30秒で小説の魅力を発信。フォロワー27万人、TikTokからトレンドを起こす「けんご@小説紹介」インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/24

けんご@小説紹介
撮影:森 清

 学生や20代が読みたい小説と出会う大きなきっかけのひとつとなっているのが、TikTokだ。人気のTikTokクリエイターが紹介した書籍の重版がかかったり、書店でTikTok紹介書籍の売場が設けられたりと、TikTokによる発信が本の売上やトレンドに大きく影響を与えている。そんな新しい風の中で先頭を走るのが、学生などの若い世代に小説を紹介するTikTokクリエイター「けんご@小説紹介」(以下、けんご氏)だ。27万人のフォロワーを誇るけんご氏がTikTokを始めたのは、大学在学中の2020年11月。本を読むのが苦手な人にこそ興味を持ってもらいたいというけんご氏の思いの源泉や、彼自身の考え方に影響を与えたという書籍のセレクトについてインタビュー。ダ・ヴィンチニュース読者におすすめの小説、そして先日発表され話題を呼んだ、現在執筆中のデビュー作についても聞いた。

(取材・文=川辺美希)


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けんご氏が選んだ、「自身の考え方に影響を与えた書籍」4選

カラフル

①『カラフル』森絵都 著
スポーツばかりだった自分の人生で、SNSや色々なことに挑戦してみようと思えたきっかけの一冊。

白夜行

②『白夜行』東野圭吾 著
小説の魅力に気づけた一冊。大学一年生の頃に読書を始め、最初の一冊がこの作品でなければ、今はないと言えるほど印象的な作品。

残像に口紅を

③『残像に口紅を』筒井康隆 著
この作品のおかげでSNS外でも活動の幅が大きく広がった。もちろん、読んで面白かったのは確かだが、様々な意味で一生で大切な作品になったと思う。

風が強く吹いている

④『風が強く吹いている』三浦しをん 著
挫けそうになって、心が折れかけていたときに助けてくれた一冊。箱根駅伝のシーズンは、いつも読み直してるほどお気に入りの作品。

860ページの『白夜行』を読み切って、読書の魅力に気付いた

――小説を本格的に読み始めたきっかけから教えてください。

けんご@小説紹介(以下、けんご):大学1年生のときに、趣味を作りたいと思ったことがきっかけでした。釣りとか映画とかいろんなことをやってみたんですけど、いかんせんお金がなくて。コスパのよい趣味ってなんだろうと考えたら、小説っていいなと思ったんですね。それで初めて手に取った作品が、東野圭吾さんの『白夜行』でした。860ページくらいある作品なんですけど、それでもすらすら読めて。とはいえ2週間くらいかかったんですけど、読み切れたことにすごく満足感があったんです。いろいろなトリックが隠されていて、あれだけ長いのに話がわからなくなることもなくて……この作品で、小説の魅力に気付きました。それから徐々に読める冊数も増えて、自信を持って趣味と呼べるようになりました。

――国語の教科書で物語に触れたり、読書感想文で読んだりする機会があったと思うんですけど、そのときは小説にはあまりピンと来なかったんですか?

けんご:そうですね。僕はどっちかというと読むのをサボってたタイプで。読書感想文とかも出してなかったです(笑)。

――それは意外ですね。読書を始めてすぐに、誰かに本を紹介したいという気持ちが湧いてきたんでしょうか?

けんご:紹介したいという気持ちはなかったんですけど、僕はずっと野球をやってきて、まわりに部活動の仲間が多かったので、小説を語れる仲間がいなかったんです。それがちょっと寂しいな、という思いはずっとあって。去年の11月に大学の野球部を引退する少し前に、野球以外のことに挑戦してみたいなと思って、SNSをやり始めました。SNSをやるのであれば、自分の好きな小説を紹介しようと思ったんです。

――今回、自身の考え方に影響を与えた書籍の1冊に、森絵都さんの『カラフル』を挙げていただいていて、「スポーツばかりだった自分の人生で、SNSや色々なことに挑戦してみようと思えたきっかけ」になったのことですが、これを読んだのもその頃ですか?

けんご:大学2年生のときに読みました。この作品って、客観的に自分を見ることを伝える作品だと思うんですね。それが僕自身、できていなかったなと気付いて。もっと客観的に考えて、苦手なことがあったとしても、それってただの食わず嫌いで挑戦してみたら変わるんじゃないかとか、いろんなことを感じました。視野が広がるきっかけになった1冊です。

「面白そう」じゃなくて「読もう」と思ってもらえる伝え方を意識

――なぜ、小説を紹介する手段としてTikTokを選んだんですか?

けんご:動画で紹介したいという気持ちがあったんですけど、YouTubeは、僕のように小説が好きな人ならサムネイルとタイトルから動画を見てくれても、小説に興味がない人が見てくれる可能性は0.01%もないのかなって思ったんです。その点、TikTokはおすすめフィードに自動的に動画が流れてくるので、小説に苦手意識を持っている人にも動画が届いて、「これ面白そうじゃん」って、読むきっかけになるかもしれない。小説を読んだことない人にも魅力を伝えたかったので、TikTokを選びました。僕自身、ちゃんと読んだこともないのに小説は難しいというイメージがあって。実際に読んでみたらそれが払拭されたので、小説ってもっと親しみやすいんだよって伝えたかった気持ちが強いですね。

――TikTokを始めて最初に、重版が決まるなど、動画の反響や手応えを感じた作品は何でしたか?

けんご:重版が決まったのは、投稿4本目の動画がきっかけでした。『冬に咲く花のように生きたあなた』という作品を紹介したところ、重版報告をいただいて。当時、僕はフォロワーもほぼいない状態だったので、そんな僕の動画が瞬く間に拡散されて重版までいったことに、すごくビックリしました。TikTokの拡散力にも驚きましたし、実際の購買にもつながることを実感しましたね。

――動画で発信をする上で、意識していることは何ですか?

けんご:小説を読んだことがない人や、魅力をまだ知らない人の目線に立って紹介することは気を付けています。よりキャッチーに伝えることで、「面白そう」って思うんじゃなくて、「読もう」って思ってもらえるような紹介にしようと意識していますね。それに、自分が本当に面白いと思った作品を勧めたいので、僕が実際に読んで、心から満足した作品だけを選んで紹介しています。

――「これはおすすめできないな」って思う作品もあるんですか?

けんご:たっくさんあります(笑)。僕、「これは合わない」って思ったらすぐに読むのをやめるタイプなんです。「なんでそんなに面白い作品を見つけられるんですか?」ってよく聞かれるんですけど、実は、面白くないと感じる作品との出会いのほうが多いんですよっ、ということは伝えています。

――基本的に、小説はどうやって探していらっしゃるんですか?

けんご:コロナ禍ではなかなか難しかったんですけど、直接書店さんに足を運んで、平積みされている本や棚出しされている本まで、わりと時間をかけて見ていきます。それで、実際に手に取ってあらすじを読んで、面白そうだなと感じる作品を買って読む選び方をしています。

――書店で、新しい本や話題の本を見つけるわけですね。一方で、わりと以前の本も読んでいらっしゃいますが、それはどうやって見つけるんですか?

けんご:たとえば、僕が紹介して反響があった筒井康隆さんの『残像に口紅を』という作品でいうと、『時をかける少女』の映画を観たことがあったので、原作も読んでみたら面白くて。筒井康隆さんの作品ってほかにどんなものがあるんだろう?って過去の作品を探していて、出会いました。その作家さんの作品をまず1作品読んで、古い作品を手に取る出会い方が多いです。

10人が10人違う感想を持つのが小説にしかない魅力

――小説はTikTokクリエイターとして活躍するきっかけでもあり、自分に影響を与えた4冊のコメントからも、小説はけんごさんにとって大きなものだと思うのですが、小説はご自身にとってどんな存在ですか?

けんご:ただの趣味では片づけられないものですね。小説が僕の人生に影響を与えてくれていますし、僕だけじゃなくて、いろんな方の人生に影響を与えていると思います。小説は、人にがんばろうと思わせてくれたり、人の心を救ったりする、すごい力があるものだなと思います。同じ作品でも10人が読めば10人が違う感想を持つのも、小説ならではの面白さです。登場人物の表情や声とか、物語にどういうイメージを持つかは読んだ人によって違うので、それが小説にしかない魅力だと思いますね。

――ダ・ヴィンチニュースの読者には、働き盛りのビジネスマンや、子育てや家事に奮闘する方もいらっしゃいます。そういう方々に、けんごさんがおすすめしたい本があれば教えてください。

けんご:ビジネスマンの方には、池井戸潤さんの作品をおすすめしたいです。僕は、冗談抜きで、学生さんが、下手に経営学とかを勉強するよりも、池井戸作品を読んだ方がよっぽど仕事を学べると思うくらい、作品に力があると思っていて。今まさに働いている人たちも、がんばろうと思える作品ばかりだと思います。主婦の方には『マカン・マラン』シリーズをおすすめしたいです。体調面や精神的な疲れとか、いろんなことを抱えていらっしゃる方もいると思うんですが、そんな方の心をほっと落ち着かせてくれる、休憩にぴったりな作品です。

――小説をご紹介されて、その反響もリアルに感じていらっしゃるけんごさんとしては、今のエンタメ小説のトレンドをどうご覧になっていますか?

けんご:今は、誰かと誰かが結ばれる恋愛小説とか、誰かが救われる話というよりは、ちょっとほろ苦い話が求められているのかなと思っていて。カツセマサヒコさんの『明け方の若者たち』や、今年大ブレイクした映画『花束みたいな恋をした』って、悲恋に近いものや報われない物語ですよね。実際に自分が体験するのは悲しいけど見てみたいとか、体験したことがある人が大共感したり、そういう作品がトレンドとしてあがってきている気がします。僕が紹介する作品でも、反響があるのは余命ものとかが多いですし、そういう作品がユーザーに満足されていることも感じます。泣きたいとか感動したいっていう感情が強いけど、報われた感動というよりは、悲しいけどどこか美しい、みたいな感動を読者が求めているのかなと思います。

――今年12月には「2021年けんご大賞」が発表されるとのことですが、これはどんな賞ですか?

けんご:2021年に出版された単行本の中から10作品のノミネート作品を選びます。1作品だけ復刻版として出版された本が特別賞として入っているんですけど、その中から大賞を決めます。12月に発表されて、全国の書店さんで展開していただく予定です。

――初の小説を書かれることも発表されて、驚きました。2022年春刊行予定とのことですが、どんな切り口で小説を書かれるのでしょうか?

けんご:僕は今、10代、20代の若い方向けに、初めて読む作品として読んでもらいたい作品を紹介しているので、僕もそういうきっかけになる作品を書きたいと思っています。基本的にライト文芸に近しい作品と思っていただいて大丈夫です。こういう活動をしていて、中高生が思う「こういう作品が読みたい」とか「こういう物語に感銘を受けている」ということがわかっているので、そういったものに寄せた、中高生が喜んでくれる作品にしたいです。どういうお話なのかは、徐々に発表していきますね。

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