですね。

十角館マグカップ(※イメージ)
十角館マグカップ(※イメージ)

MRCオリジナルグッズ(トートバッグ、ロゴ入りマグカップ、ステッカーセット)
MRCオリジナルグッズ(トートバッグ、ロゴ入りマグカップ、ステッカーセット)

また、『メフィスト』第1号と一緒にプレ会員証をお送りしますが、12月から有料会員に継続登録してくださった方にはシリアルナンバー入りの会員証を別途お送りします。年額会員限定ですが、ぜひ楽しみにしていただきたいですね。

メフィストリーダーズクラブ プレ会員証
メフィストリーダーズクラブ プレ会員証

──『メフィスト』第1号もおしゃれなデザインですが、会員証も素敵ですね。

小泉:デザインには力を入れています。デザイナーの鈴木久美さんにお願いして、ロゴからこだわって作っていただきました。表紙には作家名などの情報を載せずペーパーバックのようなデザインにしました。鈴木さんは『十角館の殺人 限定愛蔵版』の装丁を手掛けた方で、ミステリー愛が強いんです。

〈MRC〉のマスコットキャラクターも、イラストレーターの西山寛紀さんに描いていただきました。猫のキャラクターで、名前は読者からの公募の結果「ダニット」に。すごく素敵なキャラクターになりました。

メフィストリーダーズクラブのマスコットキャラクター「ダニット」
メフィストリーダーズクラブのマスコットキャラクター「ダニット」

──有料の会員制サービスと聞くと、ファンクラブやオンラインサロンのようにコアなファンを囲い込むようなイメージです。でも、お話をうかがっていると、敷居は低くしているようですね。

小泉:そうですね。ファンクラブ、読書クラブと聞くとクローズドな場のように感じられますが、オープンなものを目指しています。ミステリー原理主義者じゃないと入れない、というイメージは避けたくて。「怖いところじゃないよ」と伝えたいです(笑)。

──今まで以上に読者層を広げていきたいという思いもあるのでしょうか。

小泉:その思いは強いですね。そもそも『メフィスト』をご存じない方も多いと思うので、そういった方にも、〈MRC〉に加入していただけたらうれしいです。謎と本が好きな方、面白いものや新しいことが好きな方は、ぜひ一度のぞきにきてください。ミステリーファンはもちろん、はじめましての方も一緒に〈MRC〉を作っていけたらと思います。

取材・文=野本由起

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