「読み終えた達成感は読者の力に」大人気の児童文学『魔法の庭ものがたり』の作者あんびるやすこさんが、15年間書き続けて思うこと

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/2

 ふつうの小さな女の子・ジャレットが、遠い親戚のハーブ魔女・トパーズの屋敷を相続し、「魔法の庭」と「レシピブック」の力を借りながら、たくさんのお客さまのために役立とうと奮闘する児童文学『魔法の庭ものがたり』(ポプラ社)。2022年には25巻が刊行予定の、累計120万部突破のロングセラーシリーズです。15周年を迎えるにあたり、最初の3巻を収録した豪華特装版『魔法の庭ものがたり はじまりのものがたり』が刊行されました。これを記念して、著者のあんびるやすこさんにお話をうかがいました。

(取材・文=立花もも)

――魔法の力なんて何も持っていない、ふつうの女の子が魔女の遺産を相続して人の役に立ちながら成長していく、という設定がまずとてもおもしろかったです。

あんびるやすこ(以下、あんびるさん):いちおう、魔女の遠い親戚なのですが、魔法は使えません。実はこのシリーズ、タイトルに魔法や魔女と書いてありながら、魔法らしい魔法は使わないし、7巻の『ジャレットとバラの谷の魔女』まで本物の魔女も一切出てこないんです。それは、物事を解決するために必要なのは人智を超えた力ではなく、どうにかしようと一生懸命頑張る気持ちや、諦めない心の強さであり、その行動が自分だけでなく周囲の人たちの心も動かしていくんだということを、描きたかったからです。それこそが本当の魔法であり、自分たちにも使うことができる力なんだと、子どもたちが感じてくれたらいいな、と。

――それは1巻からずっと貫かれているテーマですよね。主人公のジャレットは、101人目の相続人としてハーブ魔女・トパーズの屋敷を訪れ、見事、屋敷に主として認めてもらいますが、そのために必要だったのは魔法ではなかった。むしろ魔法に頼りきりだった他の相続人候補たちは、屋敷に認めてはもらえなかったという。

あんびるさん:そもそもこの物語を書いたきっかけは、『長くつ下のピッピ』のように、小さな女の子がなぜかひとりで自立して暮らしているという設定が好きだったからなんです。自立している以上、社会に関わりを持って、誰かの役に立つ仕事をしているということが大事ですよね。だから、このシリーズでは“人の役に立ちたい”という想いを大事にしています。でもそれは、決して自己満足であってはならない。屋敷にやってきたばかりのジャレットは、それがわかっていません。だから、自分が嬉しいからという理由で、屋敷の壁を赤く塗ろうとしました。でも、屋敷が本当は何をしてもらいたいのか? どんな魔女に住んでもらいたいのか? と考え行動したことで、トパーズのレシピブックを授けられることになったんです。

――屋敷に選ばれる、というのもいいですよね。

あんびるさん:小学生向けの雑誌に原型となる物語を連載していたときは、少女である主人公が古いお屋敷でひとり暮らしをしている理由に言及しなかったのですが、ポプラ社さんに、新たにシリーズとして立ち上げましょうと言われたとき、その疑問は解消しなくてはと思いました。それで、演奏家の両親と共に、ぜいたくな旅暮らしをしてきた少女という設定を考えました。両親は旅を続け、ジャレットだけがトパーズ荘にとどまる。その理由として、魔女の遺産であるトパーズ荘には「相続人を選ぶ魔法」がかかっていて、ジャレットがトパーズ荘に選ばれるという設定を加えました。

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――ジャレットはかなりしっかりした女の子ですけど、彼女の言う「一日三回までは失敗していい。四回目からは落ち込んでもいい」という両親からの教えなど、大人の読者も励まされる場面がとても多いですね。

あんびるさん:私は子どもたちにプレゼントするつもりで物語を書いているので、基本的には子どもが理解しがたい展開や、難しい言葉は使わないようにしていますが、悩みの根本に年齢の区別はなく、大人も子どもも一緒なんじゃないかと思っています。大人だからといってなかなか自分を客観視することはできないし、ジャレットのように、つい嘘をついてしまったことで悩んでしまうこともある。そういう意味では、大人も子どもも両方、楽しんでいただけると思います。

――ジャレットが、はじめてできた友人のスーとお客さまのバーボアさんとパーティをしようとしたとき、あっと言わせるようなハーブティーを作ろうとしたことで、レシピブックが読めなくなってしまいますよね。あれは、シンプルに刺さりました。相手のためじゃなく、自分をよく見せるためにプレゼントしようとしちゃうことって、あるよなあと。

あんびるさん:もちろん、相手のためという気持ちもゼロじゃないんでしょうけれど、難しいですよね。自分のしてあげたいことと、相手のしてほしいことはいつも同じとは限らないし、相手の身になって、きっと喜ぶに違いないと考えたことが、相手の望んでいることとはまるで違う場合もある。でもそれでも、考える、というのはとても大事なことで、私の物語の読者たちには、それを考え、他者に寛容になってほしいと思いながら書いています。とくに女の子は、友達なら、好みも何も全部自分と同じと信じがち。それはそれで楽しいこともたくさんあるのだけれど、大事な相手だからこそ、自分とは違うところをわかってあげて、そこもひっくるめて好きになってほしいですね。

――ジャレットが見栄を張ったのは、スーに「自分は魔女だ」と嘘をついてしまったからですが、嘘がばれても、2人が友達になれたのがすごくよかったです。

あんびるさん:嘘をつくのも、見栄を張るのも、確かによくない。でもだからといって「自分が悪いことをしたからこんな目にあったんだ……」みたいな懲罰的な物語にはしたくなくて。そういうこともあるけれど、誠実であろうと思い直すことで状況はよくなっていくんだってことのほうを、描きたいんです。そもそもジャレットにとって、スーは第一印象のよくない女の子だったけれど、お互いに相手を理解し、許していくことで、親友にだってなれるんだよということも、伝わればいいなと思います。

――3巻にあたる第3章は、もう一人新しい友達ができますね。エイプリルという、どこか心に傷を抱えたような、女の子。

あんびるさん:その人が何を考えているのかなんて、誰にも覗きみることはできないし、傷が大きければ大きいほど、簡単に打ち明けられるものでもないから、話を聞くことも難しい。そんななか、どうすればその人の心がほどけ、どんなふうに支えられたら立ち直ることができるのか、を書きました。

――ペパーミントという、好き嫌いのわかれそうなハーブがこんなにも万能に役立つんだ、と知れるおもしろさもあるエピソードでした。

あんびるさん:ありがとうございます。もともと魔女というのは、中世で薬を作っていた人たちのことだと言われています。魔女を描くならその原点に立ち戻ってみようと思い、ハーブ魔女を描くことにしました。大好きなイングリッシュガーデンをイメージした魔法の庭で、採れるものすべてが誰かの役に立つものだとしたら素敵だし、子どもたちもそんな設定が好きなんじゃないかしらって。

――ハーブティーだけでなく、エッセンシャルオイル作りをするのもいいですよね。子どもも憧れるでしょうし、読んでいて、自分でも試してみたくなりました。

あんびるさん:実際、このシリーズを刊行しはじめてから、ハーブやアロマに興味を持ちはじめた読者が多いようです。「『魔法の庭ものがたり』を読んで使ってみたくなった」と……。子どもたちの好奇心って素晴らしいなと思いました。何かを知りたい、自分でも試してみたい、と行動する力がこんなにも強力にそなわっているんだ、って。

――それこそ、魔法ですよね。

あんびるさん:そう思います。私も、書くだけでなく実際にいくつかエッセンシャルオイルの薬を作ってみました。たとえば蚊に刺されたときは、ラベンダーのエッセンシャルオイルをホホバオイルなどのオイルで希釈して何度か塗るとかゆみがおさまっていくんです。驚きました。こんなにいい匂いがして、周りの人にも心地いい、虫刺されの薬なんて他にありませんよね。

 それから、うちには猫がいて、ときどきふざけて噛んでくるんですが、猫に噛まれた痕ってけっこう残っちゃうんです。なんとか治す方法はないかと、エッセンシャルオイルを調べてみると、イモーテルというオイルは傷跡を治す効果があると知りました。イモーテルを中心にいくつかオイルを組み合わせ、猫に噛まれたとき用のオリジナルブレンドも作っています。これもよく効いて……ハーブもオイルも奥深いし、おもしろいと思います。

――好奇心がかきたてられるのは、読んでいて「これってどんな香りなんだろう?」と思わされるからだと思いますが、たとえ実物を知らなくても、なんだか素敵なものとしてわくわくしてしまうのも、物語の魅力ですね。

あんびるさん:子どもの頃は、わからないことをわからないままに、想像力を膨らませるということが得意ですよね。私が子どもの頃、『赤毛のアン』などの海外児童文学が人気だったのですが、ハシバミ色がどんな色かわからなくても、登場するお菓子が見たことも聞いたこともないものでも、物語を楽しむことができました。だから私も、すべてわかるもので構成する必要はないと思っていて。ジャレットが銀のトレイに載せられた手紙を受け取ったのを読んで、「外国の高級なホテルではこんなふうにサービスをしてくれるんだ」と驚いたり、聞いたことのないハーブの名前でも、「なんだかわからないけど、たぶん良い香りのハーブなんだろう」と自分なりに解釈したりしながら読むほうが、新しい世界にみずから足を踏み出している気持ちになるんじゃないかな、と。

――あの銀のトレイに憧れる子ども、すごく多いと思います。私も読んでいて、あんなふうに手紙を運んできてくれるホテルに泊まりたい……って思いました。

あんびるさん:嬉しいです。大人であるお母さまからも、そんなふうに感想をいただくことがあります。19巻の『時間の女神のティータイム』は、タイトルどおり、時間というものをテーマに扱った本ですが、「子どもに何かをやってと言っても、なかなかやらなかったり、できるようにならなかったりするから、つい手伝ってしまうんだけれど、この子にはこの子の時間の流れ方があって、自分のペースで前に進んでいるんだなと気づきました。これからは見守りたいと思います」と感想をいただいたときは、嬉しかったですし、私のほうがハッとさせられました。

――素敵ですね……。でもきっとそれが、物語の魔法なんですね。お母さんも、誰かから「見守ってあげなさい」と言われただけでは、納得しなかったでしょうし。

あんびるさん:だとしたら本当に、書いている甲斐がありますね。私が魔女の物語を描きたいと思ったのは、子どもの頃、魔女が出てくる物語があまりなかったから。『魔法使いサリー』のようなアニメはあったけれど、もう少し骨太の物語をしっかり読んでみたかった。唯一見つけたカニグズバーグの『魔女ジェニファとわたし』は、読んでいる間中とてもわくわくして……。

 その後、子ども用の玩具をデザインする仕事をしていたときに、お母さまがたは魔法が使える主人公の物語を、あんまり好ましいと思わないんだなというのを感じたんですね。

――なんでも、万能に解決してしまおうとするからでしょうか。

あんびるさん:そうかもしれません。でも、子どもたちはやっぱり、魔法の世界に憧れるでしょう? だったら、子どもたちがみずから読みたいと思えて、お母さんたちも子どもに読んでほしいと思うような物語だったら、書く価値はあるんじゃないかと思ったんです。そんな物語が存在したら、みんなが幸せになれるでしょう? そして、私自身、読書力のある子どもではなかったので、楽しく読めて「最後まで読み終える」という体験を子どもたちが味わえる本が作りたかった。今、それが叶えられているような気がして、とても嬉しいです。

――15周年をふりかえり、とくに印象に残っている思い出はありますか?

あんびるさん:そうですね……。やっぱり「今まで読書が苦手だったんだけど、このシリーズは全巻読みました」って言っていただけたときは、書いていてよかったと思いますね。読み終えた、という達成感もまた、読者の力になるはずですから。あとは最新刊の『ジャレットと魔法のコイン』を刊行したとき、大人からの手紙が多くて驚きました。これは、未来を選ぶことについて描いた本なんですが、大学受験を控えた高校生とか、就職活動中の大学生が読んで、心に響いたみたいで。

――ちょうど、シリーズがはじまった当時に、子どもだった読者ですね。

あんびるさん:がんばることに疲れてうしろ向きの気持ちになったときに、子どもの頃を思い出したのでしょうか。久しぶりに訪れた児童書売り場で『魔法の庭ものがたり』を見つけ、懐かしくなって最新刊を手にとった、という方がけっこういらっしゃって。「自分の未来は自分にしか決められないっていうことがよくわかりました。自分でしっかり考えて、歩んでいこうと思います」という手紙をいただいたときは、想いがちゃんと伝わっていることに、胸がいっぱいになりました。これからも、想いの強さこそが魔法なんだということを貫いて、書き続けていきたいと思います。

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