8人の小説家が仕掛ける、鮮烈なミステリー体験。「さあ、どんでん返しだ。」特別対談⑤(周木律×麻耶雄嵩編)

文芸・カルチャー

公開日:2021/11/12

さあ、どんでん返しだ。
イラスト:石江八

 五十嵐律人、三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩、東川篤哉、真下みこと。8人の小説家による多彩なミステリー作品が連続刊行される講談社の「さあ、どんでん返しだ。」フェアでは、作家同士が互いの作品に抱いた印象や、自らの創作へのこだわりを語りあったインタビューを配信中。第5弾としてお届けするのは、『楽園のアダム』周木律さん×『メルカトル悪人狩り』麻耶雄嵩さんの対談です。「仕掛け番長」こと栗俣力也氏がMCを務めたインタビュー、その模様の一部をご紹介します。

さあ、どんでん返しだ。

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『楽園のアダム』の世界が訪れようとも、その世界で”当たり前”の秩序が守られている限り、平和で困ることのない世界が続くと考えています(周木)

栗俣:『楽園のアダム』を読んで、本作が描く世界が現実に存在したらどうなってしまうのか、と妄想を楽しんでいました。周木先生は、この世界がもし『楽園のアダム』の世界が現実となったら、どうなってしまうと思いますか。

周木:『楽園のアダム』の世界は人工的につくられた“ユートピア”でもあり、“ディストピア”でもありますが、実は現実世界とさほど変わらないように思います。『楽園のアダム』の世界では、人工知能カーネという存在に仕事や家族などのすべてを制御されていますが、同じように私たちの世界にも同じような機能、つまり「法令」が存在しています。法令を遵守して生活を送っているからこそ、日本は平和なわけですよね。だから『楽園のアダム』の世界が訪れようとも、その世界で”当たり前”の秩序が守られている限り、平和で困ることのない世界が続くと考えています。

栗俣:私も、平和な世界が訪れるだろうと考える一方で、ここまで安心して暮らせるのか、カーネの制御下に置かれることに違和感を持つものはいないのか、と考えてしまいます。

周木:そうですね、実際に『楽園のアダム』の世界が訪れれば、私も違和感を覚えると思います。人は文化的・政治的な見解の違いから、個人の価値観でその世界を判断してしまうため、実際には「これが本当に平和なのか?」という疑問を抱く人もが出てきて、衝突が起こるだろうと予想されます。正直私は勘弁してくれと思いますね(笑)。

栗俣:その衝突も、現代社会における戦争などとはまったく異なる争いが生まれる可能性があるな、と個人的には予想しています。『楽園のアダム』は物語やどんでん返しというミステリ小説の楽しみに加えて、今の自分の世界の平和や常識について考えるきっかけをくれた作品でした。

周木:その読後感を感じていただくことが狙いでもありました。もしもこのような世界が訪れれば、争いがなくなるのではないかと。しかし、おそらく平和になるだろうだと思っていた世界でも、私たちが想像もし得ないような諍いが起こってしまうでしょう。そんな理想の世界の一つを描いたのが『楽園のアダム』なのですだと考えています。

栗俣:まさにタイトル通り「楽園」ですよね。

さあ、どんでん返しだ。

世界を制御する存在に作戦が筒抜けという状態に、読者としてはハラハラしてしまいました(麻耶)

栗俣:麻耶先生は、もしも『楽園のアダム』の世界が現実に訪れたら、どうなってしまうと思いますか?

麻耶: 難しい質問ですね(笑)。この世界がユートピアとして成立しているのは、人口抑制というある種のディストピアが併存しているからだと思います。あらゆるものの需要と供給のバランスが釣り合っていて、人々が豊かな生活をすることができているわけです。このバランスが少しでも崩れてしまうと、一気に奪い合いが起きてしまう。だからすべてにおいて平和が訪れる理想の世界だとは言い難いところがあります。もしも一切の争いが起きないようであれば、一種の洗脳された世界と言っていいかもしれませんね。

栗俣:『楽園のアダム』の世界では、人工知能・カーネの存在が大きいですよね。

麻耶:はい。この世界の人たちは、カーネの存在をまったく疑う素振りがない。そういう教育を受けてきたのでしょう。物語の中で主人公がある出来事に反旗を翻すシーンがあるのですが、そのシーンでカーネにいろいろと相談するわけです。もう、世界を制御する存在に作戦が筒抜けという状態に、読者としてはハラハラしてしまいました。

周木:この世界の人々が疑うのは、目の前にあるこの世の謎だけで、世界の成り立ちや本質について600年間疑うことはありませんでした。カーネは神様のような存在であり、嘘をつくことはないと信じて疑わない素直さを持っています。私たちが当然のように疑うようなことでさえ、疑うことはありません。まあ、それらの部分を疑うような話にしてしまうと物語が成立しなかったという裏話もありますが、ここだけの話にしておいてください(笑)。

栗俣:実は私も、当然のようにこの世界のルールを受け入れていました。カーネは神に近い存在で、恋愛・家族などすべてを決める存在であると認識する世界観にどっぷりハマり、その読み味は他では味わえないものでした。

周木:かつて、戦国時代の武士たちは切腹することを厭わなかったわけですが、今の時代の僕らからしたら、なぜ自ら命を落とすのかと疑問に思います。しかし、当時はそれが常識であり、当たり前の世界だった。そんな違う価値観の世界で起きるミステリを、ぜひ『楽園のアダム』で味わっていただければと思います。

対談インタビューの模様は、動画でもご覧いただけます。
TSUTAYA Newsに掲載のインタビューとともに、ぜひチェックしてみてください。

ダ・ヴィンチニュースでは、「さあ、どんでん返しだ。」に参加する8人の小説家への単独インタビューも公開中! 特集はこちら

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