変わりゆく街・池袋で行われた江戸川乱歩賞贈呈式が一般公開。出版社×自治体の協力関係に見る、豊島区の「文化による街づくり」

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/28

第67回を迎えたミステリ小説最大の新人賞・江戸川乱歩賞。11月1日に豊島区立芸術文化劇場で一般公開による贈呈式が行われた。乱歩賞史上初の一般公開は、主催である日本推理作家協会と後援の講談社のほか、開催場所である豊島区の協力によって開催が実現した。そこで、自治体サイドで贈呈式を担当した豊島区文化商工部文化デザイン課の栁下弥さんと新井つぼみさんにインタビュー。出版業界と自治体という異例のコラボレーションによる新しい取り組みが決定するまでの経緯や、池袋をはじめ、街の景色も変わり続ける豊島区が行う「文化による街づくり」について詳しく聞いた。

(取材・文=川辺美希)


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池袋に居を構えた江戸川乱歩は豊島区の誇り

――江戸川乱歩賞の贈呈式を11月1日に豊島区で開催することになった経緯から教えてください。

新井:日本推理作家協会さんから、江戸川乱歩が居を構えて晩年を過ごしたゆかりの地である豊島区で何か一緒にできないかということで、江戸川乱歩賞の贈呈式を豊島区で実施しましょう、というお誘いをいただいたのがきっかけです。乱歩賞の贈呈式はこれまで、帝国ホテルで関係者を招いて行うイベントだったそうですが、開かれたイベントにしたいという理事である京極夏彦さんをはじめとする協会の皆さまの意向もあり、池袋の豊島区立芸術文化劇場で、豊島区の皆さまや一般の読者にも開かれたイベントとして、11月1日の「としま文化の日」に実施することにいたしました。

柳下:「としま文化の日」は昨年定めた豊島区の記念日で、その前後に、区内の各所でさまざまな文化イベントを行います。昨年は初年度ということもあり、豊島区が用意したイベントがほとんどでしたが、今年は2回目で、いろんな企業や団体の方もこの日を目指してプログラムを展開してくださったんです。豊島区は文化事業に限らず、企業の方にいろいろな取り組みにご協力いただくことが多いのですが、乱歩賞のお話に関しては、江戸川乱歩は豊島区の誇りですから、乱歩自身が創設した賞の贈呈式をぜひ一緒に開始しましょう、ということで、スムーズに決まりました。

江戸川乱歩邸

江戸川乱歩邸

江戸川乱歩邸
立教大学の構内に佇む、旧江戸川乱歩邸
写真提供:立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター

「消滅可能性都市」が文化庁の国家プロジェクトを達成するまで

――豊島区が、文化事業への取り組みに本腰を入れられたのはいつごろだったんでしょうか?

柳下:文化による街づくりを本格的に打ち出したのは平成14年頃で、タイミングとしては区政施行70周年の年です。高野之夫豊島区長が平成11年に区長に初当選した当時、豊島区の財政状況は東京23区の中でも極めて悪かったんですが、その頃から高野区長には、「文化によって街に活力を与えたい」という狙いがありました。区長としては、文化があれば街が元気になっていくという考えを持っていたんです。平成20年には、それまで取り組んできた文化による街づくりが評価されて文化庁長官表彰を受けました。その一方で、平成26年には日本創生会議から、豊島区は東京23区で唯一、2040年に若年女性が半減して人口を維持することができない「消滅可能性都市」だと指摘されたんです。

そこで打ち立てた新しい街づくりの方針が、「国際アート・カルチャー都市構想」でした。豊島区の魅力を、文化を通じて国内外に発信して、個人の方にとって住みたい街に、企業・団体さんたちにも活動したいと思ってもらえる場所にしていく、という方針です。そして令和元年には、文化庁の「東アジア文化都市」に選ばれました。財政状況が厳しい時期から文化による街づくりをコツコツ進めてきて、「消滅可能性都市」とまで言われた豊島区が、国家プロジェクトの「東アジア文化都市」という大きな事業を達成できたという節目を迎えたことで、昨年「としま文化の日」を制定した経緯もございます。今は、国際アート・カルチャー都市構想が少しずつ実現に向かっているという手応えを感じているタイミングです。

――乱歩賞の後援である講談社の方にお話を伺っても、豊島区の高野区長をはじめとした皆さんのフットワークの軽さや実行力に驚いたんですが、豊島区で働いている皆さんから見て、高野区長はどんな方ですか?

柳下:区長はもともと西池袋で古本屋を営んでいて、区議会の議員や東京都の議員を経験して、豊島区の区長になったという道を歩まれています。フットワークが軽いというのは本当にその通りで、よく口癖のようにおっしゃるのが、「走りながら考える」ということ。考えてから走るんじゃなくて、走りながらどうするか考えるんだと、職員にもよく言っていますね。やるぞと決断したら、矢継ぎ早に指示が出てくるんです。国際アート・カルチャー都市の方針を決めたときもそうでした。職員たちが「私たちは消滅可能性都市ではありません」と言える反論材料を探していたところ、高野区長は反論ではなく、「こういう街にしていこう」という方針をどーんと打ち立てました。決めるところはバシッと決めて、フットワーク軽くどんどん実行していく、そういう区長ですね。

トキワ荘ミュージアム

トキワ荘ミュージアム
豊島区が運営する、「トキワ荘マンガミュージアム」

文化による街づくりで池袋の風景が変わった

――先ほど、国内外に豊島区の魅力を発信していくというお話もありましたが、アニメやゲームなどのいわゆるジャパンカルチャーが好きな人が海外から池袋にやってくる、そういう街のあり方も理想なのかなと思ったのですが、いわゆるオタクカルチャーに関する豊島区としての考え方はいかがですか?

柳下:マンガやアニメの担当部署は別にあるので、すべてを網羅した回答はできないかもしれませんが、まずマンガで言いますと、トキワ荘が豊島区内にあり、トキワ荘マンガミュージアムも豊島区が運営しています。豊島区としてはこのことをとても誇りに思っていて、事業として力を入れていますね。アニメの原点はマンガにあって、マンガの原点はトキワ荘にあると考えていますので、そういったカルチャーも豊島区の文化のひとつであると考えています。東アジア文化都市は、豊島区と、中国の西安市、韓国の仁川広域市の3都市が1年間交流するという事業で、豊島区は、マンガ・アニメと舞台芸術、祭事・芸能の3つをテーマにしたんですが、中国と韓国の方には、マンガ・アニメが特に響いたんですね。やっぱり海外の方に通用するのはマンガ・アニメだということに区長も改めて気付いて、さらにそういった分野に力を入れるようになりました。池袋でも、複数のアニメショップやコスプレのお店があることもあって、オタク文化のカラーは、池袋駅の東口側が強いかなと思っているのですが、そういったエリアでのサブカルチャー的な展開は豊島区も支援させていただいているところです。

――20年にわたる文化による街づくりの取り組みは、どのように成果が上がったと考えていますか?

柳下:企業が、文化イベントの開催場所として豊島区を選んでくださる今の状況を、とても喜ばしく思っています。文化による街づくりが正確にどう数字に結びついたか、という分析は難しいですが、人口も増えています。2019年の東アジア文化都市に合わせて施設の整備も進めてきましたので、ビジュアル的にも街が変わりました。池袋西口公園にグローバルリングシアターという野外劇場ができ、移転した豊島区本庁舎の跡地を再開発したHareza池袋も2020年にオープンしました。街がきれいになって施設も充実してきたという点で、文化による街づくりの成果が目に見える形で実現してきたと感じていますね。

GLOBAL RING THEATRE
池袋西口公園野外劇場「GLOBAL RING THEATRE」

Hareza池袋
8つの劇場を備える複合商業施設「Hareza池袋」

乱歩賞贈呈式はとしま文化の日のメイン事業

――今回一般公開された江戸川乱歩賞贈呈式との取り組みは、豊島区の文化事業の中ではどういう位置付けのイベントとしてとらえていますか?

柳下:新しい取り組みである今回の江戸川乱歩賞の贈呈式は、今年のとしま文化の日の関連事業の中でもメインの事業として考えています。これまで関係者しか立ち会うことができなかった贈呈式が一般の方も見られる形で行われるようになったことは、豊島区にとっても、あるいは豊島区外のミステリファンにとっても喜ばしいことだと思っています。今後も乱歩賞贈呈式を一緒に開催していけたらいいなと考えていますね。

――乱歩賞をきっかけに、書籍や文芸に関わる取り組みなど、今後拡大していく予定はありますか?

柳下:江戸川乱歩賞贈呈式をきっかけに、としま文化の日と乱歩賞のコラボという形で、地元の書店さんの乱歩賞受賞作家フェアなどの企画で、タイアップさせていただいています。これからも、江戸川乱歩賞をきっかけに、読書や本という切り口だけではなく、たとえばミステリを切り口にした謎解きイベントですとか、そういった企画につなげていきたいなという考えは持っていますね。

――高野区長が率いる豊島区の職員の方々も日々ダイナミックにお仕事をされているのかなと思うのですが、文化事業を担当されているおふたりは、お仕事は楽しいですか?

柳下:すごく楽しいです。文化のお仕事って、豊島区役所の中では一番「役所っぽくない仕事」だと思うんですね。本当にフットワーク軽く、いろんなことに対応しなければいけない部署ですので。そういう意味では、区長の教えが、私たち文化デザイン課に根付いていると思うところもあります。非常に楽しい職場ですね。当然、大変なこともたくさんあるんですけどね(笑)。でも、楽しくやっています。

新井:私は入区して6年目、文化のお仕事が3年目なんですけど、いわゆる、住民票をお出ししたりといった役所らしい部署に配属されたことがなくて、他部署との比較はできないのですが……。毎日、同じ仕事がなくて、刺激的な日常ですね。大変なこともありますが、とても楽しいです。

――今後の豊島区の文化事業について、課題も含めたビジョンや展望を教えてください。

柳下:私たちとしては、まだ国際アート・カルチャー都市が目指す姿を実現できているとは思っていないんです。これからもその実現に向けて、江戸川乱歩賞の贈呈式もそうですし、区民の方やいろいろな団体や豊島区内外の企業の方々と、文化の取り組みを続けていきたいです。これからも引き続き頑張っていきます、みたいな話になってしまうんですが(笑)。もっと文化で街を盛り上げていくというのが、私たちの目指している方向性です。

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